鬼狩人 西へ(2)  投稿者:アホリアSS


 夢……夢を見ている 
 目の前に一人の女性がいる。一糸まとわぬ全裸だ。おおっ! でかいっ! おっぱいが
でかいぞこの人は。由宇とはえらい違いだ。って、聞かれたら殺されるな。
 しかしこの女性は誰だ? けっこう美人だけど、怖い顔してるなぁ。意思の強そうな目
だ。
 だんだんこっちに近づいて…… いや、違う。あの人は動いていない。こっちが近づい
ている?
 顔がアップになった。キッとこちらを睨んでる。怖いよぉ。女性の右手が妙な動きをし
た…
「痛っ!」 
 左腕に激痛が走った。 


「・・・・・・・・・・・・・・え?」
 千堂和樹は目をさました。机に突っ伏してウトウトしていたようだ。妙な夢を見たなと
首をひねっていると、左腕がヒリヒリと痛むのに気づいた。
「あれ? 何だこりゃ」
 腕にアザのようなものができていた。10円玉くらいの大きさだ。火傷か? さっきまで
はこんなものはなかったはずだ。寝ている間に何かあったのだろうか。 
 ガラッと障子が開き、猪名川由宇が姿を見せた。
「どないしたん? 変な声が聞こえたで」
「俺もよくわかないんだ。ちょっと居眠りしてたら、こうなってた」
 和樹は左腕を見せた。
「火傷? タバコでも吸っとったん?」
「吸わねえよ。何なんだろうな、これ」
「和樹、変な病気でも持っとん?」
「どうゆう病気だよ。こんなのは初めてだぞ。この部屋って何かたたりでもあるんじゃな
いのか」
 ここは由宇の実家の猪ノ坊旅館である。老舗の温泉旅館だ。
「なんでやねん。たたりなんかあるかい。あ、そや。催眠術で相手に火傷負わせるのがあっ
たなぁ」
「催眠術?」 
「うん。相手に目隠しさせてな、”火箸を当てるで、熱いで熱いで〜”とかいいながら、
普通のハシを相手の手に当てるんや。ほしたら、相手がほんまに熱がって、しかも火傷ま
でするんやて」
「いくらなんでもそりゃないだろう。熱がるのはわかるとして、火傷って…」
「ありえん話でもないと思うで。和樹やって梅干の話をしたら、ツバがでてくるやろ。う
まい催眠術師やったら、そのくらいできるかもしれへんで」
「ふーん。でも俺の腕のこれってなんなんだろうな」
「和樹、寝とったんやな。火傷したようなリアルな夢を見て、それで身体が反応したんちゃ
うか?」
「…夢……」

 和樹はさっきの夢を思い出していた。怖い顔で睨んでいた女性。腕がこうなったのはあ
の人が何かをしたのか? しかし、何をされたのかさっぱりわからないが… 
 和樹は軽く首を振った。 
「どんな夢を見たかよく覚えてないな」
 こう言っておくのが無難だろう。巨乳で裸の女性の夢を見たなどと言えるわけがない。
「和樹は怪談を書くんやろ。なんか参考になるかもな」 
「そうだなぁ……ネタを考えてる最中にウトウトしてたんだよな。俺、フロに入ってくる
よ。何かアイデアが浮かぶかもしれない」
「いっしょに入ろか?」
 由宇がニヤニヤ笑いながら言った。からかっているのだろうが、最近は俺も切り返せる
ようになっている。
「おう。じゃあ、先に入って待ってるからな。後からこいよ」
「あほ。冗談にきまっとるやろ」
「しっかし、ここの温泉の湯って血の色に似ているなぁ。味も鉄っぽいし」
「そらそうや。鉄分がたくさんまじっとるからな。温泉の湯は地下にある間は無色やねん
て。地上に出たら、鉄分が酸化して赤くなるんや。その赤い湯を金泉ってゆうんや」
「赤サビの色かよ… ところで、ここの温泉って銀泉ってのもあるんだよな」
「銀泉は無色なんや。2種類の湯がでる温泉って珍しいやろ。あ、そや。和樹、銀泉に入
りたいか? 入りたいやろ!」
「え? そりゃ、今まで入ったこと無いからなぁ…」
「決まりや! 今夜は銀泉を用意したるで!」
 由宇ははしゃいだ声をあげた。和樹は怪訝な顔できいた。
「用意する…?」
「うちとこは金泉しか引いてへから、銀泉に入ろうとおもたら入浴剤を使うしかないや。
めったに入れんから、みんな大喜びやで」
「おいおい。温泉宿で入浴剤か?」
「気にせんといて。成分は一緒や。じゃあ、待っといてな」
 由宇はドタドタとかけていった。和樹はため息をついたが、由宇のうれしそうな様子に
悪い気はしない。



 樫木家は平安時代から家系の続く旧家である。その屋敷の一室で、若い女性たちが話を
している。
「智子ちゃんが言うなら間違いわね。この町に鬼がいるのね」
 巫女装束のような着物を着た長い髪の女性が言った。彼女の名前は樫木蛍子。彼女の前
には妹の美耶子と、その友人の保科智子がいる。
 智子は樫木家に遊びに来る途中、角が2本ある怪物に遭遇した。怪物は智子に襲い掛かっ
てきたが、以前に美耶子からもらっていたお守りを叩きつけると逃げていったのだ。
「智子ちゃん、無事でよかったな。でもすごいわ。いくらお守りがあったからって、冷静
に対処できるなんて。やっぱり、智子ちゃんって強いんやね」
 美耶子が感心したように言った。
「信じてくれるかどうかわからへんけど、私、もっとすごい怪物と戦ったことあるんや」
 智子は1年前の夏の事を思い出していた。仲間達と一緒にガディムと戦ったことを。
「でもお姉ちゃん、これからどうするん? 智子ちゃんは無事やったけど、ほっといたら
また誰か襲われるかもしらへんよ」
 美耶子の言葉に、蛍子は表情をひきしめた。 
「残念やけど、今夜のところはどうしようもないわ。今の樫木家には鬼を退治する力はな
いんよ。鬼が明日までおとなしくしてくれることを祈るしかないわね」
「あ、明日にはお姉ちゃんが言ってた柏木さんっていう人が来てくれるんやね。その人、
鬼を退治する力をもっとるんやな」
 美耶子が言った。その言葉に、智子は不思議そうな顔できいた。
「柏木さんって……隆山温泉の?」
「あれ? 智子ちゃん、知ってるの?」
「さっきゆうた、前に怪物と戦った時って、柏木さんたちといっしょやったんや」

 智子は先ほど遭遇した怪物のことを考えてみた。頭の2本の角。伝説の鬼という怪物だ。
しかし、智子は別の鬼も知っていた。1年前、共に戦った柏木耕一は鬼の姿に変身するこ
とができた。今夜の怪物と、耕一の化身した姿はどこか違っていた。個体差というより、
別の生き物に見えた。 あの怪物はいったい何だったのだろうか。 



 一夜明け、柏木耕一と従姉妹の柏木楓は大阪の地に降りたっていた。朝の日差しの中、
耕一はうーんと、伸びをした。
「いやあ、夜行バスって疲れるな。もうバスはこりごりだ。当分バスには乗りたくない
な」
 楓は無表情で前方を指差した。
「耕一さん、こんどはあれに乗るんだけど」
「げっ! また長距離バス? まじ?」
「あのバスだと温泉街まで行けるから、電車より乗換えが少なくて楽なの」
 耕一はげっそりと肩を落とす。しばらくして顔をあげる。
「楓ちゃん。乗換えが多くていいから電車でいかないか。そっちの方が速いだろ」
「うん。電車でまっすぐ西へ行って乗り換えて、地下鉄で六甲山を抜けて、また私鉄に乗
り換える行き方もあるよ。1時間ちょっとかな。バスより少し速いかも」
「よし、それで行こう」



 和樹と由宇は温泉街を歩いている。山の斜面に作られた町は坂が多く、細い路地がくね
くねと伸びていた。
「なぁ、和樹。ここを舞台にして怪談は無理やで。そういうネタになる話はないもん」
「いや、別にこの町を舞台にする必要はないんだよ。何かヒントになるものがあればいい
んだ。そういえば、昨日は化けグモの話をしていたよな。あのネタで何か話が書けるかな」
「あのな。昨日の滝の近くでは化けグモの伝説はあるけどな。この温泉街ではクモは神さ
んの使いやねんで」
「え? クモが?」
「ここの温泉は三千年前からあるっていわれとうけど、一時的に温泉が枯れたりしたこと
もあるんや。鎌倉時代に仁西上人というお坊さんが、土砂崩れで埋もれた温泉街を復興さ
せたことがあったんや。そのとき、どこを掘ればええか、神さんが化けたクモが教えてく
れたんやって」
「なるほど… じゃぁ、ここではクモは悪役にはしにくいなぁ」
「ちなみに、仁西上人は薬師十二神将にちなんだ十二の宿を作ったんや。それで、ここの
温泉宿は何々坊とつく名前が多いんやな」
「猪ノ坊旅館もそうだな。あれも十二の宿なのか」
「ちゃう。うちとこのは名前だけや」
「三千年の歴史って…その数字に何か根拠はあるのか」
「そやなぁ。ここの温泉は三千年前に大己貴命(おおなむちのみこと)・少彦名命(すく
なひこなのみこと)という神様が見つけたことになっとんのや。そのへんの数字ははっき
りせんな。文献では日本書紀でもでてくるけど、あれは千五百年前くらいやな」
「大己貴命に少彦名命か。知らないなぁ」
「大己貴命は別名で大国主(おおくにぬし)とか大黒(だいこく)様とかゆうんや。これ
やったら知っとうやろ」
「あ、なるほど。それなら聞いたことあるよ」
「さっきもゆうだけど、ここの温泉は時には枯れることもあるんや。千二百年くらい前の
奈良時代に行基というお坊さんが復興させて、八百年くらい前の鎌倉時代に仁西上人が復
興させてな。四百年前には太閤秀吉がここを発展させたんや」
「そう言えば、駅前に秀吉の像があったな」
「ここの土産ものでもヒョウタンの絵がよくあるやろ。ヒョウタンは秀吉の旗印や」
「ヒョウタンかぁ。あ、そうだ。由宇、どっかでヒョウタンの水筒とかは売ってないかな。
マンガのネタに使えそうだ」
「水筒? 売っとうかもしれへんけど、あれはめっちゃ臭いで」
「臭い? ヒョウタンって変な匂いなのか」
「正確にはヒョウタンそのものの匂いとちゃうけどな。ヒョウタンで水筒を作る場合、中
の種を抜かなあかんのや。どうやって種を取り出すかわかるか?」
「さぁ? 棒か針金で取り出すのか」
「はずれ。中に腐った水を入れて、暖かいところでさらすんや。そのうち中の種も腐って、
ドロドロになる。ほしたら、小さい口からでも取り出せるんや。もちろん、その後でよー
く洗うけど、匂いは完全には抜けへんで」
「大変なんだなぁ… 孫悟空の話で、返事した敵をヒョウタンに閉じ込めて溶かすってい
うのがあったが、あれも似た発想なんだろうな」
「和樹、もうちょっと見て回る? それとも地獄谷の方にでも行ってみいひん?」
「どうすっかな。なぁ、昨日鬼が出たって所にいってみないか。何もないとは思うが」
「ええよ。ほなら、今日も山歩きやな」


 トゥルルルル… トゥルルルル… ガチャ 
「はい、柏木です。あ、耕一お兄ちゃん。もう着いたんだね。じゃあ、千鶴お姉ちゃんに
代わるね。千鶴お姉ちゃん、耕一お兄ちゃんからだよ」
 柏木千鶴は、妹の初音から受話器を渡された。 
「はい。千鶴です。…そう。本当に鬼がいるのね。え、保科さんて、去年の…そう。じゃ
あ、無理はしないでね。あ、蛍子ちゃんと代わってくださる? うん。…」
 千鶴はしばらく電話で話をしていた。 



 和樹と由宇は宝山峡という渓谷に来ていた。山の上から涼しい風が吹き降ろされてる。
川のせせらぎの音が響く。
「和樹、このへんは水がきれいやからホタルがでるんやで」
「六甲のおいしい水ってやつだな」 
 二人が歩いていると、前方から四人の男女が歩いてきた。和樹達は脇へどいて道をゆず
る。 
「ありがとうございます」 
 先頭を歩いていた青年が頭をさげた。他の三人は全て若い女性だ。けっこう美人である。
 と、和樹はその女性の一人をどこかで見かけたように思った。
「・・・・あれ?」 
「何かあたしの顔についてます?」
 その女性が不機嫌そうな声できいた。まぁ人の顔をジロジロ見たら失礼だろう。
「すいません。どこかで会ったような気がしたもんで。あ、ゆうべの…」
 意思の強そうな目…眼鏡をかけているが、昨夜の夢で見た女性とそっくりだ。胸もでか
い。 
「ゆうべ?」 
 その女性、保科智子は首をかしげた。ふと、和樹の左腕のアザが智子の目に映った。 
 次の瞬間、智子は叫んでいた。 
「耕一さん! 昨日の鬼はこいつや!」 

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(注)この話はフィクションです。実在の人物や家系、地名などは一切関係ありません。


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