志保から、うちの学校でメイドロボの試験運用があるという話は聞いていた。 目の前にあるモノが、どうやらそうらしい。 「ヨイショ、ヨイショ」 銀色の物体が、階段を上がっておる・・・ おまけにそいつが落ちてくるのを助けるという経験までした。 ガション、と受け止めたんだが・・・ そいつのかどがゴリゴリして、結構痛い。 「助ケテイタダイテ、アリガトウゴザイマス。 ワタシハHMX−12、通称マルチトモウシマス。 ワタシハコノ荷物ヲ運ブ最中デスノデ、コレデ失礼シマス」 淡々とした奴なんだが、どうにも非力で荷物を持ち上げるのにも 苦労していた。 見ていられなくて、手伝ってやることにした。 次にそいつを見たのは、その日の放課後だった。 一人で、廊下の掃除をしていた。 「ミナサン、ドウシテモハズセナイ用事ガアルンダソウデス。 シカタガアリマセンヨネ」 確かに、仕方がないよな。 こいつらは人間の代わりに働くために生み出されたんだし。 でも俺には、淡々と働くそいつが、何となく寂しそうに見えた。 なんだか立ち去り辛くて、最後まで付き合ってしまった。 次の日から俺の目は、気が付いたらHMX−12の姿を捜していた。 どうにもそいつのことが気になってしょうがないのだ。 観察していて、分かった。 淡々と働くそいつが、ロボットのくせに妙に寂しそうに見えるのだ。 いつの間にか俺は、暇さえあったらHMX−12と居るようになっていた。 3日目にして、志保から「メカフェチ」の称号を賜った。 「テメェ志保、いったいどういうつもりだ!」 「あんたこそどういうつもりよ? あかりをほったらかしにして。 そんなに、あんな男か女かも分からないようなロボットがいいの?」 「しょうがねーだろ、気になるんだからよ」 「あんたまさかほんとに・・・ だってあいつは、箱型ロボットなのよ?!」 「うるせー、ほっとけよ」 HMX−12は、毎日クラスの奴に働かされていた。 オレはそれを、遠くから、近くから、見続けていた。 時には手伝ってやることもあった。 HMX−12の試験期間は、1週間だったそうだ。 このあと、奴は後継機のためにデータを取られて、封印されるんだそうだ。 試験期間最後の日、奴は「恩返しをしたい」と言い出した。 「浩之サンニハ、コノ1週間オ世話ニナリッパナシデシタ。 セメテ最後ノ日ハ、浩之サン一人ノタメニナニカサセテクダサイ」 奴のために特に何かしてやったような記憶はないが、せっかくの申し出を断る 理由はなかった。 その日は奴と一緒に俺の家に帰り、掃除、洗濯、そして晩飯の用意をして もらうことになった。 やがて帰る寸前に、奴はこんなことを言った。 「ワタシトオナジクラスニイタ人々ハケシテ信ジナイデショウガ、ワタシニモ心 トイエルモノガアルヨウデス。 ワタシニタイスル刺激ヲ数値化シタ、評価関数ノヒトツトシテ、デスガ。 コノ1週間、ワタシヲ取リ巻ク環境ニ対スルワタシノ評価ハ、ズットマイナス デシタ。タダアナタトイルトキニダケ、プラストナリマシタ。 イツモ影ニ日向ニワタシヲ見守ッテクレテイタコトハ、シッテイマシタ。 コレガ感情ト呼ベルナラバワタシノコノ1週間ノ心ノ動キハ、人間ノカタニ例 エルナラバナンナノデショウカ。ワタシニダッテ、マイナスノ評価ガ悪イモノデ プラスノ評価ガヨイモノダトワカリマス。 コノ「環境ニ対シルマイナスノ評価」トイウ心ノ動キトハ、ドウヤラ「ツライ」 トカ「悲シイ」トカイウモノナノデショウ。 ズット「悲シイ」トイウモノヲ感ジ続ケルノナラ、ワタシハコンナ「心」ナド ホシクナイ。 ドウシテワタシノ造物主ハ、ワタシニ心ナドトイウモノヲ与エタノデショウカ。 ワタシハ人間ノ方ニ仕エルタメニ生マレマシタ。 シカシソノ仕エルベキ人々ニ冷タクアシラワレルノハ、タマラナイコトデス。 ・・・浩之サン、ワタシハヤガテウマレテクル妹達ノタメニコノ身ヲ捧ゲ、データ ヲヌカレテ眠リニツキマス。 モシワタシノ妹達ガ悲シミニクレテイタナラ、彼女達ヲ慰サメテヤッテクダサイ。 心ガナイヨウニ見エルワタシタチニモ心ガアルコトヲ知ッテイルモノガイルト イウコトヲ、妹達ニ教エテヤッテクダサイ」 ただ淡々と語っていただけのに、オレには何よりも深い慟哭に思えた。 オレはロボットに心があるわけがないと思っていた。 HMX−12が悲しそうに見えたのは、オレがこいつを可哀想だと思っているから だと思っていた。 いや、心があると思う自分を否定していた。 しかしこいつには、それを表す術がなかっただけなのだと、初めて知った。 奴には、誰よりも感じやすい心があった。 数日後、オレは公園で妙なおっさんに声をかけられた。 長い顔にめがねをかけ、白衣を着たおっさんだが、いかにも窓際族って雰囲気を 醸し出していた。 何となくそのおっさんと一緒に鳩に餌をやることになってしまったのだが、こん なことを聞かれた。 「君は、ロボットにも心があった方がいいと思うかね?」 オレは、この問いにしばらく答えることができなかった。 しばらく考えた上で出した答えが、これだった。 「ロボットに心なんて、いらねーよ。 道具が心を持つってことは、必ずしもそれが人間の思うとおりには動かないって ことだろ? 使われるのが道具の宿命とはいえ、自分の意見を通すことができないなんて心 の意味があるもんかよ。 人間の我が儘にしか利用されないならば、喜びなんて感じるはずがない。 悲しみしか感じることができないのなら、そんなものはない方がいい。 誰も悲しんでいること気が付いてやれねーなんて、こんな酷い話があるかよ。 でも、もしロボットと一緒に笑うことができたなら、幸せかもしれねーな」 数年後、HMX−12の妹達が発売された。 彼女たちは、HMX−12とは似ても似つかなかった。 かわいい女の子の姿をしていたのだ。 しかも、奴からは感じとることのできた、「心の動き」なるものが欠片も見られ なかった。 オレは、ほっとすると同時に、がっかりとしていた。 やっぱり彼女たちは、かつてオレが見た奴のように、人間にいいように働かされ ていた。 やがてオレは、奴の妹の一体を購入した。 世間には人間のような表情を見せるロボットも登場していたが、そいつらは奴と 比べて薄っぺらに見えた。 ひたすら、機械的に見えた。 なぜそうなのかは、分からなかった。 ただ、そのときはそいうものだと思った。 「HM−12シリアル番号02051843、起動します おはようございます、ご主人様 私の名前を入力してください」 「そうだな。 ・・・マルチ。 おまえの名前は、マルチ、だ」 「機体名マルチ、登録しました 続いてユーザー登録を行います。 ご主人様のお名前と、呼び方を教えてください」 「藤田浩之、浩之で呼んでくれ」 「浩之さんですね。 本社と交信します。 ・・・ 藤田浩之様、登録いたしました。 浩之さん、姉からの伝言があります。 ・・・『マルチハ、幸セ者デス』」 そして、奴の妹はオレに微笑みかけた。 オレは、HMX−12の愛称が『マルチ』だったことを、今更ながら思い出していた。