G・T・M 投稿者: 泡星りゅう
「志保ちゃんニュースっ!!」
 朝のHRが始まる少し前、やっと教室に着いた俺とあかりを待っていた第一声がそれだった。
「うるせーぞ、志保。またガセネタ掴んできたのか?」
「あのね〜、これは今までにない『超』がつくくらいのものなの!」
「あー、言ってろ言ってろ。『超』がつくくらい、ろくなもんじゃねぇんだからよ」
「そんなこと言い合ってる場合じゃないのよ。これは、あんたのとこだけじゃなく、あたしのとこにも関係があることなんだから!」
 む、いつもの志保とは少しだけ迫力が違う。
 そこまで言われると、こっちとしても気になってきた。
「浩之のところ……と言うことは、このクラスや志保のクラスのこと?」
「そう、そうなのよ」
 横にいる雅史に、志保が素早く反応する。
「どういうことだ?」
「やっと聞く気になった、ヒロ?」
 思わず身を乗り出す俺へ、志保がにんまりと笑う。
 無益な情報ならともかく、有益な情報って可能性もある。
 誘いに乗るのは悔しい――当てんなんねーことも多い。だが、とりあえずここは乗ってみるべきだろう。糾弾するのはそれからだ。
「……まぁな。俺んとこだけじゃねーってとこが気になったからな」
「そうだね。どんなことか、気になるね」
「志保、説明してくれる?」
 俺、雅史、あかり、三人の視線が志保に注がれる。志保は満面の笑みを浮かべて、
「オッケー、時間がないから手短にいくわよ。ヒロのクラスとあたしのクラスを担当していた古文の先生――産休でしばらくいなくなるのは知ってるわよね?」
「ああ。今日も一発目に授業があるぜ。代わりの先生がいねーから、今日は自習だろ?」
「ところが、さっき職員室で聞いたんだけど、どうもそうはならないらしいのよ」
 眉間に皺を寄せ、人差し指をぴんと立てて志保が話す。おそらくは志保も自習だと思っていたんだろう、悔しがっているように見えた。
「自習にならないなら、新しい先生が来るんだね?」
 あまり驚かずに雅史が言った。志保はコクリと頷き、
「どうやら、そうらしいのよ」
「そうなんだ。新しい先生はどんな人なんだろうね、浩之ちゃん?」
「さぁな。志保、それについては?」
「う〜ん、詳しい話は聞けなかったからわからないけど――」
 キーン、コーン、カーン、コーン
「後は実際に見てみるしかないってことだな」
 HRの予鈴が鳴るのを聞きながら、俺は言った。
「やばっ、授業終わったら、感想聞きに来るわねっ!」
 どどどっ、と民族大移動のように、志保はダッシュで自分のクラスへと戻っていった。
「……雨が降らなけりゃいいけどな」
「どうして、浩之ちゃん?」
「志保のネタが当たる可能性があるってことさ」
 俺が窓の外――空模様を見ながら言うと、あかりと雅史は苦笑して席へ戻った。

 十数分後――
 遅い……。
 授業開始の鈴から、すでに十分が経過しようとしていた。
 まぁ、先生にも準備やら何やらがあるだろうから、五分くらいは仕方のないことだ。だが、二ケタを越える分数になると、さすがに自習じゃないのかとさえ思えてくる。
 教室は、雑踏に溢れる街のようにざわめき、次第に話し声も大きくなる。
 志保の奴……。
 俺は軽く欠伸をすると、寝る体勢へと状態を整える。
 が――
 タタタタタ……がんっ!
 誰かの駆け足、そして教室の扉に、何かがぶつかったような音がした。その音で俺は体を瞬時に起こす。同時に、教室内も静けさを取り戻す。
「はうぅ〜。遅れてすみません〜」
 そう言って、扉を開けて入ってきたのはマルチだった。
「マルチ?」
「あ、浩之さん。皆さんおはようございます」
 額を手で押さえながら、マルチはぺこりと挨拶をした。
「あれ? 今朝見た書き置きじゃ、今日はメンテナンスに行くんじゃなかったのか?」
「はい。済ませてきました。それで、その……」
 マルチが恥ずかしそうに俯く。
「どうした? 何かトラブルでもあったのか?」
「いえ、そうではなくて……その、授業をしなくてはならないんです」
「ああ。先生ならまだだぞ。学校に来たんなら、授業受けていくんだろ?」
 何だ? どうも会話が噛み合っていないような気がする。
 別に、常に学習していくマルチが、授業を受けることも経験になるからって先輩も認めてんのに、どういうことだ?
「ちょっと待って、浩之ちゃん。えっと、マルチちゃん、さっき『授業をしなくてはならない』って言ってたけど、ひょっとして……」
 まさか……!?
 あかりの発言に俺も気づく。
「はい! 今日から一週間、このクラスの古文を受け持つことになりましたHMX―12、マルチです。よろしくお願いします」
 俺たちが当惑する中、彼女は深々とお辞儀をした――

「ヒロ〜、新しい先生来た?」
 一限が終了して、早速志保がやってきた。
「ああ。来た」
「今回は信頼の置けるソースからだったから、やっぱり間違いなかったようね。ところで、どんな人?」
「マルチ」
 俺は素っ気なく答える。
「は?」
「だから、マ・ル・チだって。来栖川メイドロボの」
「はぁ〜?」
 志保が素っ頓狂な声を出した。
「どうして? 何でメイドロボが先生をするのよ?」
「ああ。マルチに聞いたら、何でも来栖川で現在あるメイドロボの技術を応用して、次世代へのロボットの試作データ収集にマルチとセリオが使われているんだと」
 俺はマルチが説明してくれたことを、そのまんま志保に話した。
 実際に将来、学校教育がどうなるのかはわからないが、そういうこともデータとしてとっておこうという意図らしい。
 ま、そん頃にゃ、俺らは学校で学んでるかどうかあやしいくらいの年齢になってんだろうから、直接的に関係ないとは思うが。
「ふーん、それでさっきの授業はどうだったの?」
「今日は授業って感じじゃなかったな。挨拶と自己紹介だけで終わっちまった」
「マルチちゃんらしいよね」
 クスっとあかりが微笑んで言った。
「だな。だから志保、おめーんとこもそうやって進んでくはずだぞ」
「そうなんだ。早速クラスのみんなに教えてあげよっと」
 そう言い残すと、志保は教室を出ていった。
 しっかし、マルチが先生か……。
 これからどんな授業を展開するのか。
 俺は、明日からの本格的な授業が楽しみになった。

 その日の夜――
 家に帰った俺とマルチは、学校で起こったことを思い出しながら談笑していた。
「……で、結果的に他の先生方にご迷惑をかけてしまいました」
「まぁ、それも慣れだろ。慣れねーときは、何だって失敗に結びついちまうほうが多いからな。同じ失敗をしなけりゃいいさ」
「はいっ! 頑張りますっ」
 マルチは両手をぐっと握りしめて、決意を見せた。
 だが、ちょっと頼りない声で、
「浩之さん、古文の教え方ってどんな風にすればいいんでしようか?」
「……じゃあ、逆に質問だ。マルチはどんな教え方をしたいと思ってるんだ?」
「えっ? あ、あの……」
 少し困惑気味ながらも、マルチは答える。
「えっと、皆さんが楽しそうにお勉強できて、それでいてお役に立てる授業をしたいと思います」
「なら、それでいいんじゃねーか。教え方なんて人それぞれだからな。俺の知っている先生なんかは、『俺の頑張りを見て、お前たちも自分の力で何かを掴め』って言ってた。やる気にさせる先生だったな」
「はぁ〜」
 マルチは俺の言葉に感心した様子で、コクコク頷く。
「だからってそこまでする必要はないが――マルチなりに一生懸命やりゃあいいってことさ。結果は後からついてくるって」
「は、はいっ! ご迷惑をおかけするかもしれませんが、明日もよろしくお願いしますっ!」
「よし、その意気だ。頑張れよ」
 そう言って、俺はマルチを励ますために頭を撫でた。
 マルチの努力が報われることを祈って。

 次の日。
 マルチ『先生』の授業が始まった。
「ええっと、今日は教科書の百四十二ページ、歴史物語の『大鏡』ですぅ」
 かかかっ、と黒板に字を書いていく。
 だが、マルチは背が低い。床との段差があるとはいえ、背伸びして字を書いても黒板中央からやや下あたり。
 それを補うようにして、字を大きく書いていた。
 黒板面積の十分の一くらいを占める大きさで。
「この物語は十二世紀初めに作られた作品で、平安時代の……えっと、藤原道長さんの栄華を批判した紀伝体……ですね。お二人の年輩の方、大宅世継さんと夏山繁樹さん、それに若侍さんの会話体になってます」
 おっ、ちゃんと勉強したみたいじゃんか。感心感心。
 しかし……歴史上の人物にまで『さん』付けするとは。
 マルチは教科書を一生懸命見ながら、黒板に書き写している。
 緊張して丁寧に書こうとするぶん、スピードが遅い。
 俺は苦笑しながら、それにならってノートに写す。
「はー、書き終わりましたー。それでは本文にいきますね」
 そう言うと、マルチは教科書を持ち直し、冒頭部分を読み始めた。
『さるべき人は、とうより御心魂のたけく、御守もこはきなめりとおぼえはべるは』
 途中、何度もつまりながらも、一文を何とか読み終えた。
「は、はいっ。それでは、ここの訳ですけれど……」
 あたふたと必死で辞書を調べ始める。
 ……どうもテンポが悪いな。
 このままじゃ、授業時間終わっちまうぞ。
「えっと、『去っていく人は、唐からの心にある魂が高く、お守りも怖いと思ってます』」
「全然ちゃうわーっ!!」
 がたんっ、と派手な音を立て、椅子から立ち上がったのは委員長だった。怒っている、と言うよりは呆れている、と言った方が近いかもしれない。
 確かに俺から見ても、マルチの訳は前後関係がおかしい。
 ウケ狙いとしても通用するくらいだ。
 委員長は下を向いてため息をついた後、きっ、とマルチを見据えて、
「『さるべき』は、しかるべき人。意訳すると、道長のこと言ってんねんから、ここは『道長のように後々偉く立派になるはずの人』と訳すんがええんちゃうんか?」
「は、はい――」
 恐縮するようにマルチ。さらに委員長は続けざまに、
「『とうより』は、早くから。つまり『若い頃から』っちゅうことやな。次、『御心魂のたけく御守もこはき』。『御神体――神仏のことや――が強く、御守りも強い』」
「はー」
「最後の『なめりとおぼえはべるは』やけど、なめりの『な』は断定の助動詞や。せやから『〜であるようだろう』。『はべる』は丁寧語、『は』は詠嘆の助動詞やから、『と思われますよ』と訳すんが正しいはずや」
「なるほどー」
 完璧な意訳に、マルチを初め、俺を含めたクラス中が感心していた。
 委員長が先生になったほうがいいんじゃないのか、と思うくらいだ。
「何感心しとんねん!! ええか、先生と名乗るからには、もうちっと勉強せいや!」
「す、すみませ――――――んっ!」
 はっと我に返ったマルチが、大声でぺこぺこ謝る。
 キーン、コーン、カーン、コーン
 委員長が言いたいことを言い、がたん、と今度は静かに座り直したところで授業終了のチャイムが鳴った。
 それはまるで、マルチへのKOゴングのように聞こえた。

 直後の休み時間。
 俺はあかりと、廊下でさっきの授業について話していた。
「マルチちゃん、散々だったね」
「……ああ。あいつなりに頑張っているんだけどな」
 だが、実際のところ、先生としては及第点すら与えられない状況だ。このままじゃヤバイっていうのは、マルチ自信も感じているだろう。
「なんとかしてやりてーけど、さすがに先生の教え方は特訓のしようがないからな〜」
 俺は背もたれに、くっ、と体重をかけて椅子を傾け、両腕を後ろ頭に組んだ。
「どうしようもないか……」
 ため息をついて黒板を見やる。先ほどの授業でマルチが書いた字が残っていた。
 大きく書いた字。わかりやすく。
 たった一文だけど、先生らしくを目指した授業。
 先生が生徒に一生懸命教えようと頑張っているなら、それに応えるのが生徒の役目でもあり、義務なんじゃないだろうか?
「ねぇ、浩之ちゃん、六日後に定期テストがあるよね?」
 考え事をしている俺へ、申し訳なさそうにあかりが言う。
「ああ。それに対抗して、三日前から俺の家でいつものように、勉強会だろ」
「その勉強会……今日から始めない?」
「今日から?」
 思わず、俺は聞き返した。
「うん。ただ、わたしたちだけじゃなくて、マルチちゃんも一緒に。わたしたちは少しずつ試験勉強をして、その余った時間をマルチちゃんの授業予習への手伝いにするのはどうかな?」
「そうすると……少なくとも授業がスムーズに進むかもしれない……か?」
 にっこりと頷くあかり。
「そうか! それなら何とかなるな。さすが、あかり――」
 ガコーンっ!!
 俺が、ぱっ、と腕組みを解いた反動で――座っていた椅子ごと、豪快に後ろへ真っ逆さまに落ちた。
「だ、大丈夫、浩之ちゃん?」
「……くうぅっ、やっちまったぜ。んくっ、よぅし、それじゃ早速今日から勉強開始だな!」
 多少、衝撃で体が痛いものの、俺は希望が見えたことに少なからず興奮していた。

 帰宅後、勉強会が始まった。
 俺とあかりは試験勉強を。マルチは明日の授業の予習を。
 お互いにわからないところを教え合い(俺はもっぱら教えられるほうだったが)、三人でもわからないところは、いろいろと思案して乗り切っていった。
 そして翌日。
 後はマルチの実践次第だが――
「ちゃうやろーっ! そこは尊敬語と過去の助動詞に接続助詞やから『なさっていたところ』やんか!」
「すっ、す、すみませ――――――んっ!」
 ……。
 次の日。
「だから、そこは敬語やろ。謙譲と尊敬で『承りなさった』と訳さんとあかんやろ」
「は、はいっ。申し訳ありません!」
 ……。
 こうして実質五日間(授業がない日もある)、最初の頃はたどたどしく授業を進めていたマルチも、委員長にしごかれたり、俺たちの予習サポートもあってか、期日となった最後の授業では、それなりに先生っぽくこなせるようになっていた。
 そして、大鏡の最後の一文も終わった。
「……と言うことで、ここで大鏡は終わりです。ここまでが試験範囲だそうなので、皆さん頑張って下さい〜」
 終わった、か。
 今日でマルチ『先生』も最後だ。
 俺はここまでの授業、正直言って良くやったと思うが、他の奴らはどう思っているんだろうか?
 そんなことを考えながら、ふとマルチのほうを見やる。
 こちらを見据えたマルチが、真剣な表情で口を開く。
「今日まで本当に……ありがとうございました。……皆さんをサポートするのがわたしの仕事なのに、えぐっ、ご迷惑ばかりひっく、おかけしてしまって……すみませんでした……」
 最後の方は、嗚咽が混じった言葉になっていた。
 俯いた顔からは、涙が止まらなかった。
 無言で俺が立ち上がるよりも早く――がたっ、と席を立ってマルチに近づく人物がいた。
 委員長だった。
「そんなことあらへん。ようやったで、マルチ」
 ぽん、と委員長がマルチの頭に手を置く。
「あ、あのっ、わたし――」
「同じこと二度も言わせんなや」
 もう一度、ぽん、と頭に手を置いて委員長。
 俺は委員長、そしてマルチに拍手した。
 続いてあかり、雅史、それからみんなの拍手が教室中を揺らした。鳴りやまない拍手の中、
「ふええええええ――皆さん、ありがとうございます〜!」
 流れる涙を拭わず、マルチがぺこぺことお辞儀をする。
 良かったな、マルチ。
 キーン、コーン、カーン、コーン
 授業終了のチャイム。
 今度はこの音が、マルチを祝福する優しい音色に聞こえた。


 これは余談だが――
 寺女で試用期間として、授業に当たっていたセリオ。
 既存の先生をも凌ぐ、まさに完璧としか言いようがない授業内容・展開に、生徒や他の先生から『G・T・S』――グレート・ティーチャー・セリオと言われているらしい、と先輩から聞いた……。


どーもです、お久しぶりの泡星りゅうです。
同ネタ多数のような気もしますが・・・(汗)。
BNL4に参加した、「限定勇者」というサークルにて販売したコピー本の中の一作品です。すでにご覧になった方もいらっしゃるかもしれません。俺的には同コピー本内に収録されている、カレルレンさんの文章のほうが面白かったんですけどね(苦笑)。
この「G・T・M」に関しては・・・うーん、変なとこいっぱいだな(爆)。次を書くときには、もうちょっとギャグっぽいものを書きたいです。

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