そして朝の最後のお仕事。長女様を学校へと送るという、セバスにとっては一大任務だ。芹香お嬢を車に乗せてドアを閉めると、セバスは自分も運転席に素早く乗り込み、車のエンジンをかけた。
静かに、まるで流れるかのようにリムジンが動きだし、やたら曲がった来栖川の敷地内をうねりながら車道に出る。
「………」
「え?前で事故。本当ですな」
坂の下へと降りていく途中で、警察の車が何台も止まって横転した車の周りを囲っているのが見えた。
「………」
「え、どうして?おそらくスピードの出しすぎではないですかな。ま〜ったく近頃の若いもんは、しゃっしゃっしゃっ」
顎だけで笑いを表現するセバス。その事故の横を通りかかるとき、事故車の中から引っぱり出された男がリムジンを指さして「あ〜っ!」と、言っていたような気がしたが、リムジンの中まではその言葉は通らなかった。
そしてしばらくして学校前へと到着する。セバスはお嬢を車から降ろすと、「行ってらっしゃいませ」と深々とお辞儀をする。
「あ、先輩。おっはょ〜♪」
校門前でお辞儀をするセバスに肩をぶつけた一人の男子生徒が、なれなれしそうに芹香に声をかけるのを見て、思わず喝をとばしそうになるも、すんでのところでそれを堪えてセバスは車に乗り込んだ。さすがに校内ではやるわけにもいかない。
(小僧、放課後は見ておれよ………)
変なところで妙な投資を燃やしつつ、セバスは来栖川家へと戻った。
そして日は高く昇り、来栖川家で昼食を取った後、セバスはいつもの洗車をすますと、長女のお迎えに上がった。
待つこと10分、そろそろ芹香が出てくるとふんだ七瀬ことセバスは、リムジンの運転席の脇の方にある真っ赤なボタンを押した。
ウィ〜〜〜ンッ
機械音を響かせながら、セバスの目の前にモニターが出てくる。
「表示」
セバスの静かな声と共に、画面にパッとどこかの地図が写った。
体育館に中庭、食堂から1年〜3年までのクラスまでが書き込んであるそれは、いわずとしれたこの学校の地図だった。
「目標」
その命令と共に地図内に赤い点が数個浮かび上がる。
「完璧だ…………………」
セバスは一人悦に入っていた。
とりあえず説明を付けておくと、これはセバスの兄弟が依頼されて作った探知機であり、発信器をつけた相手が今何処にいるかを探るといったものである。
「ふぁっふぁっふぁっ、これで小僧が何をたくらんでいようと一目瞭然じゃあ!」
ちなみに発信器をつけたのはあくまでも小僧、浩之以下数人であり、間違ってもお嬢様には付けない辺りがセバスである。
それはともかく、モニターを見る限りでは浩之を表す赤い点は中庭を表す位置に光っていた。
「ぬぬぬっ、小僧。またしても芹香お嬢様と一緒にいるなっ!」
セバスはすぐさまリムジンを目立たない路地裏へと隠す。浩之に学校の校門以外の所から芹香を連れ出されるよりも、むしろいないと油断させておいて校門から出てきたところを、
「お嬢様お迎えに上がりました」
と行くのが一番だろう。
見ると赤い点が校門側に移動し始めた。そろそろ来るな、と思ったセバスはモニターを見据えてじっと動かなかった。
「ん?」
と、その時。セバスはモニターの端の方に変なものを見つけた。地図の校門付近で動かない点が一つあるのだ、いや正確にはその一点から離れようとしない赤い点というべきか、それは落ち着き無く一点の周りをぐるぐると動き回っては止まり、また動き回ると言った動作を繰り返していた。
「いったい…………………」
SIHO−10、光点に付けられた名前だが、セバスはそれが誰だったかをすっかり忘れていた。
と、その時。セバスはその一点、が自分が今車を止めている辺りだという事に気が付いてバンッ!
とドアを開けた。
ゴンッ
お約束のように勢い良く開いたドアに頭をぶつけ、ドアの向こうでしゃがみ込んでいた一人の女子生徒はその場に尻餅をつく。
「いったぁ〜っ、ちょっと何すんのよっ!」
「…………………ああ〜っ、貴様は小僧の仲間No1!」
「へ?」
「なにがへ?だっ、お前あの浩之とかっていう小僧の仲間だろうがっ!」
「いまいち話が飲み込めないんだけど………」
「しらばっくれてもムダだ。お前があやつと一緒に馬鹿っ面引っさげて町中で騒いでいたのをわしは見ておるっ!」
「誰が馬鹿っ面よ、私は只リムジンなんて珍しかったからちょっと触ってみただけよ!」
「かあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
すでに話がかみ合わなくなり始めたのを無理矢理に誤魔化すセバス。
志保は悔しげな顔を見せていたが、やがてどこかへ言ってしまった。
「まったく…………………」
ぼやきながらも、車体にベタベタについた志保の手垢を払い落とすセバス。
しかし災難は続いてやってきたのだった。
「ハァィ!」
車体を丁寧に拭き拭きするセバスの後ろ姿にかかる、気持ちのいいアクセントを持つ声。そう、言わずとしれたパツキンガールである。
「なっ、ななっ、なんじゃお前はっ!」
振り向き、レミィの姿を見て驚くセバスに、レミィはチッチッと人差し指を振る。
「ノリが悪いね、セバス」
「なっ、何故お前がその名を!」
「浩之におしえてもらったね!」
ハハッと笑うレミィ。
(こ、小僧…………………)
セバスは何故か横文字が苦手だった。
「石の上にも!」
「さ、三年…………………」
「目は口ほどに!」
「も、ものを言う…………………」
セバスは完全にレミィのペースに乗せられている。
そして…………………。
「そこのじいさん!」
突然横から声をかけられ、セバスがそちらを向くと保科委員長がやたら怖い顔つきで彼を睨んでいた。
「な、わしはじじいでは…………………」
「んなこたどうでもええねん、さっさと車どかし!こないなとこ止められたらみんな迷惑や!」
「ま、まて、芹香お嬢様が来…………………」
「問答無用、はよせいやっ!」
「くっ」
セバスは急いで車に乗り込むと、発進させて校門付近から少離れた所に止めようと車を動かした、が、しかし。
「なぁ〜〜〜〜〜っ!」
バックミラーに映し出された芹香と浩之の二人が校門前から急いで出てくると、慌ててセバスとは反対側の道を駆け下りていくのが見えた。
さらによくよくみればレミィと保科もその二人に手を振っており、自分が引っかけられたことにセバスは今更ながら気付くのであった。
「ぬ、ぬ、ゆるさんぞ小僧!!!」
キキィィィィッッッ!
セバスは慌てて車を反転させると、二人の後を追った。さすがにチューンナップされた車は違い、絶対改造してやがるぜ、といった加速でリムジンは勢いを増していった。
さすがに暴走し始めたリムジンを止める気はないらしく、レミィと委員長は路地裏から行く先を見ているようだった。
校門前を過ぎ、下校路である坂を一気に降りる。すると、遠くに見える二人の人影とリムジンの間に一人の見知った女子生徒がいるのにセバスは気が付いた。
こちらを指さしてリムジンの仲間で聞こえる声で、
「あ〜っ、さっきのあんた!ちょっと止まりなさいってば!」
と叫ぶ、いわずとしれた志保だった。
「だぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
しかしそれを一喝して吹き飛ばすと、セバスは坂の下の浩之と芹香を目指して突っ込んでいった。
「まずいっ!くそあのじじいめっ!」
「………………」
坂の下で慌てる浩之と、あいかわらずぼ〜っとしている芹香。
「観念せい小僧!」
窓から只でさえ大きな顔をさらに大きくして叫ぶセバス。浩之達がおいつかれるのも、時間の問題だった。
と、その時。不意にセバスの視界の中に、一人の小柄な女の子が現れた。
スッと視界に入ってきた妙におどおどしたその子は、リムジンに対して何をするというわけでもなく突っ立っていた。
只通り過ぎるときに「あ…」と言う言葉をこぼしただけで。
「芹香様ぁ〜〜〜っ!」
セバスはラストスパートをかけようとアクセルを踏んだ、ちょうどその時だった。
キキィッ!
まるで見えない力に横から押されたかのように、突然リムジンが横に滑り出したのだ。
滑り出した方向はガードレールの張られたきつい傾斜のある方である。このままの勢いで行けば、間違いなくがけ下へ真っ逆さまだった。
ガンッ!
とうとう車体はガードレールに衝突した、さすがに猛スピードで突っ込んでくる車を受け止める力はガードレールには無く、車はそれを乗り越えて、今まさに落ちようとする寸前だった。
「セバス!」
坂の下でその様子を見た芹香が珍しく叫んだ。
(落ちる…………………)誰もがそう思った。
「なんのぉっ!!!」
セバスはハンドルの横に付いたレバーを思いっきり引く、とたんリムジンの横に鋼鉄製の羽がバッと生え、その車体の下にエンジンがにょっと付きだして火を噴いた。
そう黒塗りのリムジンは空を飛んだのである。
「ふはははっ、見たかっ!来栖川家セバスオリジナルリムジンの性能を!」
「なんて無駄なところに暇と金を使い込むじーさんだ……」
浩之は逃げる事も忘れてそれに見入っていた。
しかし、見えない力はその目的を達成させるまでは効力を失わない。はねつきリムジンはしばらく飛行していると、なにか突風にでもあおられたかのように、グラァッと大きく傾いた。
「くっ、なんだっ!」
セバスは慌てて機体(←すでにリムジンではない)を立て直そうとするが、レバーが何かに固定されたかのようにまったく動かない。
「おい、今度こそやばいぞ!」
浩之以下何人かはそう思った。が、またしてもしかし。
「何の何のぉ〜っ!!」
セバスは天井付近のスイッチをONに切り替えた。
とたん車体、というより機体のあちこちより大きな風船がプクッと膨らみ、落ちそうになる機体をなんとか支える。
「ふはははっ!見たか小僧!」
「…………………俺、あんなのと張り合いたくない…………………」
もっともな意見だった。
だが、それだけで超能力から逃れられるはずもない。見えない力は空中に見えない手の形の力場を形成すると、それをリムジンに向かって勢いよくふりおろした!
早い話、バレーのスパイク状態である。
ベシイイイィィィィッッッッッッッッッッ!!!
妙にそれっぽい音を立てて、リムジン(だったもの)はクルクルと回転しながら斜めに落ちていった。
「琴音ちゃん、無意識とはいえ意地入ってるね…………………」
浩之は露骨だ、などと思いながらも一人呟いた。
黒い点は下の方の森林へと吸い込まれてゆき、今にも地面に激突しそうだった。
ボンッ
そしてやはりまだ仕掛けを残していたセバスが、脱出装置を使って座席ごと空高く舞い上がり、『芹香様☆』とピンクで描かれたパラシュートで降下してゆく。
しかしそれを見る者は誰もいない。
「大変だね、先輩」
「………」
小さな声だったが、浩之には何を呟いたのか聞き返さなくてもわかった。
次の日、早朝。
薄暗い街を朝日がオレンジに染め上げてゆき、家々は一色に染まる。。
本日晴天なり。その来栖川家の本館前の木々には鳥達がたくさんとまり、盛んに朝を告げていた。
と、その時。突然鳥達が止まっていた枝の近くにあったお屋敷の窓がバンッと大きな音を立てて開く。
「かぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!」
来栖川家中に響くような叫びに鳥達は逃げるのも忘れて、ぼとぼとと失神して地面に落ちた。
そして放課後、黒塗りのヘリで校門前に突然降り立つ、一人の執事の姿があったそうな。
「芹香様、お迎えに上がりました」
おわり
* ざけんな作者。
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変なの書いてすいません(^^;
後の方は書き手共々壊れてますね(笑)