ちょっと個性的な日常〜柏木家〜 投稿者: いち
「耕一ってさ、免許持ってるよな?」

 それは梓のこの一言から始まった。

 俺〜柏木耕一〜は春休みを過ごすべく、従姉妹の待つこの地へと来ていた。
『従姉妹が待つ』などと考えるのは、自意識過剰かもしれない。家族の温もり
に一番飢えているのは俺なのだ。そんな自分に照れつつも、おりを見つけては
来るようになっていた。いや、『来る』ではなく『帰る』かもしれない。

「なんだよ、いきなり...免許って車のか?」
「そうそう、ソレソレ。」
「そりゃまぁ、持ってるけどな。それがどうかしたのか?」
 近所どころか街中に名だたる美人四姉妹(性格はこの際無視だ)に囲まれて、
俺は家庭料理と家族団らんの両方を同時に堪能していた。

「じゃあさ、どうせ暇なんだろ?。あたしに運転を教えてくれよ。」

 この春、梓は地元の大学に合格した。
 何故か当初は俺の住む町周辺の大学を希望していたらしいが?。面倒見のい
い梓のことだ、口には出さないが姉妹の為だろう。楓ちゃん、初音ちゃんはさ
ておき、千鶴さんを放っていくのは勇気がいりそうだ。

「なんで、俺なんだよ。教習所に行けばいいじゃねぇか。」
 確かに暇だったが、本当のことを言われ少しムキになる。
「あ、耕一お兄ちゃん、それはね...」
「バ、バカッ、初音ッ!!」
 初音ちゃんによると、入学したものの教官をぶん殴って3日で辞めたそうだ。
「なんでお前はそういうコトするんだよ、この凶暴女ッ!!」
「だってさ、二人きりをいいことに『遊びに行こう』だの『暇な日は?』だの、
 挙げ句の果てには教えるフリして手や足をベタベタ触ってくるんだぜ?
 殴られて当然だよあんな奴ッ!!」
 そうとう頭にきていたのか、思い出して梓は顔を真っ赤にしている。
「....黙ってりゃ、お前もそれなりになぁ。」
 多少、気持ちが解らないでもない俺は、その教官(バイトの大学生だったそ
うだ)に同情しつつ言った。
「本当に...」
「......」
 同意する千鶴さん。何も言わないが、楓ちゃんも目が同意している。
「んだとぉ〜、耕一ッ!、なんだよ千鶴姉に楓までっ!!」
 立ち上がって喚き散らす梓。すでに顔だけでなく耳まで真っ赤になっている。
なんとなくサルを連想させる。
「梓お姉ちゃん、落ち着いてぇ〜。」
 責任を感じたのか、一人オロオロする初音ちゃん。
「ああもうっ!、教えるか教えないかどっちなんだっ!、耕一!!」
「俺ならいいぜ。」
「えっ!?」
 あまりにもアッサリと請け負った俺に驚く一同。
「なんだよ。教えて欲しいって言ったのはそっちだろ。」
「あ、あぁ、そりゃそうだけど。」
 梓は毒気をすっかり抜かれて、ばつが悪そうに座り直した。

 実は俺がこんなにアッサリと請け負ったのには訳があった。実際、家庭料理
と家族団らんを堪能しているとはいえ昼間はする事がなかった。
 梓にしてもそうだ。これが遠方の大学となると下宿先探しやら生活用品調達
やらで忙しいのだが...。
 要するに二人とも暇を持て余していたのだ。

「とはいえ、教えるったって広い場所もいるし、第一俺は車もってないぞ。」
 既に夕食は残らず胃に収まり、なんとなく気怠く、心地よい空気が辺りに流
れていた。
 食卓では新たにお茶菓子と五つの湯飲みが自己主張している。大きめのが二
つ。綺麗な模様のと可愛いクマ柄のが一つずつ。そしてひときわ大きく無骨な
湯飲みが一つ。
 誰もが俺用と思うかも知れないが、実は千鶴さん用だ。繊細な物だとすぐに
割ってしまうらしい。
「あ、それでしたら鶴来屋の営業車と駐車場を使ったらいかがですか?。
 すぐにでも手配できると思いますけど。」
 と千鶴さん。改めて柏木家の大きさを感じる一瞬だ。
「そういえば...」
 俺はふと疑問に思ったことを口に出す。
「千鶴さんは免許ないんですか?」
 俺が訊くと、初音ちゃんは、なにやらはっと驚いた顔をして慌てて梓の方を
見た。
 初音ちゃんと目を合わせた梓も、ちらりと俺を見て、視線を伏せる。
 楓ちゃんも俺から目を逸らしている。
 理由は分からないが、なんだか非常に気まずい空気が辺りを包み込んだ。約
一名を除いて...
「そうなんですよ。私も大学時代に取ろうとしたことがあったのですけど...
 叔父さまに反対されたんです。思えば叔父さまがあんなに真剣に反対するの
 は、あのときが最初で最後でした...何があったのかは分かりませんが。」
 不思議そうな顔をして呟く千鶴さん。
 俺は走る障害物と化した『千鶴さん イン ザ カー』を想像して、本能的
に親父の判断が間違っていないことを悟った。
 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、他の三人もうんうんとうなずいている。
「よしっ!、善は急げだ!。明日から頼むな、耕一ッ!」
 梓が気まずい空気を振り払うように言った。
「お、おうっ!、まかせとけって。厳しくいくから覚悟しろよ。」
 これ以上長引かせると『私も挑戦しようかしら?』と千鶴さんが言い出しか
ねない。アセった俺の返事は少しぎこちなかった。
「頑張ってね、梓お姉ちゃん!」
 初音ちゃんの純粋な応援が気持ちいい。
「耕一さんも...」
 楓ちゃんのいたわりが嬉しい。
「なにか引っかけても、見つかっちゃダメよ。」
 千鶴さんの忠告が心に沁みた...。


                          (終わりかな?)