華麗なる死闘(6) 投稿者:姥神日明
「頼みがあるんすよ、センパイ。おれに、自慢の柔術を教えて下さいよ」
 呉に蹴りを入れた良太はそう言って、馬鹿にしたような笑顔を作った。
 喧嘩を売る時、良太はよくこういうやり方をする。
 確かに、これで呉が頭に血を昇らせてくれれば、良太位の技量と度胸の持ち主な
ら、闘うにしても非常にあしらい易くなる。
 しかし、良太がそういう細かい計算の下に相手を挑発したのかと言えば、必ずし
もそうではなかった。
 腕に自信がある、15歳のお調子者の少年の行動原理は単純だ。
 要は、格好付けたいのだ。
 しかも今は、暴力を振るわれた女の子を助けるという最高のシチュエーション。
 喧嘩をすることも含めて、こういう態度をとることが「格好いい事」であると、
とかく錯覚しがちな年頃なのである。
 現に、良太は呉を挑発しながらも内心得意の絶頂であった。
 しかし、呉は良太の挑発に乗ってこなかった。
 良太の方を油断なく睨みつけ、
「……誰だ、お前」
 背中を押さえて立ち上がり、殺気を漲らせながらも良太に尋ねた。
「エクストリーム部の雛山だ」
 正式に入部してもいないのに、良太は胸を張ってエクストリーム部員を名乗った。
「え、え?」
 既に立ち上がり、ぽかんとした表情で良太を見る光江。
 何で良太と呉が揉めなければならないのか、さっぱり理解できなかった。
「……へえ?」
 呉は道衣の胸に付いた埃を払うと、にっと笑った。
「今更こんな部に入るとは、また物好きがいたもんだな。女の前でいい格好しよう
としても、痛い目を見るだけだと思うぜ?」
「そ、そんなんじゃねえよっ」
「……声が裏返っているぞ」
「うっせえ!だ、大体お前は出てくる時や口調からして悪役の典型なんだよ!『や
られキャラです』って自分から宣伝してるんじゃねえよっ」
「お前こそ、事情もロクに知らないで首を突っ込まない方がいいぞ。穴空いた靴下
履いてそうな間抜け面で凄まれても、全然怖かねえんだよ」
「な、な、な」
 完全に、呉の方が役者は上だった。
 先程は光江の予想外の剣幕に逆上していた呉だったが、どこか空回りしている良
太を相手にしている内に、すっかり冷静さを取り戻していた。
「オレは暇じゃねえんだ。あっち行ってろ、餓鬼」
 ひらひらと、ぞんざいに手を振る呉。
 それを見て、良太は完全に切れた。
「畜生、頭来た手前!いいから勝負しろ!」
 呉の顔を指差しながら、まくしたてた。
「はあ?勝負?」
「ああそうだよ!柔術部だか知らないが、ウチの部を馬鹿にされて放っとけねえん
だよ」
「ち、ちょっと、雛山くん……だっけ?落ち着いて、ね?」
 慌てて、光江が止めに入る。
「呉君も、彼は関係ないんだから、あまりからかわないで」
「関係なくないって!おれはこの部の先輩の、浩之にいちゃんの弟子みてえなもん
なんだから!」
「?浩之にいちゃん?誰だ、それ」
「エクストリームの藤田選手だよ!」
「ええ!?」
 光江が、驚きの声を上げた。
「藤田って、男子プロエクストリーム軽重量級前日本チャンプの藤田浩之か」
 目を丸くする呉。

 実は、浩之は結構な有名人である。
 浩之が、アマチュア時代からチェックを入れていたマニア以外にも広く注目され
るようになったのは、軽重量級(90キロ以下級)チャンプとなった1年前からで
ある。
 チャンプ相手に真っ向から挑み、右手の甲と肋骨を骨折しながらもTKOで勝利
した試合は、プロエクストリーム史上屈指の名勝負と評価された。
 試合内容の泥臭さから、男性の支持が圧倒的だった浩之だが、その後ファッショ
ン誌や一般誌のグラビアに登場(本人は気乗りしなかったが、綾香の薦めで渋々引
き受ける)。元々ルックスも悪くない上、例の目つきの悪さも、
「格闘家らしい」
「今時の男にはない野性味がある」
 としてプラスに取られ、今ではすっかり多数の女性ファンまでもが付いていると
いう状況であった。
 ちなみに現在浩之は、2度目の防衛戦を前にした練習中に右膝靭帯を部分断裂し、
無理を押しての防衛戦でタップを奪われ王座からは転落していた。

「本当かよ」
 呉が疑わしげに良太を見た。
「単に、藤田選手がいるジムに通ってるってだけだろ。そういうのは弟子とは言わ
ねえぞ、言っとくけど」
「信じねえならいいよ。おれがその程度かどうかは、やってみりゃあわかるだろ」
 右足のつま先で、神経質に地面をトントンと叩く良太。
「……わかったよ。けどな、お前がどういうつもりかは知らないけど、オレは喧嘩
をするつもりはないぜ」
 いつしか、3人の周囲には結構な数の生徒が、騒ぎを目にして集まりだしていた。
間違っても喧嘩などをできる状況ではない。
「……まあな」
 先に先輩に手を出したのは、お前じゃねえか。
 そう思った良太であったが、ぐるりと辺りを見回すと、流石に呉に同意した。初
日から停学なんてことになったら、何より姉に会わす顔がなかった。
「きちんと、試合という形にしようや。ウチの部で人集めにエキシビジョンをやっ
ている場所があるから、そこでルールを決めてやるのはどうだ?」
 呉が提案した。
「おいおい、おれを柔術部宣伝のダシにする気かよ」
「そうなるかどうかはお前次第だろ。出来試合じゃないんだ、お前がオレに勝てば
逆にエクストリーム部の名も上がるだろ。違うか?」
「ま、待って」
 先程から話に置いて行かれていた光江が、2人に声を掛けた。
「そんな、勝手に話を進められても……。第一、雛山くんはまだ部員じゃないし」
「本人が入部する気なら、同じことだろ」
 すかさず、呉が返す。
「でも」
「安心してよ、先輩。この機会に部員をしっかり増やしてやるからさ」
「吉田……。元々、そいつが売ってきた喧嘩なんだぜ。いまさらナシにされたら、
こっちが堪らないんだよ」
 そして良太を睨み、
「蹴りも一発、もらっているしな」
 と呟いた。


 5分後。
 2メートルの距離を取って、良太と呉は向かい合っていた。
 良太は、上半身に白いTシャツ。下には借り物の道衣のズボンをはいていた。
 対する呉は、上下共に柔術の道衣に身を包んでいる。
 帯の色は、黒。
 2人とも裸足である。
 良太の身長が168センチ、体重が67キロなのに対して、呉は身長179セン
チ、体重は75キロであった。
 身長の割に軽い部類に入る呉ではあるが、それでも良太との体格差は歴然として
いる。
 集まったギャラリーの中からは、時折、
「大丈夫かよ、おい」
 といった声が聞こえてきた。
 2人の足元には、縦横5メートルにわたって寝技練習用の畳マットが敷き詰めら
れていた。通信販売で購入できる、投げられた時の衝撃を吸収してくれるものだ。
 ルールの取り決めは、すんなりと話がついた。
 KO及び、ギブアップによる決着。
 目突きと金的の禁止。頭突き、肘による打撃の禁止。
 後頭部及び脊椎への打撃の禁止。
「転がった相手への打撃はどうするんだ?」
 良太が、呉に尋ねた。
「有りにしよう。ただし、顔面への打撃はナシ。互いにグラウンドの状態でもだ」
「いいのか?マウントパンチ(馬乗りでの顔面パンチ)抜きで」
「表向きはエキシビジョンマッチだしな。あとな、柔術の決め手がマウントパンチ
だけだと思うなよ」
 それぞれ総合格闘技と柔術という、他の格闘技に比べてオープンなルールの格闘
技を専門にしているだけあり、ルールに関して揉めることはなかった。
 互いにオープンフィンガーグローブ(指が露出しており、掴み技も可能なグロー
ブ)とレガース、ニーパットを装着。
 審判には、柔術部の2年生が選ばれた。
「構えて」
 審判の声に合わせて、良太と呉が構える。
 そして、
「はじめっ」
 試合が始まった。

 試合開始と同時に、良太は軽く後ろに飛退いた。
 両拳を肩の高さに上げ、膝を心持ち柔らかく曲げる。
 相手が柔術使いなら、警戒すべきはタックルだろう。そう思い得意の打撃の間合
いに持ち込むべく、良太はまず距離を取ろうとした。
 しかしそれには付き合わず、すかさず呉は距離を詰めてきた。
 いきなりか!
 慌てて、良太は右のローキックを放つ。
 呉の反応は素早かった。左足を上げ、スネでしっかりとカットする。
 そして、良太の右足が戻り切らない内に、懐へ胴タックルに入っていた。
「このっ」
 良太は何とか両足を引いて踏ん張ると、腰にしがみつく呉の頭を右手で横から押
し、力の方向をずらした。
 腰に回された、呉の両手が外れた。
 そのまま2人は、もつれるようにうつ伏せに倒れた。
 互いの頭が相手の足側にあり、呉の上に良太が乗っかっている格好である。
 足関節を。
 良太は、目の前にある呉の足首を取るべく、手を伸ばした。
 しかし、良太が足首を掴むよりも早く、呉は良太の下で体を回して仰向けになる
と、両足の間に良太の頭を挟んだ。
 そのまま、両足で首を締め上げる。変形の三角絞めである。
「ぐええっ」
 良太が苦しげな呻き声を上げた。
 必死で体をずらし、頭を呉の足から引き抜こうとする。
 技術もへったくれもなく5秒程暴れ続けると、ようやく頭が抜けた。
 良太はそのまま立ち上がると、距離を取り呼吸を整えた。
 続いて、呉も今度は深追いをせずに立ち上がる。
 集まったギャラリーから拍手と歓声が起きた。
 しかし、その音は良太の耳には入っていなかった。

 良太は歯噛みしていた。
 畜生!舐めてた!
 立ち技に対する防御もしっかりしているし、タックルも速い。
 あのタックルを切ることができたのは、ほとんどまぐれだった。
 それに、あの三角絞め。あんな体勢から絞め技に来るかよ、普通。
 柔術家は足の使い方が巧いと聞いたことはあるが、本当なんだな。
 寝技に付き合っていたら、負けるな、多分。
 情けない話だけど、打撃で押しきるしかないか。

 間髪入れず、良太が仕掛けた。
 躊躇なく、左のミドルキックを打ち込む。
 それをがっちりとガードし、距離を詰める呉。
 そこに、良太が右のフックを合わせる。
 恐るべきスピードで顔面を襲ったそれを、呉は身を沈めてかわす。
 かわすと同時に、良太のシャツの襟を右手で掴み、右腕の袖を左手で掴む。
 そのまま、後方に倒れて良太を引き込もうとする。
 当然、大人しく倒される良太ではない。
 倒される前に、良太は呉の頭を両腕で抱えた。ムエタイで言う「首相撲」だ。
 そこから、呉の腹に膝を叩きこむべく、右足を引いた。
 だが、呉は良太の襟を右手で掴んだまま、ぴたりと良太の体に密着した。
 左手は裾から放し、良太の背中に回す。
 ここまで密着されては、腹に膝を入れることができない。
 互いの空間を詰めることにより、良太の打撃技をほぼ封殺していた。
 それでも、良太は必死で抵抗を試みる。
 ムエタイの要領で、側面から呉の腰や太腿にコツコツと膝を入れ、続けて脇腹に
細かいパンチを当ててゆく。
 いずれも不充分な体勢からの為、威力がない。
 それでもとにかく、呉に倒される前に数を当て続け、距離を離すしかなかった。
 7発ほど脇腹にパンチを当てると、呉は嫌がって少し体を放した。
 空間ができた。
 よし、膝を――。
 その時。
 ゴッ。と鈍い音が頭蓋に響いた。

 良太の視界が、縦に揺れた。
 腰から下が脱力し、膝が折れる。
 汚え!
 はじめ、良太はそれが呉の頭突きだと思った。
 頭突きは試合前の取り決めで反則としている。だから、汚いと思ったのだ。
 だが、良太のアゴに入ったそれは、頭突きではなかった。
 良太のシャツの襟を掴んでいた呉の右手が、そのまま拳を作って良太のアゴに叩
きつけられたのである。
 もう一度、同じアゴ先に右拳が叩きつけられるに至って、やっと良太はそれが呉
の放った右拳であることに気付いた。
 気付いた時には、良太の体は逆さになっていた。
 足先が綺麗な放物線を描く。
 呉の背負い投げが、良太の体を腰からマットに叩きつけた。
 腰から全身に波紋のように広がる鈍痛に、良太は呻いた。
 やべえ。
 倒された!
 慌てて、良太が上半身を起こして後ろを振り向いた瞬間、呉の右腕が素早く首に
巻きつき、体を後方に引き倒した。
 同時に、呉の両足が良太の腰を挟んだ。
 裸締めが、完璧に良太を捕らえていた。

                                 <続く>

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 ううむ、この回だけを見ると、2次創作でも何でもないです。
 リーフキャラ(ほぼ)不在の回はこれで最後です。ご勘弁下さい。