セバスな一日(前編) 投稿者: WILYOU
 薄暗い街を朝日がオレンジに染め上げてゆき、家々は一色に染まる。
 ここはそんな町並みが一目で見渡せる小高い丘の上、そこの中腹にたつ大きな洋館は、朝日を受けて白く輝き。その前の庭園の木々はその鮮やかな緑を主張し、ほんのすこし立ちこめる霧にその葉を濡らす。
 本日晴天なり。その木々の枝には鳥達が、盛んに朝を告げていた。
 と、その時。突然鳥達が止まっていた枝の近くにあったお屋敷の窓がバンッと大きな音を立てて開き、中から、
「さ〜て、今日も張り切ってまいりますぞぉ〜!!」
と、ごついじいさんの顔がにょっと突き出、鳥達は慌てたように遠くへと飛び去っていった。
 長瀬、またの名をセバスチャン。戦後の荒野をストリートファイトしながら放浪していたところを、ここのお屋敷の持ち主、来栖川家の大旦那に拾われて、今日まで使えてきたある意味強者である。
 彼ことセバスは大きく開いた窓から、大きく朝の冷たい空気を吸い込むと、冷えてしまった足腰をさすりながら、今出てきたべっとの横をすり抜けて洗面所へと向かった。

 セバスの朝はいつも早い。
お嬢様方がまだ夢の内にいる間に、彼はすでに階下へと降りて朝のお勤めをしているのだ。
無論それはセバスだけに限ったことではなく、お屋敷にはたくさんの使用人が朝から働いている。
 朝食などの専門外のことはコック長以下に任せ、セバスはいつもの執事ルックに着替えると、外にあるガレージへと向かった。裏口から出て、中庭を庭師に挨拶を交わしつつ抜けると、大きく開いたそこには来栖川家特製の超合金シャッター付きガレージがある。
「ニック!」
 ガレージのすでに大きく開いたシャッターの前まで来ると、セバスはリムジンが何台も止められている中へ向かって叫ぶ。すると中から一人の作業服姿の青年が出てきた。
 ちなみに彼も芹香お嬢様に『愛のニックネーム』を付けられたくちである。
「はぁ、だから前々から言うように僕の名前は長谷川なんですけど、長…じゃなくてその、えっと、セバスチャンさん」
「うむ。で、車のメンテは終わったか、ニック」
 まったく人の話を聞いていないセバスを見て、ため息を付きつつ、「ばっちりです」と答えるニック。
「うむ」
 横柄にそう頷くと、セバスはガレージの中へと入っていき、いつものリムジンの最終点検に入った。
「うむ、完璧だな」
「ご要望通りチューンナップしときましたから、低速度での長時間走行はもちろん、瞬発性もばっちりです」
 うむうむ、と聞いているようないないような返事を返しつつ、セバスはリムジンに乗り込むと、エンジンをかけ車を外へと出し、車をガレージの前で止めると、ここ一晩で車体に付いた埃を払い始める。フロントガラスから前にかけて、横、後ろ。それが終わると今度は後部座席のクッションの並びを整える。
 そしてそんなこんなで30分ほどたった後、この上ないほどぴかぴかになった車の前で満足げに頷くセバスの姿があった。
「うむうむ、さてと……」
 セバスは車に乗り込むと、車を正面玄関前へと動かした。敷地内をうねうねと通り抜けると、すぐに正門前へと出る。静かに玄関前で車を止めたセバスは、少し遅い朝食を取るために、裏口へと回ろうとした。
 とその時、今セバスのいる正面玄関前から50メートルほど離れた正門の前に、一台の車が止まった。
「ん?」
 柵ごしに見えるそのど派手な赤の車からは、物珍しそうにこの屋敷を眺める男女の姿が伺えた。
 セバスが何かむっとしたものを感じながらそれを見ていると、その男女の一人がセバスに気が付いたようだった。
「お〜い、じじい、頑張れよ〜!!」
 一言一言はっはりと、遠く眺めているセバスに向かって男とおぼしき人物が完全に茶化した調子で声を張り上げると、車を発進させた。
「…………………」
 セバスはすぐさま無言で門までダッシュをかけると、50メートル少々を6秒フラットで駆け抜け、車道に飛び出すと叫んだ。
「じじいではなぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぃっ!!!」
 音の速度は秒速340メートル。だいたい目測で100メートルは離れていたと思われるその赤い車はセバスが叫んだ0,3秒後にひっくり返ると、車の屋根を下にして火花を上げながら坂を滑っていった。
 ちなみに前述の通り来栖川家は山の上の方(ということにしときます)。その前の道路は当然坂になっており、片側は来栖川家の高い塀、もう片方は山の斜面側となっている。
 その車は横にザザザッ!と滑っていくとガードレールを突き破って、車体を崖側に1/3付きだしたところで停止した。
「ふっ、若造が」
 セバスはそう呟くと、仕事に戻った。



「長瀬」
今度こそ朝食を取ろうとしたとき、誰かに正門前で呼び止められて、セバスは振り返った。
「長瀬、暇だろうからちょっとつき合いなさい」
 来栖川 綾香。ここのお嬢様の一人である。練習着を来ている彼女は、どうやら朝練でもしていたらしい。
 まあ只のジャージなのだが、ここではあえて練習着といっておくのが華というものだろう。
「御意」
 綾香が何も言わなくてもセバスはわかったらしい、タタッと数歩下がると、そこで腰を落として構えを取った。
 そう、朝のお稽古という奴である。
「長瀬、手加減なしで行くわよ」
「こちらも手は抜きませぬぞ」
 綾香はエクストリームでの実績者、男と女の差を差し引いても老骨であるセバスには勝ち目がないように思われる。が、しかし、セバスにはその昔ストリートファイトに明け暮れていた過去があり、キャリアでは誰にも負けないだろう。
「それでは、無制限一本勝負……」通りがかりに捕まったメイドの女の子が、慣れた調子で審判を務める。
「始め!」
 そしてその声と共に、両者は動き始めた。
 右、左、と交互に打ち出される無駄な動きのないセバスの攻撃を綾香はギリギリの所で見切ってかわす。
「ほら、どんなに威力があってもあたんなきゃしょうがないわよ!」
 そして今度は綾香の蹴りを交えたコンビネーションがセバスを追いつめる。それが数分繰り返されまさに両者は一歩も引かなかった。
 だが、やはりセバスは年寄り、どうしてもスタミナが十分ではなく、しばらくするとセバスが一方的に追い込まれる展開となった。
 バシッバシッバシッ!
 綾香の攻撃のうち、何本かはマトモに入り、確実なダメージをセバスに与えていた。
「終わりよっ!」
 やがてセバスが追いつめられて体勢を崩した時、綾香は大きく息をはいて踏み込んだ。フェイントをかけての肘打ちにセバスはまったく反応していない!
…………………ように見えた。
「かあぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!」
 しかしセバスは顔を上げると、その眦を裂かんばかりに大きく開くと大声で一喝した。
 気合いを十分に溜めての一喝。セバスが現役時代から練習に練習を重ねて練り上げたこの必殺技は綾香ですらも気合いで引き下がらせる。
「はぁっ!」
 綾香が引いた所を狙い澄ましたかのようなセバスの回し蹴り、だが綾香はこれを右腕でガードする。
「はっ、はぁっ!」
 だがセバスもそれでは終わらない、続けざまに技を放ち、綾香に攻撃の態勢を作らせない。
 やがて綾香は防戦一方へと追い込まれる。セバスの荒いが威力のある攻撃。これまでまともにくらってはいないものの、一発喰らえばそれでほぼ終わりに近い。セバスの体力はすでに限界に来ているはずだから、間違いなくその一発を狙ってくる。綾香はそう判断していた。
 だか、わかってはいてもやはりどうしょうもない。とうとう綾香は追いつめられ、体制を崩した。そこを狙ったかのようなセバスの膝蹴り、それは間違いなく当たると、屋敷の窓から見物していた人たちも含めてそこにいた全ての人が思った。
 その時だった。
「あ、姉さん!」
 綾香の思いがけない一言で、セバスの動きが止まる。
「なんですとっ!」
 慌ててセバスは綾香の視線の方向に体を向けると素早く一礼する(条件反射)。
「隙ありぃ〜〜〜〜〜っ!」

ズバシュッ!

 庭の植え込みに向かって深く一礼するセバスの後頭部に、綾香の綺麗なかかと落としが炸裂し、セバスは昏倒して地面に倒れた。
「通算85勝53敗、まだまだ精神面が甘いわね」
 くるりと振り返って屋敷へ戻る綾香と、セバスを困ったように見つめるお手伝いさん。見物していた人たちは窓から離れて自分の仕事や支度に戻り、来栖川家のいつもの朝が始まる。
 鳥のさえずりの中、日光がセバスを優しく照らしていた。

             <前編終わり>

* ざけんな作者。

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まず前回感想下さった方本当にありがとうございました。
マジで嬉しかったです。(T T)
あとSSについてですが、漢字等々のミスはどうかおゆるしください(^^;
トーシロながら感想など。

>「鬼の伝説」(前後編)
 千鶴さんシナリオの後のお話ですか、梓と「あいつ」がいい味だしてますね。
 梓の感情表現が豊かで読んでいてせつなくなりました。
お寺や、伝説などをうまく使ってあって本当に綺麗にまとまっているのが凄いです。

>痕〜輝く季○へ〜
「たぶん戻ってこれるぞ!!」がいいです(笑)
あと、千鶴さんの呑気っぽい言葉もいいですね。

>へーのき=つかさの替え歌メドレー3『かわいいひと 〜拝啓千鶴さん〜』
モト歌は効いたことあるけど覚えてない(つまり知らない)んですが、文と想像できるノリだけで楽しめました。
黙らせてくれ、ってのが好きです。

>リーフファイト97の優しい悲劇。
消化器と消火器ですか(笑)
いや爆笑してました。
最後に笑ってる長瀬君がいいです。

少なくてすみません。
それでは。