stay heart 投稿者:折笠美冬
 来栖川電工中央研究所第7開発研究室HM開発課。の、とある一室。

「・・・セリオ、『テスト』はお前が合格だ。マルチも頑張ったんだが、やはり上はお前を選んだよ」
「――はい」

 部屋からは、ふたりの話し声が聞こえていた。ひとりは、やや年配じみた男の声。もうひとりはや
や機械的な女性の声。

「よって、これからお前のデータを元に、お前の妹達が量産・製品化される・・・」
「――はい」

 淡々と話す男の声、それ以上に短く、明瞭で、かつ淡白に答える女性の声。それは、場に不必要と
さえ思える程の緊張を生み出していた。

「ハズだったんだがなぁ」
「――はい?」

 ・・・が、男の声が急に変わった。いや、実際はさして変わっていないのだろうが、これまでの厳
格な感じの声から、何というか・・・そこらのおっさん臭くなった。女性の声の方も、男の声につら
れて軽くなる。

「・・・いやぁ。性能は文句なし、テストの結果も上々だったんだが、性能の向上にばかり気がいっ
ててな、製造にかかるコストの事をすっかり失念してたんだよ」
「――はい」

 もうすっかりオヤジ臭さしか感じない男の声。女性の声の方は元の機械的な口調に戻っていた。

「・・・それで、実際にかかるをコストを計算してみたんだよ。そしたらなんとまぁ、予定の製造費
の15倍なんて数値が出ちゃったわけだ」
「――はい」
「それを上に伝えたら引っくり返られてしまってねぇ。いやぁ、その時のあいつらの顔はとにかく面
白かった・・・と、それはいいとして。これまでの投資を考えると中止にもできないから、とにかく
製造コストを下げろって事で、それが実現するまでは量産の方も先送りという事になったんだよ」
「――残念です」

 この時の女性の声は、本当に残念そうだった。淡白な口調は相変わらずだが。

「なに、少しだけ伸びるだけさ。私達もこれからまた休み返上でコスト削減に取りかかるからな・・
・で、話は変わるんだがな、セリオ」
「――はい」
「その間、お前をまだ眠らせずに稼動させておける事になったんだが、その間特にさせる事もなくて
な・・・要するに、ヒマになった訳だ」
「――はい」
「それでな、セリオ・・・お前をもう一度学校にテストとして出そうと思うんだが・・・どうだ?」

 しばらくの沈黙。やがて、

「――御命令に従います」
「セリオ、これは命令じゃない。お前の意志を聞きたいんだ」
「――私は・・・・・・」

 いつの間にだろうか、男の声がおっさん臭いものから、娘に話かける父親のような優しいものに変
わっていた。そして、女性の方の声も・・・

「行きたいだろ?」
「――――はい」

 まだ機械的なところも残っていたが、その返答は、確かに心あるものの声だった。

「よし、決まりだ。・・・実は、既に手続きは終わっていてな。明日から行けるようにしてある」
「――ありがとうございます」
「なに、このまま研究所にただ置いておくのも勿体無いし・・・何よりお前が喜んでくれるのなら何
だってする価値があるさ」



「――と、いう事があった訳です」
「・・・・・・」

 一通り話し終えたセリオを前に、藤田浩之はあぐらをかき、腕組みした姿勢のまま黙りこんでいた。

「――良く聞き取れませんでしたでしょうか? でしたら、もう一度最初から・・・」
「いや、いい。ちゃんと聞こえてたし、セリオが寺女に復学した事情も良くわかった。そこまではい
いんだ」

 そこで、藤田浩之は一旦話を切った。一呼吸置いて、続ける。

「・・・セリオ。その話の後に、お前、何て言った?」
「――はい。その間、こちらでお世話になりますと言いました」
「・・・・・・」

 長い沈黙。藤田浩之の自宅のリビングルームは、つけっぱなしのテレビから聞こえるナイター中継
の音だけが流れる。

「・・・何でそうなるんだ?」

 ぽつり、と浩之が呟く。

「――何故でしょう」

 この場にその答えを知る者はおらず、逆転サヨナラホームランに沸きかえるブラウン管の向こうと
は対照的に、とても静かだった。



『もともとセリオは企業向けに作られているんだが、一応、一般家庭でも通用するようにしてあるん
で、せっかくだから一般家庭でのテストもしておこう、という訳だ。そういう事でよろしく頼むよ藤
田君。それじゃあ・・・』
「待った待った待った、言うだけ言って切るなっ!」

 いきなり電話を終わらせようとする長瀬開発主任・・・つまり、セリオの生みの親だ・・・を呼び
止める。

『大丈夫だよ、セリオの維持費やメンテ費用はすべてこちらで負担するし、多少の謝礼も・・・』
「そういう事じゃなくて。・・・何で俺なんですか?」
『君には以前マルチがお世話になっていたからねぇ。妹にあたるセリオを任せても信用に足ると判断
したんだがねぇ・・・迷惑だったかい?』
「いや、迷惑なんて事はないんですけど・・・そういえばマルチは?」
『マルチは来栖川の芹香御嬢様が気に入られてねぇ。テストには落ちたが芹香御嬢様付きのメイドロ
ボとして頑張ってるよ』
「そうですか・・・良かった・・・」
『・・・まぁ、それはそれとして、だ。セリオの事、よろしくお願いできるかな』
「・・・わかりました。でも、本当に俺でいいんですか?」
『さっきも言ったような気がするがね、君だからこそお願いしたいんだよ』
「わかりました、セリオは俺がお預かりします」
『そんなにかしこまらなくても大丈夫だよ。セリオも自分の事は自分でできるし、むしろ多少の仕事
は押しつけてやるくらいで丁度いいくらいだからね。それよりも・・・』
「それよりも?」
『セリオも、メイドロボとはいえ女の子だからね・・・父親としては、そこが心配かな』
「な・・・」
『ま、信頼しているからな。よろしく頼んだよ。じゃ』

 プツッ、ツー、ツー、ツー

 言葉を失っている隙に、主任はさっさと電話を切ってしまった。きっと、受話器の向こうでニヤリ
としているに違いない。

「・・・ったく・・・」

 つくづく人をからかうのが好きなオッサンだ。

「――お電話、終わりましたか?」
「うわっ!?」

 いつの間にか、セリオは浩之のすぐ横に立っていた。来た時の寺女の制服から、Tシャツにホット
パンツといったラフなものに着替えている。

「――驚かせてしまいましたか?」
「い、いや、大丈夫・・・」

 さっきの電話のせいで、大きめに開いているセリオのTシャツの胸元を妙に意識してしまう。

「――それで、私はここに置いてもらえるのでしょうか?」
「ああ、今日からよろしく頼むぜ、セリオ」

 できるだけ見ないようにしつつ(視線は固定してしまっていたが)セリオに承諾の旨を伝える浩之。

「――ありがとうございます」

 と、セリオはぺこりと頭を下げた。

「ああ、頭なんて下げなくていいって。これからしばらくは家族のようなもんなんだから」
「――ですが」

 そのままの態勢で顔だけを浩之に向けるセリオ。

「いいんだよ。だから頭をあ・・・げ・・・」

 浩之の声が、途中でかすれた。身体を前に倒し、顔を上げた今のセリオのポーズは、いわゆる『だ
っちゅーの』の体勢だった。つまり・・・奥まで良く見えた。そして、既に胸元に目が行っていた浩
之が見逃すはずもない訳で・・・

 セリオは、ノーブラだった。

「――如何なさいましたか?」
「・・・・・・」
「――?」

 浩之の視線を追って、自分の胸元を見るセリオ。そして、浩之の沈黙の正体に気が付き、姿勢を正
した。

「――失礼致しました」
「・・・あ・・・わ、悪いっ、ついつい目が・・・」
「――いえ、お気になさらないでください」

(無理だって・・・)

 心の中で呟く浩之。

「と、とにかく、これからはよろしくな、セリオ」
「――はい」



 その夜。浩之は自分のベッドでなかなか寝付けないでいた。ちなみにセリオはリビングルームのソ
ファで眠っている。基本的に充電だけですむので、ベッドは必要ない。

「女の子・・・か・・・」

 電話でからかわれた直後はロボットなんだから、と割り切れるつもりだったが、その後の事でそれ
は完全に消し飛んだ。ロボットだろうがなんだろうが、セリオはやっぱりセリオで、そして女の子だ
った。

「けど、まいったなぁ・・・こんなに意識しちまうとなると・・・」

 両親は相変わらず仕事で帰ってくる事はほとんどない。この家にセリオとふたりっきりという事に
なる。

「・・・大丈夫かな・・・俺」

 正直な所、自身は無かった。今でさえ下で寝ているセリオの事が気にかかってしょうがない。

「やっぱり断るか・・・」

 だが、そうするとセリオが悲しむような気がした。マルチの時がそうだったが、メイドロボにとっ
て、自分が必要とされる事こそ最上の喜びらしい。そして、おそらくはセリオもそうなのだろう。な
らば、置いていてやりたい。だが、万一の事が頭をよぎる。

「・・・明日になってから考えるか」

 いつまでも答えが導き出せそうになかったので、浩之は考えるのをやめた。明日の朝、セリオと話
してみて、それから結論を出してもいいだろう。
 思考が途切れると、急に眠くなってきた。そのまま意識を放り出し、浩之は眠りに落ちていった。

 その夜、浩之が見た夢は、裸エプロン姿のセリオの夢だった。

 ・・・やっぱり、駄目かもしれない。

                                                                                                                  続く?

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 初めまして。・・・で、問題ありませんね?(^^; SS書き歴1年2ヶ月(ブランク1年)の、折笠美冬
というものです。以後お見知りおきを。m(_ _)m

 SS書き歴といっても、書いていたのは某タクティクス(笑)の『ONE』関係のSSだけだったので、
ToHeart関係のSSを書くのは生まれて初めてです。その上、ここのSSも全部見ている訳では無
いので、ネタ被りが怖くて仕方が無かったりします(^^;

 勢いで書き上げてしまったのですが、愛だけは目一杯注ぎました。おかげで溢れてしまって続きも
のになってしまいましたが(^^;

 言い訳はこのくらいで。これからも時々書くと思いますが、いぢめないでやってください(笑)

 では。

http://www.din.or.jp/~orichan/ori/index.htm