とおまわり 投稿者: 粋月くう
 ZZZZ……、ZZZZ……

「藤田、面会だぞ」
 飯を食べ終わった俺は、昼休みの残りの時間を机にうつ伏せて寝ていた所を、矢
島の呼び声に目を覚ました。
 ここ最近、受験勉強で明け方まで起きているため、眠たくてしかたない。
 寝ぼけ眼で扉を見れば、一冊のノートを大事そうに抱えた琴音ちゃんが見えた。
彼女とつきあい始めて二年目。受験シーズン真っ盛りな俺はこうやって顔を会わせ
る機会も減っていた。
「琴音ちゃん、どうかしたの?」
「あっ、あの、コレ、どうぞ」
 そう言って、ノートを差し出してくる。
 よく分からないままに受け取ったノートをめくってみると、最初の数枚に俺の志
望校と受験科目、そして数字の羅列が書かれているだけで、他の頁には何も書かれ
ていない真新しいノートだった。
「これ、何?」
 あまりにも長い数字の羅列は、何を意味しているのか見当も付かない。
 周りを気にしているのか、琴音ちゃんは俺の問いに対して『場所を変えましょう』
と手を引っ張って歩き出した。

 屋上に場所をかえた俺達。
 季候のいい暖かい日なら誰かしらがそこで昼食を取っているが、さすがに寒風吹
き抜ける冬に利用する生徒はいなかった。
 琴音ちゃんの長い髪が風になびく。
「浩之さんの受ける大学の入試問題を予知してみたんです」
「えっ!? 予知って、琴音ちゃんの力は……」
「浩之さんに予知能力の正体を看破して貰ったあの日から、色々と訓練したんです。
そして、最近本当の予知能力を身に付けることができたんです。
 それで、浩之さんの受験に少しでも役に立てばと思って、入試問題を予知してみ
たんです」
 琴音ちゃんの言い分では、どうやらこいつは、俺が受ける大学のマークシートの
正解解答らしい。
「これを暗記したら、100点で合格しますよ」
 優しげな笑みでそう太鼓判を押してくれる琴音ちゃん。
 彼女の好意はありがたい。
 でも……なんだ、1教科あたり30〜40の数字が受験科目分あり、さらにそれ
が、俺の志望校の数だけある。とてもじゃない、これを全て暗記できたら苦労もし
ないだろう。しかも、マークシートであるため些細なミス――マークミスをしたら
それで致命的になりかねないし。
 ここは折角だけど……
 断ろうと口を開きかけた、その雰囲気を敏感に感じ取ったのか、琴音ちゃんの顔
が不安げに歪んだ。
 …………。
「ありがとう。有効に使わせて貰うよ」
 俺の口から出た言葉はそれだった。
「はい。受験、頑張って下さいね」
 嬉しそうに励ましの言葉を発する琴音ちゃん。心底、俺の受験を親身になって考
えてくれている……ようなのだが、その時、何故か彼女の微笑みは蠱惑を含んだ小
悪魔的なモノに見えた。

 それからの俺は、今まで使っていた単語帳や参考書を脇にどかせ、受験までの限
られた時間を数字の羅列を覚えることに費やした。
 そのかいがあって、何とか第一志望の大学分の解答だけは完璧に覚えることがで
きた。
 その大学は、琴音ちゃんと二人で話し合って選んだ大学で、来年には彼女も受け
ることになっている。

「完璧だな」
 マークミスが無いように幾度となくシートを見直していると、最後の試験の終わ
りを告げるチャイムが鳴った。
 試験官が試験の終わりを宣言し、シートを集めていく。
 それを待って、俺は試験会場を後にした。
「あれ?」
 門の所に一人の少女が佇んでいるのが見えた――琴音ちゃんだ。
 待っていてくれたのかな……
 その割には、少し寂しそうな顔をしているのが気になる。
 不審に思いながら彼女に向かって歩いていくと、琴音ちゃんも気が付いたのか、
俺のもとに駆けてきた。
「琴――」
「すいません!」
 いきなり、彼女は深々と頭を下げた。
 えっ!?
 何だ、いったい?
「どうかしたのか?」
「浩之さんに渡したノート、間違っていました」
「えっ!? 予知が外れてたとか?」
「いえ、予知はできているんです。ただ、そのノートに書かれている予知の結果は、
今年ではなく来年の入試問題なんです」
「来年の?」
 琴音ちゃんの話に、訝る。
「予知能力の制御にしくじったってことなのか?」
「そうではなくて、あのノートは私の分だったんです」
 聞けば、俺の入試分を予知する時に、翌年の自分の分も予知していたと言う。
 そして、そいつを書き留めたノートと、俺へと渡すはずだったノートを間違えて
しまったと。
「すいません、浩之さん」
 再度、深々と頭を下げる琴音ちゃん。
 心底すまなそうに謝るその姿は、悲愴感が漂いいたたまれなくなるぐらい可哀想
すぎる。
 ポムッ。
 頭に載せた俺の手に、上目遣いで見上げる琴音ちゃん。その瞳は微かに潤んでい
た。
「琴音ちゃんが悪いんじゃないよ」
「でも……」
「いいさ、来年一緒に頑張ればいいことだけなんだし」
 彼女の背を押して歩き出す。
「それより、何か食いにいかねーか?」
 俺の言葉に、琴音ちゃんの目が輝く。
「あっ、私、おいしいお好み焼き屋さん知ってます」
 早足で先導して歩き出す琴音ちゃん。さっきまでとは一転して嬉しそうだ。
 不意に、ノートを手渡された日に見せた笑顔が重なって思い出された。
 …………。
「浩之さーん、何しているんですか。おいてきますよ」
 交差点で立ち止まって手を振る。その彼女の澄み切った笑顔に、深く考えること
を止めた。
 まぁ、一年ぐらいの遠回りならいいか。それで、彼女と共にいられるのなら。
「今行くよ」
 俺は慌てて彼女の下に駆け出した。

 冬はまだまだ続くようだが、終わらない冬はないんだ。
 彼女がそこにいる限り、こんなコトもたまにはいいさ。

              −fin−

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 初めまして。
 いつも、大変楽しく拝見させて貰っている粋月くうと言う者でござる。以後、お
見知りおきを。
 読んでばかりではなく少しでも還元できればと思い、筆を取った所存でござるが
……どうも二次モノは馴れていない故、稚拙な話になってしまったでござる。
 言いたいことの半分も描き切れていないし、浩之殿や琴音殿の性格もおかしいし
……まだまだ未熟でござるが、また何か書きましたら参上仕り候。その時は宜しく
御願いします。
 それでは是にて失礼いたします。

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