○○えもん 投稿者: いち
 昼下がり。
 窓を開けっ放しにして、そよそよと流れる風を身体に感じながらの昼寝。
 ありあまる時間を無駄遣いするという、一部の人間にのみ許される幸せを俺
は満喫していた。そうだ、こういうときは...
『...え...もん。........えもん。』
 おっ!? 来たな、来たな。しかも今日の夢は次郎衛門編のようだ。
『起き...え...もん。.....えもん。』
 ふっ、ふっ、ふっ。昼寝を楽しみつつ、映画のような物語を楽しめるとは、
なんというナイスな体質。さぁ、眼を開ければラブラブな物語が始まるはずだ。
今日はエディフェル? それともリネット?
『起きろ、ドラえもん。』

「なんだとォ!!!!?」
 がばあッ!!
 予想だにしない言葉に驚いた俺は、思わずそう叫んで上半身を跳ね上げた。
 瞼を限界まで広げて最初に視界に入ったのは、美しい黒髪の少女でも、可愛
らしい少女でもなく──そこにいたのは──お前は!?
「さっさと起きろ、ドラえもん。」
「うわあっ!! なんでお前がここにいるんだ!? 柳川ッ!!! しかも、
 なんだその格好は? 妙なポロシャツに半ズボンってキミ!!」
「柳川? ふざけるな。俺はのび太だ。いい加減に目を覚ませ。」
 あくまで冷静に。しかし、ワケの分からないことを真顔で言う柳川。
「よく聞け。俺は今、ジャイアンに追われている。助けろ。お前の役目だ。」
 のび太?
 ジャイアン?
 柳川は、なに言ってるんだ?
 突然の展開に、脳の処理速度が追いつかない。なんなんだ、一体。こら柳川!
俺の服を捲るな、鬱陶しい。
 ──その時。
 スパーーーン!!
 小気味いい音を立てて襖が勢いよく開く。一瞬、梓か? と思ったが、意外
にもソコには千鶴さんが立っていた。
 襖の音で来訪者の到来を知った柳川が、キッと千鶴さんを睨む。
 入り口に立つ千鶴さんは俺の中の清楚なイメージとは少し違っていた。胸に
太いストライプの入った黄色いTシャツ、茶色の半ズボン、右手にバット──
なんだ? この妙にワイルドな格好は。だが、見覚えがある。これは...こ
の格好は!?
「のび太さん...あなたさえエラーしなければ、我がジャイアンズの勝利は
 間違いなかったのに...」
「なんだと? ヤル気のない俺を無理矢理に引きずっていったのは貴様のハズ
 だ。そのような事を言われる筋合いなどない。」
「私に反論するとは...のび太のクセに生意気ですね...。」
「やるのか? お前に俺が殺れるかな? 出番だ、ドラえもん。」
 そう言って柳川は俺の首根っこを掴むと、千鶴さんの前にずいっと突きだし
た。
「さぁ、道具を出せ。そうだ、衛生軌道上から攻撃するレーザー兵器などがい
 い。一瞬で塵にしてしまえ。」
「庇うというのなら、ドラえもんといえどブン殴りますよ。」
 千鶴さんの視線が真っ直ぐに俺を射抜く。その瞳は鬼のソレだ。
「ち、ちっ、千鶴さんまで何を言ってるんですか。俺ですよ、耕一です。ほら、
 胸に痕が...って、なんじゃあこりゃ────!!?」
 俺が胸に残る痕を見せようと、寝間着代わりに使っているTシャツを捲り上
げたソコには、4つに切ったスイカのような形をした白いポッケが付いていた。
「ま、ま、ま、ま、ま、まさか────!?」
「其処をおどきなさい。のび太さんには空き地で特訓が必要なのです。」
「イヤだといったら? 俺はこれから昼寝の時間だ。」
 バチバチバチバチ──柳川と千鶴さんの目と目が激しい火花を散らす。その
一触即発の緊迫した空気のわりに、言ってるセリフの意味は非常になごやかだ。
「あ、あの、二人とも?」
「邪魔だ。」「邪魔です。」
「ひえええええええっ!」
 俺は悲鳴を上げて這々の体で逃げ出した。背後で凄まじい轟音と咆吼が響く。
だが、俺は耳を押さえてとにかく逃げた。とりあえず近くにあった扉を開け、
中に飛び込む。
「落ち着け、落ち着け、耕一。しっかり状況を把握するんだ。」
 まるっきりワケが分からず、パニくる脳をとにかく落ち着かせる。
 俺は自分の置かれた状況を、ゆっくりと振り返った。
「ドラえもんだって? するとなにか? ここはあの世界だというのか?
 俺がネコ型ロボ? そんなはずが、そんなはずが?」
 す──っ、は──っ、俺は気を静めるために深呼吸をした。それにしても、
随分と湿気の多い日だな。もう梅雨明けも近いのになんて考えながらふと横を
見ると...、
「......(絶句)」
 ソコにはお風呂に入って硬直している初音ちゃんがいた。
「ド、ド、ド、ド──」
「はっ、は、初音ちゃん。違うんだ、コレは。事故なんだ。覗こうなんて──」
「ドラちゃんのエッチ〜!!」
「おやくそく〜。」
 ばしゃあッ! 初音ちゃんに派手にお湯をぶっかけられた俺は、ずぶ濡れに
なりながら、またも一目散に風呂場を飛び出した、一瞬目の前が真っ暗になる。
「うわっ!」
 どしんッ!
 チカチカと激しく星が瞬き、なにかにぶつかって派手に転ぶ俺。いきなり風
呂場を飛び出したため、目の前に現れた障害物を避けることが出来なかった。
「いててて....。」
 見ると、数メートル先に梓が俺と同じように転んでいる。どうやら、たまた
ま風呂場の出口にいた梓とぶつかってしまったようだ。
「お、おい、大丈夫か梓?」
 まだクラクラする頭を降り降り、俺は立ち上がろうと手を突いた──が、
 ガクガクガクガク
 俺の足は激しく震え、てんで力が入らない。
 なんだ? どうなってる? そりゃ、かなり激しくぶつかったが、こんなに
なるわけが?
 俺が身体の異常に戸惑いを憶えている目前で、ゆっくりと梓が体を起こす。
「あ、オイ梓。妙なんだよ、力が入ら...な.......」
 ガクガクガクガクガクガクガクガク
 梓がゆっくりと近づいてくる。するとますます俺の震えは激しくなっていっ
た。もはや、自分の動悸が耳で聞こえるほどだ。
 な、なんだ、この恐怖は。なんでこんなに梓に恐怖しなければいけないんだ。
あ、いや、怖いときはメチャクチャ怖いが。けど、あのときはメチャクチャ可
愛いし。って、ナニ考えてんだ。動転してるぞ、俺。
 はッ!?──その時俺は気付いた。そう、その恐怖の正体に。いつもの白い
ヘアバンドとは違う、顔より大きな丸が二つ付いた黒い髪飾り。赤と黒を基調
にした洋服。妙にでかい靴。もしもここがあの世界で、俺がネコ型ロボなら。
梓の──東京のとある大きな遊園地の人気キャラクターであるその格好は!?
「なんで、あたしだけ動物なんだチュ〜。」
「う〜ん、ネズミ〜。」
 梓の言葉と、俺の目の前が白く霞んでいくのは、ほぼ同時だった。

 がばあッ!!
 俺は勢いよく上半身を跳ね上げた。
 瞼を開けて最初に視界に入ったのは、いつもと変わらぬ部屋と、布団代わり
に腹に掛けていたバスタオルだった。
 庭ではミンミンとセミの鳴く声が夏を倍増させる。俺のTシャツは、寝汗で
びっしょりと濡れていた。
「なんて夢だ...ふぅ、シャワーでも浴びるか。」
 俺は一人呟き、のそのそと風呂場へと向かった。風呂場の戸を開けるとき、
一瞬躊躇したが、風呂にしずかちゃ...もとい、初音ちゃんはいなかった。
 シャァァァ────ッ
 温度を少しぬるめに設定し、シャワーを浴びると、次第に頭がハッキリとし
てきた。
 先程の突拍子もない夢を思い出し、どうせドラえもんになったんなら、もっ
と楽しむべきだった、なんて思いながら俺は笑う。それにしても、まさか千鶴
さんがジャイアンとはね。俺の潜在意識がそうさせたのか?
 サッと体を拭き、まだ雫のしたたる髪をタオルで拭きながら廊下を歩いてい
ると、学校帰りの楓ちゃんがいた。
 そうだ、さっきの夢の話をしたら、楓ちゃんは一体どんな顔をするだろう?
そう思った俺は、前をトテトテと歩く楓ちゃんの背中に声をかける。
「お〜い、楓ちゃん。」
 ピタッ。楓ちゃんの歩みが止まる。
「俺、さっき夢を見てさぁ。それが傑作なんだよ。」
 ゆっくりと楓ちゃんが俺の方へ振り向く。
「あの千鶴さんが誰だったと思う? なんとジャイア────!!?」
 楓ちゃんの顔が俺に対して90度の角度になった時、俺の言葉はドコでもド
アを開き、タイムマシンに乗って、あさっての方向へとスッ飛んでいった。
 少しつり目気味で吸い込まれそうな黒水晶の瞳。思わず触れてみたくなる柔
らかそうな唇。美少女という言葉はこの子のためにあるのでは、と思わせる顔
はそのままに、ツヤツヤとした千鶴さんに優るとも劣らない漆黒の髪が楓ちゃ
んのおでこから一直線に、ズドンと前に突き出していた。しかも髪の先はギザ
ギザに分かれている。
「う、あ、あ....。」
 すっかり振り向き、正面を向いた楓ちゃん。その突き出したリーゼントが俺
の心、いや、精神を圧迫する。
「ま、まさか...スネ夫?」
「......。(コクリ)」
 楓ちゃんの肯きと同時に、再び視界が白くぼやけていく。薄れゆく意識の中
で俺は、『せめてドラミなら...』とあいかわらずバカなことを考えていた。

                               (終)