少年時代 投稿者:いち
 ここにしようか、景色も良いし。
 何にする?
 えーと、俺はグラタンのセット。アイスコーヒーとで。
 ああ、バイクで逃げるシーンだろ? あれは笑えたなぁ。
 ん? あの娘(こ)は...?
 いてッ!
 いきなり蹴るかよ? 見とれてないって! あの娘は違うんだよ。

 明日を迎える度に春を実感するこの季節。
 その日は朝から抜けるような青空だった。
 こんな日はひとりゆっくりと昼寝を楽しむのも悪くない。だけど、それは次
の機会に取っておく事にした。
 二人で楽しみを分かち合うのも悪くないだろう?
 街に出て、映画を観て...という、お決まりのデートコース。
 けれど、映画が面白ければそれなりの充実感があるから不思議なもんだ。
 そして、なんとなく入った店で少し遅めの昼食──その時。
 奥で楽しそうに食事している一組の男女に、俺は気付いたんだ。

 小さいときにちょっとな...向こうは憶えちゃいないだろうけど。
 ええ?
 ダメダメ、彼女の前で話すような事じゃないんだよ。
 はぁ〜、仕方ないなぁ...。

 なんでもない暖かな春の一日。
 窓際の席はポカポカととても気持ちが良かった。


                〜少年時代〜


「かえしてよぅ〜、かえしてよぅ〜」
「や〜だね〜」
 子供の社会なんて野生動物みたいなもんだ。そう、特に男の子は。
 どこか残酷で、腕力という最も原始的な強弱で自然と群れのボスが決まる。
 で、いわゆる『イジメられッ子』だった俺は、その日も泣かされてたんだ。
「ふえぇ、かえしてよぅ〜、かえしてよぅ〜」
「へへ〜、こっち、こっち〜。ホラ、達也ッ!」
「ナイスパス! ...って、ああッ!?」
「こらーッ!!!」
「うわぁ、あずさが来たー! 逃げろー!!」
 その時、初めてその子に会ったんだ。
 そりゃもう、いじめっ子達も蜘蛛の子を散らすような大騒ぎでさ。要するに
その子が、ラスボスだったんだな。
「なにやってんだよ、あずさ! おいてっちゃうぞ!!」
「あ、こういち。コイツが泣かされてたからさ」
「おぉ、せいぎだ」
「せいぎだ」
「あ...あの...ありがとう。あずさくん」
「へへん、まかせとけって!」
「ぶははははは!」
 後からやって来たツンツン髪の大きな子は大笑いだったよ。
「『くん』だってさ。やっぱ女にゃ見えねーよな」
「ええッ!?」
 なんせ、日焼けした浅黒い肌にショートヘアでさ、その時はてっきり男の子
だと思ったんだ。つまり、俺は女の子に助けて貰ったワケだな。子供心にも、
それなりにプライドってあるだろう? 少しショックでさ。
「なんだよ、モンクあっか!?」
 ごちん!
 初対面でグーだぜ?
 ムチャクチャ痛かったし、それよりなによりビックリしたよ。
「ふぐぅ...ひぐッ、ひぐッ!」
「あ〜あ、泣かすなよあずさ。おい! オレはこういち。オマエは?」
「ひっく、ひっく、う...ささきつよし」
「つよし? なんだよ、ぜんぜんつよくないじゃん。よーし、『よわし』だ!!」
「ええ?」
「いくぞ、よわし! いいトコにつれてってやる!!」

 .....笑うなよ。
 だから話すのはイヤだったんだ。
 つづき?
 まぁ...ないことも、ないけど。
 はぁ〜、そう言うと思ったよ。
 その代わりそのピザ、一切れくれよな。

「おいよわし、少しぐらいで男は泣いちゃいけないんだぞ」
 ドンドン前を歩いていく二人に、俺は必死で着いていったよ。
 その時、こういち君がそう言ったんだ。
「そうなの、こういち?」
「男のなみだは好きな人のためにとっとくんだ!(って、父ちゃんが言ってた)」
「すきな人?」
「た、たとえば...(ちづるねーちゃんとか(ボソ))、いいんだよベツに!」
「で、でも...」
「そうだ! あたしがひっさつワザをおしえてやるよ!」
「ひっさつワザって?」
「いいか? よっくみてろよ! いくぞ!」
「あ、こら、あずさッ!?」
 グシャッ!
 梓ちゃんは少し離れたと思うと、頭を低くして猛突進さ。どこを狙ったと思
う? こういち君の...クククッ...男には、ちょ〜っと辛いトコさ。
「むぐぐ....」
「みたか! 『とっかんこぞー』っていうんだ。大きいヤツもいっぱつだぜ!」
「す、すごいや...」
「あ〜ず〜さ〜、このヤロー!!」
「へッへ〜んだ!!」
「あ、まってよぉ〜!」

 凄いだろ?
 子供って無邪気に残酷だよなぁ。
 おお、このピザ、おいしーな。
 そう急かすなって。熱いんだからコレ。
 心配しなくても、こうなりゃちゃんと最後まで話すよ。
 心して聴けよ?

「うわ〜」
「どうだ! すげーだろ? オレたちのひみつのばしょだぜ」
 着いたところは川原だったよ。でかい水門があって、大きな岩がゴツゴツし
ててさ。すごく奇麗だった。
「うひゃ〜、つめてー!」
「よわしも来いよ!」
「ええ!? 川あそびしちゃいけないって、せんせいが...」
「ばかだなぁ。いけないことほどおもしれーんだぞ」
「そうだぞ」
「そうなの?」
「あたしの父ちゃんも、母ちゃんにかくれて2ほんめのびーるのんでるもん」
「ウチは『いけないことはキモチイイぞ』なんつって母ちゃんになぐられてた」
「で、でも...」
「いいから、いいから、いくぞこういち!」
「まかせとけ!」
 二人に両脇を抱えられて、引きずり込まれたよ。
 もう全身ずぶ濡れさ。
 けど、『いけないこと』は本当に楽しかったんだ。
 梓ちゃんがピョンピョン飛び跳ねる度に水飛沫が上がってさ。
 それが太陽の光に反射してキラキラ光るんだ。
「そうだ、こういち! ワナ、ワナ」
「ワナ?」
「きのう、あたしたちがしかけたんだ! おッ、かかってる、かかってる」
「ホラ、とってみろよ、よわし」
「え、こ、こう? う、うわッ?!」
「ぶはははは!」
「どんくせー!」
 生きてる魚なんて触るの初めてでさ。
 怖々掴んだ瞬間、逃がしちまった。
「え、えへへへ」
「ははッ、わらってんじゃねーよ!」
 ごつん!
 どうしてかな?
 その時のは、あまり痛くなかったような気がする。
「えへへへ」
「ヘンなヤツぅ〜、あははは」
「えへへへへへ」
「お〜い、こっちにセミがいるぞ〜!」
「あ、こういち〜、まてよ〜。いこッ! よわし」
「うんッ!」

 あの日は遅くまで遊んだなぁ...。
 オイオイ、オチなんてないよ。
 そういやあの後、家に帰って母さんにムチャクチャ叱られたっけか。
 次の日、いじめッ子達が『梓ちゃんと友達なの?』なんて訊いてくるんだよ。
 みんな陰から覗いてたんだってさ。
 結局、みんな梓ちゃんと遊びたかったんだよな。
 達也な、何を隠そうアイツもいじめっ子の一人だったんだぜ?
 それが今じゃ親友なんだからな。
 こういち君とはそれっきりだな。夏だけ遊びに来た、親戚の子だったんだと。
 ま、その後、梓ちゃん家で色々あったらしくってさ、俺も男同士でつるむよ
うになって、だんだんとな。
 ばーか、だからそういうんじゃない...こともないか。
 初恋...かもな。けど、すぐに失恋さ。
 子供心に判ったんだよ。
 梓ちゃんの最高の笑顔は、こういち君だけのものだったんだ。
 うっさい。
 弱い分、そういうのには敏感だったんだよ。
 へーへー、どうせ俺なんかじゃ釣り合いませんよ。
 え、なんだって?
 ほほ〜、言うねぇ。
 そうだな、俺にはお前がちょうどいいよ。満足させてもらってます。
 へへへ、照れてんの...って、なに?。
 こつん!
 いてッ!?
「よう、つよし。梓直伝の頭突きは役に立ってるか? 梓には効かねーけど」
「なな、なに言ってんだ、バカ!! じゃあね、邪魔してゴメンね、つよし」
 あ...行っちゃったよ。
 うッ...なんだよニヤニヤして。意地悪いな。
 ハイハイ、嬉しいですよ。
 それにしても、こういち君だったんだな...どうりで梓ちゃんのあの顔。

 明日を迎える度に春を実感するこの季節。
 なんでもない暖かな春の一日だって?
 とんでもない!
 その日は、ちょっと歴史に残るかもしれない。

 そうだ!
 まだ日も明るいし、いいトコに行こうか?
 そう、いいトコ。
 秘密の場所なんだから、みんなには内緒だぞ?
                               (終)