朝。というか、早朝である。学生であれば学校に、会社員であれば会社に、おのおの出かけていく時刻である。そんな時刻に……彼は、玄関の前で呆然と突っ立っていた。 「…………」 とりあえず、事態を整理しようと試みる── 「整理ったって、なにを整理すんだよ……」 ぽりぽりと頭をかきながら、うめく。 藤田浩之、十七歳。中肉中背、際だって目立つところもない、ごく普通の高校生である。鋭いというか睨んでいるというか、とりあえずそういう感じの目つきが、唯一の特徴と呼べるものなのだが、はっきり言って当人にとっては大きなお世話ではある。 とにかく、そういった事実はおいておくとして。 彼は、困惑していた。 念のため、後ろを振り返ってみる──と、そこには、いつも通りの見慣れた自宅が、何事もなかったかのように(実際、家自体には何事もないのだが)そこに鎮座している。 「俺ん家……だよな、これは……」 自問してみる。確かめようもないほど、自分の家だ。その事実をふまえて、彼は再び、視線を正面へと戻した。 「…………」 やはり理解できない。いったいどうして── 「……なにが、どーなってんだ、いったい……?」 疑問の声を上げてはみたものの、答えが出たからと言ってどうなるものとも思えなかった。ぐるぐると疑問だけが頭を駆けめぐっている。 再び、沈黙。 目を閉じて、深呼吸をしてみる。はっきり言って、すがすがしいとはほど遠い。ねっとりとした気体が、体内にまとまり付くようにしみこんでくる。植物の強いにおいが、彼の鼻を突いた。不快感に顔をしかめて、彼は目を開ける── 「…………」 なにも変わっていない。言葉も出ないとはこーゆうことを言うのだろうかと一瞬考えて、とりあえずどうでもいいことだったのでそのまま頭から排除した。今、彼にとって必要な疑問は、ただひとつだけだった。ただ、ひとつだけ── 「俺の家って、森の真ん中にあったんだっけか?」 絶対にそんなわけがないのだが、思わずつぶやいてしまう。半ば呆然としながら、彼は頭を動かして、周囲を見回してみた。 森。森だ。どこをどう見ても、森にしか見えない。ただ、何故か葉が黒いが。さらに言えば、なんとなく異質な気配を感じないこともなかったが、まあ、それはこの際どうでもいい。 「……なにが、どーなってんだ、いったい……?」 また同じ台詞をつぶやく。ほかに、なにをすればいいのか思いつかなかった。が、しばらくその場に突っ立ったまま考えて、 「……寝よ」 なにかの結論に達したのか、ぼそりとつぶやき、くるりと身体を家へと向ける。そして、手をドアノブにのばしかけたその時── 「ひ、浩之ちゃぁ〜んっ!!」 ぴたり。動きを止めた。無表情のまま、身体を声のする方へと向ける。そこには…… 「ひ、浩之ちゃぁ〜んっ!!」 こちらに向かい、走ってくる人影が見える。何故か泣きそうな表情になりながら、ぱたぱたと(ときたま木の根に転げそうになりながら)近寄ってくる。浩之は、その姿を認めると、はぁぁっ──と、大げさにため息を付いた。彼女が来るまで、そのままの姿勢で待ってしまう。 しばらくして──といっても、一分ほどだが──ようやく、彼女が目の前に到着する。全力で走ってきたのか、肩で大きく息をしながら、それでもこちらをしっかりと見つめながら、彼女は口を開いた。 「浩之ちゃん、大丈夫──」 ぱしんっ! 「きゃっ!?」 言いかけた彼女に向かい、浩之は無言でおでこに平手で一撃を加えた。少々あきらめが入った表情で、それでも言う。いったい、これを言うのは何度目だっただろうかと自分に問いかけながら。 「あぁぁぁ! ちゃんづけやめろって、なんど言ったらわかるんだお前はっ!!」 「だ、だってぇ……」 涙目になりながら、彼女──幼なじみである神岸あかりは声を上げていた。いつものことなのだが、毎度毎度涙目になるのは、正直勘弁してもらいたい。そんなことを考えながら、浩之はまた、大きくため息を付いた。 「……まあいいや。それで、俺はこれから寝るから」 「え……?」 呆然とするあかりに、浩之は片手をあげて、 「まあ、夢にまで出てきて同じことするその根性は認めるが、さすがにこーゆう状況じゃ疲れるからな、夢とはいえ。じゃ、そーゆうことで」 こーゆう状況、の部分であたりを示しながら、浩之。そして台詞と言い終わると、彼はおもむろにドアを開けて家の中へと入っていく。 バタン。 あかり嬢の目の前で、何事もなかったかのように浩之を飲み込みながら閉まっていくドア。しばらくなにが起こったのかわからないまま、彼女はその場で立ちつくす…… さわさわと、黒い葉が風に揺られて音を立てていた。相変わらずぬめるような空気に、肌が不快感を訴える。 しばらくして、あかりは焦ったようにドアを叩き始めた。 「ちょっと浩之ちゃん、出てきてよ! 浩之ちゃん、浩之ちゃん浩之ちゃん浩之ちゃん浩之ちゃん!!!」 「うっせえぞ、夢! 夢なら夢らしく、もーちょっと寝やすい夢を見させろ! それが無理なら、せめて静かにしろ!!」 という怒声は、二階から落ちてきた。あかりは困ったような表情で、 「浩之ちゃん、降りてきてよ!」 「なに!? 夢のくせに、俺に指図するのか!?」 「なんで夢なのよ!」 「いきなり朝起きたら周りが森になってるなんて、夢以外にあり得ないだろーが! どうだ反論があったらなにか言ってみろ夢!」 「そ、それはそーかもしれないけど……」 「ほら、そうじゃねえか。というわけで、こんなくだらない夢を見てるもの疲れるんで俺は寝るぞ。じゃな夢」 「そーじゃなくて! これは夢じゃないんだよ、浩之ちゃん、降りてきてよぉ……!」 ……………… ……………… ……………… 「と、言うわけで、これは夢じゃないわけだ」 「ううう……やっとわかってもらえた……」 心なしかぼろぼろになってるあかりを無視して、浩之はとりあえず考え込んでいた。 「……いったいなんだって、急に森なんかできちまったんだ?」 しばらく黙り込み……いきなり、人差し指をたてながら、 「推測その一。来栖川の研究所で研究していた遺伝子改造植物が何故か外部に流出。空気に触れると爆発的に増殖してしまう性質を持っていたため、こんなことになった」 「それはないと思うけど……」 おずおずと、あかりが言ってくる。それが分かり切っていたように、浩之は中指をさらにたてて、 「推測その二。宇宙人の陰謀。昨日の晩に町中の木々に強制成長光線を当てて巨大化。市民にパニックを起こそうとした」 「強制成長光線って……? それに、パニックなんて起こってないよ、何故だか……」 そう、驚いたことに、外では何事もなかったかのように生活が続けられていた。さすがに車や自転車は走っていなかったが。下を見れば、近所の主婦達がなにやら楽しげに会話までしている。なんだか頭痛を感じて、浩之は頭を抱えた。 「浩之ちゃん、大丈夫?」 「ん? ああ、大丈夫だ。それで、推測その三。例によって例のごとく、来栖川先輩が魔術をとちった」 「なにか、それが一番ありそうだけど……さすがにべたべたじゃない?」 「……だよなー。いくらなんでも、それはないよな」 「……」 「……」 「…………」 「……ねえ、浩之ちゃん」 「ん? なんだ?」 「ここでこうしててもしょうがないから、とりあえず学校に行かない? このぶんだと、みんな来てるような気がするの」 「……そうだな。そうするか。なんにしても、先輩だったらなんか知ってるかもしれねえしな。そもそも、誰も困ってねえみてえだし……」 外からは、楽しそうなはしゃぎ声まで聞こえてくる。どうやら、小中学校は休校になったらしい。 かくして。 なんだか訳が分からないまま、二人はいつも通り(といってもかなりの遅刻ではあるのだが)、学校に向かうこととなったのである。 (前編おわり。つづく!) …………ども、はじめまして。隠者ともーします、以後お見知り置きを。 っていうわけで、leaf系初SSってことなんですけど…… その場のノリと突発的なネタで立ち上げたもんだから、なんだか訳の分からないものになってしまいました。しかも、なんか続くし。短い、訳分からん、つまらんと三拍子そろって、こーゆうものを他人様の目に見せていいのかどうか悩んだのですが、何事も経験ってことで(笑) 温かく見逃してやってください。 さあ、果たして後編はもう少しまともなものになるのでしょうか。 そもそも、書くのでしょうか?(書けよ!!) お目汚しになることを確信して、次回へと引かせていただきます。では。 隠者