投稿者: あり
 放課後・・・
 俺はいつもの部室でいつものように先輩といた。
 もう見慣れた怪しい部室は俺にとって今学校内最高の場所だったりする。
 だって・・・
「・・芹香・・・」
 手を伸ばせば、いつもそこに最愛の人がいるからだ。
「・・・・・」
 先輩は虚ろな目でこちらに向く。
「・・・・・」
「・・・・・」
 俺は目で訴える。
 もうここ最近習慣になっているのでこれだけで解る筈。
 先輩は何も言わず俺に近づく。
「・・せりか・・」
 もう一度名前を呼んで俺はキスをする。
 ・・・・
 ・・・・
「うーん、先輩の唇ってやっぱおいしいな」
「・・・・・」
 今まで赤かった顔がまた一段と赤くなるのが解る。
 そしてこんな事を聞いてきた。
「・・・・・」
「えっ?どんな味がするかって?うーん・・・実際にはあんまり感じたことがない・・・から、もう一回しようか?」
 こくん
 まったく・・・可愛すぎるぜ。
 ・・・・
 ・・・・
「・・・甘い」
 唇を離して俺の言った言葉がそれだった。
 よくなんか理想のキスの味は?なんてテレビで見たことはあるが・・
 ホントに、甘かった。
 砂糖の甘いじゃない、シロップやなんかの甘いでも無し。
「先輩、甘かった」
 少しびっくり目の俺に先輩はこう答えた。
「・・・・・」
「えっ?大好きな人の唾液は甘いって?ま、マジで?」
 そんなことがあるのか?
 まだ半信半疑の俺に、
「・・・・・」
「・・もう一回してみますかって?うんうんうんうん!するする」
 俺は目をきらきら輝かせて大きく返事する。
 先輩から誘って来たのは初めてだった。
「・・・・・」
「えっ?今度はしっかり唾液を送るって?OKOK、とくと味わって上げるよ」 
 先輩は口をくちゅくちゅしながらまたも赤くなった。
 ・・・・
 ・・・・
「めちゃめちゃ甘い、甘いよ、先輩」
 俺はそう言って先輩の唾液を飲み干す。
「じゃ、今度は俺も送る?」
 俺はおどけてそう言う。
 もちろんギャグだったのだが・・・
「・・・・・」
「はいお願いしますって・・・いいの?」
 こくん
 静かに頷く。
 先輩・・
「先輩さー、俺の唾液って甘いと思う?」
 俺は唾液を作りながら聞く。
「・・・・・」
「・・そう」
 先輩はきっとすごく甘いです、だって。
 それを聞いたとき、俺はなぜか照れてしまっていた。
「先輩、いいよ」
 と言って先輩の頬に手を置く。
 ・・・・
 ・・・・
「どう?先輩、甘い?」
「・・・・・」
 とても甘いです・・か。
「でも、唾液ってさ、つばだし、汚いんじゃないの?」
 俺はそこで疑問になっていることを言う。
「いやいや、先輩のはいいけどさ、俺の唾液なんて・・ねぇ」
 そこまで言うと先輩は立ち上がり部室の中にある唯一の棚に手をかけ、何かを取り出す。
 準備ができたのか、虚ろな目でこちらを見ている。
「何?先輩・・」
 俺も先輩の所へ行く。
 そこには、顕微鏡が一つセットされていた。
「覗けって?」
 こくん
 好奇心にもあおられ、レンズを覗き込む。
「先輩、何これ?」
「・・アメーバの一種です」
 俺の見た顕微鏡には二つのアメーバが仲良く並んでいた。
「・・見ていて下さい」
「・・おう」
 俺は言われるまま凝視する。
 すると・・・
「あっ、先輩、なんか、つながったよ」
 目の前のアメーバは共に手を伸ばすように二人の体をつながらせている。   「・・体の中を交換してる?」  
「・・・ある種のアメーバは雌雄の区別無くたまに違う個体と密着しあうんです」 俺は先輩の話に聞き入っていた。
「・・いわばこれが一番原始的なキスなんです」
 原始的な・・・キス
「・・今私たちがしたキス・・唾液の交換も同じです。お互いの体にあった液体を交換しているとき、私と浩之さんは私でも浩之さんでもなく、交換した唾液の分だけ、少しだけ二人は一つになっているんです、だから・・・」
 生物は全然ダメだが、先輩の言おうとしていることならだいたいは解った。
 俺は無言で顕微鏡から先輩へ目線を移す。
 ほんのり赤が懸かり、何か今までの中でベスト5ぐらいに入るぐらい美しかった。
「先輩、芹香!」
 俺は耐えきれず先輩を引き寄せる。
「・・・・・」
 どうしたんですか、と聞いてくる。
「いや、何か・・・うん、わかんねえけど、先輩が、好きで好きでたまらなくなって・・・」
 なぜそんな気持ちになったのかわからないが、これはまぎれもない事実だった。 俺はこのまま先輩の体温をずっと感じていたいなと思った。
「・・・・・」
 俺の胸に体重を預けたまま先輩が聞いてきた。
「えっ?眠くないかって?・・そう言えば・・」
 昨日は早めに寝たはずだし、朝も遅刻せずに来れたし・・・
「・・・・・」
「唾液の交換をしたあとは大抵眠くなる?へー、じゃあさ、一緒に寝る?」
 俺は満面の笑みでそう聞く。
「・・・はい」
 と言って先輩は答えるのだった。


 そして、先輩は俺の隣で静かに寝息を立てた。
 先輩が寝るまでは起きていようと思ったのでおれも寝よう。
 

                   <終>