昼休みのこと・・・
「今日一緒に帰れるって?マジ?」
こくん
「・・・・・」
「セバスチャンが病気?・・何か前にもそんなことがあったような・・・」
「・・・・・」
「えっ?大丈夫?病院で点滴で繋がれるぐらいの病気だって?へー、あの・・」
ふと、考える。
セバスチャンが、点滴に繋がれて・・
あのセバスが?
点滴に?
あの化けもん爺さんが、弱ってる?
・・・くくっ
なんか・・・おもしれえ
オレは含み笑いを漏らしていた。
「・・・・・」
そんなオレの状態に気付いたのか先輩がどうしたのかと声をかけてくる。
「え?いや、なんも・・だけど・・くくっ」
これで笑える奴はそうはいないだろう。
上級者にしか解らないレアな一品だ・・くくっ
「そ、それより、ほかの奴は迎えに来ないの?」
ようやく笑いがおさまり聞くオレ。
「・・・・・」
「えっ?みんなセバスチャンほど熱心ではないって?・・・まあ、アレは一種の病気かもな」
そう思ってまた心の中で苦笑した。
「そんじゃ、これが初めてのデートだな」
そう。
オレと先輩が逢えるのは学校だけだったりする。
帰りにどこかへ・・という誘いも一人の化けもん爺さんによってことごとく打ち砕かれている。
休日にどこかなんてとんでもない。
電話でも、たまに先輩からしてくることしかなく、オレなんかが電話しちまうと変にしつけられたメイドロボットがゴーストライターのように丁重に先輩がいないことを知らせる。
機械相手に怒鳴っても仕方ないオレはすぐに受話器を置いてしまうわけだ。
ま、そんなこんなでつき合っているにも関わらず二人で手を繋いでそこら辺を歩くなんて事をしたこと無かったのだ。
先輩はデートという言葉聞いたら頬にほんのり赤が懸かりいい感じのそそる顔で俯く。
くぅぅぅ、これだよ、これ。
そして、先輩とデートをできるという事実だけでオレは午後の授業の憂鬱から解放されたのである。
もっとも、心地よく眠れたという意味だが・・
きーんこーんかーんこーん・・・
全日程終了のチャイムが鳴る。
さてと・・
オレはなまった体をこきこき鳴らして教室の外へ出た。
「せーんぱい」
「・・・・・」
中庭のベンチにオレのお姫様はぼーっと座っていた。
いつもの無表情に微かに嬉しいといった感情が追加されるのがオレには解る。
「待った?」
ふるふる
繊細な黒髪が左右に振れる。
・・・少し待ったな・・
確信はないがそういう感じがした。
オレは少し罪悪感に見舞われる。
「そっか・・じゃ、行こうか」
こくん
先輩はこくんと頷きオレと歩き出した。
他愛のない話をしていたらいつの間にか校門に着いていた。
いつも少し長く感じるこの道も誰かと一緒だと気付かないほどに早く感じる。
ぶろろろろろ
オレ達の前を見覚えのある車が遮る。
がちゃ
先輩の言ったとおり、いつものリムジンから出てきたのは、セバスの野郎と同じ格好をしている初老の男だった。
こういう爺さんを見ると、セバスの野郎がとんでもない奴だと実感できてしまう。
先輩はその爺さんと少し話をしたかと思うと爺さんは深々と先輩とオレに一礼して静かな重低音と共にオレ達の目の前から去った。
何でも、来栖川の家には二つの派閥があるらしい。
部下は先輩の爺さん側と先輩の父親側に分かれている。
爺さん側は、先輩を超完璧なまでの箱入りに賛成する者・・・ま、セバスみたいなもんだ。
父親側はそれに対抗して先輩の自由化(?)を許す者。
割合は4:6ぐらいで父親側が優勢だと聞く。
今の爺さんは幸運にも父親側だったようだ。
車の去った方を見ていた先輩がこっちを向く。
「・・・・・」
「ん?ああ、じゃ、行こっか」
商店街への道でふとオレは近くのゴミに目をやる。
・・・・
「・・・・・」
「えっ?いや、何でもないけど・・・」
しかしオレはゴミに見入っている。
何の変哲もないゴミへ。
「・・先輩って、ゴミは好き?」
変なことを聞いているとは自分でも思った。
俺は答えも待たずに話し続ける。
「オレは結構好きなんだ。一人で歩いてるとき何か結構地面に落ちてるいろんなゴミを見ちゃうんだ」
歩きながら話し続ける。
「もちろん、綺麗な桜並木とか公園の緑を見ても好きなんだけどね・・」
オレは曖昧な笑みを先輩に向ける。
「・・・きれいなものも汚いものもどっちでも、浩之さんは見ることが好きなんですね」
「・・そうかもね。歩きながらその場所のその時にしかないいろんなものを見るのが好きかな」
妙にすっきりした気分だった。
「何か、今おれと先輩が歩いているこのときも光景も100年たったら全然違う光景になってるわけじゃん。んで、100年後のこの道をオレは見ることも歩くこともできないんだよ。オレはもう死んじゃってるからな」
そう言って一歩づつ確かめるように足を動かす。
先輩は虚ろな目をして聞き入っている。
「そんなこと考えてるとさ、今こうして先輩といるこの時間がものすごく不思議でかけがえのないものに見えてくるんだ」
夕日が二人の影を鋭角に映し出す。
「たとえ、先輩といないときでも、そういうゴミを見てるときでもその景色が汚くても何か、とても美しいものに見えてきちゃうんだよ」
少しの沈黙の後。
「ま、一番美しい景色は先輩を見ているときだけど」
少しおどけてにかっと笑う。
先輩にほんのり赤みが懸かるのが解る。
「・・・・・」
「えっ?そう思えることは素敵なことですって?いや、それほどでも・・・」
少し照れてしまうオレ。
「・・私も浩之さんとの時間をかげがえのないものに感じます」
「・・先輩・・・ありがと」
何がありがとうなのかは解らなかったが先輩にそう言っておきたかった。
オレは先輩の肩を抱いて先輩はオレにすがりつくように体を寄せる。
それからオレ達は居心地の善い沈黙で心を通わせた。
そしてオレ達はその日目一杯いろんな景色を心に焼き付けた。
<終>