華麗なる死闘(4) 投稿者:姥神日明
「ねえ、君。レスリングに興味はない?」
 突然、良太はやたら威勢のいい女生徒に声を掛けられた。
 身長は、良太よりも数センチ高い。
 しかも、女性としてはかなり体格が良い。ウェイトトレーニングをやっている体
つきであった。
 全身がエネルギーの塊のようである。
 彼女は満面に笑みを浮かべながら、良太の肩から腕をぱんぱんと叩いた。
「……うん。タッパは少し足りないけど、相当鍛えているね。筋肉も柔らかい」
 何やら、良太に興味を持った様子である。
「な、なんすか?突然」
 いきなりのことに内心慌てつつも、良太は尋ねた。
「ああ、ごめんなさいね。私、アマレスやってるもんだからね」
「アマレス、ですか」
 道理で鍛えられている、と良太は思った。
「そ。私、女子レスリング部員なのよ。今日は男子の勧誘の手伝いも頼まれてね」
 面倒臭いよね、と呟きカラカラと笑う。
「で、君。やる気ないかな?アマレスは」
「あ、すいません。おれはもう入部したい所は決めているんです」
「そうなの?でも、多分格闘技系でしょ、君がやりたいのは」
「ええ、まあ」
「それならなお、レスリングをやるべきね。今ブームでしょう?総合格闘技。その
下地に一番適した格闘技は、なんと言ってもアマレスだしね」
 両拳を腰に当て、にっこりと笑う。
「詳しいっすね、先輩」
「はは、まあね。じゃあ、君はどこに入るつもりなの?」
「はい、エクストリーム部に入部するつもりです」
 その瞬間、女生徒の表情が一変した。
「……エクストリーム部?」
「はい、おれの尊敬している人がいた部だし……って、どうしたんすか、先輩」
 急に表情が険しくなった女生徒を、訝しげに見つめる良太。
 すると、
「あそこは、やめなさい」
 良太の両肩を掴み、女生徒は真剣な眼差しで諭し始めた。
「え?」
「確かに昔は勢いのあった部だけど、今は駄目。せっかくの才能をドブに捨てるよ」
「それ、どういう……」
 思いがけない言葉に、思わず訊き返す良太。
「……まあ、一度君自身の目で確かめてみることね」
「……」
「私は2−Bの鶴田友美。君は?」
「1−C、雛山良太です」
「そうか。雛山くん、もしもの時はレスリング部へ来なさい。君なら一年で国体に
も出られるよ、きっとね」
 そう言って、ばしばしと良太の背中を叩く。
「いつつつ」
「待っているよ、雛山くん。……あっ、君レスリング部に……」
 友美は良太と別れると、再び新入生相手に勧誘を始めた。
「元気な人だなあ」
 良太はしばらく友美の背中を見つめていたが、じきにその場を離れた。

 校庭の片隅にひっそりと、エクストリーム部の入部受付はあった。
 だが、派手な演舞や組手をやるでもなく、積極的な勧誘をするでもなく。そこに
はただ、ぽつりと制服姿の小柄な女生徒が一人、俯いて座っている。
 少しは積極的に勧誘を行えばよいものだが、彼女の生来内気な性格がそれをため
らわせていた。
(ああ、やっぱり誰も来ない)
 溜息をつき、視線を机の上にやる。
 そこに積まれた入部届は、一枚たりとも減ってはいなかった。
 彼女の名前は、吉田光江。
 今年二年に進級した、現在唯一のエクストリーム部員であった。
 ただでさえ少なかった部員は全て、光江を残して卒業していった。もっとも、彼
らのほとんどは幽霊部員であったのだが。
(この調子だと、同好会に格下げね)
 ただでさえエクストリーム部は昨年からずっと、部室と練習スペースの明け渡し
を要請されていたのである。
 当然光江も、たとえ自分一人でも部員がいる限り、部を再興させてみせる覚悟で
はある。自分の代で部を潰しては、尊敬する「あの人」に申し訳が立たなかった。
 しかし同時に、単純に新入部員がいくらか入ったところで事態が好転するのだろ
うかという懸念も、光江にはあった。
 実は、光江に格闘技の素養はほとんどない。
 エクストリーム部は、以前から顧問は名前だけで、元々格闘技の経験のある部員
が中心となり、学んだ技術を他の部員に教え込んでゆくというスタイルである。
 その技術を上級生が下級生に伝え、下級生は新しい技術を部に伝える。そうやっ
て部全体のレベルを徐々に上げてゆくという狙いがあったのである。
 だが、その計画は脆くも崩れていた。
 部の創設二年目に、松原や藤田の活躍をきっかけに加わった部員のほとんどが、
ずぶの素人であったのが後々に響いた。
 特に、格闘技をはじめて一年半の藤田が、ベスト4に残る活躍をしてしまったせ
いで、自分でもそのくらい部にいれば全国レベルになれるのでは……という甘い考
えを抱いて入部した者が跡を絶たなかったのである。
 藤田の場合は、元々才能のある者が、遮二無二努力した結果の稀有な例であるこ
とを、理解した者は少なかった。
 結果、松原卒業後のエクストリーム部のレベルは急激に下がり、部員も減少した。
 それでも時々は、過去の栄光を知る熱意のある者が、入部を希望することもある
にはあった。
 光江と、もう一人同時に入部した彼女の親友もそうだった。
 その親友は、光江と違い格闘技の経験もあり実力もずば抜けていた。
 しかし部の惨状を目にした彼女は、こんな環境では強くなれないとエクストリー
ム部を退部してしまったのであった。
(せめて、彼女が部に残っていてくれたら)
 考えても仕方のないこととはいえ、そう思わずにいられないのである。
 入部して一年、光江がしてきたことは基礎体力と筋力の強化だけであった。技術
的なことに関しては、まるで素人だ。
(もし部員が入ったとして。私に何が教えられるのかしら)
 その時、彼女に近づく一つの影があった。
(私一人になった時点で、もう手遅れだったのでは?)
「あのー、すんません」
(やる気のある新入生が入ってくれても、その子の才能を潰すだけでは?)
「……もしもし?」
(うう、ここが潮時なのかしら)
「あのお!」
 突然大声で呼ばれ、光江は飛び上がった。
「は、はいいい!?」
 慌てて涙の浮いた目尻を拭き、声の方を向く。
「エクストリーム部は、ここでいいんすよね?」
 目の前に、緊張感のない顔をした男子生徒が立っていた。
 雛山良太である。
 
 数秒程、呆けた表情で良太を見つめていた光江であったが、
「どうしたんですか」
 という呼びかけに気を取りなおした。
「はっ、はい!確かにここはエクストリーム部です」
 あわあわと良太に答える。
「そうか、よかった」
 破顔する良太。
(何だか、浩之にいちゃんと話している時のねえちゃんに似てるな)
 ついでにそんなことを考える。
「?何か言いましたか」
「い、いや、何も」
「はあ」
 口に出ていたらしい。
「おれ入部したいんすけど、マネージャーさんですか?他の部員の人は?」
「い、いえ。マネージャーじゃあないんです」
「え」
「部長です。……一応……」
「え?」
「あの、もし本気で強くなりたいのでしたら、入部は考え直した方がいいですよ」
「は?」
「実はですね……」
 その時、二人に道着姿の男が歩み寄ってきた。
 男に気付き、そちらを向く良太と光江。
「何だ、あいつ」
「あっ……!」
 男を見るや、光江の表情が強張った。
 その様子を見て、男はにやりと嫌な笑みを浮かべた。
「部員は集まりそうかよ、吉田」
「……」
 歯を噛んで俯く光江。
「その様子じゃ、駄目みたいだな」
「まだ、わかりません」
「わかるって。お前もさっさと諦めて、部室もなにも、全部オレ達柔術部に譲っち
まった方がいいぜ。去年から言ってるじゃねえか、え?」
「柔術部ぅ?」
 思わず口を挟む良太。
「彼……呉くんが去年から始めたクラブなの」
 俯いたまま、それに答える光江。
「そうさ。今では部員もそれなりに増えてな、いいかげんまともな部室が欲しいん
だよ。吉田もこんな部捨ててうちに来いよ」
((こんな、部?))
 良太と光江の顔が、同時に引きつった。
「吉田なら、寝技でもなんでも『手取り足取り』教えてやるぜ、かはは」
 下品に笑う呉。
(この野郎、ざけやがって)
 思わず、拳を作り呉を睨みつける良太。
(殺してやろうか)
 だが、
「ふざけないで!」
 先に爆発したのは、光江の方であった。
 平手を振り上げ、呉の頬へ叩きつけようとする。
「何すんだよ」
 しかし、呉はその手をあっさりと掴み、後手に捻り上げた。
「……っ、『あの人』のいた部を馬鹿にしないで!」
 光江は苦痛に顔を歪めながらも、先ほどまでの大人しさが嘘のように叫んだ。
 そして、踵で呉のスネを思い切り蹴った。
「っ、……手前」
 呉の顔色が変わった。
 怒りに任せて、光江を思い切り張り倒す。
「うあっ」
 地面に倒れた光江を、さらに蹴り飛ばそうと右足を上げる。
「調子に乗るな」
 目が完全に飛んでいた。
 しかしその時、呉が突然前のめりに吹き飛んだ。
「げっ」
 ぶざまに倒れる呉。
 何者かに、突然背中を強烈に蹴り飛ばされたのだ。
「頼みがあるんすよ、センパイ」
 蹴りを入れたのは良太であった。
 異様に覚めた表情のまま、地面にへばりついた呉に話しかける。
「おれに、自慢の柔術を教えて下さいよ」
 そう言うと良太は、やけに凄みのある笑みを浮かべた。
 むかつく奴には、こういう風に笑ってやれ。
 以前、そう浩之に教わったものである。

                                 <続く>

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 登場キャラのフルネームを見てニヤリとした人は、プロレスファンです(笑)。
 ゲームのキャラが一人しか出ない話は、やはり問題か。うう。