その日の晩飯は、ずいぶんと豪華だった。 「ふう、マルチもだいぶ腕を上げたな。 これも、あかりのお陰かな?」 オレは夕食後のひとときを、ソファーに寝転がってテレビを見ながら過ごしていた。 「えへへへへー」 後片づけを終えたマルチが、コーヒーを持ってきた。 そして、嬉しそうな顔をしてオレにすり寄ってきた。 「どうした、今日はえらく甘えんぼだな?」 「今日は、記念日なんですー」 「え?」 しばらく思い返してみる。 なでなで記念日でもなし、ふきふき記念日でもないし・・・ 「今日は、わたしが浩之さんと初めて出会った、記念日なんですー」 そうだっけか? 「あの時期の出来事は、わたしのメモリーの大切な部分にしまってあるんです。 テスト運用最終日のことは、わたしの一番大切な思い出ですー」 オレも、忘れるわけがない。 桜の舞う中の、二人っきりの卒業式。 いつものゲーセンでとった、ネコプリ。 マルチが「恩返しだ」って、うちに来たこと。 そういえば、「ミート煎餅」なる珍品を作ったんだったなぁ。 ・・・そして、一夜の契り。 マルチがオレを「ご主人様」と呼んだ、最初の日だった。 オレ達はあの頃の思い出に、ひととき話の花を咲かせた。 しばらくしてマルチは、やや改まった顔でオレにこう切り出した。 「浩之さん、わたしの夢をご存じですか?」 「・・・いや。 メイドロボの夢って、どんな夢なんだ?」 「わたしの夢は、優しいご主人様とその家族のために、お仕えすることです。 今わたしには、素敵なご主人様がいます。 えーと、えーと、できればご主人様に奥さんをもらってほしいんです。 わたしがいるために、大事なご主人様が何かを捨てるのは、いやなんですー」 単刀直入なやつめ。 マルチが何を言いたいのか、始めから分かっていた。 ・・・オレは、まだあかりとの関係を進めることができないでいた。 あかりの気持ちには、ずっと前から気付いていた。 しかしオレは、それに答えることができないままずるずると今まで来てしまった。 今までの関係が壊れそうで。マルチを裏切るような気がして。 こんなどっちつかずのままじゃ、あかり自身にも悪いような気がして。 二人の関係を、進めることも引くこともできないでいた。 ふと、あの頃にあかりと交わした会話を思い出した。 『でも、マルチちゃんみたいなメイドロボだったら、いいかな』 マルチがオレの所へ来て以来、あかりは時々マルチに料理を教えに来てくれる。 そのときの炊事場に立つ二人の後ろ姿を思い出してみる。 ・・・なかなかいいんじゃねぇか。仲のいい姉妹みたいだし。 オレは冷めたコーヒーを一気にあおると、決心を固めた。 「マルチ、オレ明日あかりと少し話してみるわ」 「はいー、よろしくおねがいしますー」 マルチはにっこり笑って、そう言った。 「あ、浩之さん、わたしの一番好きな歌、知ってますか?」 「ん? 『仰げば尊し』か?」 「はい、そうですー。 浩之さんがわたしのために歌ってくれた、歌ですから。 ・・・大事な思いでの詰まった、歌ですから」