バルタン星人様と綾香 投稿者:鴉片 投稿日:6月4日(日)23時57分
■4月某日。放課後。
■高台にある高校。倶楽部室横丁。
「あれ? 先輩。なんかご機嫌だな。なんかいいことでもあったの?」
「……。」 ぽそぽそ。
「え? 本物の四つ葉のクローバーを手に入れたって? そりゃ良かったな」
 どれどれ。お、ちゃんと葉っぱが四枚ある。
 確かに珍しいけれど、四つ葉のクローバーぐらいでこんなに機嫌よくなれるお嬢様ってのも、
なんだか先輩らしいよな。
 くうぅ、可愛いぜ。
「ところで先輩、四つ葉のクローバーに本物とかニセ物とかってあるの?」
「……。」 ぽそぽそ。
「え? 絞首刑になった者の血を養分として絞首台の下に生える草?」
「……。」 ぽそぽそ。
「しかも新月の最初の日の、午前零時過ぎにそれを摘んだものでないとご利益として効果はない?
 ふ、ふーん、そうなんだ……はは」
「……。」 ぽそぽそ。
 今日はいいことがありそうです。と、魔女なお嬢様が俯き加減に誰ともなく呟く。

 オカルト研の部室で来栖川芹香が終始ご満悦に振る舞っていたちょうどその頃。
 その妹、綾香はセリオとともに宇宙人と第一種接近遭遇していた。


■4月某日。放課後。
■駅前。バス停。
 いつものように綾香はセリオを連れ立って和気あいあいと駅前までやってきていた。
 べつだん駅方面に用事などないが、彼女の親友にしてメイドロボットであるセリオはいつも、
駅前のバス停から研究所行きのバスに乗車して帰宅しているのだ。
 ふだんはこの時間帯ならセリオとマルチぐらいしか利用しない停留所ではあるが、今日はいつもとは違い、先客がいた。
「は?」 ふぉっふぉっふぉっふぉ。
 バルタン星人だった。

   【Put!】 テレイン! 市街! 地形適正「街」を持つキャスト、ウェポンは侵入できる!
   【Put!】 キャスト! スペースエイリアン! アビリティ! 飛行・インターセプター!

   【Put!】 キャラクター! 来栖川綾香! 特殊能力! マネージャー・気力充実!
   【Put!】 キャラクター! セリオ! 特殊能力! サテライトサービス!

「綾香様?」 ふぉっふぉっふぉっふぉ。
 見知らぬヒトを目の当たりにした瞬間からかたまったまま応答の無い知的生命体に対し、セリオはアプローチを試みる。
「これは推論ですが、もしかしたらあの方は綾香様の『生き別れのお兄ぃ様』なのでしょうか?」

 返答は平手打ちだった。 「痛いです」

「どこをどーしたら『あれ』が私の兄にみえるのよっ」 ふぉっふぉっふぉっふぉ。
「違うのですか?」 「綾香様の反応(フリーズ)から察するに、複数ある推論パターンから最もそれらしいものを挙げてみたのですが」
「違うわよっ」
「それでは(どきどき)――『初恋の男性(ぽっ)』ですか?」

 返答は拳による殴打だった。 「痛いです」

「やかましいっ」 噛みつくように綾香が吠える。 「セリオ、あんた『あれ』を知らないの!? あんな有名人をっ」
 有名人――その意味するところは広い。芸能人。スポーツ選手。政界・経済界人。法曹・医学会、知識人。地域限定の奇特者。etc。
「すみません。デフォルトデータには『あの方』のデータはないようです」
「そりゃそうでしょうよ」 ひきつりぎみに首肯する。
 下校時刻、お夕飯の買い物時刻ということもあって、駅前は多くの人で賑わっている。しかしこのバス停の周囲だけは、
人々は何故か眼を伏し目がちに足早に通り過ぎてゆく。
 どうやら一般人はバルタン星人と女子高生メイドロボットと同格闘家トリオとの関り合いをひどく避けているようであった。
 しかし気にはなるようで、遠巻きに見物客が一人、また一人と増えてゆく。
「綾香様。サテライトサービスを利用してデータを取得してもよろしいでしょうか」
「ん。許可」 ふぉっふぉっふぉっふぉ。
「はい。では」

   【Satellite Service】 【Open】
   【Access】 【Start】

   【Searching...】

【視点:セリオモード・オン】
 綾香様曰く『あれ』の映像データを送信してあの方の情報を検索します。『ウルトラマンシリーズ』の項目が出てきました。
 ええっと。遊星より愛をこめて。……ちがいます。
 ネットは広大です。ふう。……これでしょうか? 侵略者を撃て。 これのようですね。納得。
「どうやら外国の方のようですね」 ふぉっふぉっふぉっふぉ。
「ちがう、セリオ、外国人ちがう」
「えっ、日本の方なのですか?」 ちょっとびっくりです。
「地球人じゃないって云ってるの!」 ふぉっふぉっふぉっふぉ。
「なら外国の方で合っているかと思われますが」 ふぉっふぉっふぉっふぉ。
「あのね。…って、そこっ! さっきから、ふぉっふぉっふぉっふぉって五月蝿ぁ――――いっ!!」

 どげしっ!

 バルタン星人様の死角から頭部側面に蹴りを炸裂。いきなりです。ひどいと思います。お嬢様。
「ふぉっ!」
 あ。バルタン星人様、よろめきましたが、倒れません。踏みとどまりました。さすがです。さすが宇宙忍者です。鍛え方が違います。
「ふぉっ!」
「綾香様。バルタン星人様はなにやら抗議をされているのでは?」
 そりゃそうです。暴行です。ギルティです。高い塀です。クサいメシです。
「っさいわねーっ、ふぉっふぉっふぉっふぉっじゃなに云ってるかわからないわよ」
 それももっともな云い分です。
「わかりました」 ふぉっ!
「へ?」 ふぉっ!

   【Now Loading...】

「124875回路の使用認可がおりました。ただちにセットします」
「――って、なに? それ」
 怪訝そうな綾香様に私は嬉しそうに答えます。お約束です。
「パン・スペース・インタープリター。全宇宙語翻訳装置です」
「――はい?」

「ふぉっ!」 「訳】 そこのしつれーな女子高生に告ぐ――」

「ふぉっ!」 「訳】 超能力のひとつも持たない脆弱な人類が支配するこの星を、たった一人で侵略するのはちょっちダメっぽいので、」
「ふぉっ!」 「訳】 まず手始めにこの島国の、この街の、それからぐぐいっとグレードを下げてこの駅前の、さらにもう一声ってなわけで、」
「ふぉっ!」 「訳】 このバス停を第二の故郷とするため占拠する、だそうです」

 ふぉっ。こくん。バルタン星人様、満足げに頷かれました。さすがです私。さんきゅーです研究所の皆さん。とくに馬。
「なにそれ。バス停ジャック? なに、バスジャックじゃなしに?」
「! 綾香様っ」
 綾香様の発言に――私は慌ててお嬢様の口を手でふさがせていただきました。
 バルタン星人様も真っ青になっております。当然です。良識ある反応です。
「綾香様っ、今のはNGワードです。時事的にまずいです。やばやばです。先の発言はメモリからも削除します。よろしいですね?」
 なんかやな汗をだらだら垂らしながら眉間にシワをよせて説得する私に、
 綾香様は「ん、わ、わかった」こくこくと納得して頂けたようです。ふひい。
「セリオ、今、汗が…」
「問題ありません。ただの水です」
「そ、そうなの?」
「と、いったところで――どうしましょう、綾香様。バス停を占拠されては、研究所に帰宅することが不可能です」
「はあ(嘆息)。いいわよ、タクシー代くらい私が出してあげるから」
「いえ。それは問題があると思います」
「なにがよ。遠慮しないでいいってば」
 違います。
「乗車拒否されます」
「どうして? あなたがメイドロボットだから?」
 あ。綾香様。怒っています。私のために。嬉しいです。でも違います。違うんです。
「よくはわからないのですが――業者のブラックリストに登録されているそうです。白タクの皆さんにも情報は回っています。
あの研究所にはかかわるな、と」

 ――ぎりっ。

 ぎり? 歯ぎしり? 歯ぎしりですか綾香様?
「馬。…殺す」
「……。」 今の音声は拾わなかったことにします。でも綾香様の意見には賛成です。私はダメなメイドロボットです。
 こんなときに限ってセバスチャン様のお姿もリムジンの影も形もありません。
 まったくもって使えません。所詮は老いた馬です。老馬は駄馬にも劣るものです。
「どうしましょう」 私は途方に暮れてしまいました。

「……。」
「……。」
「……。」
 笑ってしまうような沈黙が二分と十五秒間ありました。

 おそろしく静かな声で綾香様がぽつりと呟きます。 「やるしかないわね」
「――はい?」
「ふぉっ?」
「先手必勝ぅっ!」

   【Put!】 バトル! 格闘技! 場所! 屋外! 攻撃! 力! 防御! 早!
   【Put!】 エフェクト! クィック! あざ笑う残像! 対象のキャストはこのターンの終わりまで判定ロール(3)の「回避」を得る!

 綾香様は滑るようにバルタン星人様の懐にもぐりこみ速攻で畳み掛けようとします。
 エクストリームチャンピオンの本領発揮といったところでしょうか。
 でも駄目です。駄目なんです。
「ふぉっふぉっふぉっふぉ」
 フェイントも含めて上下に散らした綾香様の連打をバルタン星人様は残像をつけて軽くかわしてしまいました。
 余裕です。余裕しゃくしゃくです。
「ちっ」
「いけません綾香様っ。武力では勝ち目はありません!」
「どーゆー意味よ。私が負けるとでも思ってるわけ?」
「てゆーか即、死です」
「即、…『死』?」
「はい。即、死です」
 そうなのです。リーフファイトとは違い、同じTCGでもウルトラゲートにおける対戦はほぼ命の殺り合いです。
 侵略と破壊と殺戮と蹂躙に彩られた世界なのです。格闘ではなく、大いなる武力衝突なのです。
 ビルはなぎ倒され、コンビナートは炎上するのが鉄則なのです。
「ふぉっふぉっふぉっふぉ」
「云われなくてもわかってるわよ! セリオ! アイツの弱点は!?」
「はい。先ほどダウンロードしてきた情報の中にありました。バルタン星人様の弱点は三つあります」
「ふぉっ!?」
 動揺してます。それはそうでしょう。ですが私はありのままを綾香様に厳かに告げます。勝負は非情なのです。
「バルタン星人様の弱点の一つは、スペシウム光線です」
「出せるかっ」
 一秒却下でした。
「出せませんか?」
「無理に決まってるでしょーがっ!」
「スペシウム光線は二二億三千万ものバルタン星人様を滅ぼした必殺技です。
ですが、タイミングを間違えると胸の反射板で跳ね返されてしまい、逆にピンチとなりますので注意が必要です」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ♪」
 バルタン星人様。胸をぱかぱか開け閉めしてこちらを挑発しています。
「だからっ、無理だって! 他にはっ」
「はい。バルタン星人様の弱点の二つめは、八つ裂き光輪です」
「だからっ、飛び道具系は駄目っ!」
 これも一秒却下です。何がいけなかったのでしょうか。
「ですが、これが私の一番のお薦めなのですが――」
「…ふぉっ、ふおっふぉつふぉ〜おぉぉぉ」
 あ。バルタン星人様。八つ裂き光輪、と聞いてびくびくしています。おどおどしています。ぶるぶる震えています。
 なにやらトラウマがあるようです。
「....セリオ。もう一つあるんでしょ。奴の弱点」
 返答しだいでは貴様を殺す、みたいな声を絞り出して綾香様は私に尋ねられます。
 つーか胸ぐらを掴まないで。お願いですから。
「三つめの弱点ですが、これはあまりお薦めできませんが――」
「い・い・か・ら。早く云いなさい」
 胸ぐらを掴んだまま激しく左右に振らないでください。お願いです。保証対象外の行為です。あふれちゃいます。
「はい。バルタン星人様の三つめの弱点ですが」 「じゃんけんです」

 ・
 ・
 ・
 ・ハサミ?

「それよ!」
 わ。びっくりです。
「そうよね……中国の兵法書曰く『勝利とは、戦う前に全て、既に決定している』!
 アンタは二五〇〇年前から既に私に敗けていたのよ!」
 孫子ですね。
 綾香様は嬉々として、シザーハンズなバルタン星人様を指さしました。
「ということで! ジャンケン勝負よ! 負けたら即刻この場から立ち去りなさい!」
 ひでえ、とかずりい、とかゆーギャラリーの声をてってー無視する鋼鉄の神経。
 スゴイです。スゴイです綾香様。もしかしてメイドロボット?
「よろしいのですか? 綾香様。じゃんけん勝負を挑まれて…」
「とーぜん。勝てば官軍なのよ♪」
 どうやら何を云っても無駄なようです。
「――わかりました。それでは」

   【Put!】 バトル! 野球拳! 場所! 屋内! 攻撃! −賢! 防御! −賢!

「ちょっと待てえいっ!!」
 わ。びっくりです。
「どうかしましたか?」
「どうかしましたか? じゃないっ! なによ野球拳て!!」
 傍目を気にしつつ顔を赤らめて綾香様が叫んで私に抗議します。忘れたのですか?
 私は止めました。ええ私は止めましたとも。
「じゃんけん勝負に該当するバトルカードが、我々にはこれしかないものですから」
 そうなのです。
「レアカードですが、既に来栖川の財力を使って四枚フルに集めることに成功しております」
 そのあいだに長岡志保様が何枚無駄に集まってしまったかは、残念ですがここではシークレットです。
「休み時間や昼休みにいつもご学友を剥かれておられるその腕前で、お願いします」
「だってここ屋外でしょっ」
「駅前のアーケードは目と鼻の先です」 屋根つきです。
「そういう問題でもなくてっ。女子校の教室と公共の場所をいっしょくたにしないでよっ」
「カラオケってどうして屋外なのでしょうか」
「そんなの知るかーーーっ!」

「ふぉっ」
 お。バルタン星人様。挙手。どうやら意見したいことがあるもよう。
「ふぉっ」
「……綾香様。バルタン星人様は条件つきでこちらの申し出を受けると云われております」
「ふぉっ」
「勝負はウルトラじゃんけんで、とのことです」

 ウルトラじゃんけん! それは! ぐー、ちょき、ぱー、のそれぞれに、
銀と赤の異星人達の必殺技の「型」を対応させた画期的なじゃんけんである!
 バルタン星人でも! メトロン星人でも! ウルトラじゃんけんであれば!
 あれ以外のものを出せる! あれ以外のものを出せる!

「その手があったかっ!!」
 思わず私は叫んでいました。バルタン星人様のまさに肉を斬らせて骨を断つその戦法、さすがです。見事です。
 そして綾香様。無言で私を殴らないでください。えぐるように打たないでください。〜〜〜ああん。
「――私たちの負けね。いいからバス停でもなんでも第二の故郷にすれば?
 セリオ、あんた今日から歩いて帰りなさい」
 投げやりに吐き棄てるように呟き、この場を立ち去ろうとする綾香様の背中に、私は声をかけます。
「…逃げるのですか?」
 ――ぴた。
 足取りが止まりました。肩ごしに綾香様が振り向かれます。 「……なんですって?」
「宇宙人の末裔である鬼の一族や異世界からの来訪者達を相手に、互角、
いえ常にそれ以上に戦っておられたではないですか」
「それとこれとは別よ」 「路上野球拳なんて、やってられないわ」
「やはり臆したのですね」
「なんですって」 怒りゲージ。満タンです。
「対等の条件や自分に都合のいい状況でなければ戦えないというのであれば、貴女の強さは所詮、
温室の中での強さでしかありません」
「……。」
「それで満足なのですか? ぬるま湯のような世界で頂点を極めたつもりになって。それで満足なのですか?」
「……。」
「来栖川綾香は、それで満足なのですか?」
「その言葉――」 向き直り、再び歩き出します。 「高くつくわよ」
 こちらにむかって。
「やってやろうじゃない、バルタン星人! 私に野球拳で仕合ってショーツ一枚で命乞いしたコはごまんといるのよっ」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ!」

  【“ウルトラじゃんけん”ルールの説明。】
   今回は全国版ではなく、ローカルルールを採用します。
   掛け声と共に、相手と同時に必殺技を繰り出してください。
   ぐーはエメリウム光線(両手を斜めにかまえ人指し指と中指をのばして額にあて、底辺のない三角をつくるように)、
   ちょきはスペシウム光線(両手を肘で折り、右手を垂直に、左手を水平にかまえて交差させ、十字をつくるように)、
   ぱーはメタリウム光線(両手を肘で折り、右手を垂直に、水平にかまえた左手の指先を右手の肘につけ直角に)、
   上記以外は通常のじゃんけんのルールに添います。
   【註壱。】 実際に光線を出すのは反則です。場合によっては法に触れるような事態が起こることがあります。
   【註弐。】 「型」は当事者同士の話し合いにより自由に変更をしてかまいません。
         尚、ウルトラキック、ウルトラパンチ、タロウの自爆等を「型」にするのはとってもデンジャラスです(はぁと)♪

 アーケード街の入り口で、互いに僅かばかりの距離をとって綾香様とバルタン星人様が対峙します。
「負けたほうは身につけているものを一枚ずつ脱いでください。脱衣時間は六〇秒の制限時間を設けます。
制限時間のオーバー、着衣しているものを全て脱いだ場合、もしくはギブアップ宣言で敗者となります。よろしいですね」
 両者、頷きます。――では。
「Beam ――FLASH !」

 デヤッ! 綾香。メタリウム光線。
 ヘアッ! バルタン星人。スペシウム光線。 ――バルタン星人 うぃん!

「くっ」
 悔しそうに綾香様が下唇を噛みます。
 今まで“ちょき”しか出せなかった者が、喉から手の出るほど出したいものといえば、“ぐー”しかないっ。
 そういった戦略での“ぱー”の選択だったのでしょう。
「…仕方ないわね」
 制服の上着に手をかける綾香様。腕時計とか靴とかそういった「小細工」をせず、いきなりですか。さすがです。
 しかし、私はその手を制します。
「お待ちください。綾香様」
「――何?」
 射るように睨む綾香様に私は進言します。
「綾香様は私のために勝負をしてくださっているのです。ですから、脱ぐのは私が妥当だと思います」
 そうです。綾香様を恥ずかしい目に合わせるわけにはまいりません。
「え?」
「バルタン星人様。それでよろしいですね」
「ふぉっ!」
 了承、です。
「ありがとうございます」
「セリオ、あなた、まさか最初からそのつもりで――っ?」
 驚いたように私を見つめる綾香様。私は――メイドロボットですから。マルチさんのような心なんて、ない…ただのメイドロボットですから…。
 ですから、大勢の見知らぬ人達の前でどんな姿をさらそうとも、恥ずかしくなんて、恥ずかしくなんて……、

 ――ごくり。

 唾を呑み込む不特定多数の音を全方位からセンサーが拾います。ううっ。

 恥ずかしいですぅ。
 ちがいます。

 制限時間もあり、躊躇ばかりしているわけにもいきません。
「それでは、――脱ぎます」 あうあう。
 私は恥辱のために上気する頬をできるだけ意識しないようにしながら、震える手で、片方の耳のカバーを外しました。
 外野、ブーイング。
「ま、そんなことだろうと思ってたけど」
 と、安堵の溜息をつく綾香様。なぜでしょう? 私はこれほどまでにも汚れてしまった気持ちで一杯ですのに。
「そんじゃ二回戦、いくわよ」
「ふぉっ!」
 軽口を叩きながらもめまぐるしい速さで綾香様は考えているのでしょう。
 相手は“ぐー”狙いで、こちらが“ぱー”を出せば勝てるものと。しかし相手はその裏を読んで“ちょき”を出すはず。
 ならば“ぐー”しかないと――。
「Beam ――FLASH !」

 デア”! 綾香。 メタリウム光線。
 アア”! バルタン星人。 スペシウム光線。 ――バルタン星人 うぃん!

「ふぉっふぉっふぉっふぉ♪」
 綾香様。
 更にその裏を読まれましたね。さすがです。
 でも意味無いです。ダメダメです。
「…あやかさま」 ついぼうよみになってしまいます。もちろんひらがなです。
「そ、そんな恨みがましい眼で見ないでよっ」
 しかたがないですね。そういうきまりですから。
「それでは、――ぬぎます」 あうあう。
 わたしはちじょくのためにじょうきするほおをできるだけいしきしないようにしながら、ふるえるてで、もうかたほうのみみのかばーをはずしました。
 外野、ブーイングの嵐。なぜ?
「そんじゃ三回戦、いきますか♪」
 軽いですね、綾香様。なぜ?
 私がこんなにも恥ずかしーめにあっているというのに。もう、耳、まっかっかです。ぷしゅーっ。
「二度の対戦でだいたいの傾向はつかめたわ」
 綾香様、余裕の微笑み。ただ目だけが笑っていません。
「ふぉっ?」
「バルタン星人、次であなた――」
 残虐そうな冷たい笑みを浮かべたまま、握りしめた拳に立てていた親指を、くいっと下に落とします。 「終わりよ」
「ふぉっ!」
「Beam ――FLASH !」

 ジョワッ! 綾香。 エメリウム光線。
 ダア”ッ! バルタン星人。 スペシウム光線。 ――綾香 うぃん!

 膝からその場に崩れ落ちるバルタン星人様。
「条件反射だかお約束だかしんないけど」 死者に鞭打つ綾香様。 「ようするにあなた…、“ちょき”しか出せないのよ」
「ふぉ〜」
 あ。さて。負けた以上はバルタン星人様にも脱いで貰わなければなりません。
「ふぉ〜ぉ」
「どうするの? 脱ぐの? それとも負けを認めるの?」
 だいいち、脱ぐものがあるのでしょうか。
「…ふぉっ」
 あ。立ち上がられました。不動の姿勢をとられます。
 そのまま。刻々と秒針だけが進みます。

「?」と綾香様。 「?」と私。

 と。
「どわあああっ!!!!」
 どよめくような悲鳴が観衆の皆様から沸き上がりました。
 タイムリミットぎりぎりでバルタン星人様。脱ぎます。大胆に脱いでゆきます。
「ぶ、無気味っ」
 てゆーか、脱皮です。脱皮。
 一張羅の古い皮を脱ぎ捨てて、真っ白なお姿になったバルタン星人様がおっしゃりました。 「ふぉ」

「さすが…手ごわいわね」
 宇宙忍者ですから。
「ふぉっふぉっふぉっふぉ」
「でもね。私だって負けるわけにはいかないのよ!」
「ふぉっふぉっふぉっふぉ!」
「Beam ――FLASH !」

 エ”アッ”! 綾香。 エメリウム光線。
 ヤ”アッ”! バルタン星人。 スペシウム光線。 ――綾香 うぃん!

 スペシウム光線のポーズを決めたまま、バルタン星人様、かたまってしまいました。
 白い柔らかそうな肌が夕陽に照らされて、きれい。
 エメリウム光線のポーズのまま、綾香様がおっしゃいます。 「あんた、――ばか?」
 そのようでした。

 いくら宇宙忍者といえども、脱皮したばかりのおにゅーの柔々な新皮を脱皮することはできないらしくて。
 バルタン星人様はギブアップを宣言なされました。

「ふぉっ」 「訳】 今回は私の負けを認めるとしよう」
「ふぉっ」 「訳】 このバス停は君たちのものだ」
「ふぉっ」 「訳】 私は、第二の故郷を求め、再び旅に出る」
「ふぉっ」 「訳】 私の星は狂った科学者の核実験により爆発した。君たちも…、火遊びにはせいぜい気をつけることだ」

「訳】 いいな…小娘達! 慎重に、あくまで慎重にだ……」

 最後だけは生真面目な口調で、人類への警告なんか発しながら、バルタン星人様はいずこともなく去ってゆきます。
 火をつけた葉巻をハサミにさしてくゆらせて。アーケードを吹き抜ける風に紫煙がたなびきます。
 恰好つけていらっしゃるようですけれど、あなた、野球拳で負けたんですよ? 女子高生に剥かれたんですよ?
 なんてゆーか、やれやれです。
「一件落着ね」 と、綾香様。お疲れ様です。
 綾香様。にこやかに微笑みながら耳カバーを拾いあげると、私に手渡してくれました。

 ところかわって。
 無人のバス停。
 バス到着。
「え?」
「…あ」 あ。あ。
 バス出発。
「…行っちゃったわね」
「…あう」
 ――なんかダメです。ダメダメです。



■おまけ。

「綾香様。――これ、いかがいたしましょうか」
 バルタン星人の抜け殻を前に無表情に立ち尽くすセリオ。
 仕方がないので全長二メートルほどのそれを脇に抱えて綾香、帰宅。

 ねーさん おーよろこび。

 その日の芹香お嬢様の絵日記。可愛らしい文字で、
「棚から バルタン星人」
 意味不明。



■おまけ。そのに。

 いつもの時刻、いつもの場所で、いつものようにバスを待っているマルチに、メフィラス星人が迫っていた。
 高潔なメフィラス星人は武力でバス停を征服することを好まず、その前に地球の純粋な少女の心を手に入れたいと考える。
「……え、わたしに『あなたにバス停をあげます』って云えとおっしゃるんですか?」
「そんなの困りますぅ。バス停をあげちゃったら、わたしやセリオさんが研究所に帰れなくなっちゃいます……」