華麗なる死闘(1) 投稿者:姥神日明 投稿日:6月28日(月)12時14分 削除

 大きな歓声が場内を包んでいた。
 中央にはリング。
 その中で闘っているのは、二人の女性だ。
 一方は、二十代半ば程の髪を短く刈り上げた精悍な女である。
 体格も女性としては、173センチと大きい。
 名前は木内真琴。十年間、空手をやってきた選手である。
 空手と言っても、彼女の習ってきたそれは一般に知られたそれとは多少異なる。
 顔面攻撃はおろか、投げや関節、絞め技。果ては、相手を倒してからのマウントパ
ンチ(馬乗りになってのパンチ攻撃)が全て許される、実戦主義を売りにした流派で
あった。
 そして、木内はそこの黒帯である。
 もう一方の選手は、木内とは正反対の風貌である。
 年は二十三歳だが、どう見ても十代にしか見えない。
 こんな娘が、人を殴れるのか?
 そんな印象を抱かせずにおけない、温和そうな美人であった。
 照明に照らされたセミロングの髪が、赤茶けた色に輝いている。
 身長も、160程度あるかないか。筋肉質という風にも見えない。
 格闘技をやるどころか、何となく鈍臭そうですらある。
 闘っているのは、そんな二人であった。
 だが。
 押し気味に試合を進めていたのは、驚くべきことに木内ではなかった。
 173センチの空手家が、160センチの女を相手に攻めあぐねていた。
 そして。
 第2ラウンドの残り四十五秒で、スリーパーホールドが木内の首に入っていた。
 チョークスリーパー。
 頚動脈を絞めるのではなく、喉を直接締め上げる技だ。
 右腕を相手の首に回し、その手を自分の左腕に。そして左手は後頭部に添える。
「があっ!」
 木内が吼えた。
 顔面を赤くしながらも両手を頭の後ろに伸ばし、添えられた左手をほどこうとする。
 スリーパーホールドは首に回した腕だけで絞めるのではない。頭に添えた方の腕も、
脇を締めて力を込めなければ完璧には決まらない。
 しかも、絞められているのは喉である。
 これが頚動脈なら、いくら我慢をしようとも「落ちる」ことは免れない。
 だが、喉ならばその気になれば何分かは耐えることは可能なのである――勿論、そ
れは地獄のような苦しみだが。
「もう三十秒もない!大丈夫!」
 木内のセコンドが叫ぶ。
 このまま無理に絞め続けて、スタミナを消耗してくれたら恩の字である。
 首を絞めるという行為には、非常に体力を使うのだ。
 だが。
 女はあっさりと首に回した手を離すと、すかさず腕を取りに来た。
「な!?」
 木内は慌てて両手を組んで、腕関節を取られるのを防いだ。
 女はすぐに腕を取るのを諦め、立ち上がって距離を取った。
 そして、
「ふう、疲れたよ」
 とつぶやき、大きく息をついた。
 第2ラウンド終了を告げる鐘が鳴ったのは、その時であった。
「よーし、いいぞいいぞ」
 コーナーに戻った女を、いささか目つきの悪いセコンドの男が笑顔で迎えた。
「疲れたよー、浩之ちゃん」
 そう応えながらも、女はもうひとりのセコンドの女が差し出した水を口に含んだ。
 疲れを顔に出すなと何度も言われているのに、彼女は疲労を隠そうともしない。
「しょうがねえなあ」
 その様子を見て、浩之は思わず苦笑した。
「ま、あと1ラウンド頑張れや、あかり」



「エクストリーム」誕生から八年。
 いまや総合格闘技というジャンルはかつてないほどの隆盛を極めている。
 殴る。
 蹴る。
 打つ。
 捌く。
 投げる。
 絞める。
 そして、極める。
 高度な技の応酬。一瞬の駆け引き。
 この奥深さを広く認知させることができたのは、ひとえにスポンサー企業とTV局、
何よりエクストリームコミッションの並々ならぬ努力の賜物であることは間違いない。
 そして、エクストリームから誕生した人気選手達のリング内外における活躍も、現
在の格闘技ブームに大きく貢献している。
 既存の格闘技界からは決して誕生しなかったであろう、強さと話題性を兼ね備えた
選手達の発掘という役割も、エクストリームは果たしたのだ。
 例えば現在の女子総合格闘技が、かつてには考えられないほどの人気を集めている
のも、
「エクストリームの女王」
 来栖川綾香の功績が非常に大きかったりする。

 その綾香は現在、総合格闘技ジム「LEAF」の代表としても活動している。
 そのせいか、最近のマスコミに対しては自分自身のことよりも格闘技界全体、特に
女子格闘技界の未来を見据えた発言をすることが多くなった。
 最近もこんなことを言っている。
「近いうちにLEAFの中から、私を越える選手が現れますよ。誰かって?ふふ、有
望なのが二人ほどいますけどね」
「ゆくゆくはLEAFを中心に、格闘技界に大きな波を起こします」
 
 ちなみにオレ、藤田浩之もLEAFの所属選手だったりする。
 正直、特定のジムや団体に所属してしまうと、色々と「縛り」がありそうで気乗り
はしなかったのだが、
「試合が組まれたとき以外は、好きに飛び回っていていいわよー」
 という代表様の言葉があり、事実その通りにさせてもらっているので今の所不満も
ない。
 それにLEAFにはアマチュア、プロを問わず数多くの実力者がひしめいていて、
更にはスパーリング専用にプログラムを組まれたメイドロボまであったりする。
 ここにいれば練習相手にも事欠かない。理想の環境なのだ。
 だがオレがフリーにならない最大の理由は、あの二人――綾香が有望な選手と言っ
た二人と同一人物なのだが――がLEAFにはいるから……かも知れない。
 
 ひとりは、オレの高校時代の後輩。
 松原葵ちゃんだ。
 綾香を追ってLEAF入りした葵ちゃんも、今では女子の次期エース候補として大
いに活躍している。
 高校時代のネックだった寝技も、今ではそこいらのアマレス、柔道経験者なんて問
題にならないくらいの腕前となった。
 もちろん立ち技打撃の冴えも健在で、一部では
「打撃なら来栖川より上かも」
 という声まであるのだ。
 身長もだいぶ伸びたもののボーイッシュで可愛らしい容姿は相変わらずだ。
 そんな娘に、
「先輩がいれば百人力です!」
 などと瞳を輝かせて誘われちゃあ、断れる野郎がいるか?おい。

 そしてもうひとり。
 こっちには、別段LEAF入りを薦められたわけではない。
 逆に、オレの方が放っておけなかったのだ。
 今のあいつを見るたび、つくづく運命とは不思議だと思う。
 高校時代までは、格闘技の「か」の字も知らない奴だったしな。
「みんなあんたのせいよ、あんたの」
 とは志保の弁だが。


 さあ、最終ラウンドだぜ。
「神岸先輩、残り三分です!」
 オレと共にセコンドに付いた葵ちゃんが叫ぶ。
「うん!」
 パンチで相手を牽制しながら、あかりはその声に応える。
 ボクシングで言うジャブ。完全に手打ちである。
 一応、牽制にはなっているものの、仮に当たってもどうということはなさそうだ。
「はっ」
 距離をとり、右のローキックを繰り出す。
 これもまたまったく腰の入っていない、軸足に体重を残した蹴りだ。
 見る人によっては失笑するであろう、その動きも実は理にかなっている。
 寝技が認められた総合ルールでは、不用意な蹴りは格好の餌食となる。
 蹴り足を取られて倒されると、ポジション的に非常に不利な状況に追い込まれる。
 だから、相手が元気なうちはみだりに蹴りを打てない。あくまで牽制程度ならば、
腰の入った「倒しにいく」蹴りは必要ないのだ。
 まあ、あかりの場合は本当に打撃技が下手糞なのもあるのだが……。
 無論、綾香や葵ちゃんレベルなら、隙があれば本気の蹴りをガンガン出していく。
 二人とも一発で勝ちをもぎ取れる打撃の威力を持っているし、仮に倒されてもそう
負けはしないという自負があるからだ。
 木内も数発ジャブを打つものの、思い切った打撃が打てない。
 タックルを警戒しているのだ。
 あかりのタックルは、はっきり言ってスピードはとろい。
 そのかわりタイミングは絶妙だ。フェイントで餌をまきつつ、隙あらば懐に飛び込
んでくる。
 あかりがもう一発右のローキックにいこうと、右足を上げる。
 いや。
 右足を木内に当てようとせず、その足で一歩前に踏み出す。
 そのまま、タックルへ。
「うまい!」
 おもわず唸ったのは葵ちゃんだ。
 木内はローキックをガードするために左足を軽く上げている。
 完璧にフェイントに引っかかっていた。片足を上げた体勢では、タックルに来たあ
かりに膝蹴りを当てるのも至難である。
 よーし、倒せる。
 だが、その時。
「あうっ!」
 びだん。
 突然、タックルに行ったはずのあかりがその場でずっこけた。
 木内は一瞬呆然となったが、チャンスと見るやあかりに飛び掛る。
「わわわわわ」
 慌てて手足や首を丸めて「亀」になる、あかり。
「な、何があったんですか!?」
 訳がわからずオレに尋ねる、葵ちゃん。
「……あの馬鹿、自分の右足に左足をつっかけやがった」
 眉間をつまんで首を振る、オレ。

                                  <続く>


 
 はじめまして。姥神日明と申します。
 ふとしたきっかけでvlad様の「鬼狼伝」シリーズを読み、
「おお、自分もこんな話が書きてー!」
 と思って作った話……のはずなんですけど……。
 何かが間違っています。
 まあ、単純にバカ強いあかり、というのも何か違う気がしますし、うん。
 

タイトル:華麗なる死闘(1)
コメント:闘う女、その名は。
ジャンル:本格格闘巨編(うそ)/TH/あかり・浩之・葵