狂い人 投稿者: あり
「マルチ・・マルチ・・」
 俺はそうマルチに声をかける。
 いや、マルチをかたどった、ただのCPUに・・・
「ご主人様、ご用・・・・」
 聞き慣れた感情のない台詞。
 最後まで聞かず、そっとそのロボットのスイッチを落とす。
 ・・・どれだけこの無駄な時間を過ごしたのだろう・・・
 わかっていた・・・
 もう戻ってこないことなど。
 あのマルチが俺の元に戻ってこないことなんて・・・
 笑い顔が見ることも・・・
 からかうことも・・・
 困らせることも・・・
 楽しませることも・・・
 抱くことも・・・
 もう涙など出なかった。
 悲しくもなかった。
 人間らしい感情を忘れたように。
 ただひたすら呼吸をするだけの肉の塊だった。
 
 朝が来て、昼を過ぎ、夜が来る。
 胃は何も受け付けない。
 目の前にはロボットが一つ。
 動く気配は全くない。
 ・・・限界だった。
 もう・・ダメだった。
 絶望の中のほんのわずかな。期待・・・それがあったからこそ、俺は無駄なことを続けられた。
 一筋の期待はたちまちどす黒い絶望の闇にのまれていった。
 その瞬間、俺の存在価値は消え去った。

 俺は衰弱したからだでそっとロボットの体をベッドに置く。
 おもむろにロボット・・・マルチの服を脱がしていく。
 一糸まとわぬ姿を俺にさらけ出すマルチ。
「マルチマルチマルチマルチマルチマルチ・・・・・」
 呪文のようにマルチという言葉を連呼する俺。
 そして、机の上にあったナイフに手をかけた。
「マルチマルチマルチマルチマルチマルチ・・・・・人間になろう」
 ざくっ・・
 マルチの右手首をかっ切った。
 何らかの導線が顔をのぞかせる。
「マルチ、血が無いんだな。よし、俺のを分けてやる」
 ざくっ
 躊躇いもせずマルチと同じ右手首を切る俺。
 鮮血が飛び散る。
「マルチマルチマルチマルチマルチマルチ・・・・・」
 自分の右手首をマルチにこすりあわせた。
 俺の血がマルチの腕を染める。
「どうだ?足りないか?」
 そう言ってマルチの左手首を刺す。
「足りないようだな。よし、これがホントの出血大サービスか?」
 笑いながら自分の左手首を切った。
 そして擦りつける。
「どうだ?」
 催促するように聞く。
「まだか・・・」
 といって、マルチの足、腹、胸と色々刺していった。
 自分の足にナイフを突き立てる。
 ぷしゅうぅ
 鮮血をマルチに浴びさせる。
「マルチマルチマルチマルチマルチマルチマルチ・・・・・」
 あっと言う間に血塗れになった俺とマルチ。
 俺は血塗れのマルチを抱いた。
 強く、強く・・・。
「抱けよ、マルチ。俺の背中をぎゅっとしてくれよ」
 俺はもっと強く抱いた。
「んっ?できねーのか。仕方ねぇ、二本有るから一本やるよ」
 そう言ってマルチの腕を切り離した。
 そして自分の腕も・・・
 幻覚症状なのか痛みはいっこうに現れなかった。
「ほら、マルチ、着けてやるよ」
 ベッドの上だけじゃなく、壁や床も血塗れになる。
「あれ、つかないな。何でだろ」
 俺はまだ血が吹き出している腕を取りマルチの片一方の腕の付け根にあてがうが、つかない。
「ま、いいか。マルチ・・夜の時間は・・・これからだぜ」
 といって、血塗れの体を愛撫し始める。
「気持ちいいか?声出してもいいんだぜ・・」
 そう言ってマルチを舌で舐めた。
 ぴちゃ、ぴちゃ。
 俺が舐める度、マルチの体から音がする。
 ・・赤い液体を舐める音。
「へへっ、そろそろ勃ってきちゃったぜ・・」
 俺はおどけた感じでマルチに言った。
「い、いくぜ」
 そう言って挿入した・・・瞬間
 ぐさっ・・・・
 下にいたマルチが目を開き、深々と胸に俺にナイフを刺した。
「ご主人様、ご主人様、ご主人様、ご主人様・・・」
 マルチ・・いや、ロボットが連呼する。
 その瞬間、俺に痛みが戻る。
「ぐっ、がっ、あぐぁぁぁっぁっぁっぁぁぁぁぁぁ・・っ・・・・・っ・・・っ」
 声にならない叫び。
「ご主人様、ご主人様、ゴシ・・サマ、ゴ・・ン・マ・・」
「かぁっっ・・・・っっっ・・・・・・」
「ゴ・・・サ・・マ・・・サ・・・・マ・・・シュ・・・」
 あちこちから血が吹き出る。
 俺は初めて死を予感した。
 俺はもう、助からない。
 様々な疑問がわき起こる。
 ・・なぜおれはああなったのか
 ・・なぜロボットが動いたのか
 ・・なぜ俺を刺したのか
 ・・なぜ死というものが怖いのか
 ・・なぜ涙が出ているのか
 ・・なぜ今死にたくないと思うのか
「ジ・・ン・・・・ゴ・・主人・・ご主人・・ご主人さまぁ!!」
 ・・なぜ幻聴が聞こえるのか
 ・・なぜマルチはロボットだったのか
 ・・なぜ俺は人間だったのか
 ・・何のために生まれてきたのか・・・



 

  10時間後に俺の家に宅配便が届いた・・・。

                 終