華麗なる死闘(3) 投稿者:姥神日明
 ここは、とある中学校。
 校舎の周りは、紺のブレザーを着た学生たちでいっぱいであった。
 ある者は、恩師と再会を約束し。
 ある者は、部の後輩に最後の檄を飛ばし。
 ある者は、仲の良い友人と写真を撮り。
 ある者は、いかなる思いを抱いてか、三年通った校舎をじっと見上げている。
 そしてどの学生も、手に手に丸い筒を持っている。
 三月も終わりの今の時期なら、どの学校でも見られる、卒業式の風景である。
 しかし、そのころ校舎裏では、一つの小さな事件が起きていた。
 誰に知られることもなく……。

 日陰になった校舎裏は、じめりとした嫌な湿気が感じられた。
 そこに、ブレザー姿の四人の少年が立っている。
 一人を、残りの三人が囲んでいる格好だ。
 この校舎裏は、性質(タチ)の悪い生徒の溜り場として知られる場所である。
 では、そんな場所にいる彼らは、カビの生えた言葉で言う所の『不良』なのだろ
うか。
 確かに三人組の方は、いずれも近寄り難い雰囲気を持った少年である。
 だらしなくシャツを出し、脱色した長髪も、どこか不潔な印象を与えた。
 中でも浅黒い肌をした、体格のいい少年がこの三人のリーダー格のようであった。
 三人に囲まれている方は、見た感じはごく普通の少年である。
 頭のてっぺんの髪が、左右にぴん、と跳ねている。
 身長は170センチにも届かない。気の強そうな顔立ちだが、その中にもどこか
愛嬌が感じられた。
 自分よりも大柄な三人に囲まれながらも、その表情には虚勢とは違う余裕がある。
 少年はにやりと笑い、三人に話しかけた。
「何の用だよ、畑山。卒業式だし、最後の挨拶か?」
 畑山と呼ばれたのは、三人のリーダー格の少年である。
「ああ。『挨拶』だ」
 ぼそりと、畑山が答える。何らかの感情を押し殺したような声色である。
 少年は、周りの三人をぐるりと見渡した。
「『お互い卒業しても、いい友達でいようね!』なんてのじゃあ、ないよな?」
 そう言うと、ぽりぽりと頬を掻く。
「雛山ァ……。オレはお前のそう言う舐めた所が、死ぬ程嫌いなんだよ」
「そうか。おれもお前は嫌いだ」
 雛山と呼ばれた少年は、爽やかに言い放った。
「ブッ殺せ」
 畑山の号令を合図に、二人の少年が動いた。
「ああ、そういう『挨拶』ね」
「親も見分けのつかねえ顔にしてやるよ!」
 畑山は絶叫した。
 
 まず、向かって左側の少年が雛山に殴りかかって来た。
 いきなり渾身の右ストレートである。
 雛山はそれを左手でそらし、相手の内側に入りこむように避けた。
 同時に、雛山の左足が跳ね上がった。
 どむっ。
 左足のスネが、金的をモロに蹴り上げた。
「ぎいいいいい」
 物凄い声で唸る少年の右腕を取り、懐に飛び込む。
「うらあっ」
 そのまま、一気に背負い投げを決める。
 受身も取れず、少年は幾分ぬかるんだ地面に叩き付けられた。
 止めとばかりに、雛山は少年の顔面に膝を落とした。
 それで、少年はぴくりとも動かなくなった。
 右側に付いたもう一方の少年は、それを呆然と見つめている。
「おい」
 雛山の声に、体をびくりと震わせる。
「やるか?」
 涙目で、雛山の顔を見つめる。
「やらねえのか?」
 あああああ、と絶叫しながら、少年は雛山に突っ込んだ。
 その顔面に、強烈な足刀が叩き込まれた。
「がああああ」
 突然、畑山が飛び掛って来た。
 不意を突かれた雛山は、そのまま畑山に押し倒される。
 マウント・ポジション――馬乗りの体勢を、取られていた。
「死ねや、雛山」
 にやりと笑い、右拳を振り上げる。
 その時、雛山の左手が畑山のシャツの襟を掴んでいた。
 その手で畑山を引き寄せると残った右手で丸めた平手を作り、それを畑山の左耳
に思いきり叩きつけた。
 ぱあん、という快音が響いた。
「ぐわっ」
 雛山の平手の一撃は、畑山の左耳の鼓膜を破っていた。
 血の流れる耳を押さえてうずくまる畑山。
 その顔面に、立ち上がった雛山は思い切り左のローキックをぶち込んだ。
 仰向けに倒れた畑山は、それきり動かなくなった。
「ちぇ。とんだ見掛け倒しじゃんか。浩之にいちゃんの方がお前の千倍は強いぜ」
 つまらなそうに、雛山はつぶやいた。
「服が汚れちまった。ねえちゃんに怒られるなあ」
 卒業証書の入った筒を拾い上げると、何事もなかったかのように歩き出す。
 雛山良太、中学卒業式でのことであった。

「こんちわー」
 次の日、良太は久しぶりに『LEAF』へと足を向けた。
 受付嬢は、来客が良太であることを確認すると、
「あら、良太じゃない」
 と、勝手を知ったように話しかけてきた。
 それもそのはず、この受付嬢は良太の姉――雛山理緒である。
 良太は中学生の時に週3回、このジムのジュニアコース(空手で言う少年部)で
汗を流していた。格闘技は、その時憶えたものだ。
 最近は受験勉強に専念していたためジムを数ヶ月休んでいたのだが、つい先日卒
業を迎えたことと、受験に無事合格したのを期に、再びジムを訪れたのである。
「浩之にいちゃん、いるか?」
「うん、今なら葵ちゃんや神岸さんもいるよ。何か用事でもあるの?」
 訪ねながら、良太に青いロッカーのキーを渡す。
「いいや、別に。それじゃあまたな、ねえちゃん」
 キーを受け取り、そのまま男子更衣室へと向かう良太。
「うん。頑張ってね、良太」

「おう、良太じゃねえか」
 練習場に入ってきた良太に、浩之はミットを蹴る足を止めて話しかけた。
「あっ、良太くん!」
「久し振りー」
 寝技のスパーリングをしていた葵とあかりも、練習を中断して良太の元に集まる。
「久し振りです、松原さん、神岸さん。オッス、浩之にいちゃん」
「こらこら、何故オレにだけ態度が違う。お前、体はなまってねえだろうな」
 そう言いながら、良太の髪の毛を両手でくしゃくしゃとかき乱す浩之。
「へへ、トレーニングは欠かしてないよ」
 負けじと浩之の頬を引っ張りながら答える良太。
 良太にとって、浩之は格闘技の一番の師匠であり、何よりも気心の知れた兄貴分
であった。
 一方の浩之も、兄弟同然の付き合いであったあかりと雅史が、いずれも表面上は
おとなしめの性格だったためか、活発な良太のことは殊更可愛い様子である。
 傍から見ると、二人は仲の良い兄弟そのものであった。
「ふふっ。ところで良太くん、遅くなったけど合格おめでとう」
「あっ、ありがとう、神岸さん!」
「おねえさんから聞いたよ。私たちとおなじ高校だよね?」
 良太に訊ねる葵。
「そうなのか、良太?」
「そっ。よろしくな、先輩!」
 白い歯を見せて、にこりと笑う。
「そうかあ。それなら良太、部活やるんならエクストリーム部にしなよ」
「エクストリーム部?」

 エクストリーム部――旧格闘技同好会。
 8年前に松原葵が創設した同好会である。始めは部員わずか三名、部費も部室も
与えられてはいない弱小クラブであったが、一年目にして松原がエクストリーム本
選出場、二年目には藤田がベスト4入り、松原が決勝で来栖川にKOで敗れたもの
の準優勝を果たした時点で、部員は爆発的に増加。格闘技同好会は、晴れてエクス
トリーム部として認められた。三年目には松原が来栖川不在の高校生部門を制し、
エクストリーム部は最盛期を迎える。

「ここ数年は、オレたちも顔を出してねえけどな」
「うん、それはいいな!よし、おれはエクストリーム部に入るぞ」
「入学式の日にレクリエーションがあるはずだ。そこで勧誘をやるんじゃねえ?」
「わかった」
 頷く良太。
「そう言えば……」
 と、あかりが何かを思い出したようにつぶやいた。
「何だ、あかり」
「うん、最近のアマチュア・エクストリームでは、うちの部員が勝ち抜いたと言う
話、聞かないなあ……って」
「そう言えば、そうですね」
 葵も、それに同意する。
「最近は高校生出場者のレベルも高けえしな。勝ち抜くのも、骨なんだろ」
 実際、近年はオールラウンドに技術を習得した者でなくては、高校生部門といえ
ども勝ち残れなくなりつつある。
 特に、寝技の習得はエクストリームでは必須である。かつての来栖川のように、
絶対的な強さを誇る選手はいないものの、平均的なレベルは来栖川・松原時代の比
ではない。
「たまには、オレたちが行って鍛えてやるのもいいかもな」
「……そうですね!私も暇があったら、部の方に顔を出そうと思います」
 大きく頷く、葵。
「よーし、ダベるのはここまで。良太ァ、久々に『可愛がって』やるぜ」
 指の骨を鳴らして、にやりと笑う浩之。
「へへ。前みたいにはいかないよ」
 負けじと良太もにやりと笑い、ストレッチを始めた。


 時は流れ、入学式の日。
 慣れない詰襟を窮屈に感じながらも、良太はオリエンテーションの行われている
校庭を歩いていた。
 当然、探しているのはエクストリーム部の勧誘である。
 しかし、ここで良太は思いもよらない光景を目撃することになる。

                                 <続く>

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 ゲームでの良太の年齢がわからないので、一寸不安ですが……。
 しかし、見事に女っ気のない話になっています(苦笑)。

 久々野彰様を始め、感想を下さった皆様、真にありがとうございました。
 そしてtakataka様。この度は本当に申し訳ありませんでした。
 この話をしっかりと続けることが、私の責任と思って頑張ります(謝)。