Heart of SELIO 投稿者: あさぎ
    1

「セリオさ〜ん。待ってくださ〜いっ。・・・はあはあ。」
「…?」
 振り向いたところには、私よりも先に開発されたロボット―『HMX-12』。
 通称マルチさんがいました。
「目の前にセリオさんの姿が見えたので、追い掛けてしまいました」
 何がそんなに嬉しいのか、マルチさんはニコニコと私に話し掛けてきました。
「いつもゲームセンターの前のバス停で待ち合わせしているじゃありませんか。わざわざ走って追い掛ける必要がないのではないのでしょうか?」
「あ、でも…」
 するとマルチさんは、顔をうつむけて自分の行動を悔やんでいるかのような仕種をしてみせました。
 おかしなロボットです。
 まるで寺女にいる生徒と同じようなことをしています。
「マルチさんも今学校が終わられたのですか?」
「あの、学校はもうずいぶん前に終わっていたんですけれども、その…。浩之さんとお掃除をしていたんです」
「…そうですか」
 また嬉しそうに話しています。
 どうしてマルチさんはいつもニコニコと笑っているのでしょうか。
 私にはわかりません。
 開発者の人たちは私におっしゃっていました。
 ―私は完璧に作られていると……。
 その完璧な私にわからないということはどういうことなのでしょう。

「セリオさんはやっぱりすごいです。うらやましいです」
「どうしてそう思われるのですか?」
「…え、…だって、私って、いつもドジばっかりしてるし…。セリオさんのように優秀なロボットじゃないし…。開発者の皆さんも、きっと、セリオさんの方を…」
 …また、笑いました。
 でも、なにか違います。
 いつも「浩之さん」の話をするときとは違うんです。
「もしかするとどこかに欠陥あるのかもしれませんね。あ、そうじゃなくて、あの…開発者の皆さんが私にいっぱいの愛情を注いでくれたのは知っています。…えっと、だから…その…私の努力が足りないんです。 だから…」
「私はそういうふうにプログラムされているんです。マルチさんにも私と同じプログラムを組み込めば、私のようになれるのではありませんか?」
「え?」
「でも私は、マルチさんは…」
「あ、浩之さんです」
 ………。
 ―マルチさんは欠陥製品じゃないと思います。
 私はマルチさんが欠陥じゃないと思うのはおかしいのでしょうか。
 でも私達はロボットなのです。
 ロボットにはいらないものはず…。
 なのに…。
 なぜマルチさんには普通の人間のような感じがあるのでしょうか。
「マルチさん、バスがきました」
「えっ、あ、私も…っ! それでは浩之さん、さようなら」
「じゃあまた明日な、マルチ」
「はいっ」
 どうしてマルチさんはこんなに喜んでいるんでしょうか。
 所詮私達はロボットなのに…。
 そう。ロボットなの……。

「セリオ、今日の学校はどうだったかね?」
「特に何もありませんでした」
「……そうか」
 なにかのどに小骨が引っ掛かったような言い方をしました。
「お前はマルチのことをどう思う?」
「…?」
「マルチははっきり言って、料理はうまくない。学習能力もセリオよりは相当劣っている。全てにおいてのメイドロボットとしての機能はお前の方が勝っている」
「はい」
 どれくらいだったか、沈黙が続きました。
 博士は何かを考えているようでした。
 私は…私は何もしてない…。
 何も出来ないのでしょうか。
 結局私は御主人様の命令のまま動くメイドロボット。
 だから、私にはマルチさんのような「心」がないんでしょうか。
「マルチには好きな男の子がいるようだね」
「今日、帰宅時に拝見いたしました」
「セリオには好きな男の子というのはいないのかね?」
「…好…き…?」
「…そうか、おまえには心の機能が働いていないんだったな」
「…?」
「本当は…おまえにも…」
「なんでしょうか?」
「いや、なんでもない」
「……」


  2

 ―10分経過。
 ………。
 マルチさんはまだいらっしゃいません。
 いつもは必ず時間通りに、このバス停の前で待っているのに、まだいらっしゃらないということは、何かあったのでしょうか。
 もうすぐバスが来ます。
 こういう時は先に研究所に帰るべきなのでしょうか。
 さっきもバスが通過していきました。
 ―25分経過。
 ……
 ……マルチさん、まだなのでしょうか。
「あれ、確か……」
 5mほど先に見覚えのある男性がいらっしゃいます。
 確かあの人は……マルチさんの……。
「やっぱりセリオだよなぁ」
「浩之さんでしたね」
「あれ? 今日はマルチと一緒じゃねーの? いつもだったらもうバスに乗って帰ってなかったっけ?」
「はい。マルチさんはまだいらしていません」
「じゃあまだ掃除してんのかな。ったく、いい加減なところで切り上げとけって言っといたのに…」
 浩之さんはつま先をコツコツならしていた。
 落ち着かないようすです。
 なぜ浩之さんはそんなにイライラしてらっしゃるのでしょうか。
「しゃーない。学校に戻るか」
「……マルチさんを捜しに…ですか?」
「当たり前だろ。他に何の理由があって、わざわざ学校に戻るんだよ」
「……当たり…前…?」
「もしかしたらどっかで迷子になってるかもしれないしな。セリオはどうする?」
「……」
「でもセリオも動いちゃまずいか」
「いえ、私も行きます」
 特にしていることもなかったので、とりあえず浩之さんと行動を共にすることにしました。
 たとえ待っていても、必ずしもマルチさんが訪れるというわけでもないようですし。
「セリオってさー、マルチと一緒に開発されたんだろ?」
「はい」
 何も話さないで学校まで行くのも気まずいと思って、わざわざ話しかけたのでしょうか。
「でもマルチって、ドジだし、泣き虫だし、なんか変なやつだよな」
「普通の人はみんなそうだと思います」
「でも、セリオもマルチも結局はロボットなわけだろ?」
「はい」
「俺さ、時々マルチと一緒にいると、普通の女の子じゃないかって、錯覚起こしてしまうんだ。泣いたり、笑ったり、喜んだりして、本当に普通の女の子に見えるんだ。なんか、不思議だよな」
「……」
 浩之さんも私と同じことを考えていました。
 でも、マルチさんに感情があるのは、そういうプログラムが組まれているから…。
 そう。
 私には入っていないシステム。
「って、…あ、そういう意味じゃなくて、セリオが…その…ロボットくさいとかそういうんじゃなくて、あわわっ。…えっと、だから…」
「……別に気にしていません。だから、そんなに慌てる必要はありません」
「…ごめん」
 しばらく沈黙が続きました。
 私はただ特に彼と話す必要がありませんでした。
 浩之さん、彼はあれからずっと黙っています。
 私も気にしていないと言ったのに…。
 なぜ彼の方が気にしているような素振りをみせるのでしょうか。
 不思議です。


   3

 あれから結局一言も話さないまま、学校に付きました。
 ……?
 校門の前にいる人…どこかで見たことがあります。
 黒くてサラサラした長い髪の…。
 いち早く気付いたのが浩之さんでした。
 即座に彼女の方へと駆け寄っていきました。
「あれ、先輩。こんなところで何してるの? もう暗くなってしまうよ」
「………………」
 …?
 黙った…まま?
「え? 一緒に帰ろうと思ってたので、ここで待っていましたって?」
 こくり。
 どうやら浩之さんのおっしゃる通りだったのでしょうか。
「あ、でも、ごめん、先輩。今日はちょっとダメなんだ。また今度一緒に帰ろう」
「………………」
 ―わかりました。また今度一緒に帰りましょう。
 そんなようなことを言っているような気がしました。
「そうそう。先輩。ちょっと頼みあるんだけど」
「………………」
 ―なんでしょうか?
「あの、マルチ……新入生でロボットいたじゃん。耳のあたりに大きい白い飾りくっつけてる小柄な感じの…」
「………………」
 ―マルチさんでしたら、先ほど自分の教室の掃除をしていました。
「あ、サンキュ。先輩」
「………………」
 ―いえいえ、どういたしまして。
 ……今、一瞬笑ったような……。
 きっと気のせいですね。

 カツカツカツカツ……。
 廊下には浩之さんと私の靴音だけが響いています。
「ったく、あいつ、いつまで掃除してんだよ」
「……」
 …焦っているのでしょうか。
 少し小走りになっています。
 ―ガラッ
「おい、マルチッ。いつまで掃除して……。あれ? マルチがいない…。教室間違えたか?」
 ……?
 机の陰に白い靴下の足が見えます。
 もしかして…。
 よく耳を澄ましてみると、とてもか細い声が聞こえてきました。
「……さ…ーん。………き…さーん」
 この声って…!
「浩之さん、あそこに誰かいるのではありませんか? きっとマルチさんです」
「…!」
 浩之さんが駆け寄ったところには、エネルギーが切れかかったマルチさんが腰をかけていました。
「マルチッ! なにやってんだよ、こんなところで!」
「あっ、セリオさん。時間に遅れてしまって、あの…ご…ごめんな…うっ…ごめんな…ひっく…ごめんな…さー…い…」
 もしかして、マルチさん、電池がなくなるまで掃除を…?
「なんでこんな時間まで掃除してんだよ。もう何処のクラスも掃除終わってるぞ」
「…あの、ひっく…でも、…みなさんが急いで帰らなきゃ…ひっく…だから…」
「マルチなあ、お前、利…んっ」
 どうしてかわからなかった。
 でも体が勝手に動いたような気がして…。
 それで、…気が付いたら、私の右手は浩之さんの口を塞いでいました。
「とってもきれいに掃除なさったのですね」
「…セリ…オさん…」
「さ、帰りましょう。研究所の皆さんが心配なさっています」
 今まで半分目を閉じかけていたと思ったら、突然立ち上がって何かを思い出したかのように。
「あっ! そうでしたっ! 早く帰らな……」
 ―フラッ
「マルチ!」
 倒れかけたマルチさんは、なんとか浩之さんに支えられて、とりあえず救われたとでも言うのでしょうか。
「あちゃー。マルチ倒れちゃったよ…」
「大丈夫です。ただのエネルギー切れです。心配いりません」
「そっか…。良かった…」
 その時の浩之さんの顔は、とても嬉しそうでした。


   4

 気が付いたら、あたりにはちらほらとあかりがついていました。
いつもの帰宅時間よりもずいぶん遅くなってしまったようです。
 
 マルチさんも無事に見つけることが出来て、やっとで帰路につくことができました。
 今は浩之さんの背中にマルチさんが担がれています。
 …こういう時、おんぶしてもらっていると言った方が適しているのでしょうか。
 マルチさんの表情もとても幸せそうです。
 人間だったら、こういうのを寝顔というのでしょうか。
「あー、バスまだこないな」
「そうですね」
 また沈黙が続きました。
 ただ私の背中の向こうでは、ゲームセンターの音が鳴り続けています。
「そういえば、さっき……」
「はい」
「どうして俺の口塞いだんだ?」
「それは…」
 それは、私にもわかりませんでした。
 逆に私が聞きたいことです。
 いったいどうしてだったのでしょうか。
「もしかして…マルチをかばった?」
「え? そうなのでしょうか?」
「違ったのか?」
「…いえ、私にもわからないのです。どうしてあの時あんなことしてしまったのか…」
 浩之さんはいぶかしい表情をしながらも、そのあと何も聞こうとしませんでした。
 また、しばらくしてから、浩之さんの方から話し掛けてきました。
「セリオやマルチの耳に付いてるそれって、えっと、何だっけ?」
「AVセンサーのことでしょうか?」
「そうそう。それって、人間とロボットの区別のためにそんな大袈裟なくらいな形になってるんだろ?」
「…はい」
「でも、俺思うんだけど人間とロボットだからって、区別する必要あるのかな」
「えっ?」
 -コノ人、何イッテイルンダロウ…。
 私の正直な感想でした。
 だって、私はロボット。
 浩之さんは人間。
 対等じゃない存在。
 人間は人が自分自身の体内に宿した生命。
 ロボットは人がつくり出した欲求。
 そんなロボットと自分を同一のものとして見ようとしている。
「俺さ、こんなこと言ったら変なやつだって言われるってわかってる。でも、やっぱりマルチ見ていたら、本当の人間に思えるんだ。どっちかというと、マルチの方が人間くさい感じするんだ。さっきも話してたけどさ、泣いたり、笑ったり、コロコロ表情変わるだろ、マルチって。そんなマルチ見てたら、ロボットだって人間みたいになれるんだって思った。マルチはきっと開発者たちの願いであんなに優しい子になったのかな」
「…私…は…」
「あ、ごめん。俺ばっかりベラベラしゃべっちまって」
「私は…マルチさんが自分に欠陥があるとよくおっしゃっていますが、私はそんなことないと思うんです。どうしてかわからないんですが…なんて言うんでしょうか。…その…」
 言葉が出ない。
 ずっとどこかがモヤモヤとした感じが続いています。
 何なのでしょうか。
 わかりません。
「本当は私の方が欠陥なんじゃないかって…」
 何だろう、この気持ち…。
 気持ち?
 私の気持ち…?
「ん? セリオ?」
 浩之さんが不思議そうな顔をして、私の顔を覗き込みました。
「…私…いつもマルチさんが羨ましかった。私はすべてを完璧に作られたはずの私なのに、どうしてマルチさんが羨ましいって思うのでしょうか。二体の試作品のどちらかを量産し、販売すると開発者達は言っていました。そのたびに私じゃなくてマルチさんが選ばれるんじゃないかって。結局私がこうしていることは無駄なんじゃないかって。…!」
 気が付いたら、マルチさんがいつも目からこぼしているもの。
 そう。涙がこぼれていた。
「…!? セリオ、もしかして…泣いているのか?」
 泣いていた。
 私もマルチさんのように泣いた。
 -クシャクシャ
「―!?」
「俺はマルチもセリオも欠陥なんかじゃないと思う」
 浩之さんは私の頭を撫でていました。
 それは、とっても心地よかった。
 すごく安らかな気持ちになれた。
「アッレェ〜? ヒロじゃなーい。何、寺女の子泣かしてんの〜」
「うげっ。志保っ!」
 志保?
 浩之さんは彼女が苦手なのでしょうか?
「明日のトップニュースよね〜」
「セリ…彼女はそんなんじゃないって」
「どうかしらね〜」
「おい、いいからあっち行ってたっ!」
「ふう。仕方ないわね。口止め料、高いからね」
「……はぁ」
 がっくりと首を落として、はあとため息をつかれました。
 よっぽど苦手な方だったのでしょうか。
「あの方は?」
「ああ、まあ幼馴染みってやつかな。中学の頃から腐れ縁ってやつでさ。そいつがまた何かと厄介でさ」
「クスッ。浩之さんにも苦手なものがあるんですね」
「ほら。バスが来たよ」
「あ、はい」
「本当に一人で大丈夫なのか?」
「はい。私には重さなどは感じないので、苦にはなりません。それに…」
「それに?」
「これ以上、浩之さんにご迷惑はかけられません。それでは」
「じゃあな」
 マルチさんを片手にバスに乗りこもうとしたとき。
「そういえば、さっきかわいかったと思う」
「…?」
「いつも無表情だけど、セリオだって笑えるんじゃないか」
「―!!」
「ほら、バス行ってしまうぜ」
「―あっ」
 お礼を言わなきゃっ。
 私は慌ててバスの窓を開けました。
 もう浩之さんの姿は小さくなってしまいました。
「浩之さーんっ! ありがとうっ!」
 私の声に気付いてくれた浩之さんは手を振ってくれました。

 私も、マルチさんのようになれるでしょうか。
 でも気が付いた時が遅かったですよね。
 だって、明日で私達の試験期間は終わってしまう。
 明後日にはもう私達はいなくなります。
 もっと早く浩之さんに逢いたかった。
 そしたら私、もっと素直になれたかもしれない。
 マルチさんのようになれたかもしれない。
 さようなら、浩之さん……。
 そう思うと、また涙が込み上げてきました。


   5

「じゃあ、行ってきますっ!」
 マルチさんは嬉しそうに研究所を出ていきました。
 行き先は…。
「セリオ、お前はいいのか?」
「結構です。私は試験的に作られたロボットです。一週間、いろいろなものに触れることが出来て、とても楽しかったです」
「フッ、そうか。セリオがそれで良いというならそれでいいんだ」
 マルチさんは最後にあの人のところへ行かれました。
 正直言って、羨ましいです。
 やっぱり私はマルチさんが羨ましいです。
 彼女は何でもこなすことができる私が羨ましいとおっしゃっていました。
 でも、それはお互いの『ないものねだり』だったのですね。

「じゃあ、一週間お疲れだった…って言ってもロボットには疲れはないんだったな」
「はい」
「ねえ、セリオさん」
 隣のベットにはマルチさんが横たわっていました。
「…本当は、セリオさんの気持ち、何となく気付いていました」
「……」
「でも私、セリオさんに負けたくなかった…。浩之さんのことが好きって気持ちは負けたくなかったの。……ごめんなさい」
 いつものマルチさんです。
 まぶたにたくさん涙を溜めて、今にも溢れてきそうで、どうしようもなくて……。
「謝らないで下さい。マルチさんは何も悪いことをしていません。『ごめんなさい』というのは、何か悪いことをした時に言う言葉です。私は何も悪いことをされた覚えはありません。だから、謝らないで下さい」
「……ありがとう…」
「それに、私にとって、マルチさん。あなたは私の憧れの存在でした。あなたと一緒にいられて楽しかったです。ありがとうございました」
「…私もです。ありがとうございました」
「また、どこかで逢えたら……」
「はい。また、どこかで……」

 ―また、どこかで逢えたら、そのときも友だちでいよう……。

-・-・-・-・-・-・-・-・−・−・−・−・−・−・−・−・−・−

初めましてです。あさぎといいます。
すごく長くなってしまって、すいませんでした。

セリオに話がついていたら、こんな感じが良いかなーっと思って書いていたんですが、
ボキャブラリーが少なくて、小説と呼ぶより、作文なんで、ダメダメです。

それでは、失礼いたしました。