コストダウンを図ってみたら 投稿者:いぬ君 投稿日:3月22日(水)00時27分

「でね、マルチのコストダウン版を作ろうと思っているんだ」
「あの感情のないのが廉価版じゃないんですか?」
「廉価とは、難しい言葉を知ってるねえ」
 いつものあの公園。
 オレとおっさんは、こんなさわやかに晴れた日に二人してハトに
餌をやっていた。
 遠目に見ると、二人は恋人同士に見えるかもしれない。

 絶対に見えん。

「で、どんな感じのを作ろうとしてるんスか?」
「研究所のほうでも、候補は幾つか上がっていてね………」
 長瀬(研究員)は、その幾つかの候補とやらを、浩之に話した。


 1,局地戦用マルチ

「ていうか、なんスか? 局地戦用ってのは………」
「うむっ! 良くぞ聞いてくれた!」
 なんか、めっちゃ嬉しそうな長瀬研究員。
 目が輝いてるのは、気のせいか。
「実はだね、今のHM型は汎用型メイドロボなのだよ」
「汎用型?」
「そう、汎用型」

 つまり、来栖川重工の未来を担う新型メイドロボの共通コンセプトは、
『どんな環境でも使える』というのを全面的に掲げていたわけだ。
 しかしそれだけでは用途が広い分、細やかなサービスができないのではないか、
ということから、新たなる消費者開拓を含めた、新型メイドロボのコンセプトから
出てきた考え方である。

「で、ようするに、どういう事なんだ?」
「つまりだね………」

 局地、つまり、ある特定環境下での使用を目的としたメイドロボ開発。
 例えば砂漠では、砂などの微粒子がギアなどに詰まると、活動能力がとたんに
下がってしまう。
 そのために、ギアの周りに防砂用の膜をつけたり、ギア自体をなくしたりなど、
いろいろなマイナス面を排除していこうという考え方らしい。
 汎用性がない分、パーツの専用率がアップし、他の部分に力を入れなくて良い分、
安く済むということだ。
 ほかにも、水中型・寒冷用地型・湿地型などが計画されている。

「で、なんで、『戦う』っていう字が入ってるんスか?」
「それはだね、かっこいいからだよ」
「………………」
「やっぱり、君もそう思うかい?」
「呆れてるんスけど………」
「じゃあ、これはどうかね」


 2,不必要パーツ排除型マルチ

「なんスか? 不必要パーツってのは」
「うむっ! 良くぞ聞いてくれた!」
 なんか、また目が輝いている長瀬さん。
 口元なんかは、さわやかに笑ってるし。
「周知のこととは思うが、メイドロボの基本コンセプトは、人のヘルパー的な存在として
 存在しているって事なんだよ」
「まあ、なんとなく分かる気がするけど………」
「例えばだね………」

 歩くという行為を考えてみよう。
 生物がなんの支えも無しに、二本足で歩くというのは進化の上で最も重要なことの
一つとして考えられている。
 人間を代表とした霊長類は、二足歩行をすることで手を使えるようになり、その結果が、
脳を発達させる要因となったわけだ。
 しかし、進化上重要であっても、ヘルパー能力になんら関わりがあるわけではない。
 それよりも、二本足で歩くという行為が時間やコストの上で無駄になっているのでは
ないか?
 ならば、いっそのこと、二本足ではなくホバーにしてしまおう、という考え方から
生まれた製作コンセプト。
 メイドロボは自己進化能力があるわけではないので、この際、排除しても
構わないという考えなのだ。

「………………」
「おっ、想像してるね」
「あの、一つ聞いていいっスか」
「なんだい?」
「ちゅうことは、別に手が体から生えてる必要がなくて………」
「そう、有線コントロールでもいいわけだ」
「もしかして」
「脱出機能はデフォルトだ」
「………………」
「男のロマンだもんな」
「違いますよ」
「そうか………。 じゃ、これはどうかね」


 3,変形型マルチ

「なんすか、変形型って?」
「うむっ! 良くぞ聞いてくれた!」
 またもや嬉しそうな長瀬さん。
 今度はガッツポーズまで入れてるし。
「例えば、セリオなんかは、デフォルト機能で要人警護ができるわけなんだが………」
「まあ、高級品だからな」
「でね、マルチにもその機能を入れてみようって考え方なんだが」
「でも、一般家庭用っスよね?」
「実はだね………」

 例えば、一般家庭の方々が、夏の海に行ったとしよう。
 あ、子供が溺れてる!
 助けに行かなきゃ!
 でも、あんな沖のほうだ!
 どうしよう!
 そんなときに、マリンチェンジ(高速ボートにチェンジ)できるマルチがいたら
どうだろう。

「いや、どうだろうって言われても………」
「便利だとは思わないかい?」
「ていうか、ライフガードに任せれば………」
「違うんだよ………」
「何が違うんスか?」
「変形は」
「別にロマンじゃないっスよ」
「………………」

 まあ、そのあとにもいろんなマルチ計画が出てきたが、特筆するべきものもない。
 今のマルチでも、充分やっていけそうだ。
 研究所の奴ら、アニメ見すぎ。
 ていうか、ガン○ムの。


 んで、数ヵ月後。
 またもや、晴れ渡る青空の下、浩之と長瀬は公園にいた。
「良い知らせがある」
 唐突に長瀬が切り出した。
「………なんスか? 良い知らせって」
「実は、あのコストダウン版が、やっと生産ラインに乗ったんだよ」
「へ!?」
 あの、局地うんたらとかのアレか?
 てっきり、冗談かと思ってたのに………。
「で、どんなのになったんスか?」
 浩之はちょっと気になり、長瀬に聞いてみた。
「いや、いくら君とはいえ、極秘事項なんでね………」
 歯切れの悪い答えをする。
「ちょっとだけでも………」
 気になってしょうがない感じに、浩之がしつこく聞く。
「う〜ん、しょうがないなあ」
 まんざらでもない顔をして、長瀬は笑っている。
「本当の意味で、廉価版だ。 ………今はこれしか言えない」
 意味ありげな笑みを浮かべると、そのままどこかに行ってしまった。
「………なんだ? 『本当の意味』って………」


 んで、またもや数ヵ月後。
 浩之は、あかり・志保・雅史・マルチと連れ立って、大型のショッピングセンターに
やってきていた。
 それもこれも、あのノストラダムスよりも不確かな『志保ちゃんニュース』によって。
「で、志保。 お前の見せたいものってのは何だ?」
「んふふふ………。 まあ、ついてらっしゃい」
 そして、到着したのは、メイドロボ売り場。
「志保? メイドロボ売り場って………」
 あかりが不思議そうな声を上げる。
「ううぅ〜〜〜〜、浩之さ〜〜〜ん。 わたし、買い換えられちゃうんでずがぁ〜〜〜」
 最後は鼻詰まりの声なんかで、マルチが泣きながら浩之に抱きついていた。
 無論、鼻水なんかは浩之にべったりだ。
「おい、志保。 オレは別にメイドロボなんていらねぇぞ」
「違うんだってば。 まあ、ついてきてみそ」
 志保を先頭に、あかり、雅史の順に進んでいく。
 浩之はマルチオプションがついているので、運動能力は低いのです。
 ずりずりマルチを引きずりながら、浩之は遅れまいと頑張った。
 しかし、やっぱり遅れた。
「………たく。 ほら、マルチ、離れろ」
「でぼ〜〜〜。 ずでらでるのばいやでず〜〜〜。」
 何を言ってんのか、もはや分からない。
 浩之は、目線をマルチの高さに合わせた。
「オレがマルチを捨てたりするわけないだろ。 こんなかわいい奴を」
「ぶぶ〜〜〜。 じろゆきざ〜〜ん」
 解読不可能なのだが、愛という絆で結ばれている二人には、言語問題など
豆腐で出来た壁よりもろいのだ!
 その時だった。
「きゃ〜〜〜〜!」
 遠くから、あかりの悲鳴が聞こえた。
「あかり!?」
「ばばびざん!?」
 いや、人の心配の前に自分を心配しなさい、マルチ。
 特に顔の辺り。
 浩之ダッシュ!
 マルチもダッシュ!
 鼻水振りまいてるけど………。


 無事、あかりたちの下にたどり着いた二人の目に映ったものは!!
「きゃ〜〜〜〜! かわいい〜〜〜〜!」
 などと、嬌声をあげるあかりの姿だった………。
 来栖川ルームなどと名づけられたこの一角は、来栖川グループの新作やらなんやらの
商品が目白押しの売り場なのである。
 大企業の特権だ。
 そんなところであかりちゃんは何をしているのかというと………。
 なんか抱っこしてた。
 それはなんか、マルチに似てた。
 ていうか、マルチそのものジャン!
 緑色の髪、耳についてるセンサー、どれをとってもマルチちゃん。
 でも、浩之の横にいる本物と違うのは、『二頭身ディフォルメ』になってるってとこか。
 耳当てなんか、バランス悪いぐらいおっきいけど、それがなんか愛らしい。
 そんなのが、よちよち歩いてたり、ズボンのすそ引っ張ったり、抱っこされて眠ってたり。
 かわいい事この上ない。
 志保は、二頭身マルチの手を持って、『せっせっせ〜のよいよいよい♪』なんて事を
してるし、雅史にいたっては、『姉さんに買って貰おうかな』なんてなことを呟いている。
 浩之とマルチは、何がなんだかわからない。
「やあ、こんにちは」
 そんな挨拶が、浩之とマルチの後ろから聞こえた。
 二人が振り向くと、そこには。
「おっさん」
「主任さん」
 そう、あの馬面………、もとい、長瀬が立っていた。


「で、なんなんだ、アレは」
 浩之は来栖川ルームにあるベンチに腰掛けながら、長瀬に聞いてみた。
 マルチはというと、二頭身マルチと一緒に遊んでいる。
「ああ、あれね。 あれが廉価版のマルチですよ」
「廉価版って………」
「通称『チビマルチ』っていうんです」
「どっかのアニメのキャラクターみたいだな………」
「でもね、あれでも、人工知能入ってるんですよ」
「マジ!?」
「能力低いですけど」
 缶コーヒーを飲みながら、長瀬は答えた。
 ふぅ〜とか言いながら、ため息ついてる。
 まさに、コーヒーブレイク。
「あれは、メイドロボとしての能力は、あまりないんですよ」
「だろうなあ………」
「で、今の社会に必要なものはなんだろうと、考えてみたんですよ」
「ていうと?」
「『愛』ですよ」
「愛〜〜〜っ!?」
 こんな顔から、愛なんて言葉が出るなんて思ってもみなかった。
 そんな、むちゃくちゃ失礼なことを、浩之は考えた。
「現代人は、時間を有効に使うことに躍起になっています。 そんなに急いだって、
 いい結果が出るとは限らないのに」
「まあな」
「忙しいことが、生きていく上で最も重要なことだと勘違いしているのかも
 しれませんが………」
「それとこれと、どんな関係があるんだよ」
「ようするに、この娘を見ることによって、心の余裕を取り戻してくれたらなあと………」
「あんたの余裕じゃないのか?」
「まあ、そうとも言えますけどね」
「まったく、会社の金をこんな風に使っちまって………」
「じつはですね………」
 声が小さくなる長瀬。
「まさか、あんた、また違うことにも………」
 同じように小さくなる浩之。
「ピンポ〜ン♪」
 長瀬は、浩之のほうにブイサインを向けた。
「実はですね、マルチタイプだけじゃなくて………」
「まっ、まさか………」
「チビセリオを………」
「マジ?」
「プロトタイプなんですが、………欲しい?」
「ほっ、欲しい、マジで!」
「はっはっはっ………。 考えときますね」
「ぜってーだかんな!」
 ベンチから立ち上がって、浩之はガッツポーズを決めた。
 そんな彼に、みんなの目線が集まった。
 うっ、と引く浩之。
 そんな彼の足元に、一体のチビマルチが近づいてきた。
 よちよちと、おぼつかない足取りだ。
 やっとこさ浩之の下にたどり着き、ズボンをシッカとつかむ。
 そして、浩之の顔を見上げて、にぱっ、と笑いかけた。
 ぬお、かわいいぞ。
 浩之も、一発で彼女のファンになってしまったようだ。
「………なあ、マルチ。 お前も妹が欲しいよな」
 チビマルチを抱き上げ、その顔を見ながら浩之は言った。
「えっ? そんな、浩之ちゃん………。 まだ、結婚もしてないのに………」
 嬉しそうに言うが、そういう意味じゃないぞ、あかりちゃん。
「えっ? そんな、浩之………。 まだ、こんなに明るいじゃないか………」
 ていうか、雅史。
 君は、何を言ってるんだ?


 んでもって、数ヵ月後。
「ぶぶ〜〜〜。 びぼぶぎざ〜〜ん」
 なんか、マルチがまた泣いている。
 なんで泣いてるのか、ちょっと見てみよう。
「ほ〜〜ら、チビセリ。 たかいたか〜い」
 ちっちゃいセリオが、浩之に高い高いされている。
 なんか嬉しそうだ。
 さすがに、セリオタイプなので表情変化が乏しい。
 でも、微妙に笑顔。
「ん? チビマルもやってほしいのか?」
 浩之の服をつかんで、それをぎゅっぎゅ引っ張ってる。
 悲しそうな顔をして。
「しょうがないなぁ。 ほ〜〜ら、たかいたか〜い」
 チビマルチも高い高いをされると、めっちゃ笑顔になった。
「ううぅ〜〜〜。 私もやってほしいですぅ〜〜」
 そんなマルチに気が付いた浩之は。
「なんだ、お前もやってほしかったのか。 ほら、おいで」
 その瞬間、にぱぁ、と笑顔になったマルチは、浩之に高い高いされるのであった。


 しかし、窓の外には、そんな彼らを見つめる影があった。
「ううっ、浩之ちゃぁ〜〜ん」
「ううっ、浩之ぃ〜〜〜」
 しっかり、二人のの影があったとさ。

                              <おしまい>

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 どうも、初めまして。
 いぬ君といいますです、はい。
 乱筆なところもありましょうが、ご容赦の程を………。
 もし、変なところがあれば、ガンガン叱ってください。

 なんか、チビマルチがいたらカワイイかなぁって、思っちゃって………。
 ネタがかぶってたら、ゴメンなさいです。
 


http://inu_kun.tripod.co.jp/inu.htm