桜の花が・・・ 投稿者:丹石 緑葉 投稿日:4月22日(土)03時20分
 その日の晩飯は、ずいぶんと豪華だった。
「ふう、マルチもだいぶ腕を上げたな。
 これも、あかりのお陰かな?」
 オレは夕食後のひとときを、ソファーに寝転がってテレビを見ながら過ごしていた。
「えへへへへー」
 後片づけを終えたマルチが、コーヒーを持ってきた。
 そして、嬉しそうな顔をしてオレにすり寄ってきた。
「どうした、今日はえらく甘えんぼだな?」
「今日は、記念日なんですー」
「え?」
 しばらく思い返してみる。
 なでなで記念日でもなし、ふきふき記念日でもないし・・・
「今日は、わたしが浩之さんと初めて出会った、記念日なんですー」
 そうだっけか?
「あの時期の出来事は、わたしのメモリーの大切な部分にしまってあるんです。
 テスト運用最終日のことは、わたしの一番大切な思い出ですー」

 オレも、忘れるわけがない。
 桜の舞う中の、二人っきりの卒業式。
 いつものゲーセンでとった、ネコプリ。
 マルチが「恩返しだ」って、うちに来たこと。
 そういえば、「ミート煎餅」なる珍品を作ったんだったなぁ。
 ・・・そして、一夜の契り。
 マルチがオレを「ご主人様」と呼んだ、最初の日だった。

 オレ達はあの頃の思い出に、ひととき話の花を咲かせた。
 しばらくしてマルチは、やや改まった顔でオレにこう切り出した。
「浩之さん、わたしの夢をご存じですか?」
「・・・いや。
 メイドロボの夢って、どんな夢なんだ?」
「わたしの夢は、優しいご主人様とその家族のために、お仕えすることです。
 今わたしには、素敵なご主人様がいます。
 えーと、えーと、できればご主人様に奥さんをもらってほしいんです。
 わたしがいるために、大事なご主人様が何かを捨てるのは、いやなんですー」
 単刀直入なやつめ。

 マルチが何を言いたいのか、始めから分かっていた。
 ・・・オレは、まだあかりとの関係を進めることができないでいた。
 あかりの気持ちには、ずっと前から気付いていた。
 しかしオレは、それに答えることができないままずるずると今まで来てしまった。
 今までの関係が壊れそうで。マルチを裏切るような気がして。
 こんなどっちつかずのままじゃ、あかり自身にも悪いような気がして。
 二人の関係を、進めることも引くこともできないでいた。

 ふと、あの頃にあかりと交わした会話を思い出した。
『でも、マルチちゃんみたいなメイドロボだったら、いいかな』
 マルチがオレの所へ来て以来、あかりは時々マルチに料理を教えに来てくれる。
 そのときの炊事場に立つ二人の後ろ姿を思い出してみる。
 ・・・なかなかいいんじゃねぇか。仲のいい姉妹みたいだし。
 オレは冷めたコーヒーを一気にあおると、決心を固めた。

「マルチ、オレ明日あかりと少し話してみるわ」
「はいー、よろしくおねがいしますー」

 マルチはにっこり笑って、そう言った。

「あ、浩之さん、わたしの一番好きな歌、知ってますか?」
「ん? 『仰げば尊し』か?」
「はい、そうですー。
 浩之さんがわたしのために歌ってくれた、歌ですから。
 ・・・大事な思いでの詰まった、歌ですから」