長い長い3日間〜それぞれの想い〜第2話 投稿者: ウラシマン
冬弥と彰は小学校から今に至るまで同じ学校に通っている。
彰は冬弥が好きだったし、冬弥も彰が好きだった。
確かに冬弥は人当たりが良くて容姿もなかなかだ。
それに2人一緒にいたら誰でも最初に声をかけるのは冬弥の方だった。
そんなこと彰は今まで気にしたことがなかった。
冬弥はいつでも自分の中で一番だったから。
しかしそれも、高校1年の時に変わった。
1年年上の先輩、つまり美咲に彰は心を奪われたのだ。
最初の出会いは最悪だった。
遅刻しそうになって必死に走っていたときに、
廊下を曲がってきた美咲に思いっきりたいあたりしてしまったのだ。
2人とも廊下で派手に転んだ。
「あいたたた・・・」
「・・・・痛・・・」
そこで初めて彰は自分がぶつかった相手が女の人であることに気が付いた。
「ご、ごめんなさい!だ、大丈夫ですか」
「え、ええ。大丈夫です」
「す、すいません、僕急いでたもので」
彰は怒鳴られるんじゃないかと思ってびくびくしていた。
しかし、その女の人は彰に優しく微笑みかけたのだ。
「本当に大丈夫ですから、それにこちらも不注意でしたし」
優しい笑顔、穏やかな物腰、全てにおいて彼女は彰の理想だった。
「あ、あの・・・ぼ、僕・・・」
彰が何とか彼女に話しかけようとしたとき、冬弥が後ろから走ってきた。
「よう、彰も遅刻か」
「と、冬弥」
「何こんなところでへたりこんでんだよ」
そう言ってから冬弥は美咲に気が付いた。
「おい、彰おまえこの人に何かしたのか?」
「な、何かって・・・」
冬弥は彰の返事を全く聞かずに美咲に喋りかけた。
「えっと、すいません。俺こいつのダチなもんで、
こいつがなんかしたんなら謝ります。すいませんでした」
「ち、違います。あの私、その・・ご、ごめんなさい!」
美咲はそう言うと顔を真っ赤にして走り去ってしまった。
「何だあ?」
冬弥はぽりぽりと頭をかいた。
「冬弥あああ!!」
急に彰が大声を出した。
「うわっ、な、何だよ」
冬弥はビクッと体を震わせた。
「な、何だよじゃないだろ!!ど、ど、ど、どうしてくれるんだよ!!」
「お、落ち付けって」
冬弥は彰に向かってドウドウとやった。
「こ、これが落ち着いていられるかあ!」
しかしそれは彰をますます激怒させるだけであった。
「はあ?俺なんかしたっけ?」
「何で声なんかかけるんだよ!」
「何でって・・・彰がいたから」
彰は両手で顔を覆って思わず経たり込んでしまった。
「あ、彰?」
冬弥がのぞき込む。
「やっと・・・」
「え?」
「やっと見つけたんだぞ」
「見つけたって何を?」
「・・・・・・」
「おい、言わなきゃわかんねえだろ」
彰はガバッと立ち上がって真っ赤な顔で冬弥をにらんだ。
「ぼ・・僕の理想の人だよ!」
「・・・・・・」
冬弥は黙って彰の額に手を当てた。
「僕は正気だ!」
彰はその手を振り払った。
「いや悪い悪い、彰があんまり似つかわしくねえ事言うもんだからさ」
「は・・初恋なんだ。こんなの初めてなんだよ。胸がドキドキしてる」
男がこんな事を言うと気持ち悪いものだが、彰には妙に似合ってしまう。
「そ、そうか。で、相手は今の人なんだな」
冬弥がうんうんと頷く。
「う、うん」
「じゃあ何か、彰はさっきその人にアプローチをしようとしたんだな」
「あ、アプローチなんてそんな・・・」
「じゃあ何で俺が彰に話しかけたことであんなに怒ったんだよ」
「う・・・」
彰は言葉に詰まってしまった。
「よっしゃ、俺に任せとけ」
冬弥は自分の胸をたたいた。
「ま、任せとけって何するつもりなんだよ」
「いいからいいから、大船に乗ったつもりで安心してな」
「おーまーえーらー」
そのとき後ろから世にも恐ろしい声が聞こえた。
おそるおそる二人が振り向くとそこには担任の先生が仁王立ちで立っていた。
「遅刻しといてホームルームにもでんと何をやっとる!」
「うわっ、やべえ」
「わっ、先生ごめんなさい」
2人はあわてて教室に逃げ出した。
教室に入ると1限目の先生はまだ来ていなかった。
「ふーやばかったな」
冬弥がため息を付く。
「本当、まさかあそこに先生が来てるなんてね。びっくりしたよ」
2人がそんなことを話していると女の子が近づいてきた。
「2人ともおはよう。遅刻だよ」
由綺だ。実は3人、高校1年から3年まで同じクラスだったのだ。
「よう、森川」
冬弥ばつが悪そうに答えた。
「おはよう、森川さん」
彰も序で答える。
「あ、そうだ。森川さあ、ボブカットでこうすらっとしてるけど
ナイスボディ(バデエ)な女性知らね?」
と、言ってからハッとする冬弥。すでに泣きそうな顔をしている由綺。
おろおろしている彰の3人がそこにいた。
「あ、いや。俺がどうこうって言うんじゃないんだ。あの、彰がさあ」
あわあわと冬弥は弁解を始める。
「そ、そうなんだよ。って冬弥あ!さっそくばらすなよ!」
彰は冬弥に向かって怒鳴った。
「こ、この場合はしょうがねえだろ」
「しょうがない?しょうがなくなんかないだろ、冬弥が悪いんじゃないか」
「そ、そんなこと言ったってよお」
「くすっ」
ふと横を見ると由綺はもう微笑んでいた。
「も、森川ぁ頼むぜ」
冬弥が脱力状態で言った。
「ごめんね、だって藤井君が悪いんだよ」
どうやら由綺はからかっただけらしかった。
「いや、だからさ彰が一目惚れした人を捜してるの」
そう冬弥が言うと由綺は彰の方を見た。
「七瀬君が?」
「ととととと冬弥ぁぁぁ」
さっきから大声を出してばっかりの彰だ。
「もう隠したって仕方ねえだろ。いいじゃん女の事は女に聞くのが一番だよ」
もっともらしく冬弥が言う。
「それはそうだけど、森川さん知ってる?」
由綺は人差し指を顎に当ててしばらく考えていた。
「うーん、特徴がそれだけだとね。だいたいその人って同級生なの?」
「あ、そっか先輩かもね。ね、冬弥」
彰がポンッと手をたたく。
「そうかなあ、俺はどうも先輩には見えなかったけどなあ」
そのときチャイムが鳴った。
「まあ、いいじゃないか。後で探しに行こうよ。
もちろん付き合ってくれるんだよね」
彰は冬弥に有無を言わせないようだ。
「分かってるよ」
しぶしぶ了解する。
「じゃあ、私も付き合うよ」
由綺がにっこりと言った。
「いいのか?学校の方は?」
冬弥が尋ねる。
「何言ってんだよ、学校終わってからに決まってるだろ。ねえ森川さん」
「お前は黙ってろ、今日は休みなのか?」
冬弥が言っている学校の事とはアクターズスクールのことである。
由綺はこのころから歌手を目指して頑張っていた。
そのため学校外で友達と遊ぶこともほとんど出来なかった。
しかし、ある時学校から出てくるところを冬弥に見られてしまった。
だが、冬弥はそのとき由綺に優しく微笑んだだけで
誰かに言いふらしたりなどは全くしなかった。
由綺はその冬弥の優しさに心を打たれた。
そして冬弥に好意を持つようになっていったのだ。
友達もそれまでほとんどいなかったが冬弥のおかげでたくさん出来た。
由綺はこう思っている。今ここに自分があるのは冬弥のおかげであると。
そして冬弥がいなければここまでこれなかったのだと。
「うん、今日は休みだよ」
由綺が答えると冬弥は安心したように微笑んだ。
「そっか」
「二人して何のこと言ってるの?全然わかんないよ」
彰だけ蚊帳の外で不思議そうに首をひねっている。
「いいんだよ、お前は分かんなくても」
「??」
そして時間がたつこと7時間。
「終わったあ、さあ行こう冬弥」
チャイムが鳴ると同時に彰が口を開いた。
「分かったよ、付き合うって言ったからな」
冬弥はやれやれと答える。
「ねえ、どこから探すの?」
由綺も冬弥に問いかけてきた。
「んー、そうだなあ・・・・・・・」
冬弥は腕を組んで考えるポーズを取った。
「・・・・見当も付かないよ、どうしよう」
彰はすでに困り果てている。
「そうだなあ、うちの制服って全学年一緒なんだっけ」
思いついたように冬弥が言った。
「どうだろ、森川さん」
「あ、ううん違うよ」
由綺が首を振る。
「じゃあまず学年は分かるんじゃないか」
「どこが違うの?」
「えっとね、リボンの形なんだけど七瀬君覚えてる?」
「う、うーん・・・」
彰は腕組みをして真剣に考え込んだ。本当に真剣な表情だ。
5分経過。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・おい」
「ちょっと待ってよ、今思い出してるんだからさ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
さらに10分経過。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・こら」
「・・・ごめん、分からない」
「さんざん待たしといてそれかあああ!!」
冬弥の怒りが爆発してしまった。
「わあ、ごめんてばあ」
彰が頭を庇うように両手で押さえる。
「ふ、藤井君」
由綺が困ったように言うとようやく落ち着いてきた。
「あ、ああ悪い。つい取り乱してしまった」
冬弥は大きく深呼吸をする。
「そうなると虱潰しに探すしかないね」
「しょうがねえなあ、ったくそれくらい覚えとけよ」
彰はまだびくびくしている。
「そんなこと言ったって一瞬だったし」
「まあまあ、ほら3人いるんだし学年ごとに見ていこうよ」
由綺が見かねて仲裁に入った。
「俺はかまわないけどよ、森川は顔分かんねえだろ」
「あ、そうだね」
うーん、と考え始める由綺。
「まあでも、俺の予想だと3年ではないな」
冬弥は自信たっぷりに言った。
「何でそんなこと分かるのさ」
すぐさま彰が反論する。
「雰囲気かな」
それですぐに彰は納得してしまったようだ。
「ふうん、じゃあ僕は1年生を探すから2人は2年生お願いね」
「分かった」
「うん」
3人は2組に分かれて探し始めた。
冬弥は始めすぐに見つかるだろうと思っていたが、
意に反して全く見つからない。
「おいおい、どこに居るんだよ」
既にいらいらしはじめている。
「そうだね、藤井君は顔覚えてるんでしょ」
「まあ、パッと見だけどな」
「どんな人?きれいな人なんでしょ」
何でそんなことを聞くんだろうと思いながら冬弥は答えた。
「え?あ、ああ。まあ・・・な」
「ふうん・・・」
由綺はそうつぶやくと黙ってしまった。
「あ、あのさ何か勘違いしてないか、あくまで彰のためにやってんだぜ」
冬弥は何故か言い訳をしだした。
「・・・・分かってるよ、どうしたの」
由綺が不思議そうな顔をする。
「い、いや・・・その」
かなり動揺している。
「くすっ変な藤井君」
そんな冬弥を見て由綺が笑った。
「ちぇっ、格好悪りいの」
「そんなことないと思うけど」
一瞬時間が止まったように感じたのは自分だけだったのだろうか。
「え・・・」
「藤井君格好良いと思うよ」
「そ、そうかな」
「うん、そうだよ」
2人はそれから2年の全クラスの教室を見て回ったが、
その人を見つけることが出来なかった。
放課後ということで教室内には人がまばらにしか居なかったのだが。
2人は彰と合流したが、彰もまたその人を見つけることが出来なかったらしい。
それから3人で一応3年の教室にも行ったのだが、やはり見つけられなかった。
「はあ、見つからないね。その人」
由綺がため息をついた。
「今日はもう諦めて帰った方がいいんじゃねえか?」
冬弥もやる気がなくなりかけている。
「えーっ、だってまだ学校にいるかもしれないじゃないか」
彰はどうしても2人に付き合ってもらいたいらしい。
「いないかもしれないだろ、なあ森川」
「う、うん。部活か何かやってればいるかもしれないけど」
「部活かあ」
そんなことを話しながら歩いていると、
よそ見をしていたせいか冬弥は反対方向から歩いてきた
女生徒と肩がぶつかってしまった。
「あ、すいません」
「いえ、こちらこそ」
「・・・・・・・ああっ」
不意に冬弥が大声を上げる。そのためその人はびくっと肩を震わせた。
「な、なにか」
「見つけた・・・彰、おいっ」
冬弥は彰の肩をつかんで無理矢理振り向かせた。
「な、何だよ冬弥・・・ってああっ」
彰までが大声を上げたのでその人はますます怯えてしまった。
「あ、あのどうかしましたか」
おそるおそるその人が尋ねてくる。
「あ、とすいません。あのですねえ、
こいつが是非あなたのお名前を知りたいそうです」
「と、冬弥」
「はあ、私の名前・・・ですか」
「ええ、そうです」
初めは不審そうな顔をしていた彼女だが、
冬弥の笑顔につられてついつい微笑んでしまった。
それに気が付いてハッとする仕草がとても可愛らしかった。
「あ、あの澤倉美咲といいます」
「澤倉さんですね、俺は藤井冬弥といって決して怪しいものではありません」
かなり怪しい。
「ふ、藤井君。怪しいってば」
見かねて由綺が助け船を出した。
「そ、そうか」
「すいません、驚かせちゃってあの、私達あなたを捜していたんです」
「私を?」
「ええ、あの・・・」
言葉に詰まる由綺。
「俺と、いや俺達と友達になってくれませんか?」
考えてみると恥ずかしい言葉だ。
しかし、このときの冬弥にはそれ以外の言葉は思いつかなかった。
「え・・・」
「な、七瀬彰ですっ」
急にそれまで黙っていた彰が声を上げた。
「よ、よろしくお願いしますっ」
そして深々と頭を下げる。
「ば、馬鹿いきなりなんだよ」
これには冬弥も意表をつかれたらしかった。
「だ、だって」
「・・・くすっ」
そんな様子を見て美咲は微笑んだ。
「いいですよ、私なんかで良ければ」
「そ、そうですか」
微笑んだ顔に釘付けになる冬弥。
「ど、どうもありがとうございますっ」
また頭を下げる彰。
「それはもういいって」
冬弥がバシッとつっこんだ。
「楽しそうな人たちですね」
美咲は2人の様子を見ながら由綺に言った。
「ええ、私も最初そう思いました。あ、森川由綺といいます。どうぞよろしく」
「こちらこそよろしく」
そんな男性陣をほったらかして女性陣は和気藹々とし始めた。
「あの、澤倉さんは何年生なんですか?」
「あ、2年です」
「え、じゃあ先輩」
「ふふ、でも気兼ねなんかしないでね」
「は、はい」
急に2人の間に冬弥が割り込んでくる。
「そうですか、じゃあ遠慮なく」
「ふ、藤井君」
「いいのよ、森川さん」
そんな様子を見ながらも美咲の顔から笑顔が消えることはなかった。
「あ、由綺って呼んでください」
「じゃあ、私は美咲って呼んでね」
「あの、じゃあ美咲さんこいつのこと覚えてる?」
冬弥は彰の頭を掴みながら言った。
「ちょっ、冬弥」
「え、あのごめんなさい」
どうやら覚えてないらしい。
「今朝ぶつかった奴なんだけど」
「あ、そういえば」
「んでさ、ちょっと聞きたいんだけど。あのとき俺の顔見て何で赤くなったの」
冬弥の辞書には遠慮という言葉がないのだろうか。
「冬弥っちょっと失礼じゃないか」
「そうだよ、藤井君」
それには2人とも注意の言葉を投げかけた。
「だ、だってさ彰の顔見てならともかく俺の顔見てじゃ変だぜ」
「ち、違うの」
「へ?」
美咲の顔は赤かった。
「あの、えっと私・・・あ、あのね」
冬弥はなんだかかわいそうになってきた。
「ごめん、変なこと聞いて」
「そうだよ、全く冬弥はいつも一言多いんだから」
「悪かったな」
その時、チャイムが鳴った。時計の針はすでに午後7時をまわっていた。
「もう7時になっちゃったんだ」
由綺が独り言のようにつぶやいた。
「そうだな、んじゃ帰っか」
「あ、あの良かったら美咲さんも一緒に」
彰が出来る限りの勇気を振り絞って言った。
「うん、帰りましょ」
冬弥と彰は同方向だが、由綺は反対方向である。
これまでも時々一緒に帰ったことはあったがいつも途中で別れていた。
「美咲さんは家どっちなんですか」
そのことに気づいて由綺が尋ねる。
「私は駅の方向なの」
「それだと俺達と一緒だな」
そう言ってから冬弥はしばらく押し黙った。
そしてクルッと身を翻し由綺の方に寄った。
「今日は遅くなっちまったから森川を家まで送ってく。
彰も美咲さんのこと責任もって送るんだぞ」
「え?と、冬弥」
彰は驚いて美咲の顔を見た。
「せっかく気を利かせてやったんだ、うまくやんだぞ」
冬弥は彰の耳元でささやくと美咲に微笑みかけた。
「頼りないボディガードだけどいないよりましだから」
「そ、そんなこと」
「じゃあ、帰るぞ森川。それじゃまた」
「さようなら、美咲さん七瀬君」
「さ、さようなら」
そのまま二人はすたすたと歩き出した。
彰はしばらくその姿を眺めていたがやがてハッとしたように言った。
「そ、それじゃ僕らも帰りましょうか」
「え、ええ」
しかし、帰り道彰はたわいもない世間話しかできなかった。
冬弥は黙ったまま由綺の前を歩いていた。
歩くスピードを由綺に合わせてくれているのが分かる。
「ふ、藤井君本当に送ってくれるの?」
由綺が見かねて声をかけた。
「そう言ったろ」
あくまで冬弥はぶっきらぼうだ。
「う、うん」
そのまましばらく歩く。
「・・・・・・森川」
「え?」
冬弥が急に立ち止まった。
「ちょっと時間あるか?」
「え、うん」
由綺が答えると冬弥は近くにあった公園に入っていった。
あわてて由綺もその後を追う。
「ど、どうしたの急に」
冬弥は答えずにベンチを指さした。
「座れってこと?」
首を縦に振る。由綺が腰掛けると冬弥もとなりに座った。
「な、なに?」
「・・・・・・」
冬弥はじっと前を見つめていたがやがて決意して口を開いた。
「俺と付き合ってくれ」
「・・・・・・・・え?」
由綺はしばらくその言葉の意味が分からなかった。
「え?ええっ」
あたふたし始める由綺。
「つ、つ、つ、付き合うって付き合うってこと!?」
意味不明だ。
「だ、だ、だってわ、私だよ」
冬弥は答えない。暗くて表情はよく分からないが照れているようだ。
「私なんだよ、解ってて言ってるの?」
「そうだよ、森川だ」
「だ、だったら」
「はあ・・・いいかこんな恥ずかしいこと何度も言わすなよ」
冬弥は右手で前髪を掻き上げた。
「どうなんだよ」
「な、なにが」
「馬鹿、答えだ」
由綺は真っ赤な顔をしながらも一度大きく頷いた。
それを見て冬弥も顔を赤くした。
「や、やった」
ぼそっとつぶやいた冬弥の言葉があまりに意外だったのか
由綺は目を丸くして冬弥の顔をのぞき込んだ。
「な、なんだよ」
「藤井君てクールなのかと思ってた」
「・・・・・(真っ赤)」
冬弥は由綺が見たことない程に赤くなった。そして顔を両手で押さえた。
「う、うるさいな」
現在(大学2年)の冬弥の口調と高校の時の口調で高校の時の方が
口が悪かったのは精一杯強がっていたためだ。
冬弥の両親は冬弥が中学3年の時に交通事故で他界してしまっている。
しかし、両親の残した財産と保険金が有ったため親戚の世話にもならずに
1人で暮らしているのだ。
幸いにも祖父母が近くに住んでいるので生活に困ったことはないが。
だからこそ、このときの冬弥は絶対に人の世話になるようなことはしなかったし、
頼りもしなかった。
唯一親友の彰だけが心を許せる人物だったのだ。
だがそれも『由綺』という恋人が出来、
だんだんと口調も柔らかくなっていったのだ。
「キスしていいか?」
不意に冬弥が言った。
「え?」
と、言おうとした言葉は冬弥に飲み込まれてしまった。
冬弥が自分の唇で由綺の唇を挟み込んだのだ。
「ふ、藤井君」
「冬弥だ」
「と、冬弥君?」
「そう」
由綺の顔を両手で自分の方に向けさせながら冬弥はもう1度キスをした。
時間にして約2,3秒だっただろうが由綺にはとても長く感じられた。
そして冬弥が唇を離したときには由綺はますます真っ赤な顔になっていた。
「・・・由綺」
冬弥が声をかけても由綺はまだボーッとしていた。
「由綺」
冬弥がもう一度言うとようやく気付いたようであわてて返事をする。
冬弥が自分のことを名前で呼んだのにも気が付かなかった。
「は、はい」
そんな由綺の様子を見て冬弥はにっこりと笑った。
「帰ろ」
「え?」
まだ解っていない。仕方なく冬弥は右手を差し出した。
由綺はその手と冬弥の顔をしばらく見比べていたがやがてその手をとった。
「うん」
由綺も笑顔で答えた。そして2人は手をつなぎながら帰路へとついたのだ。
それから冬弥と由綺は恋人になったのだが彰はたいして驚きはしなかった。
なるようにしかならない。
彰はそう考えていた。美咲とはこのときから友人関係が続いている。
だが、彰は美咲に告白しようとはしなかった。
仲の良い友達同士の関係が壊れるのを恐れてのことだった。
もちろん冬弥達は彰の気持ちを知っているのでそれとなく
美咲に彰のことを聞いたことがあるがいつも答えはいい友達でしかなかった。
彰はそれでも良かった。
美咲の気持ちがいつか自分の方に向いてくれるのではないかと
淡い期待を胸に抱いていたから。
しかしそれも無惨にも敗れ去ってしまった。
美咲は冬弥に恋している事がたった今解ってしまったから。


続く
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1話からずいぶんと間があいてしまいました。
多分5ページぐらい後ろにいっちゃってるんだろうなあ
この話自体覚えてる人いなかったりして(笑)
今度は早めに続きを書きたいと思います