電波の海原 投稿者: アクシズ
いつものようにいつものごとく、柏木耕一は館山の美人四姉妹のもとに遊びに来ているのだった。
(富山敬の声で読んでちょ)

「はあ…… 今日は……水曜日か……」
そう言って俺は軽くため息をつく。
今回は、長居をするつもりはなかった。
ほんの二、三日だけ御厄介になって、さっさとアパートに戻り、ゼミのレポートを
まとめ上げるつもりだったのだ。
ああけれど、この家は居心地が良すぎる。
千鶴さんは(普段は)優しいし、梓の料理はうまいし、楓ちゃんと初音ちゃんは可愛いし……
ズルズルと甘えてしまって、もうそろそろ一週間になってしまう。
「こんなハズじゃなかったのにな……」
だから今回俺は『あれ』を持ってこなかったのだ。
誰かから借りてもいいんだが、下手に興味を持たれて、
「なになにお兄ちゃん、何を聞くの? 一緒に聞こうよ」
なんてことになっても困る。
非常に困る。
「……しょうがない……」
駅前まで出て買ってくるか。
携帯用の物なら、たぶん売っているだろう。

夕食時。
俺達はテレビ番組に夢中になっていた。
今夜の水曜スペシャルは
『矢追○一スペシャル! エリア5○に果たして宇宙人は眠っているのか!?』だ。
誰も彼もが、テレビの中に出てくる宇宙人の不気味な姿や、アマチュアカメラマンのとらえた
UFOの姿に夢中になっている。
「……怖いね、お姉ちゃん怖いねッ」
「…………」
楓ちゃんは初音ちゃんの問いに、何も言わずにただ刻々と頷くだけだった。
「ははは、初音達は臆病だなぁ。こんなのみんな嘘だよ。宇宙人なんかいるわけないじゃないか……」
そう言う梓の手元はプルプルと震え、箸が茶碗にぶつかりカチカチと音を立てていた。
…………あれ?
ふと俺はとある疑問を思い付く。
(俺達って、確か宇宙人の子孫だったんでは……?)
「耕一さん」
楓ちゃんがおもむろに俺を見つめて言った。
「かつて、とある炎の漫画家がこういいました。『それはそれ。これはこれ』」
…………………………そ、そういうものなのか?……
けれど楓ちゃん、あんまり人の心の中覗かないで欲しいぞ……
「それにしても、このラージノーズグレイって宇宙人。可愛いですねェ……」
なんだと?
ウットリとした表情で千鶴さんがホウ……と呟いた。
今まで何も喋らずじっと画面を凝視しながら、こんな事考えていたのかこの人は……
「……千鶴姉、マジで言ってる?」
梓が呆れたように言い放った。
しかしそんなことまるで耳に入ってないかのように千鶴さんは続ける。
「この宇宙人、どんな風に鳴くんでしょうねェ?」
またもやなんだと?
今度ばかりは俺と梓だけでなく、初音ちゃん達もただ唖然となって恍惚とした表情の長女を見つめている。
「ち、千鶴さん…… 犬かなんかじゃないんだから……」
「おいおい、まさか飼うつもりなんじゃないだろうね……」
「……千鶴お姉ちゃん、宇宙人は鳴かないと思うよ?」
「……ケー……」
?
??
???
「楓ちゃん、今何か言った?」
俺がそう問うと、恥ずかしそうに楓ちゃんは顔を背けた。
「……別に……」
そうか? いや、今確かに「ケー」って……
まさか……いや……そんなはずは……
………………………………………………

やがて、夜のとばりが完全に館山を包み込んでいった。
時間は、深夜の十二時五十八分。
間もなく一時。
俺は、昼間買ってきたポータブルラジオの電源を入れ、必死でT○Sをチューニングしようとする。
「…………………………あれ?」
入らない。
どうやっても入らない。
俺は室内をあちこち動き回って、なんとか電波を受信しようと努力を重ねる。
と。
ラジオからふと少女の声が。

『……長瀬ちゃん、電波届いた?』
「べ、ベタベタだあああああぁぁッ!」

……結局、どうやってもT○Sを受信することは出来なかった。
「こ、これだから田舎は……」
俺は歯ぎしりをしながら時計を見た。一時四十五分。
もう番組はとうに始まっている。
そろそろコント劇場が始まる頃だ。
「今週は……今週は『コサキン』を聞けないのか……」
俺はだくだくと枕を涙で濡らしてた。
コサキンとは、もちろん『水曜UP’S コサキンでわーお』のことである。
毎週むっくん【注1】とラビィ【注2】がどうってことはないバカ話で盛り上がるだけのなんてことはない
番組である。
しかし、一度はまってしまうと、まさに麻薬のごとく、常用しないと気が済まなくなる。
こんな秘密は誰にも言えない。言えやしない。
ましてや、間違ってもこの柏木姉妹には教えられない。
あんなおバカでオケベ【注3】な番組のことを誰が教えられようか!?
これがばれたら俺はもう二度とこの家に遊びに来れなくなる。
「はあ…………」
ため息をつきながら俺はトイレへと向かって廊下へ出た。
リリ…… リリ……
鈴虫の音が聞こえる。
……静かだ。
田舎の夜は、とても静かだ。
俺のアパート辺りじゃこうはいかない。様々な雑音がどこからかひっきりなしに聞こえてくる。

(…………ょう)

ん?
今、何か聞こえたような…… 気のせいか?
(…………ダーンス)
……気のせいなんかじゃない。どこだ? 一体どこから……?
「……ここか?」
そこは………………楓ちゃんの部屋……
一体こんな夜中に、なんでこんな音が聞こえて来るんだ?
「……いや、音じゃない」
声だ。
楓ちゃんの部屋から、男の声がする!
まさかッ! 強盗? 強姦魔ッ!?(おいおい)
最悪のことを想像した俺は、有無を言わさずその扉を開いていた。
「楓ちゃんッ! だいじょうぶ……………………か……」
「…………」
「…………」
賢明な読者諸氏には簡単に推測できただろう。
部屋の中では、ベッドに潜り込みながら、スピーカーから流れてくるラジオ番組を聞いて
必死で笑いをこらえていた楓ちゃんが、キョトンとした瞳で俺のことを見つめていた。
『意味ねーCD大作戦ーッ! 前半せーん!』
「………………」
「………………」
時刻は、ちょうど二時になったところだった。
ただひたすら見つめ合う、俺と楓ちゃん。
だから俺は、だから俺は、何も言うことが出来ず、だから、そんなものだから……
「……ケー」
と、宇宙人語で鳴くだけだった。
「……ケー」
恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、楓ちゃんも返事を返してくる。
二人はそのまま、しばらく固まっているしか術がないのだった……

「まさか……楓ちゃんもリスナーだったなんて……」
結局俺はそのまま楓ちゃんの部屋でコサキンを最後まで聞いたのであった。
「……高校受験の時、深夜まで起きていることが多くて、それでいつの間にか……」
よく見ると、楓ちゃんのシステムはラジカセなんかではなく、有線である。
そう、有線にはAMラジオのコーナーもあるのだ。
……しかし……そこまでやるか……
楓ちゃんって、凄いディープ。
やがて番組も終わり、ラジオから聞こえてくるのは『いすず 歌うヘッ○ライト』に変わっていた。
「あー、良かった。今週もなんとか聞くことが出来た」
聞き逃した前半部分は、楓ちゃんが毎週テープに撮っているので、明日ダビングさせてもらうことに
なっている。
やっぱりディープだ楓ちゃん……
俺達は楓ちゃんのベッドの上に、二人並んで仲良く座っていた。
「あの……」
楓ちゃんがうつむきながら恥ずかしそうにつぶやく。
「この事は……誰にも言わないでくださいね……」
「……ああ」
クスリと俺は笑みをこぼす。
「二人だけの、秘密だね」
それを聞いた途端、楓ちゃんの顔がリンゴのように真っ赤になった。
……しかし……
ロマンチックな響きを持つ『二人だけの秘密』が、こんな情けないものとは……
トホホと思いながらも、俺は部屋に戻るためにベッドを立ち上がろうとした。
と。
「…………」
楓ちゃんが、俺の服の裾をつかんで引っ張っている。
「……どうしたの?」 
「あ、あ、あの……」
今まで異常に顔を真っ赤に染めながら、なんとか絞り出すように楓ちゃんは言葉を紡ぐ。
「い、一緒に…… 一緒に眠ってくれませんか……?」
………………………………
こ、これは…………
告白だ。
楓ちゃんなりの、必死の告白だ。
「……いいよ」
俺は静かに、優しくそう答えた。
今、楓ちゃんをどうこうしようというのではない。
ただ、その楓ちゃんの勇気に答えたい。そう思っただけだ。
例えば、
例えば寝ている最中、俺の理性のヒューズが限界を超えてしまっても、
まさに『それはそれ、これはこれ』だ。
そうですよねッ! サカキバラコーチッ!!
ぃええい、なるようになれッ!!
こーゆーものは勢いだ勢い!!
「………………」
「………………」
俺達は、二人仲良く、楓ちゃんのベッドに潜り込む。
そして……
そしてだから……
こうやって若い男と女が同じベッドで並んで寝るということは……
悶々悶々悶々悶々悶々悶々悶々悶々……
「……いいですよ、耕一さん……」
その楓ちゃんの言葉が発火点になった。
「かっ かっかっかっかっかっ、楓ちゃあああああああああんっっ!!」
俺は我を忘れて楓ちゃんにのし掛かると、そのまま……

ばんっ!!

「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
……突然……
楓ちゃんの部屋のドアが開き、額に血管を浮き上がらせている千鶴さんと、梓と、初音ちゃんがそこに
仁王立ちになり、俺と楓ちゃんを睨み付けていた。
「…………耕一さん……」
「…………耕一…………」
「…………お、お兄ちゃん……」
そして三人の声が綺麗にハモる。
「「「順を追っていけよおおおおおぉぉぉッッ!!」」」
「お、お前らもリスナーかあああああああああっっっっ!!」
俺が頭を抱えた瞬間、ムスッとした表情の楓ちゃんが俺の尻をつねる。
「ケェレェェェェエエエルッッ!!【注4】」
こうして秘密は公然のものとなった。
ある意味、良かった良かった。
「……………………良くない……(楓)」


【注1】むっくん:小堺一樹さんのこと。「無理矢理くん」が縮まってこうなったらしい。
【注2】ラビィ :関根努さんのこと。
【注3】オケベ :コサキン語で、『スケベ』のこと。
【注4】ケレル :ラビィが映画を見に行った時、男性の同性愛的な内容の予告編をやっていて、
         その映像が、男が男の尻肉をつかんだあと「ケレル」とタイトルが出るものだった。
         その印象があまりにも強烈だったため、ホモっぽいネタの時に使用された言葉。
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今回、いよいよ「解る人は解る、解らん人はおいていく」ものになってしまいました。
……ついてきてください、お願いします……