ちょっと個性的な日常〜柏木家〜(免許編・第四段階) 投稿者: いち
「え〜っと、これが一時停止でしょ? んで、これが駐車禁止っと。」
「ほ〜、そういやこんな標識もあったなぁ。」
「...耕一、あんたそれでよく免許取れたもんだね。」

 ここは梓の部屋。
 梓は学科試験に備えて、道路標識などを憶えている。始めこそ一緒に参考書
を覗いたりしていた俺だったが、これといって手伝うこともなく、参考書にも
飽きたので、なんとなく部屋を見渡して、暇を潰せるエモノを探していた。
「クマのぬいぐるみじゃあ、遊びようがないしなぁ〜。かおりちゃんじゃある
 まいし、布団に抱きついても楽しくないしなぁ。ん〜...。」
「しれっと怖いこと言わないでよ。そこの漫画でも読んでたら?」
「漫画? ああこれか...なんだよ、少女漫画ばっかじゃないか。うわっ!
 ベタベタだなこりゃ..オマエこんなのが趣味なのかぁ? キャラクターに
 合ってないぞ、どこかに『北○の拳』を隠してるだろ? お〜い、どこだ?
 『北斗○拳』は?」

 ズどむッ!!

「ぐうぉぉ......ぉ........」
 どてっ腹に梓の強烈なボディブローを喰らって悶絶する俺。梓は何事もな
かったかのように座り直すと、また参考書に目を移す。
「いきなりなんてコトするんだッ、この凶暴女ッ!!」
「人が一生懸命、勉強してる横でガサガサうるさいんだよッ! しかも、なん
 だよ『北○の拳』ってのは。あたしがナニ読もうと勝手だろッ!」
 フンッっと鼻を鳴らし、そっぽを向く梓。
「だいたい、なんでアンタはあたしの部屋にいるのさ?」
「うっ...だってなぁ〜、TVは特番ばっかで面白くないし、楓ちゃんと初
 音ちゃんは勉強中だし、千鶴さんはお風呂だし...。」
「はぁ〜...」
 梓は手のひらを上に向け、やれやれという仕草をしながらため息をつく。
「しょうがないなぁ〜、だったら参考書から問題でもだしてよ。」
「おっしゃ!!」
 とりあえず、やる事を見つけた俺は気合い十分に返事した。

「まずは『進路変更をする時は、ゆっくりと落ち着いて左右を確認する』」
「○(マル)。」
「ブブー、正解は『素早く的確に』でした。」

「次ッ『横断歩道を横切る時は、横断者の邪魔にならないように素早く横切る』」
「こんどこそ○(マル)!!」
「またもやブブー、正解は『横断者が横断するまで待つ』でした。」

「なんだよ、全然ダメじゃないか。」
 俺はさっきのお返しとばかりに、やれやれという仕草をしながら言った。
「ぐっ...なんなんだよ、その問題は。間違うに決まってるじゃないのさ!」
「俺に言っても仕方ねぇよ、そんなこと。免許の試験はこういうモンなんだよ。
 要は『引っかけ問題』にどれだけ引っかからないか、なんだ。」
 梓はなんだか釈然としない顔でこっちを見ている。

「いいか次いくぞ? 『線路を横断するときは一時停止の後、一気に横断する』」
「フフフ...この梓さんを、いつまでも手玉に取れると思ったら大間違いだ
 よ、耕一。答えは×(バツ)!! 正解は『ゆっくりと慎重に横断する』だッ!!」
 梓はちょっと考えてから、勝ち誇ったような顔をして答えた。
「ブー!! 答えは○(マル)。フフフ、俺の勝ちだ。所詮はお釈迦様の手の平
 で踊る孫悟空だな。」
 得意満面。俺の勝利宣言が炸裂する。
「キーーーーーーーーーーーーッ!! 殺すッ、絶対コロスッ!!」
「わっ、ばかっ、やめろって!」
 遂に逆上した梓が、俺に掴みかかってきた。こんな調子で、いつものじゃれ
合いが始まるのだ。俺はこんな梓との『兄弟みたいな関係』が気に入っていた。
 ...のだが、

 ガチャッ!

「耕一お兄ちゃ〜ん、梓お姉ちゃ〜ん、ちょっと休憩し....ええッ!?」
 扉が開いて、お盆にお茶の湯飲みを乗せた初音ちゃんと、お茶菓子のお皿を
持った楓ちゃんが顔を出した。しかし、初音ちゃんは大きな目を一杯に開いて、
楓ちゃんは表情を凍り付かせて、そして二人とも一様に硬直している。
「?」「?」
 俺と梓は一瞬、なぜ二人が硬直しているのか解らず、キョトンとした。
 なんだ? そんな驚かれるような事をした憶えはないけどな...って、
「ああッ!?」
 俺と梓は同時に気が付いた。

 <状 況>              <推 理>
 仰向けの俺と馬乗りになる梓      二人はそういう仲
 衝撃で胸までめくれる俺の服      まさに脱ぐ途中
 怒りで真っ赤な梓の顔         恥じらいで赤く上気している
 首を絞める梓の腕           抱きつこうと手を伸ばしている
 梓の腕を抑えて防御する俺の腕     梓を迎える俺の腕

 ハッキリ言って、オレ達が『いけないコト』をしていたという結論を弾き出
すには十分すぎる状況だった。
 初音ちゃんは既に涙目になっている。
「ううっ、ううっ...そういうことは...」
「あ、あの、あのね初音、ま、まだやってないのよ。」
 動転して、とんでもないことを口走る梓。
「みんなが寝静まってからにした方が良いと思うよぉ〜。」
 ダダダダダッ! バタンッ!!
 ダッシュで自室へと帰っていく初音ちゃん。純粋無垢な初音ちゃんには刺激
が許容範囲を超えてしまったようだ。
 うっ...そういえば...もう一人...。
「あの〜、楓ちゃん、あの...ね。」
 ピクリとも動かず、じっと見つめたまま硬直する楓ちゃんに話しかけた。
 その時、楓ちゃんの手がスーッと上がったかと思うと、

 ぱく、ぱく、ぱく、ぱく...

 手にした皿の上の栗ようかんを無表情のまま、口に運ぶ。
 ああっ!? やっぱり完全に気が動転している。
 楓ちゃんは、一切れ一切れが贅沢にかなりぶ厚く切られているようかんを、
瞬く間にすべて平らげてしまった。
「...うぷっ」思わず胸焼けを覚える俺。
 クルッ、スルスルスル...パタンッ
 きびすを返すと、楓ちゃんは音も立てずに部屋に帰っていった。
 シーーーーンッ.....
 後には静寂した空気だけが残された。

「『まだ』ってなんだ、アズサーーーッ!?」
 だが、静寂は数秒も保たなかった。
「二人とも完全に誤解しちゃったじゃないかッ!!」
「ど、ど、ど、どうしよう、耕一!?」
 梓まで動転してオロオロしている。なんのことはない、要は梓もこういう事
に免疫がない女の子なのだ。
「どうしようも、こうしようも、うッ!!」
 ゾクッ...体育館の壁に素肌を貼り付けた時のような悪寒が背筋に走り、
俺は恐る恐る背後に視線を向けた。そこには、庭へと面する窓ガラスの隙間か
ら、燃えさかる炎の目で中を覗く千鶴さんの姿があった。
「ち、千鶴姉。」
 梓が呟いた。
「ち、千鶴さん。」
 追うようにして、俺も呟く。二人とも声がうわずっている。
 ガラッ!
 千鶴さんは『よっこいしょ』と窓枠を乗り越えて部屋に入り、ガラスを閉め
た。そして、なにも答えず部屋の中央まで歩いてくると、そこで立ち止まった。
 うっすらと嫉妬の炎を燃え上がらせた目で、じっと俺のことを見つめる。
「...立ち聞きしてたの?」
 怯えながら俺が訊くと、
「...梓が抱きついたところから。」
 ごうッ!!
 俺は千鶴さんの背後に紅蓮の炎が立ち上るのが確かに見えた。
 『なんで、庭から?』と疑問に思ったりもしたが、いまの千鶴さんにそれを
訊く勇気と度胸は俺にはない。
「私が迂闊でした。いくら仲のいい兄弟のようとはいえ、二人は年頃の男女。
 狭い部屋に二人きり...自然にあんなコトや、こんなコト、ああっ、まし
 てやそんなコトまでッ!!(ポッ)」
 自分の想像に頬を赤らめる千鶴さん。
 さすがは年の功。状況推理だけで終わった年少組の二人を軽々と追い抜き、
話は想像の世界へと進んでいるみたいだ。
「だ、だから、誤解だって...千鶴姉?」
「いいえッ! 私も柏木家を預かる身。若い二人の衝動的な『過ち』をくい止
 める責任があります。よって、私も同席させていただきますッ!!」

「スーーーッ、スーーーッ....」
 さっきから、千鶴さんが梓のベットで安らかに寝息を立てている。
 しばらくは目を光らせていた千鶴さんだったが『湯冷めするといけないから』
という梓の薦めで布団に入ると、3分と経たずにすっかり熟睡してしまった。
 さすがは付き合いの長い梓だ、と俺は感心した。千鶴さんの事をよ〜く解っ
てる。
 千鶴さんも単なる天然ボケのようで、これはつまり梓を信用しているってい
う事なんだよな。
 楓ちゃんに初音ちゃんも明日説明すれば、すぐに解ってくれるだろう。
 バタバタと忙しかったが、最後に千鶴さんの寝顔も見られた事だし、今日も
良い一日だったな。本棚の奥から見つけた『魁!!男○』を眺めながら、俺は
そんなことを考えていた。

                              (終)