音楽祭を3日後に控えた由綺の元にその知らせが届いたのは深夜1時をまわったところだった。 その時、由綺は英二とともに音楽祭の最終チェックの最中だった。 その知らせを教えに飛び込んできたのは理奈である。 「由綺!冬弥君が事故にあって今、救急車で運ばれたって」 由綺は、持っていた楽譜を床に滑り落とすとそのまま外に飛び出そうとした。 しかし、英二がドアの前に立ちふさがった。 「緒方さん!どいてください、冬弥君が冬弥君がっ」 由綺は英二に悲壮な表情で訴えた。 「だめだ。今、君を行かせるわけにはいかない」 しかし、英二は断固としてそれを拒否してきた。 「でもっ」 「だめだ。3日後には音楽祭が控えてるんだぞ。つらいとは思うがここは堪えてくれ」 それを聞くと理奈は怒ったように英二にくってかかった。 「兄さん!何言ってるのよ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」 「だめだ。もし君がどうしても行くというならば、音楽祭への出場は諦めてもらおう」 音楽祭、歌手ならば一度は頂点を極めたいと思う栄光への一本道。 由綺はそのためにすべてを犠牲にしてきたのである。 「兄さん!そんなっ」 「それくらいの覚悟がなければ頂点に立つなどとうてい無理だ」 それを聞くと由綺は押し黙ってしまった。 「由綺!どうしたのよ、行かなくていいの!?後で後悔したって遅いのよ」 「理奈、それは両方にいえることだ」 英二はつぶやくように言った。はっ、としたように英二の方を見る理奈。 由綺は黙ったまま静かに目をつぶった。 「へえ、すごいじゃん。音楽祭かあ」 由綺の脳裏に浮かんだのは冬弥の言葉だった。音楽祭の出場が決まったことを、喫茶店でコーヒーを飲みながら話したときだ。 「うん、でも私信じられなくて」 由綺が言うと冬弥は不思議そうな顔をした。 「なんでさ」 「だって、私まだデビューしてから1年目だし」 「そんなこと関係ないじゃん、由綺の実力だって」 冬弥がそう言っても由綺から不安の表情は消えなかった。 「それに・・・」 「それに?何かあるの」 「冬弥君と会える時間もなくなっちゃうし」 「あ・・・」 一瞬だけ冬弥の顔が曇ったかのように見えた。 「・・・馬鹿」 「えっ」 次の瞬間、冬弥の顔は満面の笑みを浮かべていた。 「何変な心配してんだよ。会えなくなったら俺が浮気するとでも言うのか」 「えっ?えっ!?そんなこと!そんなこと言ってないよっ」 由綺が真っ赤な顔をして反論する。 「はははは、冗談だよ、冗談。由綺すぐ本気にするから」 冬弥が茶かしても由綺はまだあわてている。 「だ、だって冬弥君、格好いいし優しいし、それにそれにっ」 急に訳の分からないことを言う始末だ。 「・・・・はあ。何それ」 冬弥は首を傾げた。 「な、何それって。だから冬弥君が他の女の子に好きになられちゃっても私、私!」 「わ、分かったからちょっと落ち着いて」 冬弥は困ったように両手を広げる。 「だいたいさあ。普通心配するのって俺の方じゃないの?」 そう言うと冬弥は由綺の手をそっと握った。 「大丈夫さ、会えなくったって俺はずっと由綺を見てるよ」 由綺はそのとき心から冬弥を想っていた。 「がんばれ、森川由綺」 「由綺ちゃん?由綺ちゃん!どうしたんだ、ぼぅっとして」 気が付くと英二が由綺の顔をのぞき込んでいた。 「あ、ご、ごめんなさい」 はっと我に返る。 「由綺やっぱり心配なんでしょ、行った方がいいわ」 さすがにさっきよりは弱かったがきっぱりと理奈が言った。 「いいの、理奈ちゃん・・・分かりました」 由綺は静かに答えた。 「ゆ、由綺!あなた本気で言ってるの?」 理奈は由綺がまさかそう答えるとは夢にも思っていなかったようだ。 「由綺ちゃん・・・」 英二もいささか驚いたようだ。まさかすんなりと由綺が言うことを聞くとは思ってなかったらしい。 「でも、せめて電話をかけさせてください。お願いします」 由綺は英二に向かって頭を下げる。英二も鬼ではない。優しく由綺の肩に手をおいた。 「ああ、分かった。じゃあ10分間休憩にしようか」 「あ、ありがとうございます」 そう言うと、由綺は急いで電話をかけに向かった。その姿を横目で見ながら英二は理奈に声をかけた。 「ずいぶんと藤井青年のことを気にかけるんだな」 「それどういう意味?」 理奈は冷ややかな視線で兄を見ている。 「おいおい、仕方ないだろう。この場合は」 「仕方ないですって?よく言うわよ!」 思わず声を荒げてしまう。 「何を怒ってるんだ、理奈」 「怒らない方がどうかしているわ!恋人が事故にあったって言うのにお見舞いにもいけないの?」 そんな妹の様子を兄は静かに眺めている。 「理奈、分かっているはずだろう。おまえたちは普通とは違うんだぞ」 「分かってるわよ、そんなこと」 それを聞くと英二は理奈の目を真っ正面からじっと見た。いつもとは違うプロの目だ。 「なら、わがままを言うな」 その目に蹴落とされたのか理奈は下を向いてしまった。 「だって心配なんだもの・・・」 その時、聞こえないくらい小さな声であったが理奈は確かにそう言ったのだ。 「も、もしもし彰君?由綺ですけど」 由綺が電話をかけたのは冬弥の親友である彰の携帯にだった。 「あ、由綺?良かった電話しようと思ってたんだ」 「と、冬弥君がじ、事故にあったってき、聞いたんだけどだ、大丈夫なの?」 由綺は聞いている方がかわいそうになるほど焦っている。 「あー大丈夫だよ、たいしたことないってお医者様も言ってた」 彰の口調はいつでもマイペースだ。 「そ、そう」 「今、美咲さんがね付き添ってるんだ。僕は由綺に知らせてって言われてさ」 「そ、そう」 「冬弥も馬鹿だね、なんか知らないけど最近特にバイト増やしたみたいなんだよ」 「そ、そう」 彰が何を言っても由綺は同じ言葉を繰り返すだけだ。 「由綺?大丈夫?聞いてる?」 「う、うん聞いてる」 「それでさ、疲れてふらふら歩いてたらつい赤信号なのに道路にでちゃったんだって」 「・・・冬弥君」 さっきはああ言ったが本当は冬弥に会いたくて仕方ないのだ。 由綺の目には知らないうちに涙があふれていた。 「あ、ちょ、ちょっと泣いて・・るの?」 彰がおずおずと尋ねる。 「ううん、ごめんなさい。大丈夫」 由綺は目をこすりながら答えた。 「大丈夫だって、冬弥ああ見えて結構頑丈なんだから」 「う、うん本当、そうだね」 しばらくの沈黙。 「・・・・・あ、美咲さん」 電話の向こうでは美咲が来たようだ。 「うん、電話。由綺から」 「もしもし、由綺ちゃん?」 美咲が電話にでた。 「美咲さん・・・」 「大丈夫だから、藤井君。だから本当あんまり心配しないで」 「うん、ありがとう美咲さん。本当なら私が付いてなきゃいけないのに」 「そんな、由綺ちゃん頑張ってるんだから仕方ないわよ」 「でも・・・」 由綺が涙声なのに気が付いたようだ。 「由綺ちゃん・・・安心して藤井君は私たちがちゃんと面倒見るから」 「美咲さん・・・ありがとう」 「ううん、お礼なんていいのよ。当たり前のことだから」 そのとき、電話の奥から彰の叫び声が聞こえた。 「と、冬弥!何やってんだよ、まだ起きたら駄目だってば」 「きゃっ、ふ、藤井君!?ど、どうしたの」 美咲の驚いた声も聞こえる。 「え、み、美咲さん!冬弥君がどうかしたの?」 由綺が心配になって美咲に問いかける。 「・・・・や、由綺。元気?」 しかし、電話の向こうから聞こえた声は美咲ではなく冬弥の声であった。 「と、冬弥君・・・」 由綺は言葉がでなかった。話したいことはたくさんある。 実際、あの喫茶店で会ってから冬弥の声を聞くのも久しぶりだったのだから。 「どうした・・・泣いてんのか?」 「だって・・・だって・・・」 由綺は何も言えなかった。 「ばあーか!みんな大げさなんだよ。ただちょっとかすっただけなのにさ」 冬弥がやれやれという風に言った。 「ほ、本当に?」 「当たり前だろ、そんなに大怪我だったら今電話なんか出来ないよ」 「本当に大丈夫なの?」 由綺はまだ不安そうに聞いてくる。 「しつこいなあ、大丈夫だってみんな言ってるだろ」 由綺はようやく安心したようだ。ホッとため息をついた。 「由綺ちゃん、そろそろ始めるよ」 そのとき、英二が由綺のことを呼びに来た。 「あ、は、はい、分かりました。ご、ごめんね冬弥君お見舞い行けなくって」 「分かってるから、俺」 冬弥は努めて明るい声であった。 「うん、じゃあ・・・またね」 「ああ、またな」 そして電話は切れた。冬弥は携帯電話を彰に返すことも出来ずにそのままうずくまってしまった。 「ふ、藤井君!」 「冬弥!」 2人が冬弥に駆け寄る。冬弥は壁により掛かって肩で息をしていた。 「ごめん・・・情けないよな、これくらいの怪我で」 「何いってるの、本当なら歩くこともできないのに・・・」 美咲は本当に心配そうな顔をして冬弥の肩持ち上げた。 「早く病室に戻って休まないと・・・・うぅーん」 美咲の華奢な腕では冬弥を持ち上げることなど出来るはずもない。 「み、美咲さん、僕がやるよ」 あわてて彰が手伝う。 「2人ともごめん・・・迷惑かけるね」 「冬弥は頑張り過ぎなんだよ、この期に少し休んだ方がいいよ」 「そう・・・だよ、無理しないで・・・」 美咲は声が震えていた。泣くのを我慢している前兆だ。由綺の前では元気に振る舞っていたが 美咲もまた事故の知らせを聞いたときには心臓が止まるかと思ったほどだ。 「美咲さん・・・」 彰はそんな美咲の様子から何かを感じ取っていた。彰は高校時代から美咲を密かに想っているのだ。 美咲の少しの変化にでも気が付かないはずがない。 (美咲さん、冬弥が好きなんだ・・・) 彰は一瞬、冬弥に嫉妬してしまった。 (ずっと一緒にいたのになんでいつも冬弥なんだ・・・) 続く --------------------------------------------------- こんにちは はじめまして ウラシマンと申します リーフさんにカキコするのははじめてです はじめてなのに小説コーナーとは・・・・・・(笑) 一昔前に書いたものなので今読み返すと なんだか文が変ですね(汗) 内容もこっぱずかしいし・・・・ 直しながら載せていきたいと思います よろしくお願いします なお、感想などはメールでお願いします