仏…マルチの場合 投稿者:あかすり 投稿日:2月24日(木)01時02分
 下校中、マルチに会った。

 マルチはオレを見つけると、浩之さぁ〜〜ん、と叫んでこっちに駆けて来た。


 今までの経験から云って、マルチはオレの丁度2メートル30センチ手前で派手に転ぶと推測した。


 オレはマルチが嫌いじゃない。むしろ好きだ。そりゃもう、毎日帰宅後に人形相手に『なでなで』の練習をしてるくらい好きだ。


 だが、オレはこの一瞬、マルチがこちらに向かってきて、オレの予測した地点でコケる瞬間、その一瞬が堪らなく好きなのだ。


 今日もマルチはコケるだろう。

 …あと2メートル…


 
 
 …あと1メートル30センチ…




 …よし!残り1メートル切ったッ!!…




 …残り30センチ!さぁ、派手にコケてオレを「よっしゃあ!」って喜ばせてくれ!…





 …おおっ!右足が滑ったッ、滑ったゾ!!…




 すとっ




 すとっ?………………マルチは転ばなかった。

 呆然と立ちすくむオレにマルチはにこやかに語り出した。

 「どうです、浩之さん?実はあんまり転ぶんで主任さんに調整してもらって、とっさの受身を可能にしたんですよ。」



 …マルチの言葉はオレの耳には届いていなかった。


 マルチが転ばない…そ、そんな……オレの…オレの密かな楽しみは…




 「…マ、マルチのばかやろおっ!転んで『うえぇ〜ん、すびばせ〜ん』って言わないマルチなんてマルチじゃねえッ!!」




 「ちっくしょぉぉぉぉッ!!」

 オレは泣いた。久しぶりに本気で泣いた。