鬼龍業魔録 第二章 『獣』 第一幕  投稿者:おーえす


「闇が、闇が来るよ・・・」

瑠璃色の瞳を持つ少女は、そうつぶやいた。

都内の私立病院の一室。
その少女のつぶやきに、ちょうど部屋に居合わせた看護婦はためいきをもらした。
いつもこの広い個室に一つしか無いベッドの上で安らかに眠っている少女は、時折
このように訳の解らない事をつぶやく。
精神科の患者である為、訳の解らない事をつぶやくのは理解できるだろう。
だが、この少女の場合、勝手が違った。

少女は『植物人間』だった。

正確にはそう診断されたということなのだが。
なにせ、この病院に運び込まれてからずっと外部からの問いかけに反応せず、ただ
眠り続けている。
身体関係に以上が無い為に、有効な治療方法など見当たらなかった。
それでもこの少女がここに留まっている理由。
それは、この少女がここの病院の院長の姪であるからだった。

「大きな口を開けて、食べる為に・・・」

見開かれた瞳は、どろりと濁り本来の瑠璃色の輝きが失われていく。
看護婦は、もう一度軽くため息をつくと部屋の扉を開け、外に出ていった。

「闇が、来るよ・・・」

扉が閉められる前に少女は、もう一度つぶやく。

閉められた扉には、患者である少女の名が書かれていた。

少女の名は、

月島瑠璃子。



教授が教室のドアをくぐり終えるのを見とどけると、耕一は全身の力を抜き、机に
向かって倒れこんだ。
「疲れたー」
思わずそんな言葉が口から出る。
「ふふ、お疲れ様。柏木君」
上から降ってきた言葉に、耕一は机につっ伏した状態のまま顔だけをそちらに向けた。

そこには、黒髪のセミロング、黒ぶちの眼鏡をかけた女性が立っている。

耕一の顔馴染みであり、先程の講義も一緒に受講している女性だった。
「ああ、由美子さんか」
由美子は、にこにこしながら空いた耕一の隣の席に座る。
耕一も机から体を起こした。
「今日はどうしたの?珍しく遅刻しちゃって」
そう言われて、戸惑う。
ちょっと喧嘩してきた。など言える筈もない。
「だめだよー、遅刻してきちゃ。私ね、前の方に座ってたんだけど、柏木君が教室に
入って来た時に・・・」
由美子はそこまで言うと、両の目を指でつり上げ、
「先生がこーんな風に眼つり上げて怒ってたよ」
と、おどけたように言った。
「ほ、ほんと?」
耕一の問いに、由美子は頷く。
「でも、多分大丈夫だと思うよ。この先生、成績は出席重視だけどいつも授業受けてる
人なんかには結構甘いし・・・」
「まあ、授業にはいつも出てるし・・・大丈夫かな?」

不安そうな声。

「柏木君って、単位やばかった?」
「かなり」
「あらま」
由美子は耕一に向かって、ぱんぱんと手を叩き「ご愁傷様」と付け加えた。
「ええい、そういうのはやめてくれ!!」
「ふふ、まあなんとかなるわよ。頑張ってね」
笑いながらそう言う。
「あ、でも柏木君って前期で『経済学』関係の授業の成績、ほとんど満点だった。
って聞いたけど・・・」

確かに耕一は前期、いや、去年の後期にあたる十月から今まで履修していなかった
経済学や経営学の授業を取り続けている。
それもかなりの好成績で。
だが、

「・・・あの成績、俺の進級の成績に入らないんだ」

沈黙。

「それより、誰に聞いたの?その話。俺、この事は言った覚えないんだけど」
「うーん、私の友達に情報通な子がいてね、いつも『ニュース、ニュース』って言って
いろんな事教えてくれるんだけど・・・」
耕一はため息をついた。
進級の成績に入らない授業を取り続けて、留年しそうなどということはあまり知られ
たくはなかったので言わなかったのだが。
「ねえ、どうしてそんな授業取ってるの?」
「う、うん。まあ、なんとなく」
耕一は、由美子の好奇心に満ちた眼差しから目をそらしながら答える。
その耕一の行動に、由美子はなんとなく閃く事があった。
「経済学って、柏木君、経営とかにも興味あるの?」
「まあ、少しは」
耕一の答えに満足したのか、由美子はにんまりと笑った。
「ああ、そういえば柏木君の親戚の人、確か鶴来屋を経営してたよねえ」
意地悪そうな声で、耕一に詰めよる。
「確か、週刊誌に載ってた会長さんすごい美人だったけど・・・」
そっぽを向く耕一に軽くしなだれかかった。
「なにか関係あるのかなあ?」
「あ、いや、そのそんなことはないよ。うん。そんな事あるわけないじゃあないか」
真っ赤な顔で否定する。
ただし、真っ赤な顔なのは由美子がかなり側まで接近しているからだ。
そんな耕一を由美子はふふっと笑った。
そして、耕一から離れる。
「うん、じゃあそういうことでいいよ。ところで柏木君、次の授業は?」
「え?あ、俺この授業で終わりだから」
「そう?じゃあ、私は次の授業があるからもうそろそろ行くね」
由美子は近くに置いてあった自分のバッグを手に持つと、立上り耕一の座っている机の
前へとまわった。
「じゃ、また明日ね」
「あ、ああ、じゃ、明日」
あっけなくそう言い交わすと、由美子は教室の出口へと向かう。
教室から出る寸前にもう一度振り向き、耕一に軽く手を振ってから出て行った。


「ふう、まいったよなあ」
耕一は誰もいなくなった教室で一人ため息をついた。
由美子の指摘は実のところ的を射ている。
勉強嫌いな自分が履修する必要のない授業を受け、高い成績を取れたのも全て

『千鶴さんの役に立ちたい』と思ったからだ。

別に、ここで経済学や経営学を習ったところで本当に千鶴さんの役にたつという事は
無いだろう。
それでも、何かせずにはいられなかった。
いや、むしろ何もせずにいる事に耐えられなかった、というのが本音である。

少しでも、あの人の苦しみを知りたい。

大切な、『家族』なのだから。

耕一はもう一度、ため息をついた。

---------それよりも今は、これか。

机の中に手を突っ込み、茶色のB5版の封筒を取り出す。
封筒は無地で何も書かれていない。
ただ、厳重な封が施されている。

それは、浩之との戦いを遮った、あの男から手渡された物だった。


「私、セバスチャンと申します」
男はそう言って、耕一に向かい礼をする。
白髪に眼鏡、黒いタキシードといった姿から、男はまるで映画から出て来た執事の
ようだった。
「柏木、耕一殿ですな?」
男の、セバスチャンの言葉に耕一は軽く頷く。
「先ず、藤田殿の非礼。私が代わってお詫び申します」
セバスチャンはそう言うと、頭を下げた。
儀礼的な感じではなく、心底から感じられる詫びの言葉。
「いや、別にいいよ。うん、たいした怪我はしてないし」
傷ついた左手を、大丈夫だとでも言うように振ってみせる。
「それより、俺に何か?」
セバスチャンは、耕一の顔をキッと見据えた。
表情は、堅い。

「貴方様に、『化け物』を殺してもらいたいのです」


耕一は、封筒の厳重な封を破った。
中からは数枚の用紙、それにその数枚の用紙にクリップでとめられた三枚の写真。
用紙の内容は、既にセバスチャンから殆ど口頭で聞いている。
写真も同様に、同じ物を既に見せられていた。
これは確認の為にもらったにすぎない。

その吐き気のするような内容を。


「奴の為に、今まで6人の民間人、我々の機関員が2人殺されました」
セバスチャンは淡々と語る。
「私が動く訳にはいかない為に、このような不始末を・・・」
握りしめた拳から血が滲みでていた。
「お願いいたします。私の代わりに奴を、『眷族』を!!」


耕一は、三枚の写真を取り出した。
二枚は、惨劇が描かれている。
血の海の中に横たわる人。
内一枚に収められた人間は、体の一部が噴き飛んでいるようだった。

最後の一枚を取り出す。

それには、この地球上のどの生物とも全く異なる生物が映し出されていた。

しかし、耕一にとっては、よく知っている生物。

---------何だってんだよ!?こいつは!!

耕一は、写真を握りしめた。

その『鬼』が映った写真を。



第一幕  終


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今回は繋ぎの回です。
会話を続けて書いていくのは難しいですね。

もっと精進せねば。


感想&レス

遊真 様>『迷風奏(八) 月の裏(中)』
         『迷風奏(九) 月の裏(下)』
         耕一のギター、そして貴之の涙がとても印象的でした。
         設定の少ないキャラをここまで動かせたらかっこいいと思います。
         丁寧な感想どうもありがとうございました。
         
夜蘭 様>『李家の感想』
         感想どうもありがとうございます。
         前回は書くのに随分時間をかけて書いたので、そう言ってもらえると
         とてもうれしいです。
         雅史の使った技は後の方で説明されますので・・・。
         
         とらは2をやってみました(笑)
         何故か一番最初にクリアできたのが美緒だったりします(激爆)
         
vlad 様>『鬼狼伝(57)』
             『鬼狼伝(58)』
             耕一と英二というミスマッチな対決ですが、先の読めない展開で
             この後が楽しみです。
             
             
ARM 様>『ToHeart if「Alive」』
           色々な人の思いの交錯がすごくよかったです。 
           人の呆気ない死がとても寂しい気がしました。
          
           あと、ほんの数日でこの投稿量はすさまじいですね(笑)

川村飛翔 様>『テーマ曲』
             あー、思い出せるようで、思い出せません。
             ビデオ見てみようかな・・・
             テストお疲れ様でしたね。

霞タカシ 様>『Rainy day. 』
             あれだけ古い家だとこうなる事もあるのでしょうね。
             でも暗闇に赤い眼が光るのってビジュアル的に恐いかも・・・ 
             楓ちゃんがらぶらぶなのがよかったです。