見上げるとそこには、満月。 雲一つない、夜空。 満開の、桜。 その下でたたずむ、少女。 「桜月夜」 御田 淳 少女は桜を見上げている。 その目に浮かぶのは、悲哀。 少女の横を、一組のカップルが通り過ぎていく。 「あ…」 「どうした?」 突然涙を流す女に、あわてる男。 「わからない。でも、あの桜を見たら急に切なくなって…」 遠ざかる、声。 それと入れ違いに、別の気配が、音もなく、近寄ってきた。 「楓…」 「姉さん…」 何か言おうとする言葉を遮るように、楓は口を開く。 「どうして桜が薄桃色をしているのか、知ってる?」 桜を見上げたまま、楓は続ける。 「どうして桜を見ると、切ない気持ちになるのか、知ってる?」 千鶴はその答えを知っている。 「私は、それを知っている」 でも、答えようとはしない。 「桜は人の血を吸って生きているから」 じっと、妹を見つめている。 「桜は人の想いを吸って育っているから」 その瞳に、悲しみをたたえて。 「この桜が吸ったのは、私の血」 「……」 「この桜が吸ったのは、私の想い」 「楓、あなた…」 「大丈夫、私は楓。エディフェルじゃない」 「……」 「行こう、姉さん。おじさまが待ってる」 そう言って、きびすを返し、駆け出す楓。 その眼は、一度も姉をとらえようとはしなかった。 楓について歩き出そうとした千鶴は、ふと、振り返る。 その視線の先には、桜があった。 楓が見ていたのとは別の桜が… 「楓、あなたは気付いているの?」 その瞳には、涙。 「あの桜が吸った、リズエル(私)の気持ちを…」 突然に吹き抜ける、一陣の、風。 「帰らなきゃ。」 歩き出す、千鶴。 その姿が徐々に闇に紛れていく。 闇に飲み込まれていくように、その姿はやがて見えなくなる。 後に残ったのは、桜。 人気の無くなった桜並木で、桜は静かにたたずむ。 この地にいた、すべての者の想いを抱き… −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 初めまして、御田 淳と申します。 この話は、満月の夜、桜並木を走っててふと上を見たときの月をバックにした 桜がとってもきれいで、切なくて涙が出てきて、帰って一気に書き上げました。 冒頭のカップルは、このときの僕の気持ちを代弁してほしくて 出てきてもらいました。 まだ慣れてないので言いたいことをうまく表すことが出来たか自信がないです がいかがでしたでしょうか? 本文にちょっと補足 この話は、まだ耕一のお父さんが生きていた時、楓が鬼の血に目覚め、前世の 記憶を思い出した頃のお話です。 楓が千鶴を見ようとしないのは、まだ前世の記憶に混乱しているからです。 この後、しばらくして気持ちの整理をした楓は、徐々にそれまで通りの日常に 戻ります。 この桜並木の場所は、かつて、エディフェルが死んだ場所であり、リズエルも ここで死んだことになっています。 そして、この桜のすぐ横に、塚があってここには、次郎右衛門とリネットが 葬られていたりもします。 つまり、この辺りの桜には楓達の前世の時代にいた人たちの色んな「想い」 を吸った桜が多くあるのです。 みんな切ない「想い」を持っていたので、この辺りの桜は切なさで 覆われている、と言うことになっています。 補足終わり。 最後に、この世界を紹介してくれた冬牙刃と、このつたない話を読んでくれた 方に感謝します。 でわ。