鬼龍業魔録 『序章』  投稿者:おーえす


                          大切な人が側にいる。
                        それだけで、幸せだった。


気配が、消えた。
先程までは鋭敏に感じとる事が出来ていたのだが、まるで火が消えるように
何も感じとれなくなってしまった。
深い森の中、感じとる事が出来るのは、己の呼吸と心臓の鼓動、そして自分
の命の炎だけとなった。

動物達はすでに、この場から隠れている。
虫達の声も聞こえはしない。
全てを、夜と森の闇が喰い尽くしているようだった。

---------熱い。

森の中で取り残された形となった男は、自分のネクタイを軽く緩めた。
十月になろうというのに、辺りは異様に熱く感じられる。
だが、熱さの原因は男の格好にもあった。
というのも、森の中だというのに男は上下とも紺の背広。緩められているが
ネクタイ。そして御丁寧に革靴まで履いているのである。
ぱっと見では、かけられた眼鏡も手伝ってサラリーマンか、セールスマンと
いった平凡な人間に見える事だろう。
しかし、瞳だけは平凡とは言えなかった。
その瞳はまさに、獲物を狩るために絶好の機会を伺っている、

獣の眼のようだったからである。


---------どこだ!?奴はどこにいる!?

男は視線だけを、森の闇に射るようにはしらせていく。
だが、何も見えはしない。
今宵は満月だったのだが、男が『奴』を追いこの森へと入った時、月は雲へと
かき消えてしまっていた。

まるで、そうするのが自然であるかのように。

光源の無い今、頼りになるのは己の眼だけである。
もう一度、男は闇の中へと眼をこらして見た。
本来なら、もう一つ方法があった。実際今まではそれで追って来れたのだから。

---------くそ!!やはり気配は感じられないか・・・

人が俗に感じられる、『殺気』などではない。
男は、相手が何処にいようと確実に感知できる特殊な能力を持っていた。
だが、それも今は役には立たない。

いつのまにか握っていた拳に汗が滲んでいる。
男は手を軽く開いた。

その瞬間、それは来た。

男の死角から巨大な『何か』が凄まじい速度で迫って来る。
それと同時にやってくる、焼け付くような、殺意。
男が視界に『それ』を確認した時、もはや避けられようもない距離まで来ていた。

男が普通であれば。

避けた。
男は、革靴で、森の中を、人とは思えない反射速度で。
格闘の達人といえど、出来るような芸当では無い。
確実に今の瞬間、男は『人間』では無かった。

「やっと出て来たか・・・化け物」
男の声に、それは低くうなり声をあげる。
その姿は人と同じ二足直立ではあるが、地球上のどの生物にも、あてはまるような
姿ではなく、あえて想像上の生物の名を借りるならまさに、鬼であった。
闇の中、その姿は恐怖、あるいは畏怖の対象として人の眼には映る事だろう。
だが、そのような異形を前にして男は少しもたじろぎはせず、むしろこれから
起こる事に、血をたぎらせる。

つまり、男は生身でこの化け物と戦うつもりであった。

化け物はもう一度軽くうなり声をあげると、男との間合いを一気に狭め、右腕を
男に向け振り降ろす。
「確かにスピードはあるが・・・」
言いながら左に避け、化け物にとって内側の方へと攻撃を受け流す。
そして、化け物のがら空きになった右脇に左回し蹴りを放つ。
絶叫と共に、化け物は横にふっ飛び、手近な木に当たりもう一度、吠えた。
「その程度では俺には勝てんぞ」
驚く事に化け物は2、3メートルはふっ飛んでいる。
化け物との圧倒的な質量差をものともせず、男は化け物を凌駕していた。
「もう終わりか?」
男の声に反応するように、化け物の体が震える。
「お前の力と、」
化け物は木に寄りかかるようにして、立ち上がる。
「命の炎を見せてみろ!!」
もう一度化け物は、男に向かい突進してくる。
今度は、左腕を凪ぐように振るい、男の胴を狙う。
男は後方に避け、それを難なくかわし、そして、

踏み込んだ。

化け物との間合いが縮まり、男は化け物の懐に入り込んだ。

---------もらった!!

男が勝利を確信し、右腕に力を込め放とうとした瞬間。

男の右肩に激痛が走った。

鮮血。
それが自分の血だと気付くまで、多少の時間が男にはかかった。
懐に男が入り込むのを待ち構えていたかのように、化け物が男の右肩に噛みついた
のだ。
背広を貫き、皮膚を貫き、肉を貫き、化け物の牙が骨に達した瞬間、
男は、吠えた。
化け物は、さらに両腕で男の体を掴むと、より深く牙をめりこませようとする。
喉が枯れそうになる程の絶叫の中、大きく見開かれていた男の眼が、次の瞬間、

紅く、染まった。

絶叫。
だが、それは男のものではない。化け物が男の肩から口をはなし、吠えたのだ。
それもそのはず、化け物の背中には男の左手が生えていたから、と言うより、
男の左腕が化け物の腹をつき破ったのだから。
勢いよく左腕をひっこ抜くと化け物の腹から、背中から血が吹き出す。
引き抜かれた、男の左腕は赤く染まっている。
そして、また、男の左腕は人の物とは言い難い姿をしていた。
右手よりもひとまわり大きくなり、黒い毛を生やし、長い爪を持った、眼の前の
化け物とよく似た腕。
言わば、鬼の腕とでも言うのだろうか。
「覚悟はいいな?化け物」
男は冷たい声で化け物に問うた。
男の赤い眼が、眼鏡の奥で、闇の中、煌々と輝く。
そして化け物が、行動を起こそうとしたその一瞬。
男は左腕をふり降ろした。


「月が、でてきたな」
男のつぶやきと共に、辺りを月明りが照らしていく。
男の足もとには、ずたずたに引き裂かれた化け物の姿があり、未だに痙攣を
繰り返していたが、やがてピクリとも動かなくなった。
その時、化け物の体から『命の炎』、生命が完全に絶たれた事を、男は確認した。

その瞬間。

化け物の体が2、3回震えたかと思うと、化け物の体から黒い霧のような物が
滲み出て来る。
『それ』は月明りにも届かない、純然たる『闇』。
その闇は化け物の体を這いまわっているかと思うと、化け物の姿を融かすように
全て消し去り、闇自身もまた消え去ってしまった。
「やはり、またか・・・」
男はそうつぶやき、もはや何もなくなってしまったその場所を、じっと見つめた。

ボロボロになった背広を脱ぎ、几帳面に折り畳む。
下のワイシャツは右肩から血に濡れていたが、もう既に傷までふさがっていた。
背広の内ポケットから煙草とライターを取り出し、男は煙草を吸い始めた。

---------不味い。

そう思いながら、煙を吐く。
煙の匂いが辺りの血の匂いを消しているようだった。

男の名は柳川。
今までの立ち回りを見ても解るように、彼は『人間』ではない。
彼は人以上の力を持った、『鬼』。
そしてその鬼の力をもってして、人に仇なす者を狩る者。

『狩猟者』

柳川は自らを、そう比喩していた。

---------この事件、俺一人ではきついか・・・

吸った煙を吐く。
柳川は煙草を吸う方ではない。
だが、煙草の煙が血生臭い息を、体についた血を、全て消し去ってくれるよう
だから、柳川は煙草を吸った。

---------やはり、あの男の力が必要だな。

化け物を狩るには、それ以上の化け物の力。

---------柏木耕一。

月光。
それは、ただ静かに辺りを照らし、
光の幕となり、これから始まる戦いを彩っているかのようだった。




序章  終




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とうとう、シリアスもののSSを書いてみました。
不慣れなもので随分と見にくいかもしれませんが・・・・
しかも続きものだし。

続きは早く書くつもりですが、只今テスト期間の真最中でして・・・
ちょっと遅れます。

9月29日はりーふ図書館の誕生日らしいですが、実は僕も同じ日。
なんか、びっくりしました(笑)。


随分と遅れましたが・・
感想&レス

川村飛翔 様>えーと、感想どうもありがとうございます。
             突発的とはいえ、ちょっとひどすぎたかと(反省)
             

久々野 彰 様>『取り合えずこんな生活 〜公開交換日記の再録〜』
               冬弥の妄想(?)が実に楽しかったです。
               でも隣にいる家族って・・・

               『編集者がやってきた』
               見事なまでにWAと融合してていいですね。
               でも、大志が輪をかけていいです(笑)。

               感想、どうもありがとうございました。

SWAMP 様>『禁句』
                これは、ある意味恐ろしいSSですね(笑)。

               

他の方の感想を今回こそ書こうと思ったんですが、ちょっと無理でした。
いや、全部読んでるはずなんですが・・・
更新が早い方もいるので。
すいません。