まじかる☆バスターズ(6) 投稿者:アホリアSS 投稿日:6月18日(日)01時46分
 くすくすくすくす…
 私は月島瑠璃子。るりるりって呼ばれる事もあるんだよ。長瀬ちゃんは私のことを『瑠
璃子さん』とさん付けで呼ぶ。なんとなく他人行儀なので、私は呼び捨てでいいよって言
ったんだ。でも、今もさん付けだ。そう言えば、長瀬ちゃんからも、名字ではなく名前で
呼んでくれって言われた事もあるよ。でも、やっぱり長瀬ちゃんは長瀬ちゃんだもの。今
更変えにくいな。あ、将来、私が長瀬瑠璃子になったら、私も長瀬ちゃんになるんだね。
そうなったら私は長瀬ちゃんをどう呼べばいいの?

 私は隣に座っている長瀬ちゃんの横顔を見た。真剣な顔で電話の声をきいてる。
 ここは沙織ちゃんの家だ。沙織ちゃんちの電話機には便利な機能があって、声がスピー
カーを通して部屋のみんなで聞ける。さらにマイクも仕込まれてて、電話の相手にみんな
で話しかける事ができるのだ。

 長瀬ちゃんは電話の声に耳を傾けてる。今、瑞穂ちゃんが来栖川芹香さんと電話で話し
ている。沙織ちゃんは喋りたそうだけど、長瀬ちゃんが黙っているので我慢してる。

 話してる内容は絵本の作者の話だ。じゃない、絵本そのものの話だっけ。あれ? 違っ
た。ちょっと話をまとめてみよう。
 二週間くらい前、長瀬ちゃんのところに裸の女の子が出た。実態ではなく幻だそうだ。
その前は沙織ちゃんの後輩の家に出てたらしい。今日、沙織ちゃんと瑞穂ちゃんがその幻
影の本人…牧部なつみちゃんという子に会うために五月雨堂という骨董屋に行った。
 なつみちゃんは幻影のことは何も知らなそうだった。だけど、その子と別れてお店を出
た直後、沙織ちゃん達の前になつみちゃんの幻影が現れた。しかも、魔法のようなもので
攻撃してきたそうだ。
 沙織ちゃん達はなんとか撃退に成功した。同時に、店内にいた本物のなつみちゃんの体
調がおかしくなったという。骨董屋で少し休むとすぐに回復したそうだ。気にかかるのは、
沙織ちゃんが幻影に攻撃したとこと、本物のなつみさんが痛みをうったえたとこが同じだ
ったってこと。

 その後、私たちは沙織ちゃんの家に集まって、今日起こった事を話し合った。瑞穂ちゃ
んが『グエンディーナの魔女』という絵本を持ってきたのだけど、その作者の名前をよく
みると『まきべつとむ』となっている。牧部なつみちゃんと何か関係があるのかな。
 さらに、沙織ちゃんがグエンディーナという名前を思い出した。骨董屋の五月雨堂にス
フィーちゃんという外人の女の子がいるそうだ。スフィーちゃんは「グエンディーナから
来た」と言ってたそうだ。魔法の国からきたのだろうか。

 魔法に関しては去年の温泉旅行で会った来栖川芹香さんが詳しい。私たちは芹香さんに
相談してみる事になったのだ。
 瑞穂ちゃんは、今回の事件について参考意見をきくため、先日から芹香さんに連絡を取
っていた。で、今の状況をだいたい話し終わったところだ。

『……祐介さんお一人とお話ししたいのですが、よろしいでしょうか?』

 芹香さんの声はいつも小さいけど、電話機のスピーカーの精度が高いのでちゃんと聞こ
えてる。面と向かって会話した時よりもよく聞こえるかも。

 たった今、芹香さんは変な事を言った。もしかして、芹香さんも長瀬ちゃんを狙ってい
るの? 芹香さんは藤田浩之ちゃんが好きだと思ってたけど、諦めたのかな。

「芹香さん、ここにいるのは芹香さんの知ってる人ばかりで、みんな信頼できますよ」
 長瀬ちゃんが言った。
『……これから話す事は、事件に直接関わりがあるかどうかわかりません。……ただ、い
ろいろな方々のプライバシーに触れる事です。……私は祐介さん以外の人は知る必要はな
いと思います。……他の方に話すべきかどうかは、話をきいた後で祐介さんの判断におま
かせしたいのですが』
「どうする? みんな…」
 長瀬ちゃんが私たちを見回した。
「いいよ。長瀬ちゃんに任せる」
 私が即答する。
「わたしもいいですよ。祐介さんが話をきいてください」
「う〜ん。どんな話かすっごく興味あるんだけどさぁ。あたし口が軽いからベラベラしゃ
べっちゃいそう。祐くんが代表してきいてよ。あたしからは後で話の内容は質問しない。
でも、祐くんがしゃべっていいと思ったらいつでも話してね」

 私と瑞穂ちゃんと沙織ちゃんは、長瀬ちゃんから少し離れたところに座った。長瀬ちゃ
んは電話のスピーカーを切り、一人で芹香さんと話しはじめた。
 電波をつかえば長瀬ちゃんの心の声をきくことができる。でも、今は聞かない方がいい
のだろう。私は電波をなるべく抑えるようにした。

「祐くんと芹香さん、どんな話をしてるんだろうね」
 沙織ちゃんがヒソヒソと話しかけてくる。
「芹香さんは絵本のことは初耳だそうですが、グエンディーナという言葉をご存じでした。
そのことを話しているのは間違いないと思います」
 瑞穂ちゃんは『グエンディーナの魔女』という絵本に視線を落している。
 私は長瀬ちゃんの方を見た。電波をなるべく受けないようにしているが、少し伝わって
くる。長瀬ちゃんはすごく驚いてる。話の内容にショックを受けてるみたいだ。聞きたい。
聞きたいけど聞けない。こっそり聞いたとしても、長瀬ちゃんは私のことを嫌ったりはし
ない。でも、長瀬ちゃんは私たちを信じてくれてる。それを裏切るのは嫌だ。

「ねえ、瑠璃子ちゃん。このトムって子、祐くんに似てるよね」
 沙織ちゃんの声で、私も絵本を見た。
 絵本のそのページでは、魔法の国から来た見習い魔女ミュージィと、この世界のトムと
の出会いの絵が描かれている。画家志望の青年トム。やや気弱だが、芯の強い、優しい心
の持ち主。
「たしかに長瀬ちゃんに似てる…」
「そうですよね… でも、このトムってひょっとして…」
 瑞穂ちゃんが小首をかしげる。
「魔法の国グエンディーナが実在するとして、この絵本が実話を元にして描かれていたと
します。だとするとトムというのは、作者の『まきべつとむ』のことでしょうか」
「そうだと思うよ。で、『まきべつとむ』ってのは、なつみちゃんの亡くなったお父さん
のことかもしれない」
 沙織ちゃんが続ける。私も二人の考えに賛成だ。
「トムが祐介さんに似ていて、なつみさんのお父さんだとすると… なつみさんのお父さ
んは祐介さんに似ているということですよね。なつみさんは、もしかして祐介さんに一目
惚れをしたという可能性は考えられませんか?」

 ……え? あたしは一瞬、瑞穂ちゃんが何を言ったのかわからなかった。というより、
無意識に考える事を拒否したようだ。沙織ちゃんも硬直している。
「くすくすくす……」
「あはあはあは……」
「ちょっと、瑠璃子ちゃん、沙織ちゃん、現実逃避しないでください。ライバルが増える
かもしれないんですよっ」
 瑞穂ちゃんはいつになく強い声をだした。普段はおとなしいんだけど、長瀬ちゃんや香
奈子ちゃんに関わることだとたまに熱くなる。
「ま、まぁ…なつみさんが祐介さんの事を好きになったかどうかはわかりません。あくま
で仮定の話です。ただ、あの幻影がなつみさんに関係している場合、幻影が祐介さんの部
屋を訪れた動機にはなりますよね。あとはあの幻影の正体がなんなのか、ということです
が」
 それには、私も思いついたことがある。
「…トムがお父さんだったら、お母さんは魔女のミュージィってことだよね。だったら、
なつみちゃんは魔女の血を引いているってことだよ」
「あ、あたしもそう思う。で、あの幻影はなつみちゃんの魔法の力ででたのね」
 沙織ちゃんも同意してくれた。
「なつみちゃん本人はそれを知らないんですよね。ということは、魔法の力だけが勝手に
一人歩きしていることになります。それは危険ではないですか?」
 瑞穂ちゃんが心配そうに言った。
「そうなんだよね〜… 勝手に祐くんの部屋に夜ばいをかけられても、本人が気づいてな
いなら文句も言えないし」
「…………ゃない…」
 今、うまく声がでなかった。
「なに? 瑠璃子ちゃん」
「どうしたんですか?」
 沙織ちゃんと瑞穂ちゃんがきょとんとした顔で私を見た。言いなおすことにする。
「それだけじゃない。…もし、特別な力を持ってて、それを制御できなかったら、大変だ
よ…」
 隆山温泉で会った刑事さんは、忌まわしき血を制御しきれず罪を犯してしまったという。
同じ時に会った女の子は、自分の力の正体に気づくまで、呪われた予言者として周りから
敬遠されてたそうだ。それに…私のお兄ちゃんも…

「なつみちゃんは自分の力を正しく知って、それを制御できないといけないよ。でないと…
誰かを悲しませて…なつみちゃんも悲しいことになるから…」
「でもさあ、瑠璃子ちゃん。なつみちゃんって現実主義者なんだよ。信じさせるのが難し
いんだよ。これが」
「…私が行って直接話そうかな。なつみちゃんと…」
「やめなさいって。あの子にそんな話したら、ぜーったい、頭がおかしいと思われるよ。
そうでなくても変だと思われそうなのに」
 沙織ちゃん、もしかして今、失礼なこと言わなかった?
「あの… なつみさんに、同じような幻影を見せることが出来れば、信じていただけるの
では?」
「あ、なるほどー! 瑞穂ちゃんって頭いいっ」
 沙織ちゃんがポンと手をたたいた。
「でも、どうやって?」
 私がきくと、瑞穂ちゃんは困った様な顔になった。
「芹香さんか…ルミラさんにお願いできればいいのですが…。芹香さん自身にはその魔法
は難しいそうです。なんでもネコか何かを生贄にしないとできないとか。頼めませんよね」
「じゃあ、ルミラさんは?」
 沙織ちゃんがきいた。ルミラさんは吸血貴族でいろいろな魔法が使えるはずだ。
「ルミラさんとは連絡がつかなかったんですよ。またどこかに行商にでかけられているの
かもしれません」
「結局、その魔法を使える人がいないってことね。あ〜あ、瑞穂ちゃんのアイデア、けっ
こういいと思ったんだけどな」
 沙織ちゃんが残念そうに言った。
「いや、そのアイデア、使えるかもしれないよ」
「祐くん…電話、終わったの」
「ああ、話の内容は全部は言えないけど… 話せる部分は話しておくよ。魔法世界グエン
ディーナは実在する。ティリアやエリアの住む世界とはまた違った異世界だそうだ」

 長瀬ちゃんは芹香さんからきいたことをいくつか話してくれた。グエンディーナから、
時折修行の為にこの世界にやってくる者がいること。グエンディーナから来た者達は、こ
の世界で悪行を働くわけではなく、むしろこの世界でよいことをして帰っていくそうだ。
ただ、この世界から去る時は周りの者から自分達の記憶を消していくそうだ。

「瑞穂ちゃん、しばらく僕にこの絵本を貸しておいてくれない?」
「え、いいですけど。どうするんですか?」
「明日、ある人に見せにいこうと思っているんだ」
「祐介さん、それでは私もいきます」
「あ、あたしもあたしも〜」
 瑞穂ちゃんの言葉に、沙織ちゃんも手を上げて言う。
「長瀬ちゃん…私もいくよ」

「だめだ」

 長瀬ちゃん、冷たいよ。瑞穂ちゃんも沙織ちゃんも何か言いたそうな目で長瀬ちゃんを
見つめている。

「ごめん、今は連れて行けないし、その理由も言えないんだ。でも僕を信じてくれ。話し
ていい時がくれば、きっと話すから」

 この時の長瀬ちゃんの目…二年時のあの時と同じだ。瑞穂ちゃんと沙織ちゃんが危なく
なった時、私を帰らせて一人で助けに行った。あの時の目だ。長瀬ちゃん、一人で何かを
やろうとしているの? だめだよ…そんなの…
 長瀬ちゃんは、私の気持ちに気づいたかのように口調を変えた。
「瑠璃子さん、瑞穂ちゃん、沙織ちゃん。僕は君たちを信じている。だから僕は一人だけ
で突っ走ったりはしないよ。明日の用事だけは一人ですませるつもりだけど、その後でみ
んなの力を借りると思う。協力してくれるよね」
「へへ… あったりまえじゃないのっ!」
「祐介さん…私にできることなら、何でも言ってください」
「くすくすくす…長瀬ちゃん…そんなこと、答えは決まってるよ」

 長瀬ちゃんが何を決意したかはわからない。心を読むのはやめておこう。私は長瀬ちゃ
んを信じている。だって…長瀬ちゃんだもの。 
 くすくすくすくす…

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