七夕祭り 投稿者:姥神日明
 どん、どん、どん。
 どこからか、太鼓を叩く音色が聞こえてくる。
 通り一面には焼きソバやたこ焼き、ヨーヨー売りなどの出店が軒を連ねており、
客を呼ぶ威勢のいい声があちこちから上がってきていた。
そこかしこに飾られた短冊の付いた竹が、緩やかな風にさらさらと揺られている。
 今日は七夕祭り。
 日が暮れつつあった今も、普段の昼間以上の活気が辺りを包んでいた。

 どん、どん、どん。
「おーおー、今年も盛況だねえ」
 特に何を買うでもなく、ぶらぶらと祭りの様子を眺めながら、オレは呟いた。
 商店街はけっこうな数の人でごった返している。中には浴衣姿の人も多く、祭り
の雰囲気をさらに盛り上げてくれていた。
「いいねえ。せっかくの祭りなんだから、ああいう格好をしなきゃ駄目だよな」
 とか言って、オレ自身はシャツにジーンズだけどな。
「待ち合わせまでは、まだ時間があるよな」
 オレは時計を見た。
 6時……34分。
 約束は7時だから、まだ時間は十分にある。……とは言え、とりたててやること
もないのだが。
 うーむ、それなら。
「短冊に書いてある願い事でも、手当たり次第に見てみるか」
 と、そこら中の竹に吊るされた短冊を物色する。
 子供の字でヘビーな願い事が書いてあって愕然、というオチがありそうだが。な
んかのマンガであったよな、そんなのが。
 そうやってしばらく挙動不審なことをしていると、後ろから声をかけられた。
「藤田さん」
「うわ、すいません!……って、何だ、琴音ちゃんじゃないか」
 声に驚いて振り向くと、そこに立っていたのは琴音ちゃんだった。
「ふふ、こんばんは。藤田さん」
「あれ、浴衣着ているんだ」
 見ると琴音ちゃんは、涼しげな水色をした浴衣を着ている。
「や、やっぱり変でしょうか」
 照れて俯く琴音ちゃん。
「いや、すげえ可愛いぜ。やっぱ祭りの日はこうじゃなくちゃな」
「は、はい。ありがとうございます」
 へへ、真っ赤になっちゃった。
 お、そうだ、せっかくだ。
「オレはあかりや雅史と待ち合わせしてたんだけど、早く来すぎちまったんだ。よ
かったら時間まで、一緒に祭りでも見て回らないか?」
「え……、でも、いいんですか?」
「いいっていいって。ここの七夕祭りは初めてなんだろ」
「は、はい」
「それなら案内してやるよ。どうだ?」
「わかりました。お供します」
「よし、決まりだ」
 そんな訳でオレは、時間まで琴音ちゃんと祭りを楽しむことにした。

 どん、どん、どん。
 出店の並ぶ通りを歩く、オレと琴音ちゃん。
「なにか買わないか?おごっちゃうぜ」
「いえ、今は……。藤田さんこそ、何か食べないんですか?」
「オレも、今はいいや。どうせあかりたちと合流したら、色々つきあって買うこと
になるからな」
「ふふ」
「それに、どっちかっつーとオレは、こうやってぶらぶらと雰囲気だけを楽しんで
いる方が好きなんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。何て言うか、人が楽しんでいるのを見るのが楽しいんだ。変かな?」
「いいえ。藤田さんらしいです」
 にっこりと笑う、琴音ちゃん。
 そんな会話をしながら、二人で通りをのんびりと歩く。

 どん、どん、どん。
「そうだ。藤田さん」
 ふと、琴音ちゃんがオレに尋ねてきた。
「ん?何?」
「こちらの方では、子供があちこち家を回ってロウソクをもらう……という行事は
ありませんか?」
「え?何だ、そりゃ?」
「七夕の日に、そういうことはしないのでしょうか?」
 まったくの初耳である。
「いや、そんな行事は知らないなあ」
「やっぱり、そうですか」
 オレは生まれたときからこの町に住んでいるが、ガキの時にそんなことをした憶
えもない。
「あの、私の故郷が函館だというのは、以前お話ししましたよね」
 それは、確かに以前聞いたことがある。
「ああ。オレも5月に修学旅行で行ったけど、いい所だったな」
「函館では……、少なくとも私の住んでいた地域では、七夕の日の夜に、子供が何
人かでグループになって、提灯を持ってあちこちの家を回ってロウソクやお菓子を
貰うんです」
 なるほど、そういうことか。
「面白いな、それ」
 でも、なんでロウソクなんだろうな。
「家を訪ねた時には、まず簡単な歌を歌うんですよ」
「そうなの?じゃあ琴音ちゃん、歌ってみてよ」
「ええっ?ここで、ですか」
「うんうん。どんな歌なのか、オレも知りたいし」
 キョロキョロと辺りを見回しだす琴音ちゃん。
 動揺してる動揺してる。
 だがやがて、
「わ、わかりました」
 と多少頬を赤らめながらも、覚悟を決めたように頷いた。
 そして、すうっと息を吸うと、澄んだ声で歌い出した。

 ♪竹に短冊 七夕祭り
  大いに祝おう
  ロウソク一本 頂戴な♪

「……こ、こんな歌です」
 歌い終えて、再び真っ赤になる琴音ちゃん。
「いかがでしょうか」
「……ぶ」
「ぶ?」
「ブラボー!ナイス!可愛い!」
 オレは拍手をしながら、琴音ちゃんを誉めまくった。
「か、からかわないで下さい」
 拗ねたような上目遣いで、オレをにらむ。
「いや、本当可愛かったって。へええ、そうやって子供が訪ねて来るんだ。なんか
可愛いよな、それって」
「でも、男の子たちなんて大声でがなりたてるように歌うんですよ。可愛いという
よりも、やかましい位かもしれませんね」
「はは、男の子なんてそんなもんさ」
「ふふ……。あ、藤田さん。お時間はまだよろしいのですか?」
 そうだ、7時だったよな。
「どれどれ……。おっと、そろそろ行かなきゃあピンチだな」
 腕時計を見ると、7時2分前だった。
「どちらで、待ち合わせているんですか」
「商店街の入り口。よし、琴音ちゃんも来なよ」
 オレは琴音ちゃんの手を取った。
「あっ。……でも、いいんですか?お邪魔じゃあ……」
「全然。あいつらだって喜ぶさ。さ、行こうぜ」
「……はい!」
 そして、琴音ちゃんの手を引いて歩き出す。
 だが、しばらく歩いたところで突然オレは立ち止まった。
「ど、どうしたんですか?」
 不思議そうにオレを見る琴音ちゃん。
「ちょっといいかな、琴音ちゃん……」

 どん、どん、どん。
 3分遅れで待ち合わせ場所に到着する。
 商店街の入り口では、すでに雅史と志保、そして浴衣に着替えたあかりが待って
いた。
「やあ、浩之」
 にこりと笑う雅史。
「ヒロー、時間は守りなさいよね……って、あら?姫川さんじゃない」
 意外そうな顔をする志保。
「こんばんは、姫川さん。……どうしたの?二人とも、にこにこして」
 首を傾げるあかり。
 オレと琴音ちゃんは、互いに笑顔を見合わせた。
 そして、
「せえ、の」
 と、呼吸を合わせて歌い出す。

 ♪竹に短冊 七夕祭り
                        
                                <おわり>

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 一日遅かったあああ(苦笑)。
 こういう、なんてことのない話を書きたかった、ということで。
 ちなみに、函館では本当にこんな行事があります。
 少なくとも、私が子供の時はやりました。
 今は……どうなんでしょう?やっているのかな?