Pinky Girls 投稿者:あんB
 雲一つない青空が広がる、清々しい日曜の朝。
 窓辺のテラスでこんな日だけの特権、遅めのコンチネンタル・ブレークファスト。

 「小鳥のさえずりを聴きながら朝食、って気分いいわねぇ」
 「――卵は、スクランブルとサニーサイドアップ、どちらにします?」


 皿の上のかりかりポテトとベーコンを、ちょんちょんとフォークで突っつきながら。

 「ね、セリオ」
 「なんでしょうか?」

 ロイヤルコペンハーゲンのティーセットに、最高のセイロン葉で、お茶の用意を。


 「今日、買い物つき合ってくれる?」

 ご用でしたら、わたしが――。
 …わたしのその答えを、あははと遮るようにして、微笑みながら。

 「わたしじゃなくて、”セリオの”買い物」

 「――……はあ」


 ――わたしは、HMX−13、”セリオ”。

 今日のこれからの予定は…ご主人様と一緒に、お出かけです。



              『Pinky Girls』



 「いやー、今日も暑くなりそうねえ」
 「――これから、どんどん暑くなっていきますね」

 わたしと綾香さま、ふたりの髪を優しく揺らしながら、爽やかに吹き抜ける初夏の風。

 …さらりと美しく流れる、ふたりの綺麗なストレートヘア。
 透明な陽光がキューティクルに弾け、艶やかにきらきらときらめく、光の粒。


 夏の到来を感じさせる、眩しく輝く陽光。
 限りなく澄んだクリアブルーの眩しさに、思わず目を細めながら。

 ――もう、夏なんですね。

 ふと、そんなことを思いました。



 すっかり夏色に染まった、人通りの多い繁華街。
 …眩しく輝く陽光に、街を闊歩する女の子たちも、すっかり夏の装い。

 肩剥き出しのノースリーブや、透かし編みのニット。
 レーシーなキャミワンピ、鮮やかなタンクトップ。
 ひらひらミニに、素足にヒールサンダル。

 ――みんな、夏ムスメだけの素敵な特権、ですよね。


 夏は、女のコがとってもキレイになる、そんな季節です。

                 ***

           『セリオの夏服を、買いに行こう』


 綾香さまの”お買い物”とは、そういう事でして。
 …年中エプロンドレスの『メイド服』ばかりってのはいかがなものか、少しは季節に
相応しい、TPOに合わせた格好をしなさい……と。

 「ほら、あの長瀬だって、夏は全身黒づくめじゃなくて白シャツ姿でしょ?
  …本人は平気でも見てる方が暑苦しいわい、ってお爺様に言われたのよ」
 「――……はあ」


 とすると。

 ――芹香さまの可愛がっておられる黒猫さんも、夏には白ねこになるのでしょうか?
 黒ねこでも白ねこでも、ネズミを捕る猫はいい猫だ……と言いますが。


 …それはともかく。

 『年頃の女の子』なんだから、お洒落とかにもきちんと気をつかって――という事で、

 「セリオに、服やアクセサリーを買ってあげる」

 と、言うのです。

                 ***

 「これなんかいいんじゃない? あ、これも」
 「――……はあ」

 ――でも、わたしには『この服、自分に似合う』とか、『この服、可愛い』…などと
いうのは、わかりませんから。

 …というわけで、ブティックを何店も渡り歩き、あれもいいな、これもいいな…と、
店内で綾香さまの「着せ替え人形」に。

 「ほーら、着てみる着てみるっ」
 「はぁ・・・」

 何着も服をとっかえひっかえ、試着室と売り場を行ったり来たり。


 「――……」

 …鏡の中には、薄い生地でできた、パールホワイトのサマードレス姿のわたし。
 紐みたいなストラップだけで剥き出しの肩が、透けちゃうレースの胸元が、ちょっと
大胆過ぎるかもしれません…。


 「どーお?」
 カーテンちょこっと開いて、綾香さまの顔。

 「…うーん、ちょっと大胆過ぎるわねー。お爺様や長瀬があんまりいい顔しないわ。
  じゃ次、これこれ」
 「はぁ・・・」

 …小首を傾げて、困ったような表情。
 そんなわたしを横目に、わたしの身体にワンピースを当てたり、コーディネイトを
考えたてり、マヌカンさんと相談したり――と、普段自分の着る服を選ぶ時以上に、
いろいろ熱心なように見えます。



 ――どうして……綾香さまは、ここまでわたしによくしてくれるのでしょうか。

 わたしはメイドロボ。…本来、ご主人さまに「尽くす」のが、使命のはずなのに。



 「セリオ……どう、その服?」
 「――どこか、おかしいでしょうか?」
 「そうじゃなくて……セリオ、気に入った?」


 「…ええ」


 『気に入る』『気に入らない』という主観的感情は、本来わたしにはありません。

 ――ですが、綾香さまが、あんなに熱心になって選んでくれた、特別な服です。


  ”これなんか、セリオによく似合うんじゃない?”
  ”うん、すっごく可愛い!”
  ”うーん、清楚な感じもいいけど、夏だもんちょっとハメ外して大胆に、ね?”


 …綾香さま。

 ――そんな綾香さまが選んでくれた服ですから、みんな――とってもお気に入りです。

                 ***

 『ありがとうございました』

 結局、大きな紙袋2つぶんの、ワンピースやスカート、ブラウス達。

 「…ねっ、よかったでしょ? …すっかり綺麗になったわよ、セリオ」
 「はい」

 夏の服を何着も買って、一緒に下着や靴、アクセサリーまで揃えてもらって。
 上から下まで、綾香さまのしてくれた、素敵なコーディネート。

 …今わたしが着てるのも、この季節に相応しい、スカイブルーのワンピース。

 ――この空の色と、おんなじですね。



 「それにしても、セリオは身体のサイズ変化しないからねー。羨ましい限りだわ」
 「――そう言えば綾香さま、黒ねこさん、許してあげましたか?」
 「…ん、まーね。まったく、アレはいたずら大好きなんだからー、もー」

                   *

   ……先日のこと。


   「最近、ちょっとお肉ついちゃったかも…」

   ぴぴぴっ

   「――デジタルの体重計って無慈悲だわ…こー、もうちょっとアバウトな……」

   とことことこ…

   (ねー、どーしたのぉー)にゃあにゃあ(^^)

   「こう、目を瞑って…息を吐いて…バスタオルも取っちゃって……」

   (なんでご主人さま、裸であれに乗ってるんだろ…ぼくもよっこいしょ、っと)


   「――よーし、これなら!」

   ぴぴぴっ

   「――えええ〜〜〜〜!!!!さ、さっ、さっきより増えてるー?!?!

   ――って、こっ、こらぁっ!あんた、何体重計の上に乗ってるのよーっ!!」

   (ええっ、乗っちゃいけなかったの? ごめんなさ〜〜い)

                   *

 …その黒ねこさんも、今頃はテラスでくーくーとお昼寝、してる頃でしょうね。
 いつもなら、スタンバイモードのわたしの膝の上が、いいお昼寝場所なんですけど。


 「ねぇ、セリオ」
 「はい?」
 「その、耳に付いてるそれ――AVセンサーって、取れないの?」

 「――外すことは出来ますが……わたしの場合、サテライトシステムのアンテナや
各種センサーが内蔵されてるので…」
 「そう――せっかくイヤリング、買ったのにねー」


 ――綾香さまとお揃いで買った、シンプルなシルバーのイヤリング。

 ですが、わたしの耳はこのカバーの下ですから、装飾品を付けられないのです――。

                 ***

 「……なるほど」
 「主任さん、どうにかならない?」

 ――そうだ!……と、手をぽんと叩いた綾香さまが、わたしの手を取って連れてきた
のは。
 来栖川エレクトロニクスHM第7研、研究所……わたしの、生まれ故郷でした。


 「しかし、HMX−13はサテライトシステムユニットの設計上、アンテナを分離
できないんですよ。女性型HMの場合、頭部容積も限られますから」
 「じゃ、あの耳カバーは取れない…ってこと?」
 「うーん、『セリオにイヤリングを付けたい』というなら、これはAVセンサーに
直接イヤリングをぶら下げるしか……それなら」

 「できるの?!」
 「そりゃあもう。もうちょちょいのちょいですよ」


 ――そして。


 「んっ、おそろいー」
 「ほんとですねっ、綾香さま」

 両方の耳カバーの下からイヤリングを下げた、わたし。
 …そして、両耳に揃いのイヤリングをつけた、綾香さま。


 綾香さま。
 ――わたしのようなメイドロボも、一人の『女の子』として、分け隔てなく接して
くださる、とても優しい方。


 「なぁ、セリオ」
 「――はい?」


 「――いいご主人様に、恵まれたな。セリオは」

 「ええ」



 綾香さま。
 ――わたしの、最高のご主人さまです。


                 <Fin>

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