まじかる☆バスターズ(9) 投稿者:アホリアSS 投稿日:6月24日(土)16時31分
 わたしは藍原瑞穂です。牧部なつみさんの事件も無事に解決し、新しいお友達がたくさ
んできました。
 そうそう。沙織ちゃんの後輩で、倫子ちゃんと慎一さんという方がいました。なつみさ
んはそのお二人とも仲直りできたそうです。慎一さんに見せた幻影…なつみさんはココロ
と呼んでいますが、それをどう説明したのでしょうか?
 なつみさんに聞いてみましたが「……秘密よ…」だそうです。

 あの日の後、なつみさんは毎日五月雨堂で魔法の特訓を受けています。
 わたしも時折五月雨堂を訪れ、リアンさんから魔法のことを教わりました。わたし自身
は魔法は使えませんが、知識があれば祐介さんのお役に立てるかもしれません。

「なつみさんってすごく上達が早いんです。もう『ねずみレベル』の魔法なら使えるよう
になっているんですよ」
 リアンさんが嬉しそうに言いました。でも、ねずみレベルとは…
「もしかして魔法のレベルごとに動物の名前がついているのでしょうか…」
「そうです。ねずみの上がねこ、いぬと続くんですよ。なつみさんは無理すれば『ねこレ
ベル』もなんとか使えます」
「あの… それではリアンさんは?」
「わたしはだいたい『かもしか』までなら覚えてます。スフィー姉さんみたいに『マウン
テンゴリラ』のレベルになるには、まだまだ修行が足りないですが」
 魔法のレベルではリアンさんよりスフィーさんの方がずっと上ということですね。
 リアンさんの言葉に、なつみさんは残念そうにうつむいています。
「いいなあ…私はまだねずみか… せめてねこぐらいは…」
 はぁ。魔法というのは、わたしの想像を絶する世界なんですね。いろいろな意味で。そ
ういれば、スフィーさんは最初に会った時と比べて大きくなっていました。まだ二十二歳
には見えないですが、元の大きさに戻りかけているそうです。

 なつみさんがうつむいていた顔をあげて、こちらを見ました。
「瑞穂さん、今日は祐介さんは?」
「祐介さんなら、今日は大学の講義がありますのでこれないですよ」
「そう… つまんないなぁ…」
 この子、まだ諦めていないのでしょうか。あの一件の次の日、なつみさんは祐介さんに
交際を申し込み、そしてきっぱりと断られたはずです。たがいに友達でいようってことに
なってたのですが。
「瑞穂さん、お願いがあるんだけど」
 なつみさんはわたしの顔を覗き込むようにして微笑みました。すこし不気味です。
「瑞穂さん達の探偵団…アストラルバスターズでしたっけ… それに…」
「だめです」
「まだ何も言ってないよ」
「アストラルバスターズに入りたいっていうのはお断りします」
「どうして?」
「どうしてもです。アストラルバスターズは祐介さんも含めて四人と決まってるんです」
「ケチッ。団体ものっていうのは五人が普通だと思うけど」
 それでは香奈子ちゃんに入ってもらいましょう。それで五人です。
 わたしとなつみさんのやりとりを見て、リアンさんがくすくす笑ってました。と、リア
ンさんがこちらを見て言いました。
「祐介さんにも魔法使いの素質がありそうですよ。精神の魔法だけで言えば『じんべいざ
め』か…もしかすると『ざとうくじら』までいっているかもしれません」
「そうなんですか? なんとなくすごいレベルのようですけど」
「もし魔法学校でちゃんとした教育を受けられれば、きっとすごい魔法使いになれますよ」
 さすがは祐介さんです。そう言えば魔法使いのエリアさんは、祐介さんがこの世界の勇
者だと言ってましたっけ…
「リアンが教えればいいんじゃないの? 祐介さんに」
 なつみさんが言いました。
「いえ…わたしは精神系は苦手なんです。姉さんの得意分野なんですが、姉さんは他の方
に教えるのがちょっと…」
「あ、なるほど…」
 なつみさんはうんうんとうなずいています。
 わたしは、祐介さんが魔法使いの格好をしているところを想像してみました。
 ・・・・・・・・・・・・・
 あ、あまりお似合いではないかも… 

「今月の30日だよね。リアンたちが帰るの…」
 なつみさんが真顔になって言いました。スフィーさんとリアンさんは、この世界の修行
期間を終え、グエンディーナへ帰るそうです。
「はい。30日の午前二時頃ですがら、29日の夜と言えるかもしれません」
「私も見送りにいっていい?」
「は、はい…かまいませんよ」
「あ、私もいいですか。祐介さんや瑠璃子ちゃん、それに沙織ちゃんも見送りたいって言
うはずです」
「……はい…」
 リアンさんは寂しそうにうつむいています。せっかくお友達になれたのに残念です。


 そして、スフィーさんとリアンさん達の別れの日がやってきました。その日の深夜、わ
たし達は五月雨堂の近くの公園にきました。すでにスフィーさんとリアンさん、健太郎さ
ん、それに健太郎さんの幼なじみという結花さんという方も来ていました。
 そこでスフィーさんは思いがけないことを言いました。

「あたしたち、やっぱり帰らないコトにしたよ。この世界でやってみたい事もいろいろあ
るし、あたしがいなくなったらけんたろが寂しがるだろうしね」

 確かにスフィーさんがいなくなれば、健太郎さんは寂しくなるでしょう。お二人は恋人
同士ですから。スフィーさんの言葉を聞いて、沙織ちゃんも喜んでいます。瑠璃子ちゃん
は…無表情を装っていますが、やはりうれしそうですね。そして、祐介さんも… え?
 祐介さん、表情が厳しいです。どうしたのでしょうか…

「何よぉ、祐介。あたしがここに残るのが嬉しくないの?」
 祐介さんの様子に気づいたのか、スフィーさんが不満そうに言いました。
「残ってくれるのはうれしいよ。でもいいのかい? 何の連絡も無しに帰らなければお父
さんやお母さんが心配するだろう。それに修行の為にここに来たのであれば、その成果を
報告する義務があると思う。一度魔法の国に戻って、ご両親と話し合って、改めてこちら
の世界に来るほうがよくないか?」
 祐介さんの言うことももっともです。それでは駄目なのでしょうか。
 スフィーさんは人差し指をあごに当て、考えるようなしぐさで答えました。
「う〜ん……魔法で連絡をとるのは後からでもできるんだけどねぇ。今帰ったら、もう二
度とこっちの世界はこれないと思う。あたし達には次元を超える能力がないの。それを身
につけるには何年かかるかわかんない。だから、他人を魔法で送れる人に頼るしかないん
だけど、そんなことができるのはお父さんとおじいちゃんぐらいだし」
「そうか…スフィーちゃん達には帰る為の魔法がすでにかかってるんだよな」
「うん。その魔法をあたしとリアンで打ち消して、あたし達はこの世界に残るわ。お父さ
ん達には後でちゃんと話す。健太郎と…それにみんなとも会えなくなるのは絶対に嫌だか
ら… あたし達はこっちに残るよ」
「そうか… ごめんね、余計なことを言って。そこまで考えているなら止めはしない。僕
もスフィーちゃん達を応援するよ」
 祐介さんはニコッと笑みを見せました。……暖かい笑顔です……

「スフィー… あたしも魔法で手伝えるかな?」
 なつみさんが言いました。が、スフィーさんは首を横に振りました。
「ちょっと特別な呪文になるからね…今のなつみじゃ、あたし達と同調できない。こんな
ことならこの呪文も特訓しとくべきだったわね」
「そう…」
「大丈夫。なつみも、他のみんなにもできることはあるよ」
 その言葉に、沙織ちゃんが勢いよく割り込んでいきました。
「なになに〜? あたし達にできることなら何でも言ってよ。がんばるから」
「それはね…… 祈るコトだよ」
「祈る? そんなんで手助けになるの?」
「なるよ。人が強く思うってのは、魔法に似たエネルギーを生み出すんだよ。思いの力が
具現化したものが魔法と言えないコトもないしね」

 祈ることですか… そう言えば、香奈子ちゃんが入院してた時、わたしは毎日必死で祈
りました。早く元気になりますようにって。その願いはちゃんとかなえられました。真摯
に祈れば願いはかなうんです。
 わたしたちは、みんなでお祈りすることになりました。『スフィーさんとリアンさんが
この世界にいられますように…』と。

「…あと1分か…」
 健太郎さんが腕時計を見てつぶやきました。その時…
 …ポウ…… …ポウ…ポウ……
 スフィーさんとリアンさんの周りに、蛍のような光が現れました。 これは…?
「これ…スフィーか? キャンセルのための準備を始めたのか?」
「いえ…! 時間よりちょっと早いですけど、帰還魔法が作動し始めたみたいです!」
 健太郎さんの問いに、リアンさんが叫びました。
「じゃあ、急いでキャンセルに入らないと!」
「もう始めてるっ! だから健太郎達も祈って!」
 少し慌てた口調の健太郎さんに、スフィーさんが冷静な叫びを返しました。
「Kroz……Ji……Hanam……」
 スフィーさんとリアンさんは声を揃えて呪文を詠唱しはじめました。わたしたちは必死
で祈ります。わずかな時間で、スフィーさんの額に汗がにじんできました。消耗している
のがわかります。
 スフィーさん達を包む蛍はだんだん増えてきています。でも、スフィーさん達はもう限
界が近いように見えました。
「祐介さん…なんとか…なんとかならないのでしょうか」
「僕の『電波』を使えば、スフィーちゃん達は潜在的な力を一気に引き出して、一瞬だけ
強力な力がだせる。でもそのやり方で魔法が破れるとは限らないし…… 危険過ぎる」
「それでは…祈るしかないんですね」
 わたしは心の中で強く…強く祈りました。

「……わかってたけど…こいつはきついわね…… さすがはおじいちゃんだ。身体から魔
力が抜けていくのがわかるよ……」
 スフィーさんが汗びっしょりになって呟きました。リアンさんも苦しそうに答えました。
「そうですね。……あっ!」
「んっ!」
 二人の身体がゆらりと揺れました。がんばってください。ふたりとも負けないでくださ
いっ!

 ……ニコッ。
 スフィーさんが健太郎さんに微笑みかけました。いつものスフィーさんとは違う儚い微
笑みでした。

「姉さん…もう……目の前が……真っ白に……」
「あたしも……ちょっとヤバイかな?」

 グラリ……
 二人の身体がもう一度大きく揺れ……傾きました。あのまま倒れたら石段に頭を!

 ダッ!
 祐介さんが飛び出し、二人の身体をギリギリで抱き止めました。

「スフィー!」
 健太郎さんが駆け寄ろうとした時、祐介さん達が眩しい光に包まれました。そして、そ
の光は瞬く間に天空へと舞い上がりました。夜空に不思議な輝きが生まれています。
「スフィーーーーー! リアァァァン!」
「祐くーん!」
 健太郎さんと沙織ちゃんが叫んでいます。スフィーさんとリアンさん達だけでなく、祐
介さんの姿も消えています。わたしは… どうすることも出来ずに立ち尽くしていました。

 その時、あたし達の後方で、じゃりっと砂を踏む音が聞こえました。
「一足、遅かったようですね」
 その人は長瀬源之助さんでした。五月雨堂を訪れた時に何度かお会いしました。祐介さ
んの親戚だそうですが、どうしてここに…
「事情はだいたい知っています。しかし、祐介君まで行ってしまったのは予想外でしたね」
 沙織ちゃんが源之助さんに駆け寄りました。
「祐くんが…祐くんがいなくなっちゃった… もう会えないの? あたしたちもう二度と
会えないの?」
 沙織ちゃんは泣いています。源之助さんは落ち着いた声で答えました。
「大丈夫ですよ。彼はこの世界の人間です。いやだと言ってもすぐに送り返されてくるで
しょう。それからスフィーさん達ですが…」
 源之助さんは健太郎さんに話しかけました。
「もう二度と会えない、などど諦めないでくださいね」
「長瀬さん… でも…スフィーはもう…」
「あなたがそんなことでどうするんですか。スフィーちゃんのことです。なんとかもう一
度この世界に来る為にあらゆる努力を惜しまないでしょう。健太郎さんはスフィーちゃん
が頑張れるように心を強く持たねばなりませんよ」
 源之助さんは不思議な人です… この人の言葉を聞いていると、希望が持てそうな気が
してきます。

「……電波…届いたよ……」
 夜空の輝きを見上げていた瑠璃子ちゃんが言いました。
「長瀬ちゃん、やっぱりグエンディーナに行っちゃったんだって。すぐには戻れないけど、
心配しないでくれって……長瀬ちゃんが…」
 はぁ…どうやら大丈夫そうですね。早く帰ってきて欲しいですが。  
 源之助さんが瑠璃子ちゃんに言いました。
「そうですか…では祐介くんに伝えてください。祐介君の親御さんには、祐介君がうちで
泊まっていると話しておくので、心配するなと」
「…いいよ…」

 天空の不思議な光はだんだん薄れていました。ほとんど消えかかっています。
 瑠璃子ちゃんはなつみさんに手招きしました。
「なつみちゃん…手を貸して…あたしだけじゃ届かなくなった」
「え… いいよ」
 瑠璃子さんは左手でなつみさんの手を取り、右手を天に掲げました。

 ちりちりちりちりちりちりちりちりちりちり……

「健太郎さん…… 向こうで… スフィーちゃんが目を覚ましたって」
「え?」
「長瀬ちゃんの電波で… スフィーちゃんの声が伝わってくるよ…ほら…」

 夜空から雪がちらほらと舞い降りてきました。その雪が私の身体に触れた時、頭の中に
声が聞こえました。スフィーさんです。

『健太郎… あたし、必ず… 絶対にまた戻って来るから… 待っててねっ!』
 健太郎さんはグイっと涙をぬぐい、そして天に向かって叫びました。
「待ってるからなーーーーーっ! 早く帰ってこいよーーーーっ!」

 空の輝きはすでになく、しんしんと雪が舞っています。
「電波…届かなくなったね……」
 瑠璃子さんが空に向けていた手を降ろしました。
「でも店長さんの声、たぶんスフィーに届いてたよ」
 なつみさんがそう言って、健太郎さんを見ました。
「だから気を落としちゃ駄目。スフィーを信じようよ。絶対に帰ってくるって」
「そうだな。一度や二度、失敗したって諦めるようなやつじゃないか… 俺はスフィーを
信じる。ずっと待っているよ」
 健太郎さんの顔にも微笑みが戻りました。

 ちりちり…ちりちりちり……

 雪の中にスフィーさんの声だけではなく、祐介さんの声も含まれていました。
『…僕は大丈夫。心配しないで…』
 そうですね。どのような困難があっても必ず切り抜けて帰ってくるでしょう。魔法の世
界グエンディーナ…そこはどんな世界なのでしょうか…

(終わり)

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