信じるこころ 投稿者:イリュージョン
マルチが戻ってきたと思っていた。
またあの純真な笑顔が見れる日が来たと思っていた。
だけど、その思いはあっさり打ち砕かれてしまった。
たった一言の言葉によって・・・。


「なんなりと、ご命令下さい。」


夜・・・、
俺は目を閉じたままのマルチを前にしてうなだれていた。
「冗談じゃねえぜ・・・。」
静寂に包まれた部屋の中、俺はそうつぶやいた。
まさかあんな言葉を最初に聞くとは思わなかった。
満面の笑みを浮かべながら、
「浩之さん・・・。」
そう言ってくれるものだと信じていた。
でも、違った・・・。

俺はもう一度マルチを起動させてみた。
今日、もう何度この事を繰り返したか分からない。
マルチを起動させる度、今度こそはあのマルチに戻ってくれてるかもしれないという淡い希望を抱いた。
そして、その希望は全て打ち砕かれてきた。
少しずつ、マルチの瞳が開かれていく。
「マルチ・・・俺だ・・・。」
「浩之様」
「・・・!」
俺は反射的に電源を切った。
「・・・やっぱり・・・だめか・・・。」
そして部屋の壁にもたれかかり、そのまま力無く座り込んだ。
「・・・もう・・・会えないのか・・・あの・・・マルチには・・・。」
そこにいるのは、マルチであってマルチでない、全く別のモノ・・・。
マルチ・・・もう一度会いたい・・・もう一度・・・。
マルチ・・・マルチ・・・
マルチ・・・!



何もやる気が起こらない・・・。
大学にも・・・行きたくない・・・。
それでも朝はやってくる。
一日の始まりは・・・やってくる。
「・・・・・・」
窓から差し込む太陽の光で、俺は目が覚めた。
何時の間にか眠っていたらしい。顔には涙の跡がくっきりと残っている。
「・・・顔・・・洗ってこよ・・・。」
おぼつかない足取りで俺は洗面台に向かった。
涙の跡が消えるまでしっかり顔を洗った後、トーストとコーヒーで簡単な朝食をとった。
クイック歯磨きを済ませた後、大学へ行く準備を5分ですませた。外ではあかりがもう待っていた。
「行ってくるぜ・・・マルチ。」
目を閉じたままピクリとも動かないマルチに向けてそう呟き、俺は家を後にした。



「浩之ちゃん、あのレポート、もう書き終えた?」
「いや・・・まだだ。」
「えー?だめだよ。提出期限もうすぐだよ?」
「ああ・・・。」
あかりの話も、半分聞いていて、半分聞いてなかった。
頭の中はあの時のマルチの事でいっぱいだった。
ドジで・・・間抜けで・・・泣き虫で・・・
でも、いつも一生懸命で・・・けなげで・・・優しくて・・・
そんなマルチの姿が俺の頭の中を何度もよぎっては通り過ぎていった。
あの時のマルチを・・・俺はもう二度と見る事は出来ないのだろうか?
それじゃ・・・俺はなんのためにマルチを買ったんだ・・・。
なんのために・・・
なんのために・・・


ナンノタメニ・・・。


「・・・ねえ、浩之ちゃん?」
「・・・え?あ、ああ、なんだ?」
あかりの呼びかけで、俺は我に帰った。
「どうしたの?さっきからなんだか暗い顔してるけど・・・。」
「・・・なんでも・・・ねえよ・・・。」
うつむきながらそう答えると、あかりは心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
「ねえ・・・なにか辛い事があったのなら、あたしに話してみてよ・・・。」
「・・・あかり・・・。」
やっぱり・・・こいつに隠し事は出来ねえな・・・。


俺はあかりに全てを話した。
あの日の約束を果たすために無理してマルチを買った事、
起動させてみた事、
そして・・・それはマルチではなかった事・・・。
「・・・そう・・・だったんだ・・・。」
俺が話し終えると、あかりは俯きながらそうとだけ呟いた。
心なしか、その表情は悲しそうに見えた。
「あかり・・・俺は・・・どうしたらいい?」
「え?」
「あのまま・・・心のないマルチを見ながら過ごすなんて・・・はっきり言って耐えられない・・・。
  このままだと俺・・・頭がおかしくなりそうだ・・・。」
「・・・浩之ちゃん・・・。」
「そうならない前に・・・俺は・・・あのマルチを処分した方がいいんだろうか?
  それとも・・・いつかマルチに心が戻る事を信じて待ち続けるべきなんだろうか?」
「・・・・・・」
「・・・もう・・・俺には分からない・・・だから・・・教えてくれ・・・。」
情けない・・・。
俺は今こんな質問をしてる自分が心底情けないと思った。
この事は・・・本当は俺自身が見つけなければならない・・・いや、むしろ答えは決まってる筈なのに・・・。
だが・・・俺の心は、もうその答えすら自分自身で確認できないほど追いつめられていた・・・。
俺が、たった一人愛した女性(ひと)・・・。
俺の心を、強くとらえてしまった女性(ひと)・・・。
その女性は、確かに今俺の目の前にいる。
手を伸ばせば、いつでも届く距離にいる。
だが、その女性は俺の話に耳を傾けてはくれない。
俺に話し掛けてはくれない。
笑顔さえ・・・見せてくれない・・・。
そんな彼女を見る度、俺の心はナイフを突き刺されたような痛みを感じた。
そして今、俺の心はもう何も考えられない程ズタボロになっていた。
あと少し彼女の無機質な顔を見れば、俺は確実に壊れてしまうだろう・・・。
「・・・・・・私は・・・」
しばしの沈黙の後、あかりは口を開いた。
「私は・・・待った方がいいと思う・・・。」
「・・・どうしてそう思う?」
「だって・・・マルチちゃんの心は・・・きっと戻ってくると思うから・・・。」
俺は不思議だった。
あかりは・・・何故そう思えるのか・・・。
「・・・なんで・・・そう思えるんだ?」
「・・・分からない・・・。」
・・・分からない?
「分からないけど・・・なんだかそんな気がするの・・・すごく・・・。
  浩之ちゃんが信じていれば、マルチちゃんは・・・あのマルチちゃんは・・・きっと浩之ちゃんのもとへ戻ってくるよ・・・。」
下手な慰め方だ・・・。
俺はあかりのあまりにも下手な慰め方に少し呆れていた。
だけど・・・、
同時にその時俺も、不思議とそういう気がした。マルチは・・・いつかきっと俺に笑いかけてくれる・・・・・・そう思えてならなかった。
何故かは分からない。もちろん根拠もない。
だけど、俺はあかりの言う事を素直に信じる気になれた。
「・・・そう・・・か・・・・・・そうだよな・・・。」
「だから・・・そんなに辛そうな顔しないで・・・。
  浩之ちゃんがそんな顔してると・・・なんだか私まで辛くなっちゃうよ・・・。」
「・・・ああ・・・。」
そう言うとあかりは、いつものにっこり笑顔を見せた。
「またなにか辛い事があったら、いつでも私に言ってね。
  私は・・・いつでも浩之ちゃんの味方だよ。」
「・・・・・・サンキュ。」
俺は顔を伏せると、誰にも聞こえないくらいの声でそう呟いた。
気がつくと、俺達は大学に着いていた。



「きっと戻ってくる・・・・・・か・・・。」
その日の夜、俺はベッドに腰掛け目を閉じたままのマルチを見ながら呟いた。
目を閉じれば、マルチと一緒に過ごした日々が蘇ってくる。
階段で、落ちそうになってたマルチを助けた事・・・。
マルチと一緒に、掃除をした事・・・。
掃除中のマルチを驚かして、気絶させてしまった事・・・。
二人だけで、早めの卒業式をやった事・・・。
そして・・・遊園地で最初で最後のデートをした事・・・。
「浩之さん!」
ふいにそう呼ばれた気がして、辺りを見回してみる。
そこには相変わらず、目を閉じたままのマルチがいるだけだった。
「・・・・・・」
俺は、マルチの所まで歩いていった。
「・・・マルチ・・・きっと・・・戻ってきてくれるよな・・・。
  戻ってきたら・・・二人で・・・もっともっと思い出作っていこうな・・・。」
俺は、眠ったままのマルチの頭に手を置いて、そっと撫でた・・・。



ピンポーーーーン・・・・・・ピンポーーーーーーン・・・。
「・・・・・・?」
次の日の朝(と言ってもほとんど昼近くだったが)、俺はインターホンの音で目が覚めた。
「・・・誰だ・・・?」
あかりじゃない。今日は休日だし、それにあの鳴らし方はあかりのそれじゃない。
ピンポーーーーン・・・・・・ピンポーーーーーーン・・・。
「あー分かった分かった、今出るよ。」
寝起きで少々うざったかったが、無視するわけにもいかないので俺は玄関に向かった。
ガチャ・・・
「藤田様ですか?」
「あ、はい。」
そこには、いかにも宅配便のお兄ちゃんといった格好をした人が立っていた。
「お届け物です。」
届け物・・・?一体誰からだ?
「あの、ここにハンコをお願いします。」
「え?あ、はい。」

俺は宅配便の兄ちゃんが行った後、早速差出人が誰なのか確認した。
「来栖川エレクトロニクス中央研究所  第七研究開発室HM開発課・・・?」
なんだ一体・・・?
確かに俺はマルチを買った。けど、今更何を送ってきたんだ?
何か不都合でも見つかったのか?
・・・まあ俺にとっちゃマルチに心がない事自体大きな不都合だが。
訝しがりながら、俺は包みを開けた。
すると、そこには一通の手紙が入っていた。
「これは・・・。」
俺は、早速その手紙を読んでみた。
「このたびは、当社製品『HM−12マルチ』をお買いあげいただき、まことにありがとうございます。」
そうだよ、俺は買ったんだ、あの日の約束どおり・・・。
「いきなりこのことをうち明けるとお怒りになるかもしれませんが、じつはあなたの家に届けられたマルチは、新品ではありません。」
・・・?そりゃどういう事だ?
「それは、以前あなたの高校で、テスト通学していた中古品です。もちろん、オーバーホールは万全ですが・・・。」
え・・・!?な、なんでそんな事を・・・!?
「現在はダミーの市販ソフトが組み込まれていますので、以前のデータを同封したDVDから起動し、指示に従ってください。
  それで、以前のマルチが目を覚まします。」
・・・・・・!!!
俺は自分の目を疑った。何度も目を擦り、その文面を確認した。
何度見ても、そこには確かにそう書かれていたのだ。
「私たちのふつつかな娘ですが、なにとぞ、よろしくお願いします。
                                                        開発主任  長瀬源五郎」
「・・・・・・ハ・・・ハハ・・・ハハハハ!おっさん!なかなか粋な事するじゃねえかよ!」
俺はそこまで読むと、荷物を持って自分の部屋へと急いだ。
マルチが・・・本当にマルチが戻ってきた・・・!



「浩之ちゃんが信じていれば、マルチちゃんはきっと浩之ちゃんのもとへ戻ってくるよ・・・。」
俺の頭の中で、あかりがあの時言った言葉が何度もリフレインしていた・・・。



                               〜fin〜



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イリュージョン(以下イ)「みんな!初めてだな!俺はSS作家のイリュージョンだ!」
アシスタントM(以下M)「初めまして。アシスタントのMです。」
イ「というわけで、ついに我が処女作が完成したぞ!」
M「マルチを買ってからDVDが届くまでの浩之の葛藤を書いたんですね。」
イ「うむ。本編ではこの部分は3〜4行でしか綴られてなかったからな。もし書かれていたらこんな感じかな〜と思って書いてみたのだ!」
M「この部分は皆様の想像力を駆り立てられるようで、他にも様々な先輩作家様達が書いてらっしゃいますよね。」
イ「そうだな。」
M「その方達の作品と比べたらなんて稚拙な文章・・・」
イ「どりゃああああああぁぁぁぁ!!!」
バキィッ!!!
M「はうっ!!!い、いきなり何するんですか!」
イ「うるさい!んなこたあ分かってるんだよ!」
M「自覚してるんなら殴らなくてもいいじゃないですか・・・。」
イ「人に言われると腹立つんだよ!特にお前には!」
M「・・・そうですか・・・。(三流のくせに・・・)」
イ「この部分を題材にしたSSはどうもダークなものが多いのでな・・・救われる話を書いてみたかったんだ。」
M「そうですか。あ、別にダークな話を非難してるわけではありません。もし気を悪くされた方がいらっしゃいましたら、お詫び申し上げます。」
イ「誰に言ってるんだ?」
M「読者の方々にですよ!・・・それにしても、あかりがいい人ですね。」
イ「落ち込んだ浩之を元気付けられるのはあかりしかいないだろ?」
M「雅史は?」
イ「あいつには別の舞台を用意してやってるからここでは出さん。」
M「そういう問題じゃ・・・あ、もう時間ですか。」
イ「感想はメールにて受け付けているぞ。賞賛メール、沢山送ってくれ!」
M「・・・っていうか苦情メールバンバン送ってやって下さい。」
イ「では、次会う日までさらばだ!」
M「また会いましょうね♪」