マルチの売り子 投稿者: 泡星りゅう
「ええと、ぷれいすてぇしょん版の『To Heart』が発売になりましたぁ〜。いかがですかぁ〜」
 ある日の放課後――
 独特の、舌足らずで間延びした馴染みのある声と共に――マルチが廊下の向こうから歩いてくる。肩から箱をぶら下げて、まるでどこかの駅弁売り――あるいは行商人――のようだ。
 ただし、小学生のお手伝いだ――なんとなく。
「あっ、浩之さぁ〜ん」
 俺を見かけたマルチが、ぱたぱたと小走りに向かってくる。が、箱のせいでふらふらとしていて危なっかしい。
 と――
 びたーんっ!
 がらがっしゃぁんっ!!
 重さのせいでつんのめったマルチが、豪快な音を立てて倒れた。箱は宙を舞い、中に入っていたのだろう、ビニールで封をされたプラスチックケースを辺りに撒き散らす。とりあえず中身のやつは放っといて、ダッシュでマルチに駆け寄った。
「ひ、浩之さぁ〜ん……ひっく、ぐすっ」
「あーあー、泣くなマルチ」
 ポケットからハンカチを取り出して涙を拭ってやる。
「どうしたんだ、マルチ? そんなもん持って歩いたりして」
「ひぐっ……はいぃ。実は、いよいよ私たちのゲーム『To Heart』が、ぷれいすてぇしょんになって出たんです。それを――お名前は公表できませんけど、ある方から頼まれまして、学校で売って下さいとおっしゃるので、それで……」
「ある方……ねぇ」
 大体想像はつく。が、あえてここで言わなくてもいいだろう。後で、だ。
 散らばっているプラスチックケース――CDを一枚手に取る。
「ふぅん。これがそうか……よし、俺も売り子手伝うぜ、マルチ」
「そ、そそそそんな! わたし、いつも浩之さんにご迷惑かけてばかりで、それでいて今だってこんな――」
 驚いた表情をして、慌ててマルチが言う。それを、ぴっと指を立てて制す。
「何言ってんだ、マルチ。学校内でもがんばってるマルチに、スペシャルごほうびだ。人の親切は素直に受け取っておくもんなんだぞ」
「で、でも――」
「俺は一度決めたら変えないからな〜。ほれ、散らばったCDを拾おうぜ」
「は、はいっ!」
 CDを拾い集め――マルチに代わって箱を担ぐ。
 こうして、あかりを初めとした知り合いから片っ端に、総当たりよろしく、と言うように販売していった。
 飛び込みセールスみたいだが、まぁこれもマルチにはいい勉強だろう。
「よしっ! 終わったぞっ」
「お疲れさまでしたぁ〜」
 最後の一枚も無事にはけて、俺は安堵のため息をついて箱を降ろす。窓を見やると、夕暮れの日差しが眩しいくらいの時間になっていた。
「ひーふーみー……ほれ、マルチ。少ないけど給料だ」
「わ、わたし、お金なんて受け取れません〜」
 泣きそうな顔をしていやいやをするマルチの頭をそっと撫でてやる。
「ひ、浩之さん……?」
「いいか、マルチ。頼まれたとは言え、お前は額に汗して働いたんだ。報酬は当然だろ。ま、一割だけどな、持っておけって。残りは、その頼んだ人物に俺から渡しとくぜ」
 俺は大雑把に(本当に一割かどうかはわからんが)ポケットからお金を取り出すと、頬を朱く染めたマルチの暖かい小さな手に握らせてやった。
「え? あ、あの、浩之さんは、わたしがどなたから頼まれたのかご存じなんですか?」
「まぁな。付き合いが長いとわかっちまうもんなんだな、これが」
 もう一度マルチの頭に、ぽんと手を乗せて、俺は呟いた。

 その後、志保と口論になったのは言うまでもない。

                                    完
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えーと、ここへ顔を出すのは、久しぶりになります。泡星りゅうです。
PS版「To Heart」発売を記念して(まだ発売になってませんが/笑)、マルチに売り子をさせてみました。しかも校舎内で(爆)。
HPでは、「オーフェン」と「To Heart」をミックスさせた週間連載小説を掲載しています。お時間があればご覧になって下さいませ。

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