慕情 投稿者: あり
「・・ただいま」
 玄関のドアが、がらっと鳴り誰かが帰ってきたようだ。
 この声は・・
 しかし、いつもより少しだけ覇気が欠けていた。
 オレはごろっとテレビを見ていた体を起こして玄関の方へ行く。
「お帰り、初音ちゃん」
 初音ちゃんはちょうど靴を履き替えた後だった。
「あっ、お兄ちゃん・・」
 少し寂しげな顔をして俺に微笑みかける。
 いわゆる作り笑いというやつだ。
「初音ちゃん・・・何かあったの?」
 さっきのただいまの声と今の表情でオレは初音ちゃんの心情を読みとれた。
「えっ?なにも・・だけど・・」
 少し表情に曇りがかかる。
「・・なら、いいんだけど」
 問いつめるのも何かかわいそうなので追求はやめることにした。
「でも、オレにできることがあったら何でも言ってよ」
 と言って、にかっと笑う。
「うん、ありがとうお兄ちゃん」
 今度は作った笑顔じゃなく、心からの笑顔だった。    


 夕飯を食べているときに不意に梓が言った。
「そう言えば、明日は隆山の夏祭りだな」
「そうか、もうそんな季節か」
 ここ最近祭りというものはご無沙汰だったオレは、昔に行った祭りをおぼろげに思い出した。
 たしか・・
「梓・・そう言えばおまえ、昔金魚すくいの水槽の中へ落ちたっけな」
 にやにやしてオレは梓を見る。
「い、いや、あれは、その・・・」
 顔を真っ赤にして弁解をはかろうとするがなかなかうまく言葉が見つからないらしい。 
 たまに可愛いとこ見せるんだよな。
「そうそう、あの時は大変だったわね。・・・はぁ、梓もあの時はもっとかわいげがあったのにね」
 千鶴さんがしみじみ回想する。
 梓はと言うと、さっきの恥じらった顔とは一変して、キッと鋭い目で
「じゃあ、今は可愛くないって言うのかよ!」
 と、声を張り上げる。
「そうは言ってないわ、梓ちゃん。ただ、昔は水浸しになって泣いて可愛かったねって言いたかったのよ」
 ここぞとばかりに千鶴さんは攻撃する。
「ばかばか食うだけの千鶴姉よりましだろが!!」
 うっ・・・・
 梓、それは禁句だ。
 そして最後の切り札じゃないか!(?)
「焼きとうもろこしに、いか焼きに、たこ焼きに、りんごあめに、チョコバナナやおまけにハニーカステラなんて、ちょっとは歳考えろ!!」
 梓・・・なんて勇気が有るんだ。
「軟骨も・・」
 楓ちゃんまで・・
 
 そしてセオリー道理に温度が下がったのは言うまでもなかった。 


 ・・やっぱりおかしい。
 オレはテレビを見ながら考えていた。
 いつもなら、梓と千鶴さんの喧嘩を止めにはいるはずの初音ちゃんが、一言も喋らなかった。
 落ち込んでいるような、悩んでいるような、そんな深刻な表情だった。
 楓ちゃんでさえ、小競り合いを見て微笑んでいたのだが・・
 やっぱ、何かあったのだろうか・・・
 ・・と、そんなことを考えていたら、
「お兄ちゃん・・・」
 後ろから声がした。
 振り返ってみると、そこには言わずと知れた初音ちゃんが立っていた。
「ん?何?」
 下手な警戒心を持たせないようにいつもより優しく受け答えたつもりだ。
「あの・・・お話があるんだけど・・今いい?」
 伺うような顔をして初音ちゃんは俺に尋ねる。
「うん、いいよ、俺も少し話したいし・・」
 そしてオレは、初音ちゃんの部屋に呼ばれた。     

 がちゃ
 目の前のドアが開いた途端、何というか、とても幸せなにおいがしてくる。
 とても言い表せない、ただここにいるだけでオレは幸せだと感じることができるにおいだった。
 と、オレが浸っていると、
「どうしたの?」
 この部屋の主の初音ちゃんが少し心配そうな顔で訊ねてくる。
「え?い、いや、あ、おじゃまします」
 あからさまに動揺してしまった。
 いかんいかん、オレはもう二十歳をこえてるんだ。
 こんな1X歳の従妹にドキドキするはずが・・
 だ、だめだ・・・1X歳は、犯罪の領域だ!!
 オレはまだ、捕まりたくない!!
 そうだ!!千鶴さんだ!
 千鶴さんを思い出せ!
 千鶴さん・・千鶴さん・・・千鶴さん・・・
 あー、大人の女性っていいな・・
 梓の胸・・梓の胸・・梓の胸・・(胸かい!!)
 あー、ふくよかで気持ちよさそう・・
 よし戻ったぁぁ!!
 オレは、禁断の領域に足を踏み入れるのをとどまった。
 そんなオレの葛藤を知ってか知らずか、初音ちゃんは言うなれば頭に?マークを乗せているようにきょとんと俺の方を見ていた。
 くぅぅぅ、千鶴さん!!梓の胸!!オレをまもってくれぇぇ!!

 初音ちゃんの部屋は、前に入ったときと配置は変わっておらず、ファンシーと言った言葉がぴったりのかわいらしい部屋だ。
 俺は適当なところに座り早速、気にかかっていることを聞く。
「初音ちゃん・・何かあったの?」
 いきなり核心を突くオレ。
 そんなオレに、初音ちゃんはばつが悪そうに苦笑いをしてオレに四枚もの手紙を渡す。
「あの・・これ、今日、同じ学年の男子からもらったんだけど・・・」
 見ると真っ赤な顔で初音ちゃんは俯いている。
 手紙の内容はと言うと・・
 ・・・・
 ・・・・
「ほぉー、初音ちゃん」
 オレは感嘆の声を上げる。
 それは、すべて、俗に言うラブレターというものだ。
 色々な言葉を着飾って、頭を振り絞って書いたのだろうか。
 しかし、一生懸命書いた手紙をほかの男に読まれてるなんて夢にも思わないだろうな・・・こいつら。
 しかしまぁ・・・よくもこんなこと書けるもんだな。
”あなたは私の天使です”
 ・・・ほうほう
”あなたの微笑みが僕を動かす動力です”
 ・・なーに言ってんだか  
”あなたさえいれば、僕は何も要らない”
 相当熱入ってんな・・
”初音・・オレはおまえが好きだぁ!”
 ほう・・男らしいが、初音ちゃんを呼び捨てにするとは・・・ムカ
 ん?ムカって何だ?
 と言った文面に共通するもの。
 それは、明日の夏祭りに誘っているということ。
 そして、オレはすべてを読み終えたときに、何かこう、やるせない感情がわき上がっていることに気付く。
 嫉妬か?いやいや・・
「・・初音ちゃん」
「は、はい!」
 初音ちゃんは何か緊張しているようだ。
「んで、オレに相談って?」
 平静を装いながらも話を元に戻した。
「う、うん・・・」

 初音ちゃんの悩みを要約すると、相手を全部断りたいそうだ。
 そして初音ちゃんはその断るための理由がないと言う。
 んで、その理由をどうしようかとオレに相談したという。
 しどろもどろになって初音ちゃんはオレに一生懸命説明した。
「初音ちゃんはこう言うことにはあんまり慣れてないんだな」
 と初音ちゃんは真っ赤な顔をしてこくんと頷く。 
「よしよし、お兄さんに任せなさい」
 と言って、まるで教育番組のお兄さんみたく話す。
「まずこういうふるとかふられるっていうのはふる方が何倍も辛いってことを覚えておくんだ」
 初音ちゃんは聞き入っている。
「一見ふる方が楽かもしれないが、ふる方というのは相手の今までの感情を踏みにじることになるしね」
 こういうことなら何かの本の受け売りで何とかなりそうだ。
「まず、相手を傷つけずにふるというのはよほどのことじゃないとできない。初音ちゃんのことだから、相手を傷つけまいとして断ろうと思っているから困ってるんだろ?」
 と聞くと
「・・うん」
 と素直に答える。
「初音ちゃんは優しいからな・・でも、その優しさは恋愛においてはただの相手の傷に塩を塗ることになってしまう。だから、ここで「友達なら・・」なんて言葉は禁句なんだ。どうせならずばっとふられた方がましだ」
「・・・・」
「でもそんなことは初音ちゃんにできるわけがない。と言うことで残る手段は一つ・・」
「ひとつ?」
 オレの言葉に反応するように初音ちゃんは繰り返して言った。
「そう、諦めさせること」
「・・・・」
「うーん、ま、月並みに彼氏がいる、とか祭りの件だったら家族と一緒に行くとかね」
「・・・・」
「そうすれば・・多分いいと思う。確信は持てないけどもね。それでもダメだったらまた何か作を考える。と言うことで、柏木耕一恋愛講座終わりです」
 ぺこっとお辞儀するまねを見せると初音ちゃんはすかさず拍手してきた。
「どう?少しはためになった?」
 初音ちゃんはぶんぶんとオーバーなかぶりをして
「お兄ちゃんすごい!すごくためになったよ」
 目を輝かせて言った。
 うっ・・・可愛すぎる!!
「そっか、そんな手があったんだ・・・早速明日使ってみるね」
 いやいや、1X歳だし・・・あぁ、千鶴さんっ!
「お兄ちゃん?」
 梓の胸は何センチなんだ?あの角度から見ると・・いやいや、正面からでも結構・・
「おにいーちゃん!」
「えっ?あっ、初音ちゃん」
「どうしちゃったの?」
「えっ?い、いや、何でもないよ、何でもね、あはははは」
 間違っても本当のことは言えない。
 乾いた笑いが初音ちゃんの部屋に響いた。


次の日・・
 
「頑張ってね!」
 オレは玄関までだが初音ちゃんを見送って激励する。
「下手な同情はかえって毒になることを覚えておけ!」
「はい、先生!」
「鬼だ、鬼になるのだ!!」
「鬼?」 
「あ、いや、とにかく行ってこーい!」 
「いってきまーっす!!」
 と言って元気よく初音ちゃんは登校した。
 やっぱ、あの子にはあれくらいの元気さが似合うな・・
「・・耕一さん」
「おっ?楓ちゃんももう時間?」
「はい」 
「んじゃあ、頑張ってね」
 と言ってなでなでしてあげると、
「あ・・」
 と言って、顔を赤らめる。
 ・・・・
「あの、時間が・・」
「えっ?あ、ああ、ごめんごめん、ついついやりすぎちゃったね」
「い、行って来ます」
「いってらっしゃーい」
 ・・・
 初音ちゃんもいいけど、楓ちゃんのお淑やかさも捨てがたいな・・
 ・・・・
 って、楓ちゃんも1X歳じゃないっすか!
 やばいやばい
 

夕方

「ただいま・・」
 初音ちゃんが帰ってきた。
 オレは少し急いで玄関へ向かう。
「お帰り、どうだった?」
「うん・・・」
 この表情からすると・・
「ダメ・・だったの?」
「・・半分くらい成功かな」
 と弱々しい微笑みを見せる。
「半分?」
「うん・・・・」

 私服に着替えて初音ちゃんはオレの部屋に来る。
「んで、半分って?」
 オレは確かめるように聞く。
「うん・・それがね、そんなんじゃ納得いかないって」
「はぁ?」
「その彼氏って奴を、夏祭りにつれてこいって・・・」
「なんじゃそりゃ」
 なんてあきらめの悪い奴らなんだろう。
 ・・ま、でも、そう断るからにはそう言う展開も有るわけだしな・・・
「あの、その、それで、その彼氏をどうしようかなって・・・」
 真っ赤な顔でもじもじしながら言葉を繋ぐ初音ちゃん。
 くぅぅぅぅぅ
「初音ちゃん!!」
「は、はい」
 緊張したような返事だった。
「オレが行ってもいいかい?」
「えっ?」
「だってさ、半分オレの責任でもあるわけだしさ、その、彼氏ってのをさ、オレがさ、やってもいいかなってことなんだけど・・」
 今度はオレがどぎまぎしてしまった。
「ほ、ほんとう?」
「うん、オレでよければ」
「で、でも・・悪いよ・・」
 ホントにこの子は・・
 それなら・・
「オレと一緒に行ってくれないか?」
 オレは初音ちゃんを直視する。
「お兄ちゃん・・・」
「なっ!」
「うん!」
 初音ちゃんはにこやかだったが少しかげりがあると思ったのは思い過ごしだろうか。
 何はともあれ、そんなことで初音ちゃんの役に立つのならオレは大歓迎だなと思った。

「お待たせ」
 オレについては特に男物の浴衣だったので時間はかかることはないのだが、女性物は何かと時間がかかるものだった。
「おっ・・」
 俺は思わず感嘆の声を上げてしまった。
 いやはや、なんとまた・・・
「な、なんか恥ずかしいな・・・」
 オレの視線に気付いて身をよじる初音ちゃん。
 初音ちゃんはお世辞には大人っぽいとは言えないが、とても色っぽかった。
 小悪魔チックで妖艶な色気があって・・・もうたまんねえ!
「変かな?」
 なにやら心配そうな顔で頬を赤らめて訊ねる。
「そんなことない。可愛いよ、初音ちゃん」
 オレは飾らずありのままの俺の気持ちを伝えた。
「そ、そう・・かな」
 と言って、またもじもじとなる。
 その瞬間、オレの中の梓の胸が消えたようだ。
 あと、千鶴さんという存在だけがオレを禁断の領域へ行かせまいと必死こいている。
「どうしたの?」
「いや、何でもない、行こうか」
「・・・うん」
 少しトーンが低い返事だった。

 
 柏木家から祭りの会場へは余り遠くなかった。
 夜とはいえまだ7時ぐらい。
 まだ少し無節操な蝉の声が聞こえる。
 この方角から祭りの会場へ行く人は少なくオレ達以外は2,3人ほどしかいない。
 オレは横に並んでいた初音ちゃんがいつの間にか後方にいることに気付いた。
「初音ちゃん」
「・・・・・」
「初音ちゃーん」
「えっ?」
 考え事をしてるように下を向いていた初音ちゃんが顔を起こす。
「どうしたの?」
 心配そうな顔で訊ねると、
「ううん、何でもないよ・・」
 予想道理の答え。  

 久しぶりの光景に、オレは圧倒されっぱなしだった。
 行き交う人にその両端に並ぶ夜店。
 人々の話し声に負けずと夜店の店員は声を張り上げる。
 だだをこねる子供とあやす親。
 カップルも大勢オレ達の横を通り抜ける。
 こんなに隆山に人はいたのだろうか。
 ほかの所からも来ている人もいるようだが。
「すごい活気だね、初音ちゃん!」
「うん!」
 少し大声で話さないと聞こえないぐらいな状態だった。
 ちょっと前にはやぐら太鼓を叩いている音も聞こえる。
 おれは、一生懸命声を上げる。
「そういえば、そいつらって、どこにいるの!」
「・・・・」
 少し活気を取り戻した初音ちゃんは、その言葉を聞いた途端、またさっきの状態に戻ってしまった。
 オレは、ひとまず祭りの一本道とははぐれたところまで初音ちゃんを引っ張り寄せた。  

「一体どうしたんだい?」
 オレは少し強く聞いた。
「例の奴らは何処にいるんだ?」
「・・・・」
 初音ちゃんは俯いたまま黙ってしまった。
「答えて、初音ちゃん」
 さっきよりも優しくオレは訊ねる。
 すると・・・
「ご、ごめんなさい!!」
 と言って深々とオレに頭を下げた。
「へ?」
 事態を飲み込めないオレは素っ頓狂な声を出す。
「・・ごめんなさい・・・私・・お兄ちゃんに・・・嘘、付いたの」
「嘘・・・・」
 初音ちゃんは涙声だ。
「ホントは・・昨日、話がついたの。だから、つれてこいって・・・嘘なの」
「・・・・・」
「ごめんなさい・・ごめんなさい・・・」
 とうとう泣き出してしまった。
 オレはそんな初音ちゃんをあやすように抱きしめる。
 一本道からの光が薄く初音ちゃんの体を照らしている。
「初音ちゃん・・・いいよ。もういいよ・・」
「うう・・・うううう・・・」
「初音ちゃん・・・」
 俺は優しく優しく初音ちゃんの艶やかな髪を撫でる。
 その下に少し見えるうなじが何とも言えない。
 嗚咽混じりに初音ちゃんは続けた。
「私・・・私・・お兄ちゃんと・・うう・・いっしょに行きたくて・・どうしても二人で・・うう・・行きたくて・・」
 ・・・・
 その時、新しい何かがオレの中で目覚めた。
 いや、昔からあったのかもしれない。
 心臓がドキドキするのが解る。
 ・・もう心の中の千鶴さんという最後の枷がはずれた。    
 オレは・・ロリに目覚めてしまった。
 そう、禁断の領域へ堕ちてしまった。
 可愛い、初音ちゃんが、可愛すぎる!!
「初音ちゃん!」
 オレはもう少し抱きしめる力を込めた。
「お兄ちゃん・・・」
 いつの間にか初音ちゃんは泣きやんでいた。
「もういいから・・初音ちゃんがそこまで俺のこと思ってたなんて・・」
 もうオレの中で初音ちゃんは妹でも従妹でもなかった。
「そんなこと言われたら・・オレ・・初音ちゃんのこと・・好きになっちゃうよ・・」
 その瞬間、初音ちゃんがはっと顔を上げる。
 もうオレにはこの言葉しか残っていない。
「好きだ、初音ちゃん!!」
 面とむかって俺は愛の告白をする。
「お兄ちゃん・・・うう・・」
 と言ってまた涙を流す。
「私も・・」
 この涙はきっと甘い味がするだろう。
 ・・と、寒気が出そうなことを考えながらオレ初音ちゃんに口づけをした。 
 可愛い、可愛いオレの初音ちゃん。
 たとえ1Xさいでも愛があれば関係ない。
 断言できる。
 オレはロリだ。
 もう千鶴さんにも梓の胸にもおさらばだ。
 オレは今日生まれ変わった。
 祭りの明かりをバックに、オレ達は舌を絡ませあった。


同時刻柏木家
「・・残るは初音だけ・・」
 と楓ちゃんは呟いたのだった。
 

                終