まじかる☆バスターズ(7) 投稿者:アホリアSS 投稿日:6月20日(火)02時40分
ネタバレ注意です。
このストーリーは、『まじかる☆アンティーク』の『なつみシナリオ』のネタバレが含ま
れます。この回に限っては『雫』のネタバレも入ってるかも。クリアする前に読んだ場合、
ゲームの面白さを半減させる可能性があります。
タイトル「まじかる☆バスターズ」の『☆』は「アストラル」と読んでください。
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 僕は長瀬祐介。僕の前…いや、ベッドに寝ころんだ僕の上に、裸の女の子がいる。あの
気配を感じたと思ったら、やはり出てきた。牧部なつみさんだ。
 以前に出た時と様子が違う。なつみさんの姿が半透明で、向こうが透けて見える。
『こんばんは……祐介さん…』
 なつみさんが話しかけてきた。耳ではなく、心に響いてくる様な感じた。
「君は誰だ?」
 僕は声に出して言った。
『わたしはなつみ……』
「牧部なつみ、という女の子は知っているよ。でも、君は違うだろ?」
『なつみだよ……わたしも…』
「前に僕が会ったなつみさん…あの子は、君のことを知っているのか?」
『知っているよ。わたしが感じたものは、あっちのなつみも感じている。でも信じていな
いね』
 どういう意味だ? 
『祐介さん…そんなことより…イイコトしよ』
「何を?」
『エッチなこと』
「断る」
 僕は即答していた。
「好きでもない女の子と抱き合う趣味はない。君はそうじゃないのか?」
『好きだよ。祐介さんのこと…ほんとに好きだよ。祐介さんもあたしを好きになって…』
 慎一くんにも同じことを言ったのだろうか。
「悪いけど僕は…君を好きになれないと思う」
『どうして? 私のことが嫌いなの?』
「君だって、いきなり親しくない男の子がせまってきたら嫌だろう? 相手が君のことを
本気で好きでもだ。たとえば、なつみさんと初めて会った日…男の子がいたよね。あの子
がせまってきたとしたら、君はどう思う?」
『慎一のこと? べつになんでもないよ。あの子は』
「………そうか……」
『私が好きなのは祐介さん…あなたよ… …好きになって欲しい… 独り占めしたい… 
あなたを…』
 なつみさんの姿がすうっと薄くなり、そして消えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
 僕は落ち着いている。慎一くんのことで怒るかな…と思ったが、不思議と冷静だった。
ある程度予想していたからだろう。
 まあいい。明日の予定に変更はない。よく眠って気力と体力を養っておくべきだ。
 僕は布団を被り直し、電灯を消した。


 翌日、僕は源之助さんの骨董屋へ出向いた。挨拶の後、源之助さんはこう言った。
「来ると思っていましたよ、祐介さん。今朝、源四郎から電話がありました」
 源四郎? ……長瀬源四郎さんだよな。来栖川家の執事で、セバスチャンというあだ名
で呼ばれている人だ。
「それで、私に何をききたいのでしょうか?」
「あなたの故郷のことを…グエンディーナについてです」
 源之助さんの眉がピクリと動いた。
「そのことですが… 祐介君は、グエンディーナという名前の意味をご存じですか?」
「? ……いいえ」
「グエンとは、すべての物質・エネルギーの根源となるもの… 魔法の力の源となるもの
です。魔法そのものとも言えるでしょう。ディーナとは世界の果て…あるいはその境界と
なるものです。グエンディーナを直訳すれば、さしずめ魔法の世界となるでしょうね」
「源之助さん、僕がききたいのは…」
「まあ、もう少し黙ってきいてください。私はグエンディーナの生まれですが、私の何代
か前の先祖で、この世界に降りてそのまま永住した者もいました」
「・・・・・・・」
「その者は、ディーナという言葉に大地と海の境界を表す『長瀬』という文字を当てまし
た。そして、グエンには発音も似ている『源』という字を当てたのです。その子孫たちも、
姓を長瀬、名を源なにがしと付けるようになったのです。むろん、祐介君の様な例外もあ
りますね」
 そういうことか。僕自身がグエンディーナの血をひいているかもしれない、というのは
芹香さんからもきいていた。
「源之助さん、僕は今、ある事件に関わっています。この本を見て貰えますか?」
 僕は『グエンディーナの魔女』の絵本を取り出した。


 源之助さんの店を出た後、僕は五月雨堂に向かった。健太郎さんとスフィーちゃんに会
う為だ。源之助さんからは貴重な意見がきけた。しかし、この事件を解決するには健太郎
さんたちの協力が不可欠だ。なにしろ、なつみさんと知り合っているのは源之助さんでは
なく、あの二人なのだから。

 が、急遽、予定を変更することにした。五月雨堂の前まで来た時、中から出てきた女の
子とばったり会ったからだ。なつみさんだった。
 僕はニコッっと笑顔を見せた。
「こんにちは。前にも会いましたよね。牧部なつみさん、ですよね」
「え? 名前…どうして…」
「昨日、瑞穂さんからきいたんですよ。あ、私は長瀬祐介と言います」
 僕は思うところがあって、慣れない言葉づかいで話している。
「そうだ。なつみさんにお聞きしたいことがあるんですよ。よかったらお茶に付き合って
貰えませんか」
「いいよ。おごってくれるなら」
 断られたらどうしようかと思ったが、どうやら話をきいてくれそうだ。

 僕たちは喫茶店『HONEY BEE』に来た。
「それで、あたしにききたいことって何?」
 なつみさんが、いたずらっぽい笑みをうかべてきいた。
「昨日、瑞穂さんからこの本をお借りしたんですよ」
 僕は『グエンディーナの魔女』を取り出した。なつみさんの表情が少しかたくなる。
 かまわず、僕は言葉を続けた。
「いい絵本ですね。温かくて…夢があって…それでいて不思議なリアルさがあって。私が
まず気になったのは、作者の名前です。まきべつとむ。もしかしてこの方は…」
「うん。お父さんだよ。あたしがちっちゃい時に死んじゃったけどね」
「そうですか… でも、いいお父さんですね。こんな素敵な話をつくれるなんて」
「お父さん、夢見がちな人だったから…日頃から虚実を交えて話す悪い癖があって… こ
の絵本を開いて、よく話をしてくれた。魔法使いがさも実在するかのような話を。でも、
そんなのは単なる妄想だった」
「そうなんですか…」
「ねぇ…? 祐介さんって、いつもそんな風にしゃべるの?」
「そうな風に…と言いますと?」
「怪しげな『ですます調』で…イメージがなんか違うよ」
「そうですか? 私はいつもこんな調子ですけど」
「そうかなあ… いつもはタメで話してるように思ったけど」

 ふむ。このへんで本題に入るか。僕は口調を戻すことにした。
「そうか。じゃ、丁寧語はやめるよ。こっちの方が喋りやすい」
「あ、やっぱり。そっちの方が祐介さんらしいよ」
「でも、どうして僕のいつもの口調がわかったのかな。話すのは今日が初めてのはずだけ
ど」
「わかんない。でも、前にも話をしたことがある様な気がしただけ」
「もしかして、最近、なつみさんの夢に僕がでてきたのかな?」
 できるだけ軽い口調できいてみた。が、なつみちゃんは黙り込んでしまった。疑うよう
な目で僕を見ている。僕はまっすぐに見つめ返した。
「祐介さん…どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だよ。実は僕も、昨日の夜に不思議な夢を見たんだ。どんな夢かは言わ
ないでおくよ。なつみさんが知らないのなら言っても意味はないし、知っているのなら言
う必要はない」
「祐介さん…あなたはいったい… なんのことを言って…」
 僕はてのひらを下にして、右手をなつみさんの前に置いた。
「なつみさん。僕の手を上に、君の指を乗せてくれないかな。コックリさんみたいな感じ
で」
「え?」
「これから僕が話そうとしていること。話したってたぶん誰も信じない。君のお父さんが
魔法の事を話しても、誰も信じなかったようにね」
「・・・・・・・・・・」
「だから僕は、君に魔法を見せるよ」
 なつみちゃんは、そおっと僕の手を甲を指先で触れた。
 僕は電気の粒が流れる姿をイメージした。

 ちりちり… ちりちりちり……

「え? 何? これ… ちょっと…手が離れないよ…」
「精神電波… オゾム電波パルスとか毒電波と呼ぶ人もいる。人間の思考は電気信号の集
まりだ。僕はそれを操ることができるんだ」
 電波を止めると、なつみさんの指が離れた。なつみさんはまじまじと自分の指先を眺め
ている。
「本当は触れる必要はないんだ。離れていても使える。この電波を使えば、他の人の感覚
をおかしくさせたり、操り人形のように操作することもできる。人の記憶を操作すること
さえ可能だ」
「そんなこと…できるわけ…」
「ま、信じなくてもいい。証明するつもりもないしね。こういう力があるかもしれないっ
てことだけわかってくれたらいいんだ。ところで…」
 僕は絵本のページをパラパラとめくった。
「君のお父さんが書いたこの絵本、僕は実話を元にしていると思っている。魔法というと
信じにくいよね。普通の人にない特殊な力…超能力としておこうか。君のお父さんのいる
町に、超能力を持った女性が現れた。君のお父さんと出会って、一緒の家に住み、いろい
ろな冒険をした。その女性が町を去る時に、町の人から自分についての記憶を消したんだ。
たぶん、お父さんの記憶もね」
「・・・・・・・・・・」
 なつみさんはあさっての方向を向いている。が、ちゃんと聞いているようだ。
「でも、お父さんは思い出したんだ。自分が好きだった女性のことをね。その女性がたぶ
ん、なつみさんのお母さんなんだろう」
「うそ… そんなことない。魔法の国なんて…魔女なんて…全部妄想なんだって、みんな
が…」
 なつみさんの声は震えている。
「あたりまえだ。魔法の国が実在するって? そんな事を言ったって誰も信じたりはしな
い。おかしくなったと思われて当然だろう。魔法の国が本当にあるかどうかは別としてね。
もし、それを信じるとしてたら、それこそ頭がおかしいか、よほど無邪気なのか、あるい
は…」
 僕はいったん口をとめ、ゆっくりと言った。
「あるいは…本当に魔法の国が実在することを知っているかだ」

 僕らはお互いにしばらく黙っていた。やがてなつみさんがボツリと言った。
「それじゃ…祐介さんは…私が魔女の子だって言うの?」
「僕はそう思っている。でも、君は魔女じゃない。魔法の力はあっても、その使い方を知
らないんだ。勝手に暴走してる」
「…暴走って……」
「昨日見た夢を覚えているなら、過去にどんなことをやったかも知っているんだろう。君
の中にいる、もうひとりの君が何をやったかをね」
「…そんなの… そんなの知らないよ。祐介さんは…私にどうしろと…」
「ひとりの臆病な男の子の話をしよう」
「え?」

 きょとんとしている。まぁ、いきなり別の話を始めたから当然か。
「その男の子はいつも逃げてばかりだった。傷つけ合うことが嫌だったから、友達を作ろ
うとはしなかった。勝つとか負けるとかが嫌いだったから他人と競うことはしなかった」
「・・・・・・・・」
「その子はこの世界に存在理由などなかったんだ。ただ呼吸しているだけの肉の塊でしか
なかった。この世界に…居場所がなかったんだ」
 なつみさんは黙って聞いている。
「いつも、逃げてばかりいたから。そんな臆病者をこの世界は必要としていなかった。そ
の子は世界から消されそうな予感に驚怖して、いつも心で泣いていた。そして、妄想の中
で世界の破滅を望んでいたんだ。自分が消されるなら…こっちから先に消してやりたいっ
てね」
 あの頃は…僕には世界が灰色に見えていた。瑠璃子さんや沙織ちゃん、瑞穂ちゃんに会
うまでは…
「でも、その子はある事件で変わったんだ。知り合ったばかりの女の子が危険な目に会っ
ていて… 男の子は逃げなかった。絶対に逃げてはいけない時がある。今がその時だとわ
かっていたから」
 僕はなつみさんを真っ直ぐに見た。
「君は魔法から逃げることはできる。でもね、君の魔法はいつまでもどこまでも、君を追
いかけ続けるだろう。逃げ続ける限り、君は安心して暮らすことはできない。どこかで足
を止めて、立ち向かわないといけないよ」
「……祐介さん… 私は…」
「今すぐどうこうしろとは言わない。魔法のことも、絵本のことも、そう簡単に信じるこ
とはできないだろう。だから、これをだけを言っておくよ。君のお父さんを信じるんだ」
「・・・・・・・・・」
 なつみさんは黙ったままだ。僕は伝票を持って席を立った。
「じゃ、今夜待っているから」
「…? 待ってるって?」
「君の中の、もうひとりの君に言ったんだ。たぶんこれで伝わっただろう。でも…なるべ
くなら服を着ててほしいな」
 レジで支払いをする時、外人のウエイトレスの女の子がこちらをじーっと見つめていた。
少し気になったが、僕は何も言わず勘定を済ませて喫茶店を出た。なつみさんはまだ席に
着いたままだった。

 さてと… 今夜が勝負になるけど、瑠璃子さん達にどこまで話そうか… うちの家系に
関しては源之助さんに口止めされた。個人の問題ではなく、一族全体の問題だからだ。
 『沙織さんと結婚するのでしたらかまいませんよ。その場合は沙織さんも私の親戚です
から』などと言ってたけど…僕はまだ選べない。はぁ…なぜこの国は一夫多妻制じゃない
のだろうか…
 おっと…帰る前に健太郎さんの所にいかないと… たぶんスフィーちゃんにも協力して
貰うことになるだろう。
 僕は五月雨堂に向かって歩きはじめた。

(つづく)

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