「長期休暇?」
柳川の前、デスクに座っている男が意外そうな声をあげる。
「はい」
直立不動の状態で、柳川は答えた。
ここは、隆山の警察署。その、刑事課の一室。
「構いませんか?」
「んー、まあ別に構いはしないが・・・」
そう言いながら、男は先程まで書いていた書類をまとめ、引出しに入れようと
したが、引出しの中は他の書類でいっぱいであった。
仕方無く男は、やはり同じように乱雑な机の上に無造作にその書類を置く。
「仕事熱心な君が、『休みたい』なんて言うのは、珍しいな」
そう言って、男は不精髭の生えた顔で笑った。
男は、柳川の上司であり、
名を、長瀬。
「まあ、また去年みたいに『過労』で入院したら大変だからな。ゆっくり休み
なさい」
「・・・はい、そうですね」
柳川は苦笑した。
確かに柳川は去年入院している。
だが理由は決して『過労』などではなかったからだ。
---------本当は、あの時死ぬはずだったのにな。
「とりあえず、上には私から言っておくから」
「はい。では、お願いします」
そう言い、柳川は深く頭を下げ、その場を去ろうとするが、
「ああー、柳川君ちょっと」
長瀬が呼び止める。
「何か?」
「先刻から気になってたんだが・・・」
「はい?」
「君の机にある花束は、やはり女性かね?」
長瀬の言葉通り、柳川の机には落ち着いた色で統一された花束が置かれている。
「あ、いや、あれは、その、これから親戚に会うので・・、ま、持って行った
方がいいかと思って・・」
柳川がしどろもどろに対応するのに対し、長瀬はうんうんと頷き、
「頑張りたまえ」
と、にこやかに笑いながら、柳川の肩をポンと叩いた。
「だから、ちがいます!!」
はぁっ、と柳川はため息をつく。
---------警察署に、来た後にすればよかった・・・
花束を見ながらそう思う。
自分のマンションの近くで偶然花屋を見つけ、気が付けば買っていた。
女性の多い所に行くのだから、花の一つでもという配慮だったのだが。
『うらやましいねえ。若い人は』
長瀬はそう言っていた。
「決して、いい事じゃないんですよ。長瀬さん。俺は・・・」
その後の言葉は口に出る事は無く、
柳川は、目的の場所に向かう為、警察署を後にした。
柳川が警察署を出て、見えなくなるまで長瀬は二階の窓からじっと眺めていた。
そして、机の上に設置されている電話を取り、短縮のボタンを押す。
数回のコールの後、ある場所へと繋がる。
「ああ、長瀬です。こちらの柳川ですが、出張扱いにしておいてもらえますか。
・・・ええ、今回の事で動いたようです。そちらに間違いなく向かいますよ、
東京に。・・・は?祐介君も?・・・解りました。こちらはこちらで対処します」
そう言い、長瀬は電話を切った。
椅子にもたれかかり、天井をあおぎ、
「やれやれ『三人』も、動く事になる・・・・か」
あごの不精髭を軽く撫でる。
「どう出る?柳川」
長瀬は誰に言うともなく、そうつぶやいた。
隆山には、鶴来屋という旅館がある。
かなりの老舗であり、ここ隆山の温泉宿のほとんどを仕切っていると言っても
過言ではないぐらいに、とても大きな旅館である。
その名は隆山だけではなく、日本中で知れ渡っていた。
そして、その鶴来屋の代々の会長をつとめるのが、
『柏木家』であった。
今、柳川はその柏木家の前にいる。
一昔前の武家屋敷のような大きな屋敷。
それが柏木邸であったのだが、柳川は中に入ろうとせず、門の前で立っていた。
迷っていた。
入るべきか、否か。
---------耕一だけに、会えればいいのだが・・・
「どうなさったんですか?柳川さん」
不意に声がかけられる。
甘いような、女性の声。
柳川が振り向くと、そこには、
「おはようございます」
そう言ってにっこりと微笑む、長い黒髪の美しい女性。
柳川も面識がある女性だった。
柏木千鶴。
この柏木家の主であり、若輩ながらも鶴来屋の現会長にあたる人物である。
「あ、いや、耕一に用があったんだが・・・」
歯切れの悪い対応。
挨拶すら言い忘れる程、柳川は見ためにも狼狽していた。
そんな柳川を、千鶴はくすっと笑う。
「耕一さんなら、大学があるので東京に戻っていますよ」
「・・・東京?」
「ええ、また帰って来るとは言ってましたが、随分後の事になりますよ」
---------しまった・・・
失念していた。
よく考えれば、学生ならば今はまだ長期休暇には入っていない。
---------直接会いに行くしかないか。
「あの、また何かあったんですか?」
柳川の深刻そうな表情を見て、千鶴は尋ねてみた。
千鶴は、柳川が鬼である事を知っている。
いや、そもそも鬼の血族にあたるのはこの柏木家の一族であり、柳川は千鶴の
直接の血縁にあたっているからだった。
その柳川が同じ血族の力を欲するという事は、それ相応の事が起きているのだ
と、千鶴はそう感じた。
千鶴の心配そうな瞳。
それを見た時、柳川は罪悪感に包まれた。
頭の中を、『一年前の事件』がかけめぐり、いっぱいになっていく。
そして、
「すまん」
喉の奥から、ふり絞るようにそれだけを言う。
自分の中の鬼が暴走した、あの忌まわしい凶事。
---------あの時。
「俺が、耕一に力を借りる事も・・・」
---------この人の愛する人と、
「ここに姿を現す事も、許されんとは解っている」
---------この人の命を、
「だが、どうしてもあいつの力がいるんだ・・・」
---------俺は、奪おうとした・・・
「すまん」
もう一度、柳川はそう言い、頭をさげた。
その頭を、千鶴は優しく撫でる。
四つ下の女性に頭を撫でられるという状況に、柳川は真っ赤になった。
「あの時の事は、もう大丈夫ですよって、何度も言いましたよ。それに耕一さん
はきっと助けてくれます。何時だって」
そう言い、千鶴はにっこりと微笑む。
その微笑みを見て、柳川は自分の中の罪悪感が消えるような温かい気持ちが溢れる
のが感じた。
「耕一は、ここにいるんだな?」
千鶴から貰ったメモには耕一の東京の住所と、電話番号が書かれている。
「ええ」
千鶴は柳川から貰った花束を抱えながら頷く。
本来、この花束は耕一から受け渡してもらうつもりだったのだが、この際だから
いたしかたないと、柳川はそう思う。
もっとも、長瀬が見たら何と言うだろう。
---------だけど、俺は、罪人だから。
柳川は、心の中でそうつぶやく。
自分の罪はいつ消えるのか、そう問いながら・・・
その日、柳川は東京へと向かった。
「はー食った、食った」
柏木耕一はかなり上機嫌だった。
と言っても、なんて事はない。
ただ偶然入った定食屋が非常においしかった。ただ、それだけである。
大学からだいぶ離れた所まで昼ご飯を食べに来ているので、午後の講義の時間は
かなりぎりぎりになりそうである。
---------ま、本気で走れば楽勝だな。
そう考えながらも、のんびりと歩く。
とりあえずは、近道の為に公園を突っきって行く事にする。
公園の中は紅葉で美しく、彩られていた。
アスファルトの道も、落葉で敷き詰められている。
「へー、綺麗なもんだな」
耕一は何気なく、感想をもらした。
朱の葉が舞う姿は、まるで何か別世界を描いてるように見えた。
その葉が踏みしめられる音が、耕一の後ろから聞こえる。
その足音は三つ。
本来なら耕一も気に止めることはなかっただろう。
だが、
「おい」
その内の一人に、
呼び止められた。
第一幕 終
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やっと、続きを投稿できました。
随分かかってしまいました(笑)。
前回も書いたと思うんですが、今までテストだったもので・・・
読んでいない内に、柳川さんメインが増えていらっしゃるようで。
でも、僕が書いてるのは実は完全に柳川さんメインじゃなかったりします。
どちらかと言うと、メインは今回最後に出た連中です。
それと、ほとんどのメンバーは原作にあわせていますが、原作の流れや
キャラの設定を一部いじくると思います。
その時はこのお話の中で解説しますので。
感想&レス
あー、読んでない分たまってますね(笑)
かなり古い感想ですが、まあ仕方無いと思っていたただければ幸いです。
とりあえず、まずは読む事が出来た順に
ざりがに 様>『明日がないオレ達への賛歌』
BかCを選んだ時、浩之はどうなるんでしょ?
劇画ちっくな顔になるとか?(爆)
遊真 様>『迷風奏』
とりあえず読んだ所までで、一言。
「かっちょえー」(注 かっこいいの意です)
柳川さんがいいです。
僕には書けませんわ。ここまでしぶいの。
JBS 様>『マルチ替え歌1』
『理緒ちゃん替え歌1』
『葵ちゃん替え歌1』
『理緒ちゃん替え歌改訂版』
あ、僕も歌えました。でもそんなに歳いってないと思うんだけどなー
おっかしいなあー(笑)
NTTT 様>『放課後』
委員長が可愛い(笑)。
なんというか会話だけでここまで描写出来るのは本当に
凄いですね。
感想どうもありがとうございました。
今回はアクション無しですけど、次回はばんばん書きます。
夜蘭 様>『李家の感想』
感想どうもありがとうございました。
今後も書いてくれるとうれしいです。
それと、僕が書く柳川さんは多分ずっと背広です(笑)。
ギャラ 様>『芹香と免許』
免許ですか。本当にこんなのが出たらどうしましょう(笑)。
感想どうもありがとうございました。
多分、感想は全部拾えたと思うんですが、もし拾い損ねていたら御勘弁下さい。