カーテンで減少した柔らかな陽光が、部屋を仄かに照らす。 「……うーん」 浩之は、まだ気だるさの残る瞼を少し開けた。 身体が重い。昨日の疲れが残っているのかもしれない。 顔を横に向けると、マルチが幸せそうな顔をして眠っている。 ――俺よりねぼすけなメイドロボもなあ。 そう思うが、それを不快に思った事は一度もない。 その寝顔を見るたび、微笑が零れる。 それに昨日の夜は燃えた。 いや燃えた。 そりゃあもう、モリモリ燃えた。 何がどう燃えたのかは余人には知ることは出来ないが。 布団から出ようとしたとき、手にひやりとする感触が伝わってきた。 ガバリと掛け布団を剥ぎ、敷布団を見つめる。 ――あった。 ――見事な世界地図が。 今までは笑って許した。 まあ、可愛いとも思った。 だが、仏の顔も三度までという。 それに浩之は人間だった。 「短気」と分類されるくらいに、感情的な。 「ま〜〜〜〜〜る〜〜〜〜〜ち〜〜〜〜〜!!」 「ふに〜なんでしょ〜」 寝ぼけ眼を擦りながら、マルチは起き上がった。 「なんでしょうじゃねえだろ、なんでしょうじゃ! これ見ろ!」 びしりとオネショの痕を指差す。 二本指で、しなを作って。 どことなく月影先生風。 「はぁ……アフリカ大陸さんに似てますね〜」 「アフリカ大陸さんじゃねぇぇぇぇ!! 何か、お前はアレか? これで世界制覇するつ もりか? そのたびに俺は後ろ指をさされなきゃならねえのか? 『あ〜ら、藤田さんと ころ、今日はアフリカ大陸よ。もう高校生になるのに、ドゥフフフ…』って近所のオバチャ ンに指差されなあかんのか? みんなに笑われてお日様にも笑われる、被害妄想気味の、 お魚咥えたドラネコ追っかける人みたいに指を差されるのか? 俺はそんな指差され人生 いやだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 気持ちも分かるが、悲観すぎ。 「はぁ……それじゃあ、今日ちゃんとほしときますう」 「ちがうっつうの」 ぺしっ。 「あうっ」 「駄目だ駄目だ駄目だ! そんな事じゃ駄目だ!! もうおねしょは卒業だ。グラデュエー ションだ。『禁オネショ』。今日からこれが藤田家家訓その一だ。この家訓を破ったもの には、罰だ。目には目を、歯に歯を。byハンムラビ法典。分かったか!!」 びしりと指をマルチに差す。 二本指で、しなを作って。 どことなく月影先生風。 「あの〜、ハンムラビさんってなんなんですか?」 マルチ理解度0%。 ごすっ。 「ほぶっ」 ナイスボディ。 「つまり、オネショをしたら、罰ということだ」 「……はあ」 「それにマルチ。お前は今日オネショをした。だから罰な。当然の結果な。因果応報、天 網恢恢疎にして漏らさずな」 「はあ〜、罰というのはイイコトなんでしょうか?」 「そうか…そんなに期待しているのかぁ…ふふふ…それじゃあ行くぜえ! 第一回『チキ チキマルチ折檻ゲ〜〜〜ム』!! 今日のお題はこれ!! 『なでなで5千』さ〜〜〜あ、 覚悟して行ってみよ〜〜〜い!!!」 妙にハイテンションのまま、手を高く突き出す。 どうでもいいが、それは罰か? 「はわわわわ、そんなうれし恥ずかしなんて、罰さん素敵ですう」 頬をそめ、いやんいやんと顔を振るマルチ。 絶対勘違いしてる。 「泣き叫べぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 「あ〜〜〜〜れ〜〜〜〜〜」 こうやって、マルチの記憶にまた一つ、間違った単語が刻み込まれてゆく。 ――翌朝、藤田家―― 「ま〜〜〜〜〜る〜〜〜〜〜ち〜〜〜〜〜!!」 「はい〜なんでしょ〜」 「なんでしょうじゃねえって言ってんだろ! 堪忍袋の緒は切れる為にあるんだぁぁぁぁ ぁぁ!! 今日と言う今日は許さねえぜ!! 第二回『チキチキマルチ折檻ゲ〜〜〜ム』 !! 今日のお題はこれ。『ふきふき1万』さ〜〜〜あ、覚悟して行ってみよ〜〜〜い! !!」 「そんな〜〜〜嬉しいですう〜〜〜〜〜」 「苦痛の呻きを聞かせやがれぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 「はわわわわわわ〜〜〜〜〜〜〜」 のほほんとした朝餉の町並みに、黄色い声が染み込んでいく。 藤田家の朝はいつも賑やかだ。 羨ましいぐらいに。 ------------------------------------------------------------------------- マルチをいじめたくなって書きました。 随分前に書いたもので、ノリだけで書いたような気が……。 お見苦しいと思いますが、ご容赦を。