まじかる☆バスターズ(1) 投稿者:アホリアSS 投稿日:6月8日(木)01時43分
「ほう、これは魔鏡ですね。江戸時代に創られたものですねえ」
 古びた金属製の円盤を見て、長瀬源之助さんが言った。ここは源之助さんの店だ。僕の
親戚で、たしか祖父の従兄弟だったか。ちなみに僕の名は長瀬祐介。大学1年生だ。
「ねえねえ、魔鏡ってなんですか? それ、すごい値打ちがあるんですか?」
 沙織ちゃんが興味しんしんという顔できいている。彼女は新城沙織。現在僕と付き合っ
ている3人の女性の1人だ。例の円盤は沙織ちゃんの家で物置を整理してたときに見つけ
たらしい。
 沙織ちゃんは僕の親戚に骨董鑑定屋がいることを知っていたようで、それで調べてくれ
と言ってきたんだ。僕が源之助さんに電話で相談し、格安で鑑定してもらうことを了承し
てもらったんだ。
 源之助さんは円盤の鏡の面を沙織ちゃんに向けて言った。
「お嬢さん、この鏡に絵が描かれているのはわかりますか?」
「ええ〜? どこどこぉ? ぜんぜんわからないです」
「祐介くんはどうですか?」
 え? 僕は鏡を眺めてみた。鏡といっても表面はくもっていて、顔もはっきりとは写ら
ない。絵などどこにもない。
「何もないですね。ただの曇った鏡です」
「そうですか。では、あちらの壁を見てください」
 言われた通り、壁を見た。天井の電灯の光が鏡で反射し、壁に丸い光があたっている。
そしてそこには……
「ゆ…祐くん、あ、あれって…」
 沙織ちゃんが驚いて口ごもっている。実は僕もびっくりしていた。壁にあたった光の輪
の中にボウっと人形のような影が写っていたからだ。
「驚きましたか。これが魔鏡です。鏡の表面に目に見えないほどの小さなでこぼこがつく
られているんですよ。鏡を見ただけではわかりませんが、光を反射させると文字や絵が浮
きでるようになっているんですねえ」
「へ〜…おもしろ〜い。ねえねえ、この鏡っていくらぐらいですか?」
「そうですねえ。これはなかなかしっかりした造りですし…」
「うんうん」
「百年ほど前の著名な職人が作ったもので、銘も入ってますから…」
「うんうん」
「時価で5万円ぐらいでしょうか」
 沙織ちゃんがずっこけてる。どうやら沙織ちゃんの希望推定価格より何桁か下回ったら
しい。
「ところで修繕はどうしましょう。こちらは無料ではできませんが」
 ってことは、鑑定料はタダにしてくれるってことだな。僕は財布の中をチラッと見てき
いた。
「いくらぐらいかかります?」
「そうですねえ。今の状態をDレベルとしましょう。Cレベルまで修復すると骨董屋に並
べても問題なく売れます。BかAになればそのお店の評判がよくなります」
 なんだかよくわからないたとえだ。
「1レベル修復するのに三千円かかります。どうしますか?」
「じゃあ、Aレベルでお願いします。九千円ですね」
 僕は財布から紙幣を取り出す。
「祐くん、お金なら私が…」
「いいっていいって」
「それでは修繕が終わるまで少し待っててください」
 源之助さんは鏡を持って奥へ入っていた。


 沙織ちゃんはふう、とため息をついた。
「あ〜残念。もーちょっと値打ちがのあると思ったのに」
「世の中そううまくいくもんじゃないさ」
「ま、いいか。長瀬源之助の本物に会えたし」
 源之助さんはテレビの『どこでも鑑定班』という番組に出ているらしい、僕は見たこと
ないが、沙織ちゃんはちょくちょく見ているそうだ。
 この店の中には壺や屏風、お面など、いろいろな骨董品がおかれている。価値はよくわ
からないが、たぶんすごく高価なものだろう。沙織ちゃんも興味深そうに骨董品を眺めて
いる。
「あ、祐くん、あれ見て。あの掛け軸。きれいな人だね」
「ああ、葛飾朴斎の美人画だね。たぶん、この店の中で一番高価なものだよ。数億にはな
るって」
「億ぅ!? すご〜い。もらっていきたくなっちゃった。でも、こっそり持って言っても
すぐバレるかな。どうしよう」
「さ、沙織ちゃん、それは犯罪だよ」
「気にしない。気にしない。想像するだけなら問題ないでしょ」
「そりゃそうだけど…」
 想像するだけなら問題ないか。まぁ、僕だって昔ほどじゃないけど物騒な空想癖がある
もんな。世界を破壊しつくすことなんか考えてたこともあったっけ。
 人間ってのは、いろいろな欲望を持っていて、そこからいろいろな想像をする、それが
犯罪にならないのは理性が抑えているからだ。人が道を踏み外すのは、理性が欲望を抑え
きれなくなったときだ。
 ふと、別の考えが頭に浮かんだ。
 もし欲望だけが一人歩きすることがあればどうなるんだろう。それも、理性が気づかな
いところで。たとえば、僕の精神電波の力が無意識で発動したらどうなるのだろう。今度、
瑠璃子さんにでも聞いてみようか…
 僕は瑠璃子さんの少し翳りのある美しい顔を思い浮かべた。

 ぢ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 と、冷たい視線が突き刺さって我に返った。

 ぢ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 沙織ちゃんが僕をにらんでいた。

「な、なに?」
「祐くん、今、他の女の子のこと考えてたでしょ」
「え? や、やだなぁ…… あ、その美人画の女性が誰かに似てるなと思って」
「そう? う〜ん…… そういえば、ちょっとだけ眼鏡をとった瑞穂ちゃんに似てるかな」
 ふう、なんとかごまかせたかな。

 と、その時、妙な気配を感じた。この感覚は…ティリア…いや、エリアか?
 同時に、店の扉がガラリと開いた。
「こんにちわ〜〜〜〜〜」
「こんにちわ」
 元気のよい声で、小さな女の子が入ってきた。頭のてっぺんの毛が触覚のようにピンと
立っていた。この子、何者だ? さっき妙な気配を感じたけど、今はわからなくなってい
る。その子に続いて若い男も入ってきた。僕らと同年代だろうか。
「はい、こんにちわ」
 声を聞きつけたのか、源之助さんも奥から出てきた。
「あれ、長瀬さんお取り込み中でしたか?」
「いえいえ、かまいませんよ。こちらは長瀬祐介君といって、私の親戚ですよ。それから
お隣の綺麗なお嬢さんは、祐介君のガールフレンドの新城沙織さん」
 源之助さんは僕らのことを紹介した。沙織ちゃん、綺麗って言われて照れている。
 で、源之助さんは僕に新たな来客を紹介してくれた。男の人は宮田健太郎さん。若いな
がら近くの骨董屋の店長らしい。女の子はスフィーちゃん。健太郎さんのところでホーム
ステイをしているとのことだ。
 軽く挨拶をすませた後、沙織ちゃんがスフィーちゃんに話しかけていた。
「へ〜。スフィーちゃんってやっぱり外国人なのね。どこの国からきたの?」
「あのねえ。グエンディーナっていって…」
「ゴホッ! あ、アメリカの町の名前だったよな、たしか…」
 健太郎さんが急に割り込んできた。
「そうなの。日本語が上手ねぇ」
 沙織ちゃんはスフィーちゃんのことを気に入ったようだ。
 と、その時源之助さんがさっきの鏡を沙織ちゃんに差し出した。
「修繕は済みましたよ。どうでしょう」
「わぁ、すごいっ! ピカピカだあ。新品みたい〜〜〜」
「光を反射させてみてください。さっきよりはっきり見えますよ」
 沙織ちゃんは壁に向かって光を反射させた。光の輪の中に絵が見えた。さっきは人形だ
と思ったけど、これは熊か? …あるいは信楽焼の狸…?
「あ、日本魔鏡ですか。珍しいですね」
 健太郎さんが言った。さすがは骨董屋だ。この奇妙な鏡のことも知っているみたいだ。
「わあ、おもしろ〜い。見せて見せて」
 スフィーちゃんが沙織ちゃんから鏡を借りて、覗き込んだ。
「……あれ? どうなってんだろ、これ」
 普通の鏡にしか見えないのだろう。裏をみたり振ったりしている。
「おい、スフィー。乱暴に扱うんじゃない。後で仕組みを説明してやるから」
「うん……」
 スフィーちゃんは沙織ちゃんに鏡を返した。
「沙織さんありがとう。不思議な鏡だね」
「ほんとに不思議ね。あたし、こういう神秘的なものって好きなの。昔は鏡を眺めながら、
『向こうの世界』へ行けたらなぁって思ってたんだよ」
「鏡の向こうの世界?」
「そう。ねえ、祐くんもそーゆーことって考えたことない?」
 話を振られたので、僕はちょっと考えて答えた。
「そうだね。僕も同じようなことを思ってたことがあるよ」
 かつて、僕が望んでやまなかった扉の向こう側… 沙織ちゃんの言う鏡の世界も似たよ
うなものだろうか。
「ふ〜ん。でも、沙織さん。鏡の向こうの世界って右と左が逆になってるんだよね。この
世界とよく似ていて、でも少しだけ違った世界なんだ」
 スフィーちゃんも鏡の世界を想像しているようだ。
 と、源之助さんが口を挟んだ。
「それはちょっと違いますよ」
「違うって、何が?」
 スフィーちゃんが首をかしげた。
「鏡が左右を逆にするとは限らないんですよ。すこし考えてみてください。鏡を見ると確
か左右が逆のように見えますねえ。しかし、なぜか上下は正常に見える。なにゆえ上下は
そのままで、左右が逆になるかわかりますか?」
 源之助さんはいきなり変なことを言った。でも、言われてみると確かに不思議だな。鏡
というものは、そうなるのが当たり前だと思っていたけど。なぜ上下が正常に見えるんだ
ろう?
「あ、わかった」
 健太郎さんがポンと手をたたいた。
「人間の目が2つ、横に並んでいるからそう見えるんでしょう」
 そうかな? 試しに左目を手でふさいで右目だけで見てみよう。
 ・・・・・・・
 だめだ。上下は固定されて、左右だけが逆になる。スフィーちゃんも同じことを試した
ようだ。
「けんたろ〜。右目だけで見ても変わんないよ〜」
「そ、そうか? ふ〜む…」
 その後、僕らは思いついたことを言ってみたが、どれも正解ではなさそうだった。源之
助さんにどういう理屈なのか聞いてみたが、笑っているだけで答えてくれなかった。ひょ
っとして、源之助さんもわからないのかな。
 しばらく話をして、僕と沙織ちゃんは源之助さんの店を出た。


「祐くん、この近くにおいしいコーヒーの飲める喫茶店があるんだって」
 沙織ちゃんが雑誌を取り出して僕に見せてくれた。
「え〜と…… あ、この一番大きく載ってるやつだね」
 ウエイトレスの可愛いお店を特集している記事だ。その中でひときわ目立っているのが
『HONEY BEE』というお店だった。 元気のよさそうな子とおとなしそうな子がいる。なん
となく沙織ちゃんと瑞穂ちゃんの組み合わせが浮かんだ。
「祐くん、このお店ってね。ホットケーキがおいしいんだって。特別メニューに十五段重
ねってのがあるんだけど、あたし食べきれるかなぁ。駄目だったら少し手伝ってね」
 ふふ… やっぱりコーヒーより甘いものが目当てなんだ。
 しばらく歩き、駅の近くまで来た。目的の喫茶店はもう少し先にあるようだ。
 と、近くで少し怒ったような声が聞こえた。
「はなしてよ!」
 そちらを見ると、学生服を着た男女がいた。男の子が女の子の腕をつかんで引っぱって
ろいる。女の子は振りほどこうとしている。どう見ても何か揉めているようだ。
「祐くん、行ってみよう」
 沙織ちゃんはその二人の方に駆け出した。
(つづく)