華麗なる死闘(2) 投稿者:姥神日明
『部活?もしかしてサッカー部?』
『違うって、格闘技同好会だ』
『か、格闘技?』
『おう、葵ちゃんっていう新入生の女の子がはじめた同好会でな、目標はエクスト
リーム出場だと』
『そ、それって結構本格的なんじゃ……』
『それがな、部員がオレ以外はその子だけ』
『ええ!?』
『今一つ部員が集まらなくてな』
『それじゃあ……、大変だね』
『おう、大変だ。せめてもう三人メンバーがいれば、正式な部活としてやってける
んだけどよ』
『……真剣なんだね、浩之ちゃん』
『ん?ああ、マジだぜ。結構性に合っているみてえだな、格闘技が』
『うふふ』
『しかし……、あんな子がいるとはねえ』
『ん?』
『葵ちゃんさ。今時珍しいくらい一生懸命な子でな、つい応援したくなってしまう
と言うか』
『……』
『ああいうのっていいな、と思ってよ』
『……』
『……おい、あかり?』
『……浩之ちゃん』
『何だ?』
『あのね、私でいいのなら……』


「何をやってるんだか、あの子は」
 リング上でうつ伏せに丸まっている親友を見やりながら、長岡志保は呟いた。
 野暮ったい格好をした男ばかりのマスコミ関係者の中で、一人洗練されたファッ
ションをした彼女はやけに目立っていた。
 女子プロレス・格闘技専門誌、月刊リングイン。
 現在、志保はその雑誌のライターとして働いている。
「まずいんじゃないか、神岸さん?」
 思わずそう言ったのは、志保の同僚のカメラマンである。
「馬鹿言わないの、垣本。あかりはここからが強いって、知ってるじゃない」
「そうだけど、神岸さんの戦い方っていつも危なっかしくてなあ。こう、来栖川さ
んみたいにスパッと決めてくれれば、安心して見ていられるんだけど」
「……まったく、この綾香信者は。つべこべいわないで撮る、撮る!」
 垣本の頭を小突く志保。
「はいはい」
 垣本がカメラを構え直すのを見て、志保も視線をリング上に戻す。
(しかし、あんたも本当に健気よね、あかり)
 視線はあかりから、セコンドに付く浩之に移る。
(まったく、誰のためにあかりがこんなことやってると思ってるのよ)
「わかってないわよね、あいつも」
「あいつ?」
「こっちの話、黙って撮る!」
「はいはい」

「逃がすな、木内!」
 木内側のセコンドが叫んだ。
 寝技の攻防。
 あかりの方は、いわゆる「亀」になっている。
 両手両足、首を丸めてうずくまる。柔道で押さえ込まれるのを防ぐ際にこういっ
た格好になる。
 だが、エクストリームでこの体勢は危険だ。グラウンドでのブレイクがないエク
ストリームルールでは、「亀」は延々とされるがままの状態でしかない。
 あかりの足側から回り込む木内。
 スリーパーを狙っていた。あの体勢の相手に狙う技としては定石だ。
 木内の右腕が、あかりの首に差し込まれる……。
 そう見えた時。
 あかりの首が、木内の視界から消失した。
 意外な体の柔らかさで、あかりは上半身をさらに左奥に潜らせていた。
 下手糞なでんぐり返しをしたような格好になる。
 そして、あかりの両手の先には木内の左足があった。
「あっ」
 と観客が思った時には……。
 仰向けになったあかりが、うつ伏せの木内の左足を抱えていた。
 裏膝十字固めが、決まっていた。

「時間は!」
 オレは葵ちゃんに尋ねた。
「あと2分です!」
「よーし、決めちまえ、あかり!」
 判定にもつれ込めば、まず勝てるだろう。
 だが、今終わらせなければ危ない、とオレは思った。
 なぜなら、一番怖いのはラッキーパンチが入ることだからだ。
 木内とあかりの体重差は、15キロ以上ある。
 よほどの体重差でもない限り、一度転がしてしまえばあかりの寝技のレベルなら
十分対処できる。
 だが、互いに立った状態での攻防では、体重差が大きな意味を持つ。
 もし、この裏膝十字で決めることができなければ、後がない木内は残ったスタミ
ナを振り絞ってラッシュを仕掛けてくるだろう。
 あかりの打撃に対する防御の技術は、けして低くはない。綾香と葵ちゃんという
二人のエキスパートに散々鍛えられているからだ。
 だがそれでも、空手家のラッシュを完璧にしのげるとはとても考えにくい。と言
うより、数発はもらってしまうと考えるのが現実的だ。
 相手の体重が重いと、その数発が致命的となる。いいのを一発もらってしまえば、
そこで試合は終わる。
 今まではフェイントがうまくハマったが、背水の陣でラッシュに来る木内相手に
フェイントは得策ではない。直にタックルへ行くにしても、一発ももらわずに懐に
入れるか?
 ここが、勝機だ。抜けられるわけにはいかない。
 左足に絡みつくあかりの足を必死で殴りつける木内。
 だが、やはり無理な体勢からなので、力の入った打撃を打てない。
 互いがグラウンドの状態でも、顔面以外への打撃はルールで認められている。
 しかし、今の木内にそのルールがどれほどの助けになっているのか。
「……まだ、タップ(ギブアップ)しないのか?」
 大歓声が、次第にどよめきに変わりつつあった。
「完全に極まってないのでしょうか?」
「いや、ありゃあ完全に極まってるぜ」
 技に入ってから、30秒が経った。
「……おいおい」
「まずいですね」
 木内の顔色が蒼白になっていた。激痛に耐えるのにも、そろそろ限界のはずだ。
 一方のあかりの表情にも、怯えが走っていた。
「ひ、浩之ちゃん」
 助けを求めるように、オレの方を見てつぶやく。
「レフェリー!」
 堪らなくなり、オレは叫んだ。
「止めろ!あかりに折らせるんじゃねえ!」
 それを聞いたレフェリーも、もう木内が抜けられないと悟ったようだった。
 両手を左右に大きく振ると、レフェリーストップを宣告した。

 試合終了後、オレ達は控え室に戻っていた。
 今日の興行では試合がない葵ちゃんは、引き続きメインである綾香の試合のセコ
ンドをつとめている。
「良くやったな、あかり」
 とりあえず、オレは前に座るあかりの労をねぎらった。
「うん……」
 だが、あかりの顔色は優れない。傍から見ると、まるで敗者のようだ。
「怖かったんだろ」
「あのままずっと我慢されたら、無事に済ませられる保証がなかったから……」
「……だな。止めるのがおせえよ、あのレフェリー」
 オレが毒づくと、あかりは首を横に振った。
「ううん、悪いのは私。あの時私がタックルに失敗しなければ、あんな痛い思いを
させることもなかったのに」
 あかりは今までの試合を、判定勝ち以外は全てスリーパーホールドで決めている。
 出来ることなら相手を壊したくないという、あかりなりの信念らしい。本当にそ
んな余裕があるとしたら、あかりの寝技の技術は途方もないレベルである。
「んなことを言ってちゃあキリがねえよ。タップしなかったのも相手の意思だ、気
にすんな」
 その時、控え室のドアが開いた。
「おめでとさん、あかり……あら、いたのヒロ?」
 誰かと思えば、志保の奴であった。
「あっ、志保。ありがとー」
「ちっ、いて悪いかよ。第一、綾香の試合はいいのかよ」
 これって職務怠慢じゃねえのか。
「ああ、もう終わったわよ。1ラウンド2分12秒、KO勝ち。今は勝利者インタ
ビュー中だけど、垣本君を残してきたから大丈夫」
「ふふふ。垣本君、大喜びでしょ」
「両腕振り上げて、『よっしゃあー!』だって。まったくあいつは」
 余裕の勝利だったらしい。流石は綾香だ。
「あ、そうだヒロ。ちょっとあかりを借りるわよ」
「一泊二日、500円な」
「私はビデオじゃないよー」

 志保はあかりを休憩室へと誘った。
「何か飲む?あかり。祝勝ジュースよ」
「あ、それじゃあお茶がいいな」
「オッケー」
 紙コップのドリンク自販機に硬貨を入れ、ウーロン茶のボタンを押す。
「はい」
「ありがと」
 ウーロン茶のコップを手渡し、続けて自分のアイスコーヒーを買う。
「……ねえ」
 自販機の方を向いたまま、志保はあかりに話しかけた。
 声が、いつになく真剣だった。
「どうしたの、志保」
「まだ格闘技、続けるつもり?」
「え……」
 紙コップから口を離し、志保の方を見る。
 志保は背を向けたままだ。
「前々から無理があるんじゃないかって思ってたのよ。……確かに、あたしの目か
ら見ても才能はあるわよ。だけど性格的にはまるっきり向いてないんじゃない?」
「……」
「今日の試合だって、もしあれで木内選手の足が折れていたら、精神的に参ってし
まうのはあかりの方よ。あかり自身、いつ取り返しのつかない怪我をするか」
「……うん」
「今回の試合で、あかりは更に注目されるわ。そうなると、いくらやめたくても周
囲が許さなくなるわよ?それでいいの?」
 いつしか、志保はあかりの正面に向かい合っている。
 心配してくれる志保の気持ちが、あかりに痛いほど伝わってくる。
 それが、たまらなく嬉しかった。
「志保。私は別に、格闘技をいやいや続けているわけじゃないんだよ」
 あかりは笑顔で志保の両手を握り、静かに語りかけた。
「確かに、最初は浩之ちゃんの側にいたい一心ではじめたことだけど……、今は格
闘技そのものが、好きになっているの」
「あかり……」
「それにね、志保。私にもわかりそうなんだ。浩之ちゃんやみんなが、こんなに格
闘技に夢中になっている理由。浩之ちゃんの見ているものが……」
「……」
 志保は黙って、目の前の親友の瞳を見た。
 偽りを言う者の目ではない。あかりの言葉は、心からの告白だった。
「まったく、どいつもこいつも物好きね。他に楽しいこともあるでしょうに」
 大きな溜息をついて、笑顔を見せる志保。
「心配かけてごめんね、志保」
「いいのよ。あたしこそ変なこと言って悪かったわね」
 顔を見合わせて笑う二人。
 その時、
「おーい、あかりー、志保ー」
 と、二人を呼ぶ声が聞こえた。
 見ると、浩之と綾香、葵がこちらに歩いて来ていた。
「あ、浩之ちゃん」
「何やってんだよ、お前らは。これからジムに帰って祝勝会だぜ、早く来い」
「う、うん」
「祝勝会!行く行く!」
 俄然はしゃぎ出す志保。
「おめーは来なくていい」
「なんですってー!」
「あら、いいじゃない浩之。大勢の方が楽しいわよー」
「そうですよ。垣本さんと一緒にいらしてください、長岡さん」
「ちぇ。オレの仲間はいねーのかよ」
「ふふふ」
                                 <続く>

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 第二話です。もう少し早いペースで進めねば……。
 感想を下さった皆様、本当にありがとうございました。
 無理矢理な設定の話で恐縮ですが、読んでいただければ幸いです。