下校中、マルチに会った。 マルチはオレを見つけると、浩之さぁ〜〜ん、と叫んでこっちに駆けて来た。 今までの経験から云って、マルチはオレの丁度2メートル30センチ手前で派手に転ぶと推測した。 オレはマルチが嫌いじゃない。むしろ好きだ。そりゃもう、毎日帰宅後に人形相手に『なでなで』の練習をしてるくらい好きだ。 だが、オレはこの一瞬、マルチがこちらに向かってきて、オレの予測した地点でコケる瞬間、その一瞬が堪らなく好きなのだ。 今日もマルチはコケるだろう。 …あと2メートル… …あと1メートル30センチ… …よし!残り1メートル切ったッ!!… …残り30センチ!さぁ、派手にコケてオレを「よっしゃあ!」って喜ばせてくれ!… …おおっ!右足が滑ったッ、滑ったゾ!!… すとっ すとっ?………………マルチは転ばなかった。 呆然と立ちすくむオレにマルチはにこやかに語り出した。 「どうです、浩之さん?実はあんまり転ぶんで主任さんに調整してもらって、とっさの受身を可能にしたんですよ。」 …マルチの言葉はオレの耳には届いていなかった。 マルチが転ばない…そ、そんな……オレの…オレの密かな楽しみは… 「…マ、マルチのばかやろおっ!転んで『うえぇ〜ん、すびばせ〜ん』って言わないマルチなんてマルチじゃねえッ!!」 「ちっくしょぉぉぉぉッ!!」 オレは泣いた。久しぶりに本気で泣いた。