ちょっと個性的な日常〜柏木家〜(免許編その2)
投稿者: いち
 夢。

 夢を見ている。
 暗い部屋で、四人の鬼の娘が大騒ぎしている夢だ。
 俺は一瞬、またも記憶を共有しているのかと思い、はっとする。だがしかし、
それは見たこともない宇宙船の操縦室らしきフロアだった。赤い光が激しく点
灯している。

 リズエルと呼ばれている女性がオロオロしている。
 アズエルと呼ばれている女が操縦桿らしき装置をガンガン殴る。
 エディフェルと呼ばれている女の子が黙々となにかを捜している。
 リネットと呼ばれている女の子がなにかに必死に呼びかけている。

 ...なんだかおおごとになっているみたいだ。

 リズエルが「えいっ!」とスイッチを押した瞬間、どこかで爆発音がした。
 アズエルが操縦桿をブッ壊した挙げ句、開き直った。
 エディフェルが見つけた救命胴衣をちゃっかり着込んでいる。
 リネットが遂に泣き出した。

 十数人の鬼達がそんな娘達を遠巻きに涙目で見ている。口出ししようものな
ら、とばっちりを食うことは本能で分かった。さりとて我が身に降って湧いた
不幸に呆然としていも仕方ない。誰からともなく神に祈り出す。

 そして宇宙船は近くの星へと吸い込まれるように墜落していった。

 ガバッ!
 俺は勢いよく布団から上半身を跳ね起こした。
「うおっ!」
 瞼を開けて最初に視界に入ったのは、今にも敷き布団をひっぺ返そうとして
いる梓の姿だった。
「なんだよ、ビックリするじゃないかッ!。今日は鶴来屋で車の練習だからなッ!、
 さっさと飯食って支度しろよッ!」
 梓は捲し立てるようにそれだけ言うとのっしのっしと部屋を出ていった。
 そういえば、そんな約束をしたっけな。
 それにしても今の夢は...昨晩、初音ちゃんと観た、SFアニメの影響だ
ろうか?。かなりリアルな映像だったが...『のっしのっし』なんて表現、
普通の女の子に使わないよな...などと、寝起きの頭でとりとめもない事を
考えつつ、俺は居間へと向かった。

 数時間後。鶴来屋の駐車場に俺と梓、それに千鶴さんと足立さん(現鶴来屋
社長で千鶴さんの補佐をしている人だ)の姿があった。目の前には、大きく、
『鶴来屋』と描かれた車が一台停まっている。
 これが『柏木とうふ店』だったりすると喜ぶ人も多いんだろうな。
 今のは作者の独り言だから忘れてくれ。
 足立さんが手配してくれたのだろう、辺りに車は一台も停まっていない。練
習するにはおあつらえの広さだった。
「今日は貸し切りにしておくよ。壊すぐらいのつもりで遠慮無く使っていいか
 らね。それにしても、あのアッちゃんがもう大学生かぁ〜。」
 足立さんは昔の梓を思いだしているようだ。梓も少し照れている。俺の知ら
ない四姉妹を知る足立さんに、俺は少し嫉妬してしまった。
「いい、梓。足立さんはああ言ってくれてるけど、あまり無茶してはダメよ。」
 心配性の千鶴さんがクギを差す。
「わ〜かってるって、千鶴姉。ささ、仕事があんだろ。行った行った。」
 梓は手をヒラヒラさせて千鶴さんを追っ払った。

 俺と梓は、二人が見えなくなるのを確認すると、早速車に乗り込んだ。
 まずは各所の説明から始める。一応、3日は教習所に通っていたワケだし、
これくらいは簡単にクリアだと思っていた、が。
「...で、ハンドルのここがクラクションだ。最近の車のハンドルはだな、
 『パワーステアリング』って言って...」
「なんだよ、パワーがいるのか?。力なら任せとけって!!」
 瞬間!、梓の体がシートにずぶずぶと沈む。
 質量を無視して、体重が何倍にも膨れ上がる!
 梓はハンドルを鷲掴みしたかとおもうと、おもむろにぐりっと回転させる!
 ハンドルの付け根から、生命の炎が散る輝きが...!!

 ...ベキッ。

 本来の役目を果たすことなく、数本のコードにだらしなくぶら下がるハンドル。
「っこのバカッ!。いきなり鬼のフルパワーで回すか、普通ッ!?
 これは『力』があまりいらない装置なんだよッ!」
「耕一がまぎらわしい名前付けるからじゃないかッ!!」
 いや、そんな事を俺に言われてもな。
『梓姉さんは機械オンチだから...』朝の楓ちゃんの言葉が脳裏をよぎる。
「実行型だ...」
 俺は直感した。

 機械オンチには大きく分けて二種類いる。命令型と実行型だ。
 命令型は、自分が機械オンチであることを認識した上で、敢えて危険を犯す
ことを避け、周りにいる人間に操作を命令、もしくはお願いするタイプだ。当
然、永遠に使い方を憶えることはない。
 実行型は、とりあえず自分で触ってみるタイプだ。そういう意味では前者よ
りも前向きであるといえる。ただし、破壊を伴うことが多い。しかも、ごく稀
に使えるようになったりするので、自分が『機械オンチ』であることに気付い
ていないケースもある。
 梓の場合、ケンカっ早い性格、鬼の腕力から、不純度ゼロのピュアな実行型
機械オンチと判断できた。しかも破壊パーセンテージは90以上だろう。

「...足立さんも、まさか5分で壊すとは思ってなかったろうな...」
「ぐっ...」
 足立さんの名前を出され、ひるむ梓。
「ま、まぁ、過ぎたことを言っても仕方ないじゃないか。ここは前向きにいこ
 うぜ、耕一。これで本当に遠慮なく使えるってモンだよ。ささ、次だ次。」
 初めっから遠慮なんかこれっぽちもしてないクセに...少しめまいを憶え
つつそう思ったが、仕方なく説明を再会する俺。
「このスイッチがパワー...いや、電動ガラス窓開閉装置だ。」

 その日の夜。俺と楓ちゃんと初音ちゃんの三人は台所のテーブルで黙々と夕
食を食べていた。
 居間から騒々しい声が聞こえてくる。
「もうっ、アズサッ。なんでそんなに乱暴なのあなたは。」
 あの後、すべての説明が終わる頃には、タイヤ止めのネジはねじ切れ、方向
指示機は途中からへし折れ、サイドブレーキは元に戻らなくなっていた。
 『ごめんなさい』と書いた紙が貼られた無惨な車の前で、真っ白になってい
る足立さんの姿を数人の鶴来屋従業員が目撃したという。
「あなたは昔っからそうよ。自転車だって、何台壊したことか。お姉ちゃんは
 悲しいわっ。」
 千鶴さんが涙声で言う。
「どこで育て方を間違ったのかしら...?」
「なんだよっ!」
 今まで黙っていた梓がついに反論する。
「千鶴姉だって相当のモンだったじゃないかっ。周りを確認しないでマイペー
 スに運転するモンだから、何台の車がとばっちりを受けて事故ったと思って
 るんだッ?。裏では『ハイウェイスター』なんて呼ばれてたクセにッ!」
 おお、初耳だ。
「あら、そうなの?。でも、ちょっとカッコイイかも。」
「『そうなの?』じゃないよ、この偽善者ッ!」
 食事組三人の箸がいっせいに止まった。
 居間から冷たい空気が流れてくる。
「あ・ず・さ・ちゃん?」
「ヒィッ!!」
「か・く・ご・は・い・い・か・な?」

 カチャ、カチャ、カチャ...
 食事を再開する三人。
 居間からは女性の悲鳴が聞こえてくるが、それもすぐに収まるだろう。
 多分、明日のレッスンは中止だな。
 俺の頭の中は、すでに明日の時間の潰し方でいっぱいだった。

                              (つづくかも)