ママゴト 投稿者: あり
「ご主人さまー、奥さまー、ここら辺にしましょう!!」
 私はお二人の前を駆け出し振り返っておーいと手を振ります。
 すると奥様が返してくれます。
 今日はピクニックです。
 太陽さんがきらきらと輝いています。
 小鳥さん達が歌声を上げています。
 風さんがゆったりと辺りを包み込みます。
 私は芝生の上に少し大きめの厚手の白い布をしきます。
 ふぁさっといい音がして風に少しなびきました。
「こっちですー」
 私はお二人の目のつくようにぴょんぴょん跳ね飛びます。
「おう」
 ご主人様の声が返ってきました。
 見るとお二人はお花を摘んでいらっしゃいました。
「マルちゃんもおいで」
 奥様がおいでおいでをしてらっしゃいます。
 綺麗な髪が風にふわりと揺れとても優しい顔をしてこっちを見ています。
「は、はい!」
 そして私は慌てて布をたたみます。
 ここを折って、ここをたたんで・・・
 できました。
 そして、お二人の方へ振り向きます。
 すると・・・
「まるちゃん」
 奥様の優しい声がすぐ前に聞こえてきます。
 お二人はもうすでに私の目の前まで来ていました。
 そのとき、私の頭にふわっと何かが乗りました。
 見ると、お花で作ったわっかがのっていました。
 奥様を見るとお揃いで乗っていました。
「まるちゃん似合ってるよ」
「え?え?」
 私はすごく動揺していました。
「二人とも綺麗だな」
 ご主人様はそう言います。
「お、奥様、こんな事・・」
 私が焦って取ろうとしました。
「私からのプレゼントなの、もらってくれる?」
 優しい笑顔を私に向けます。
「おいおい、俺も手伝ったんだぜ」
「ふふ、そうね、二人からのプレゼントだよ」
「あ、あ、ありがとうございます」
 私は思いっきりお二人に頭を下げました。
 その反動で頭のわっかが飛んでしまいました。
「うわっぷ、ま、マルチ!!」
 わっかはご主人様の顔に当たってしまいました。
「あ、う、あ、ご、ごめんなさい」
 私は涙を流しながら謝りました。
 そしてみんなで笑いました。

 それからまた同じ所に布をひきなおしました。
 そして、三人で今朝奥様と一緒に作ったサンドイッチを食べました。
 私は料理があまり得意ではなかったので奥様のと私のサンドイッチは一目瞭然でした。
 だけど、ご主人様は「見栄えが少しぐらい悪く立ってお腹に入れば一緒」と行って、私のも残さず全部食べてしまいました。
 奥様はそんな光景を優しく見ていました。
 私も、とても幸せな気分でした。
 いえ、とても幸せでした。
 私はいつからかわかりませんが、ご主人様の家のメイドということで働いています。
 働くといってもお金をもらったりはしていません。
 私は・・・・家族です。
 ご主人様も奥様もそう言っていました。
 私たちは家族だ、と。
 でも、私には記憶がありません。
 何処で生まれたのかも、親の顔も、ここの家族になるまでの間は何も知りません。
 でも、いいんです。
 なにもしらなくても。
 だって、だって、そんなものよりも私は、私にはこんな幸せな居場所があるのだからです。
 だから、何も要りません。
 この居場所さえあれば、私には何も要らないんです。
 要らないんです・・・
「マルチ」
 ご主人様が呼んでくださいます。
「まるちゃん」
 奥様が呼んでくださいます。
「はい!」


 私たちが帰ってきたのはもう夕日が傾いている頃でした。
 私は花飾りをまだつけたままお二人をはさんで歩きます。
 お屋敷が見えてきます。
 山奥のひっそりと佇む洋館・・ここが私たちの家です。
 街では幽霊屋敷とまで噂されているところです。
 毎朝お水をあげている大きい花が庭からはみだしています。
 そして門の所まで私たちは歩いてきました。
「・・・サンドイッチ、いくか?」
 ご主人様が不意にそう言います。
 サンドイッチ・・ですか。
「うん。やろ、まるちゃん」
 待ってたとばかりに奥様はその言葉に反応します。
「は、はい」
 私は、このサンドイッチが大好きです。
 奥様もそのようです。
「この前は私が前だったから、今日は私が後ろね」
 奥様はご主人様の後ろに回りひょいっとご主人様に後ろから抱きつきます。
「ん?おまえ、最近太ったな?」
 にやにやしてご主人様は後ろの奥様に言葉を投げかけます。
「す、すこし・・ね」
 そして私は前からご主人様に抱きつきました。
 しっかりと・・
「んー、マルチはやっぱ軽いな」
「い、いえそんなことは・・・」
 私は少し恥ずかしくなって顔が赤くなるのがわかりました。
 そして、そんな私の顔を見てご主人様はにかっと笑いました。
 ここからの位置だと、お二人の顔がとてもよく見えます。
「じゃ、いくぜ、しっかりつかまってろ!」
 と言って、門から玄関まで走っていきます。
 私はぎゅっとご主人様にしがみつきます。
 ご主人様のにおいがします。
 顔を上げればご主人様と奥様の笑顔が見えました。
 心地よく風が吹いてきます。
 ・・・・。
 もうついちゃいました。
 ご主人様はぜぇぜぇ息を切らしてます。
「大丈夫ですか?」
 私はとりあえず背中をさすりました。
「はぁはぁ、もう、歳かな?」
「ふふ、さ、中に入りましょ」
 と言って、奥様は私たちを促します。
 その時でした。
 ぶぅぅぅん
 聞き慣れない低い音がしました。
 と思ったら、奥様がご主人様に倒れかかっています。
「・・どうかしたんですか?」
 私はご主人様に聞きます。
「・・・・てろ・・」
「え?」
 うまく聞き取れなかった私は聞き返しました。
「中に・・入ってろ」
「え?で、でも・・・」
「入れって言ってんだ!!」
 私はとてもびっくりしました。
 あのご主人様が怒鳴りつけました。
 初めて・・・いや、前にも一度・・
 ご主人様の目はいつもと違った目でした。
 恐ろしい目でした。
 私はおそるおそるご主人様の脇を通り抜け急いで自分の部屋に戻りました。
 
 ばたん。
 ドアを閉めてうずくまります。
 まだ震えが止まりません。
 あの目が忘れられません。
 何も暖かみが感じられない、冷たい目でした。
 私は前に一度、いやもっと何回もそんなご主人様の目を見たことがあります。
 思いだそうとしても思い出せません。
 私はそこまで考えるとはっとしました。
 手に持っていた花飾りをつぶしてしまいました。
 私の髪の毛のような草の緑の汁が手に着きました。
 私はぼんやりその手を見てまだ少し震える体を起こし部屋を出ました。

 タオルで手を拭いて洗面所から出ます。
 私に元気がないのが自分でもわかりました。
「まるちゃん」
 私ははっとしました。
 振り向くと・・
「晩御飯、作ろっか?」
 いつもの優しい奥様です。
「は、はい」 
 心なしか私の返事は暗くなってしまいました。

「あ、あの」
 私はじゃがいもを剥きながら奥様に訊ねます。
「ん?なあに?」
 いつもの顔でこちらに向きました。
「えっと、さ、さっきのことなんですけど・・・」
「?」
「あの、その・・・・・」
 言葉が出なくなってしまいました。
「さっき?ちょっとした立ち眩みだから心配しないで」
 私の言いたいことが解るかのように奥様は答えました。
「そ、そうですか・・」
 聞きたいことはもっと別のことでした。
 でも、それ以上はなにも聞けませんでした。

 その日の夕食はなんだかあまりおいしくありませんでした。
 結局ご主人様はさっきのとは打って変わっていつもと同じように優しい目でした。
「マルチ、どうかしたか?」
 私が盗み見るようにしてみていたのでご主人様は気づきました。
「い、いえ、なんにも・・・です」
 動揺しているのがすぐにばれてしまいました。
「まるちゃん?」
 奥様が心配そうな顔でのぞき込みました。
「そうじゃなくて、あの、こ、このシチューおいしいですね」
「ん?ああ、いけるな」
 ご主人様はそう言ってつなげてくれました。
「そうよ、私とまるちゃんが心を込めて作ったんだから、ね、まるちゃん」
「え?あ、はい、心を込めましたよー」
 そして、それ以上詮索されず、夕食の後片づけをしました。


 夜、私は今日のことが気になり眠れませんでした。
 布団に入って、目をつぶっても、羊を数えても何をしてもでした。       やっぱり気にかかっていたのは、あのご主人様のことでした。
 また身震いがしました。
 私は寝返りをうち、自分の体を抱きしめるように布団の中でうずくまりました。
 こんこん
「あ、はい」
 ドアがノックされ反射的にベッドの中から返事をしました。
「マルチ、起きてるか」
 私はドキッとしました。
 ご主人様でした。
「・・・後で書斎に来てくれ、少し用があるんだ・・」
「・・わ、わかりました」
 私の声を確認するとご主人様の足音が聞こえて、そのうちに聞こえなくなりました。
 今のご主人様、少し変でした。
 いつもと同じ声なのに、何か、雰囲気が違っていました。
 不信に思いながらベッドから降りてスリッパを履きます。
 私は部屋を後にしました。

 夜の廊下は怖いです。
 トイレに行くのにも一苦労な感じです。
 定間隔につけられたろうそくがゆらゆら揺れています。
 電気は通っていますが、こう言うのは雰囲気が大事ってご主人様が言っていました。
 私はその光と月明かりをたよりにぱたぱたとスリッパを鳴らしました。
  
 こんこん
「どうぞ」
 ご主人様の声を確認してドアを開けました。
 書斎は入っちゃいけないと言われていたので入るのは初めてでした。
 ここにも電気はなくろうそくがゆらゆらと私とご主人様の影を映しだしていました。
 大きい本棚が四方八方にそびえ立ち、古本のあの独特のにおいがします。
「来たか・・・」
 待ち望んではいなかったような声でご主人様は私を迎えました。
「あの、ご主人様、その、聞きたい・・・」
 ご主人様の目は・・・・凍り付いたような目でした。
「話は、あっちで話そう・・・」
 低くご主人様の声は響きます。
 私の言葉を遮りご主人様はつかつか歩いていきます。
 私はそれに応じてついていきます。
 つかつか、ぱたぱた。
 私たちの足音だけが響きわたります。
「マルチ」
 不意にご主人様が私の名前を呼びます。
「はい」
「ホムンクルスという言葉を知っているか」
 ホムン・・クルス?
「あの、わかりません・・・」
「人造人間だよ」
「人造・・・」
 私は口に出して反芻する。
「そして、私の妻・・・いや、おまえが奥様と呼んでいたあの女はホムンクルスだ」
「え?え?」
 私は何を言ったらいいのかわからなくなりました。
 あの奥様が、人間じゃない?
「ホムンクルスには魂が存在しない。いくら肉体が創造できるとはいえ、練金術は魂までには及ばない」
 ご主人様の足が止まりました。
「よってホムンクルスはそれだけでは人体を利用するための素材にすぎない。そこで錬金術士はある秘術を行う」
 もうご主人様はいつものご主人様ではありませんでした。
 いえ、これが本当のご主人様なのかも知れません。
「魂の代わりに術士の編成した一定の行動パターンを彫り込むんだ。例えば、こいつのように妻らしく振る舞うように・・・」
 と言ってうずくまっているものをご主人様は私の方へ蹴りました。
 それは裸の女性・・・奥様でした。
「お、奥様!?」
 私は血塗れの奥様の所へ近寄る。
「無駄だ、もう術を施していない、それはただの肉の人形、高価なダッヂワイフだ」
「奥様!奥様!」
 私はご主人様の声は聞こえていましたが必死に奥様・・だった物に声をかけました。
 それには外傷はないにしろ目の光がありませんでした。
 ぱぁん
 乾いた音がして火薬のにおいがしました。
 そして自分の右肩から血が出ているのを気づきました。
「そして、おまえも、メイドと言う行動パターンを組み込んだただの人形なのだよ」
 え?
「その証拠に、血は流れるが痛くないだろう?」
 え?
「そしておまえの心もこいつの心も、そして俺の心も疑似人格。それ以上のものではない・・・」
 私・・・
 作り物だったの?
 流れる赤い血を見ながら私は震えました。
「・・・・・どう・・して」
 涙が流れた来た。
「どうして・・こんな」
 喉から声を絞り出しました。
「それは私にもわからない。俺を作った物に聞いてもらいたい。外見と一部の記憶を引き継いでいるが俺は彼の命令通り理想的な家庭を作り上げるだけだ」
 もうこんな事どうだっていいです。
「理想的な家庭というのは俺の独断と偏見で決められるが何せ俺は気まぐれなもので、このシチュエーションが少しでも気に入らなかったらすぐに換えてしまうんだ」
 どうだっていいんです。
「そう、今回は・・・途中でこいつの体の調子がおかしくなったからかな?って、こりゃ俺のミスだな、ははは」
 何がおかしいんでしょうか。
「理想的な家族は病気なんて持っちゃいけないよな?」
 ぱぁん
 私の目の前の肉の塊に鉛の弾が入りました。
「全く、しらけさせやがてなぁ」
 私は無意識に近くにあった木のモップをつかみ素早く殴りかかりました。
 ばきっ
 しかし旦那様はいっこうによけず、私の攻撃をまともに食らいました。
「いかに偽りの赤い血が流れてようとも、俺達は肉体の損傷で死ねるからだではない」
 私は冷ややかな床にうなだれます。
 もうどうでもよかったんです。
 そして私はやっと気づきました。
 これは繰り返されていることをです。
 だから私はこのご主人様・・・この男のこの冷ややかな目を知っていたのでした。
 ぱぁん
 私の胴から血が吹き出します。
「この女は、俺の最初の妻だった」
 どうでもいいんです。
 ぱぁん 
「でもな、病気で死んじまったんだよ、黒死病って疫病で」
 どうでもいいんです。
 ぱぁん
「だけど、妻だろうと友人だろうと家族だろうと俺達にとってはただの記憶でしかない。だから何度でもやり直すことができる、何度でもな」
 それは聞き飽きました。
 ぱぁん
「また次はある。こいつもおまえも何度でも再生ができる」
 それも聞いたことがあります。
 ぱぁん
「心の痛みもあれば記憶を変えればいい、それだけのことだ」
 もういいです。
 ぱぁん
「俺は変えすぎて原型がわからくなったがな・・・」
 もう・・・
 ぱぁん 
「そしていつでも逃げることができる」
 やめてください。
 ぱぁん
「これは・・・」
 やめ・・て・・
「ただの・・・」
 や・・・め・・・
「ママゴトだ」
 ぱぁん   

 

「ご主人さまー、奥さまー、ここら辺にしましょう!!」
 私はお二人の前を駆け出し振り返っておーいと手を振ります。
 私は手を振ります。
 振り続けます。
 ずっと・・・
 何回も・・・



 永遠に

                 <終>