痕・外伝〜山椒魚〜 投稿者:あかすり 投稿日:3月23日(木)00時35分
…このSSは故井伏鱒二氏の有名近代文学小説『山椒魚』をパクったSSであります。
 故人に対して失礼になりうる可能性を持っているので故人の熱烈なファンは心を静めてお読みください。

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 リズエルは悲しんだ。
彼女は、彼女の棲家であるヨークから外へ出てみようとしたのであるが、太った腹が出口につかえて外に
出ることができなかったのである。
今はもはや、彼女にとって永遠の棲家であるヨークは堅牢な牢獄となったのである。
強いて出ていこうと試みると、彼女の腹は出入り口をふさぐコルクの栓となるにすぎなかった。

「なんということなの!?」
彼女は狼狽し、かつ悲しんだ。
恒星間を飛行中に自作の料理を食べ過ぎたのが原因なのだろうか?
否、そんなハズはない。同じ料理を食べた彼女の妹達は彼女と正反対にゲッソリやつれて『太る』とは縁の
無い体になったのだ。流石はエルクゥのダイエット料理、……しかし何故、料理を造った自分だけが……?


 彼女はヨーク内部の彼女の下半身を許されるかぎり広く動かしてみようとした。
リズエルの様なタイプは自分を束縛するものに対しては持てる最大限の抵抗をして対抗するのだ。
…が、彼女の腹はわずかな動きすら許そうとしないほどに入り口にフィットしており、彼女は足をジタバタ
動かすことができただけであった。

…一方、そのころ彼女の妹達、アズエル、エディフェル、リネットは配下のエルクゥ達と共に藩の討伐隊と
戦っていた。彼女達は戦いの楽しさに溺れ、姉のことをすっかり忘れていたのであった。
そんなリズエルは皆が出ていったまま戻らないので、いよいよ自分は見捨てられたものと思い込んでしまっ
た。

彼女は深い嘆息をもらしたが、あたかも一つの決心がついたかのごとくつぶやいた。

「いよいよ出られないと言うのなら、わたしにも相当な考えがあってよ!」

…しかし、悲しいかな。戦闘においては別にしても日常生活に関して全く知己のない彼女には何一つとして
うまい考えがある道理はなかったのであった。



 ある夜、妹達の一人、エディフェルがヨークへ戻ってきた。
彼女は今青春まっただなかにあるらしく、時々何かを思い出しては顔を赤らめ、幸せそうに笑うのだった。
リズエルはエディフェルにいったい何があったのか、問いただしたい衝動を覚えたが我慢した。
もしも、まだ自分に恋愛経験がないことをこの恋愛の真っ最中の妹に知られたら失笑を買い、姉の威厳が失
われるではないか。

(…だけど、エディフェルったらどんな男を捕まえたのかしら?)

そんな彼女の思いなどつゆ知らずエディフェルは何か一生懸命に物思いにふけっていたのだった。
彼女は得意げに言った。

「姉さんは男や恋愛について悩んだりはしなかったわよ。(見栄っ張り)」


彼女はどうしてもヨークの外に出なくてはならないと決心した。
いつまでも考え込んでいるほど愚かなことはないではないか。
今は妹相手に見栄を張っている場合ではないのである。
彼女は全身に力を込めて、ヨークの外へ体を押し出した。
…けれど彼女の腹は出口の穴につかえて、そこに厳しくコルクの栓を詰める結果に終わってしまった。
それゆえ、コルクを抜くためには、彼女は全身に力を込めて、後ろに身を退かねばならなかった。

この一連の動作を観察したエディフェルは心中密かに姉を笑うのだった。
隠しもせずに豪快に笑うアズエル、この状況下で笑うことすらためらうリネット。
心中密かに行動を起こすのはエディフェルの十八番であったとさ。


リズエルは再び試みた。
それは徒労に終わった。
なんとしても彼女の腹は入り口につかえたのである。
そのうち、彼女の目に涙が流れだした。

「ああ神様!たった、食い意地が張ってたというだけで…そんなことの罰で一生涯わたしを閉じ込めてしま
うなんて……横暴よっ!訴えてやるわ!覚悟しときなさいよ!!」


彼女の怒りは何処へと届くのか?
そして彼女は果たして脱出できるのであろうか?


彼女の現状を哀れと嘲笑してはいけない。そんなことをすれば脱出後に八つ裂きにされることは想像にかた
くない。


…が、そんな心配をよそに日頃の人間関係等を理由にわざと弱者を嘲る輩も存在する。
この場合に当てはまるのは……アズエルである。
アズエルは先程からのリズエルの泣き言も含め全ての行動を観察していた。そして日頃の恨みとばかりにリ
ズエルに対し暴言を繰り返した。

もしも、アズエルに冷静とまではいかずとも普段通りの思考能力が備わっていれば、少しでもリズエルの怒
りのパワー、火事場のクソ力を考慮していれば…多少の嘲りこそすれ、度を過ぎた暴言は吐かなかったかも
しれない。

しかし、不幸にもアズエルにそんな知恵はなかった。
あるのは目の前の身動きできない獲物をどう馬鹿にするか、しかなかったのだ。


「へっへ〜、いいザマだね、リズ姉!」

「あ、アズエル…!!」
リズエルも狼狽する。この瞬間、最も会いたくない相手に会ってしまったことを直感で理解したのだろう。
…が、そんなリズエルにもアズエルは容赦しない。

「腹がつかえて動けないなんてマヌケだね〜。」
「まるで『くまの○ーさん』だ!」
「だいたいあの激マズ料理でどうやって太るんだ!?」
「足をくすぐってやる!」
「頬をつねってやる!」


ほとんど子供のイタズラだったが、それでもリズエルの怒りを誘うには充分すぎた。

…が…、

「…アズエル、わたしが悪かったわ。もう料理もしないし、威張ったりもしないわ。だから…ここから出る
のを手伝って…。お願い…。」

「…しょうがないね〜、リズ姉は。ホラ、手出しな、引っ張るよ。」
ご丁寧に涙まで流しての懇願であるが、もちろん演技である。
内心、彼女のはらわたは沸騰してグツグツ煮上がっているのだ。
それでして、アズエルをも騙すその演技力。決してアズエルが単純なだけだったからではない。

思えば、これが彼女の転生後にも受け継がれる秘伝『偽善』の始まりだったのかもしれない。


「ホラ、引っ張るよ!」

…ずずっ……ぐいぐい………ぎゅ〜〜〜〜っ…………すっぽん!!




こうして、リズエルの苦悩はアズエルのバカ力によって終焉を迎えたのだった。
…が、これでは終わらない。
アズエルには地獄が待っているのだ。



周囲の温度がキッカリ3℃減少する。
視線のレーザービームがアズエルの恐怖心を直撃する。

「ア・ズ・エ・ル・ちゃ〜ん…さっき、いろいろと言ってくれたわよね〜。」

「ひいっ!?な、なんだよ!助けた恩人に向かって!!」

「それはそれ。これはこれ。」

「そ、そんなムチャクチャな…!!」

「覚悟しましょうね〜(にっこり)!!」

「ひ、ひえぇぇぇぇぇえぇぇっっ!!!!」


その夜、アズエルの悲鳴がそこら中に届きましたとさ。


―エディフェルとリネットは…
「次郎衛門…(らぶらぶ)」

「お兄ちゃん…(あつあつ)」

「二人とも…拙者が生涯をかけて愛してみせるでゴザルよ!!」


こうして、長きに渡っていちゃいちゃして暮らしたそうな…めでたしめでたし。