意外と、兄上も甘いようで…… 投稿者: アクシズ
いつものようにいつものごとく、俺こと柏木耕一は館山の美人四姉妹のもとに遊びに来ている。

「初音ー、夕飯の用意手伝ってよ」
台所から梓が初音ちゃんを呼ぶ声がする。
その初音ちゃんはというと、俺と一緒に居間でテレビを見ていた。
「ごめんお姉ちゃん。あと十分でこれ終わるからァ」
初音ちゃんは完全に画面に釘付けになっていた。こういう姿を見ると、まだまだ子供だなァ……と
微笑ましく思ってしまう。
「一体何見てんだよ」
いつもはあまりわがままなんか言わない初音ちゃんにそこまで言わせる番組は何かと、
梓が居間に姿を現した。
「なんだ、Gマルチか」
機動武闘伝Gマルチ。
各国の威信をかけ、モビルマルチ同士が拳と拳をぶつけ合う、今話題のTVアニメだ。
そのあまりの過激な内容に、今までのマルチファンからは『こんなのマルチじゃない』という
意見も出ているが、その荒唐無稽な内容で新しいファン層もつかんでいるようだ。
「そんな馬鹿なアニメ見ていると頭馬鹿になっちゃうよ」
半ば呆れながらも梓は台所へ戻っていった。
ちょうどその時、テレビの中ではネオジャパンのゴッドマルチが最強の必殺技で
決着をつけようとしているところだった。
「石破、天驚おおぉけええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇん ですぅっ!!」
ドッッ ゴオォォォォォォォン……

「……あー、面白かった……」
EDが流れ始め、初音ちゃんははあ……とため息をついた。その表情は半ば恍惚としており、
いまだ心ここにあらずといった印象だ。
俺はというと、どちらかというとアニメよりも、何かある旅に一喜一憂する初音ちゃんの方が面白くて、
あまり内容が頭に入っていない状態だった。
「やっぱりブルーダーの正体は雅史ちゃんなのかな、お兄ちゃん?」
「え? ああ、そ、そうだね……」
だからそんなこと言われてもいまいちピンとこないのだが……
「楓お姉ちゃんはどう思う?」
カエデ?
「私は…………葵ちゃんじゃないかと思うんだけど……」
「どわああああああああああッ!!」
突然自分の真後ろからボソッと声をかけられ、俺は前方に二回転半転がった。
いつの間にいたのだろう、楓ちゃんがまるで背後霊の用に俺の後ろに佇んでいたのだ。
全く気付かなかった……俺の背後を取るなんて、楓ちゃん恐るべし……
「えー? そうかなぁ……それは考えていなかったけど」
「……でも来週には正体が分かるね」
「そうだね! 楽しみだね!」
コクンと楓ちゃんも頷いた。どうやら楓ちゃんもGマルチの大ファンみたいだ……
「やっぱり拳と拳の世界はいいね! 殴り合って深まり会う互いの友情と友情、感動しちゃうよね!!」
ほえ?
「うん……やっぱりロマンがあるもの…… 叫びあう必殺技の名前。気合いと気合いのぶつかりあい。
こうじゃなくちゃいけないね」
はに?
……俺は夢を見ているのだろうか? 
あの、穏やかな初音ちゃんと慎み深い楓ちゃんが……こんな事を言うなんて……
こういう台詞は乱暴の固まりである梓が口にすることであって、間違っても、
目の前のこの二人が言ってはいいことでは……
「私も何か格闘始めようかなぁ……」
待てや。
「あ、いいね。私も考えようかな」
おーい。
「始めるんだったら、やっぱ流派エクストリーム不敗かな? どうせなら最強の武術がいいもんね」
………………………………俺は…………初音ちゃんが超級覇王電影弾を
繰り出しているところを想像して戦慄を覚えた。
ていうか、あれってアニメだけの内容だろ? 実際に出来るわけ……
「……教えてあげようか」
……………………
「え!? 楓お姉ちゃん会得しているの?」
「うん。『家でゆっくり誰にでも簡単に修得できる、来栖川の通信教育』で習っていたの」
ぎゅううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅん。
次の瞬間ー
楓ちゃんは頭だけを残して高速回転する光の固まりとなっていた。
居間の中で風が吹き荒れ、畳がすり切れ、新聞のチラシが飛び回って千切れていった。
「お、お姉ちゃん凄いッ! 凄いよッ!!」
「初音もやってみて。コツを覚えれば簡単よ」
「うん!」

ぎゅううううううううううううぅぅぅぅぅぅぅん。
三分後には、光の固まりが二つになっていた。
「出来たッ! 出来たよお姉ちゃんッ!!」
「やっぱり初音には才能があるね」
…………………………………………………………
俺は……夢を見ているのだろうか……?
呆然としている俺の目の前で、けれど初音ちゃんの表情がだんだんと苦しそうなものになってきた。
「お姉ちゃん……なんか……体が…………」
「……いけない。初音が暴走している……」
「……え?」
なんかとんでもないことを楓ちゃんが言いだして、俺は思わず素に戻ってしまう。
「初音。技を止めて。このままだとどんどん電影弾が大きくなってしまう……」
「……うう、なんか……止まんないよォ……」
言ってる間にも、どんどん初音ちゃんの光は膨らんでいく。
梁がみしみしと音を立てている。
な、なんかこのままだと……
「耕一さん。このままではこの居間は破壊されてしまいます。どうか逃げてください」
「え? ……いや、そんなこと言われても……」
「私はなんとか初音を押さえ込んでみます。とばっちりを受けないよう、どうか遠くへ」
見ると楓ちゃんの電影弾も初音ちゃんに負けないほど膨らみ始めていた。
もはや居間の中は光と轟音だけに包まれている。
「……お、お姉ちゃああん……」
「しっかりするの初音!」
二人の光が今まさに臨界点を突破しようとしたその瞬間ー
「ぅうるさあああああああああぁぁぁぁぁぁいッ!!」
怪物くんみたいな怒声と共に、台所から、巨大な掌の形の気の固まりが飛んできた。
ちなみに手のひらには、大きく“驚”と書いてある。
どどどどどどどどどどどどどどど
気の固まりは初音ちゃんと楓ちゃんを巻き込んで、庭に向かって吹っ飛んでいった。
「……………………」
どうにかそれに巻き込まれずに済んだ俺は、怒りで顔を真っ赤にして仁王立ちしている梓の顔を
ただ呆然と見つめていた。

「ふうん、そんなことがあったの……」
やがて千鶴さんが帰ってきて、俺達は少し遅めの夕食を取った。
居間は、まるで台風でも通過したかのようにボロボロで、そして俺達はその真ん中で
何事もなかったかのように黙々と箸を進めているのであった。
「楓。あなたらしくもないわね。どうしてそんなことしたの」
「……ごめんなさい」
楓ちゃんがややうつむき加減に謝る。やはりこういう時は千鶴さんが頼りになる。
優しく楓ちゃんを諭す姿は、まるで母親のようでもある。
「超級覇王電影弾は流派エクストリーム不敗の中でも大技なんだから。
もっと簡単な技から教えるべきでしょ?」
…………………………………………………………
……空耳かな?
なんか、今、千鶴さんがとんでもないことをいったような……
「でも凄いよ初音。まさかいきなり電影弾を使えるなんて、本当に才能あるよ」
「梓! よけいな茶々を入れないの!」
「なんだよ千鶴姉、自分がなかなか覚えられなかったから、嫉妬しているんじゃないの?」
「……あ、あなたねえ……」
「あ、あ、お姉ちゃん達、ごめんなさい、みんな私が悪いの、私が無理しちゃったからこんな事に……」
………………………………………………
俺はもはや、四姉妹の言葉も耳に入らずに、ただ呆然とそこに座り込んでいるだけの存在だった……
今までの話を総合すると、楓ちゃんや初音ちゃんだけでなく、どうやらこの家の住人は全員が
あの化け物じみた技を何かしら使えるようだ。
俺の中にあった、柏木四姉妹のイメージが、音を立てて崩れ落ちてゆく……
「ん?どうしたの耕一?」
フラフラと立ち上がった俺を見て梓が声をかけてきた。
「あ……いや、ちょっとトイレ……」
「……お兄ちゃん、食事中だよ」
しょうがないなあといった表情で初音ちゃんが苦笑する。
俺は曖昧に笑ってみせて、廊下に姿を消した。
(……帰るんだ……)
俺の頭の中では、ただその言葉だけが何度もリフレインしている。
(俺はここにいちゃいけない…… みんなもう、変わってしまったんだ…… 
俺の知ってるみんなとは…… 由美子さーん…… 今行くよおぉぉ……)
俺は荷物をまとめようと自分の部屋に戻っていった。
……もう、ここに来ることも、二度と無いだろう……

「……ところで楓お姉ちゃん」
「……なに?」
「なんでお姉ちゃんは、流派エクストリーム不敗を覚えたの?」
「…………秘密」
「あら楓。隠すことなんて無いじゃない」
「……………………」
「私たちもそうなのよ」
そう言って千鶴は静かに笑った。
「……耕一さんはあーゆー正確だもの。私たちの中から、一人を選んでくださいなんて言ったって、
いつまでたっても決められっこないわ。だから……」
「だから、私たちが、私たちの間で決着をつけなくちゃならない……だろ?」
そう言う梓の笑みは、静かなもののけれど多分に殺気を含んでいた。
「そうなれば……ものを言うのは最強の格闘技。みんながみんな流派エクストリーム不敗を
修得しようとしていてもおかしくはないわ……」
楓は相変わらずの無表情。けれど何か決意じみた瞳の光を宿している。
「……私は……別に構わないよ。たぶん今度やれば、電影弾も上手く制御できると思うし……」
初音はわくわくしていた。まるで強い者と戦うことが喜びであるみたいなサイヤ人のように
わくわくしていた。
千鶴が静かに箸をおいた。
いまや居間の中の温度は三度ほど低くなっていた。
それは別に千鶴だけの仕業ではない。
柏木四姉妹が発する殺気が居間の中に見えない渦を巻き、それを感じた庭の鈴虫が
秋の演奏を一斉に中止した。
「それじゃあ……いいのね……?」
コクリ……

「帰るんだ…… 俺にはまだ、帰れるところがあるんだ……」
耕一はまだ気付いていない。
自分がもはや、逃れられない運命の螺旋に取り込まれていることを……
今宵の夜は、長くなりそうな予感がした。

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だうも。コメントを書くのは初めてのアクシズです。
いつもくだらなくておバカなSSにレス頂き、どうも有り難うございます。
本当は今回機動戦士マルチの続編「マルチ0083」をやろうと思ったんですが、
先読みをされてしまっていたので(^^;)こんな痕ベースの話になってしまいました。

次も痕で、今度はちょっとガンダムから離れてみようかと思います。
「ケレル」「はるおちゃん」「有修」
このキーワードに反応してしまった方、OKです。(何に?)
では。