「お嬢様あ、綾香お嬢様あっ」 来栖川家の執事、セバスチャンこと長瀬はいまだ夕食の席に姿を現さない綾香を捜して屋敷をさまよっていた。 と、 芹香の部屋の扉がわずかに開いていることに気付く。芹香はもうテーブルについているというのに。 「……?」 長瀬は不審に思い、気付かれぬよう隙間から中を覗き込んでみた。 「……!!」 その時セバスチャンが決して声を漏らすことがなかったのはさすがと言えよう。 「……お、お嬢様……」 来栖川綾香はオーラを発していた。 明かりのついていない芹香の部屋の中で、綾香のオーラと芹香のワープロ画面だけがただ妖しく輝いていた。 「ふっふっふ……あらあらそうなのデベソなの…………そう言うこと、姉さん……(ニヤリング)」 ワープロの液晶画面を凝視したままの綾香が静かにつぶやく。 そこに表示されていたものは、先日芹香が書き残した未来設計。 またの名を、“シュラク隊の防壁”…… (注:ここまで読み進めた方で、以前“シュラク隊の防壁”を読んでいない方はまずそちらをお読みください。 まさた館長運営の個人HP、『りーふ図書館』に収録させていただいております。 http://www.asahi-net.or.jp/~iz7m-ymd/leaf/masata.htm また、綾香I Love Youな方は今のうちに覚悟完了させることを義務づけいたします……) 浩之は固まっていた。 月曜日の朝の登校途中、学校の門の前で、見慣れた女性の、見慣れぬ姿を凝視したまま固まっていた。 「…………せ、先輩……?」 ちり〜ん♪ 来栖川芹香。 登下校にリムジンを使用する天下無敵のお嬢様。 しかし、今そのお嬢様は、全身に死ぬほどたくさんの鈴をつけている。 泣いていた。 来栖川芹香は泣いていた。 表情はいつもと変わらぬまま、しかし涙を滝のごとくだくだくと流し続けていた。 「…………ど、ど、どうしたんだよ先輩……」 ちりちり鈴を鳴らしながらこちらに近付いてくる芹香に浩之は声をかける。 「…………(えぐえぐ)」 「……え? 綾香にばれてしまいましたって? ばれたって、一体何が……」 「…………(えぐえぐ)」 「え? 未来設計???? ……これはその罰だって?」 「その通りさ……」 と、リムジンの中から声が響いたかと思うと、浩之達と同じ学校の制服に着替えた綾香がゆるりと姿を現した。 「姉さんは罪を犯した。だから罰を受けなくちゃいけない。ふっふっふ、いわば名付けて宇宙流浪の刑!!」 何故だか、綾香の瞳の色はいつもとは違っていた。 狂気。 そう、燃え上がるまでの狂気の色に染まっている…… 「あ……綾香? なんでお前、うちの制服を……」 「くっくっくっ、姉さんがいつ鈴を外すか分からないからねえ…… 四六時中、監視させてもらうってことさ!」 「…………あ、綾香……」 「……くっくっく…… あーっはっはっはは!!」 「…………(えぐえぐ)」 呆然とした浩之を後目に、二人の姉妹は仲良く(?)校舎の中へと入っていくのであった。 「……お、おいくそじじい……」 いまだリムジンの横でお嬢様方を見守り続けていたセバスチャンに浩之が声をかけた。 「……あんた、あんな暴挙を許しておけるのかよ! あれじゃ先輩が可哀想だろうが!!」 「…………」 けれどセバスチャンは微動だにしない…… 「………………お、おい……?」 セバスチャンは、すでに死後の世界に生きていた。 ちり〜ん♪ …………………… ちり〜ん♪ …………………… 不気味なまでに静寂に包まれた芹香の教室で、その鈴の音だけが静かに鳴り響いている。 「……くっくっく……」 芹香自身はえぐえぐ泣き続けたまま微動だにしていない。 隣に座った綾香が、実に楽しげに鈴を揺らし続けているのだ。 誰も口出しできないでいた。生徒達も、先生でさえも。 「……くっくっく……」 ちり〜ん♪ 「……ちょっと、いい加減にしてよ!」 と、芹香のクラスメートの一人、いかにも気が強そうな女子生徒がとうとうキれた。 「貴女一体何様だっての! うちの生徒でもないくせに、さっきからちりちりちりちりと! うるさくってしょうがない でしょおッ!!」 立ち上がったまま大声で叫ぶその女子生徒を、だが綾香は不敵な笑みで見下すだけであった。 「……可愛い、可愛いよお嬢ちゃん」 と、綾香がぱちんと指を鳴らす。 刹那ー どごおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉん…… 「くっくっく、姉さんの鈴の音が私の頭の中にお前達の考えを感じさせるんだよ……」 超々高空に浮かぶ、来栖川インダストリの迎撃用ビーム衛星(お皿型)、通称“ザンネック”より女子生徒に向けて ビームが発射されたのだった。 低出力とはいえ、全身にプラズマ粒子を浴びた女子生徒はそのまま悶絶、机の上に倒れ込む。 「いけないねえ…… 授業中に居眠りしちゃうなんて…… ねえ? センセイ?」 「……………………」 そして誰も喋らなくなった。一言も。 「綾香!」 お昼休み、屋上で仲良く(?)お弁当を食べている来栖川姉妹の元に浩之がやってきた。 「お前いい加減にしろよ! これじゃ先輩が可愛そうじゃねえか! いい加減許してやったらどうなんだ!」 金網のふちに座ったままプロテイン飲料を飲み続けていた綾香が、おっくうそうに浩之へと視線を移す。 「……芹香芹香芹香……」 と、綾香の右手がドリンクのボトルを握りつぶす。 「どいつもこいつも姉さんばかり…… みんなが私のことを邪険にする…… リーフスタッフも……アク○ズの バカも……」 【いや、それは誤解だ綾香!】 (楽屋裏より心の叫び) 「うるさあああい!」 どごおおおおおおおおんっ!! 【ぐはあああっ!!】(……ザンネックのビーム、ア○シズに命中。アクシズのノズルに火がつく……) 「そして姉さんまでもが私をバカにする……(T.T) もう私はためらわない。姉さんのシナリオは、私がいただく!!」 「………………!!! (えぐえぐ)」 「な、なにいいぃ!!」 浩之と芹香は同時に声を上げた。 「浄化された浩之の姿は、私の理想なんだよ! いい加減、私の胸の中で楽になりなさい!!」 ぶわわ、と綾香の全身からオーラが吹き出す。 「……あ、綾香……」 浩之は綾香の背後に悪意を感じた。 「「「そうはさせないっ!!」」」 その時屋上の出入り口が開き、葵、マルチ、あかりの三人が浩之の前に立ちふさがる。 「浩之ちゃんは、私たちシュラク隊が守るッ!!」 ……い、生きていたのかシュラク隊!? 「綾香さん、貴女の野望、断じて許すことはできませんっ!!」 「……おとなしく、PS版までNPCを演じていてくださいー」 葵とマルチが浩之の前に立ち壁となった。 だが綾香はまったく動じることなく、ゆっくり髪を掻き上げると…… 「……寄ってくる寄ってくる……鈴の音に惹かれて、私の前に獲物たちが……ハチが密に寄るように」 隠し持っていた暗器を取り出し、第一種戦闘態勢にはいるのだった。 「あ! あれは……!?」 葵が絶句する。 ひゅんひゅんひゅん…… 「か、鎌ヌンチャク!!?」 そう。鎌ヌンチャク。 鎌の両端を鎖で結びつけただけの極めてデンジャラスな武器である。 一歩間違えば自分すら簡単に切り裂く諸刃の武器。だが綾香はそれを完全に使いこなしている。 「ふっふっふ…… ギロチンの刃をくらって楽になればいいんだよッ!!」 目にも止まらぬ鎌ヌンチャクのその動き。 「くっ…… 綾香さんのこの力、強力すぎるッ……!」 葵の反射神経をもってしても、綾香の懐に潜り込むのは至難の業である。 「はははは、今行くよ浩之、もう観念するんだね!」 ちりちり……♪ 「…………(えぐえぐ)」 「……え? なんか言った先輩?」 「…………(えぐえぐ)」 「え? 綾香を助けてあげてって? ……た、助けると言ったって……」 「…………(えぐえぐ)」 「も、もう綾香は元に戻らない? 向こうへの扉を開いてしまったから? ……そ、そんな……」 どがっ!! 「きゃああああっ!!」 鎌を牽制にさせられ、その隙に鋭い一撃を喰らった葵が反対側の金網まで吹き飛ばされた。 「浩之、私の前で他の女に気を取られるのかい……」 憤怒の表情で綾香が浩之と芹香に迫る。 「そいつは目の前の女に対して、無礼だろうがッ!!」 実の姉に対し、愛する男に対し躊躇なく振り下ろされようとしているギロチン(?)の刃。 「そうはいかないですー」 その間に敢然と立ちふさがるマルチ。 ぎゃきゃああーーーーん! あかほりックな擬音と共に、激しくマルチは床にたたきつけられた。 制服は裂け、更に人工皮膚の下から機械の一部が露出する。下手に姿形が人間に近いためとても痛々しい。 「またマルチな奴…… 私は遊んでやっているんだぞおオッ!!」 綾香の怒りの矛先が、いまだ立てないでもがき続けるマルチへと向けられる。 「みんなギロチン(?)で一刀両断にしてやるッッッ!!」 ぴきいいいぃぃぃいいいいいいいんっ!! 「……なにっ!!」 その時、綾香はマルチの中に輝きを感じてしまう。 ……どくっ……どくっ……どくっ…… 「……なんだあぁ!?」 ……どくっ……どくっ……どくっ…… 「ロボットの体の中に、命があるというのか? 何故だッ!!?」 「マルチだからだああッ!!」 ひるんでいた綾香に浩之が横から体当たりをかました。 「うわああああ!! ……私が隙を見せたっていうのかい浩之ッ!!」 転げながらしかしすかさず体制を整える綾香、さすがである。 「浩之がいなくなればTo Heartも終わる! そうすればヒロイン役になれないと脅かされることもないッ!!」 「PS版まで待てば、楽になれるんだよ綾香ッ!!」 互いの持てる最大の技と技を繰り出し、激しく拳を結ぶ浩之と綾香。 しかし浩之には絶対のアドバンテージがあった。 志保から以前その存在を聞かされていた、リーフ世界幻の大技、『真空交渉拳』を彼は修得していたのだ。 「お前は、人気が出過ぎたんだっ……!」 浩之の両手に、リーフ界のプラーナが集まっていく。 ほんのわずかの隙も見せず、浩之は真空交渉拳を綾香にはなった。 隣接から繰り出される輝く気弾。綾香に避ける術はなにもなかった。 (……? あれも光? 命も光…… ギロチンの刃も光る……) どどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどどど 「……姉さあああああん、後は一人でやってみなあああ!!」 真空交渉拳に巻き込まれながら、金網を突き破り、屋上から飛び出していく綾香の姿…… 金網の前に立ち、いつまでもそれを見守る浩之の横にシュラク隊の面々が寄り添う。 「……浩之ちゃん……泣いているの?」 「……泣いてなんかいない…… 泣いてヒロイン役を蹴落としていくなんて、悲しすぎるじゃないか……」 −その頃、校門前では− 「モビルアーマー、熊手NOW、出ます! メカニックは離れてください!」 我らの矢島が、この隙にあかりを自分のものにしてしまおうと、彼専用MA“熊手NOW”で出撃しようとしていた。 「……矢島! 混戦中だ! ヘルメットをつけろ!!」 メカニックの一人として付き添っていた橋本先輩が注意を促した。 「熊の着ぐるみ自体邪魔なんです。ケガをするつもりはありません。……出ます!!」 と、矢島の視界に何か空から振ってくるものが見えた。 「…………? 誰だろう、あれ……?」 まるで計ったかのように、綾香の体は熊手NOW目掛けて一直線に落ちていく。 (そうだよ浩之…… つまらない男を相手にすることはないんだよ……) 「……!! よけろおおおっ!」 橋本先輩の絶叫も間に合わず、綾香の体はVマックス状態で一気に熊手NOWを貫いた。 熊手NOW、爆発。 周囲50メートルを巻き込んで灰燼と化すのであった。 (…………そうだよ浩之…………つまらない男を相手にすることはないんだよ…………) 「…………浩之ちゃん…………あれ…………」 屋上で、いまだ涙を流し続けていた浩之に対し、あかりが青い顔で天を指し示した。 「……………………………………………………」 「……………………………………………………」 いわれて見上げた浩之の瞳に、超々高空から落下してくる巨大な隕石が飛び込んできた。 「……………………………………………………」 「…………アクシズだ………………」 そして地球に核の冬が来る。 υガンダムは、着てくれなかった…… 『BAD END』 」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」 「……りーふ図書館とはオチが違いますね。アクシズ様」 「……いや、まあ、マルチエンドということでお願いするナリ」