「耕一さん、耕一さん、見て下さいよコレ。」 そう言って、千鶴さんが差し出したのは鍋だった。 「なんですか…コレ。」 「鍋ですよ。」 「そうじゃなくて…どうしたんですか?」 「買ったんですよ。」 「どこで…?」 「実は昨夜深夜のテレビショッピングで紹介してて、一目見た瞬間にビビッときて思わず電話しちゃったんです。(てへ)」 「またか」……と思いつつ苦笑する。 最近、千鶴さんはこのテの商品にハマっている。 先週も直径1mはあろうかという蚊取り線香を嬉しそうに俺に見せに来た。 「…で、いくらしたんです…その鍋?」 「…2万円ですぅ。」 「………」 「…そんなに見つめちゃイヤですぅ…。」 「…先週の蚊取り線香は5000円の5個セットだったよね?」 「ええ。」 「ウチには、もう捨てる程にあるよね…鍋?」 「ええ。」 「それで………鍋?」 「ええ。」 「なんで……?」 「超合金製なんです。」 「ソレが…」どうしたの?と言い終える前に「劇薬を料理に使っても、鍋が傷つかないんです。」 と遮られた。…劇薬って…。 「千鶴さん、前から言おうと思ってたんだけど…」 「それだけじゃないんですよ。この鍋のスゴイとこ。」 聞いちゃいねぇ。 「変形するんですよッ!」 「…変形?」 「そう、変形。」 「ど、どんな風に?」 「さぁ…?」 「「さぁ」?」 「取り扱い説明書には『変形しますよ、奥さん』としか書いてませんもん。」 「千鶴さん、ソレ…」騙されてるよ。と言い終える前に「購入特典もスゴイんですよ!」 と遮られた。 「購入した人には、もれなく…『ウッドボールのうた』のテープが当たるんですよ!」 「う、うっどぼーず?」 「ウッドボールですよ、耕一さん。知りませんか?」 「…知らない。」 「漫画家の桜玉吉が歌ってるんですけどね…。」 「悪いけど…知らないよ。」 「そうですか…。でも、イイ歌なんですよ。」 千鶴さんはそう言うと鍋を片手に「ウッボ〜、ウッボ〜、ウッボッボ〜」と奇妙なフレーズを口ずさみながら台所へと姿を消した。 今月も家計は火の車だ…。