第四話 雨、待ち続けた後 投稿者:梓弐號


 いい加減長いんで適当にホームページに上げてリンクだけ
はろうかとも思ったんですが…ま、いっかということでとりあえず
ここに出します。(^^;
ちなみに時々入るちとマニアックな諸々は単なる私の趣味です。
気にしないで下さい。
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 雨が降る。ひたすらに憂鬱な雨が。
「浩之さん、入りますよ?」
 そう断って浩之の部屋に入った千鶴は、浩之を見つける事は出来なかった。
 代わりに『やってられるか!』とでかでかと書かれた走り書きの書き置きだけが見つかった。
「逃げた、か…」千鶴は目に悲しげな光を浮かべてつぶやいた。「無理もないか…」
「あったりまえだろぉぉぉぉ!!」後ろから梓の強烈なツッコミが入る。
「だから千鶴姉は料理するなって言ったのに、夕べ『大丈夫だ』なんていうから!」
「うう、梓ったらそんなに言う事ないじゃない」千鶴がよよと崩れる。
「私だってお料理番組とか本を見て研究してたのに…」
「どんな?」梓が怒って腰に手を当てながら問う。
「え〜っと、『料理の木人』に『マスター味っ子』でしょ、えっと、それとそれと、
『包丁人マジ平』…」
「参考になるかい!」額に血管を浮かべて梓が怒鳴る。
「え?地雷包丁って、使っちゃだめだったの?」千鶴が目を潤ませて聞いた。
「だめ!」

第四話 雨、待ち続けた後

「かぁ〜!もう、やってられるかぁ!」
 浩之がいらいらをふっ飛ばそうとするかのように叫ぶ。
「でも千鶴さん、とってもいい人ですぅ〜」
 後ろから傘を持ちながら犬のようにくっついてくるマルチがあたふたとフォローを入れる。
「うん、それはそうだ」浩之は肯いて認めた。
「だがあの料理は何とかならんのか!あれじゃマルチのミート煎餅の方がなんぼかマシだ!」
「うう、浩之さんごめんなさい〜、もう少し私の性能が良かったら…」
 泣き出しそうになるマルチに浩之はぎょっとする。
「い、いや、別にマルチを責めたわけじゃないんだ。あれはあれで味があるし」
 マルチの顔がぱっと明るくなる。「本当ですか!?」
「う、うんまあ」浩之は気まずそうに目をそらしながら答える。
「第一世の中、カルボナーラしか作れない化け猫もいるしな」
「?なんなんですぅ?なんのことですかぁ?」
「いや、わかる人だけわかればいいんだ」浩之は言い訳するように言った。
「それはそうと、雨ばっかでくさくさするからゲーセンでも行くか?」
「はい!」マルチは元気良く答えた。「私、エアホッケー少し上達したんですよ〜」
「へえ、そうなんだ」浩之は心の中で『あれが少しばかり上手くなっても大して
 変わらないんじゃんまいだろうか』と思いつつも口には出さずに後ろめたそうに適当な返事をする。
「あ、『げーせん』ですぅ!見えましたぁ!」ゲーセンを見つけ子供のようにおおはしゃぎするマルチ。
 これが本当に来栖川の総力を結集して作り上げた汎用人型結線兵器だろうかと頭が痛くなる。
 待てよ?
 某ゲリオンはケーブルでつながってたから結線兵器だろうが、
 バッテリーで動くマルチがなんで結線兵器なんだ?
「浩之さん、結線でなく、決戦兵器ですぅ」
 うう、まさかマルチに突っ込まれるとは…浩之は自分が情けなくなった。
 そんな浩之の耳に、突然金属板を叩くような音とともに聞きなれた罵声が聞こえてくる。
「このゲーム、おかしいんとちゃうか!?」
「ああ、またか…」浩之の予想に違わず、そこにはクレーンゲームをゲシゲシと蹴りつづける
 委員長こと保科智子の姿があった。
「あ、藤田くん!」智子がはっとしたように振り返り、そして恥ずかしそうに顔を染める。
「せやかてこのゲーム絶対におかしいん。あないな取れそうで取れへんところに置いとくなんて、
 卑怯なんとちゃうか?」
「いやそれはだな、(後略)」
「なんなん?その(後略)って?」智子が不思議そうに聞く。
「いや、ゲームやってる人はもう知ってるから省略」
「ゲーム?なんの?」浩之の説明に更に問い続ける。
「いや、なんでもない」浩之はごまかす。「ところで委員長、どれを取ろうとしてたんだ?」
「ほら、あれ、真ん中のくまの奴…」
「ああ、あれか、あれならちょろいぜ」そう言ってクレーンゲームにコインを入れ、
 ボタンに手をかける。
「あれはだな、横になってるから思わず首をつかみたくなるけど、頭が大きいから重心を考えてだな…」
 浩之は解説しながらクレーンを操作した。「ほら、とれた」
「うわ、すごいやんか。せやったらあれはあれは?」智子がはしゃいで次をせがむ。
「ああ、あれはだな…」浩之は追加のコインを入れてゲームを続けた。「ほら、取れた」
「めっちゃうまいやん!藤田くんってクレーンゲームの天才とちがうん!?」
「いや、それほどでも…あるけどな」謙遜してるのかしてないのか分からない返事をする。
「じゃ、次はあれや!」おだてられて満更でもなさそうな浩之は次々へと
 智子の要求通り人形を取っていく。
「浩之さん〜、エアホッケーはぁ?」
 いい加減痺れを切らし始めたマルチが浩之の服のすそをぐいぐいと引っ張る。
「ちょっと待ってろって。今いいところなんだから。そら、次はこいつだ!」
「すごいすごい!次はあの隅の取りにくそうなあれ取ってんか?」
「よぉし、まかせろ…」
 端から見たら恋人よろしくはしゃいでいる二人を見て、忘れ去られたように脇に追いやられた
 マルチはえぐえぐと泣きそうになる。
「浩之さん〜…」
 マルチは半べそをかきながらその場を離れていった。
「…と、もう持ち切れないくらいとったぜ」
「そうやな、思わず夢中になってしまうんやな。車の中とかにぎょうさん人形ならべておく
 人の気持ちが少し分かったような気がするわ」
「と、それじゃマルチ、待たせたな…」そう言って振り向くが、そこにいるはずのマルチの姿はなかった。
「あれ!?マルチは!?」
「店の中にもおらんようや」店内をざっと見渡して智子が言った。
「あいつ、まさか一人でどこかうろついて迷ったんじゃ…あいつ、ロボットの癖に
 ナビ機能もないからな」そう言って探しに出ようとする浩之を智子が止める。
「探すんなら手伝うわ。私はこっちを探すから、藤田くんはあっちを探してんか?」
「わかった。じゃ、一応見つかっても見つからなくても一時間後にここで待ち合わせってことで」
「うん、わかった」そう言って浩之はさっき来た道の方向に、
 智子はその反対方向へと向かって雨が殆ど止んだ町の中へ飛び出して行った。

その頃マルチは…
「え〜ん、え〜ん」わかりやすい亡き方をしながらたたんだ傘を手に濡れた道路を一人
 とぼとぼとあるいていた。
 そこへ…
「あ、千鶴姉、いた!あっちにマルチがいる!」
 梓の声がする。飛び出した浩之とマルチを探しに出ていた千鶴と梓がマルチを見つけ駆け寄ってきた。
「おい、マルチって、あれ?浩之は?」梓は辺りをきょろきょろと見渡した。
「マルチちゃん、どうしたの、泣いたりして?まさか浩之さんの身に何かが…」
「いえ〜、違うんですぅ〜」
「じゃ、浩之さんは無事なの?」
「はいです〜」マルチはぐしぐしと涙を拭いながら答える。
「じゃ、あいつは無事なのにマルチ一人ほっぽり出したわけか!?女の子一人で!」
 梓がぐぐっと怒りの握り拳を握り締める。
「いえ、それは〜…」マルチが弁解しようとしたとき、当の浩之がマルチを探しながら
 道をやってきた。
「おおい、マルチって…いた!…って、あれ!?なんで千鶴さんたちも???」
「一応心配して探しに来てみりゃ、女の子泣かすなんてどういうつもりだ!?」
 梓がぽきぽきと指の関節を鳴らす。
「いや、ちょっと待て!それは俺が悪かった!」梓に全力で殴られては
 耕一ではあるまいしとても持たないと、浩之はひたすらに謝った。
「悪いと思うんだったらマルチに謝る!」
 梓に脅され、浩之は言うとおりにした。「わかったって…マルチ、すまなかったな」
「いえ、いいんですぅ」マルチは涙を拭いながらも笑顔で答える。
「それはそうと浩之さん、私もあなたに謝らなきゃいけないですね。
 まさか浩之さんが私の料理であれほど傷つくなんて…」
「あ、そう、そうだよ!」浩之は思い出したように言う。
「いくら俺が食べ物にこだわらないからってマグロの礫死体(マグロ)なんて食えるわけないだろ…」
「なんで礫死体のことをマグロっていうんですかぁ?」
 マルチが不思議そうに首を捻った。
「それはだな」浩之がLVNシリーズの主人公の例の口調でしゃべり始めた。
「見た目がマグロの赤身そっくりだからなんだってさ」
「ふ〜ん」マルチが感心したように唸る。「ところで、礫死体ってなんですか?おしいんですかぁ?」
「…いや、知らなきゃいい。気にするな」
「私も物が食べられるになるように、長瀬主任にお願いしてみますぅ〜」
「やめとけ、米しか食べられない、名前の前に”R”の付くようなアンドロイドに
 改造されるかもしれんから」
「さっきから浩之さんの言う事、良く分からないです…」
 しゅんとなるマルチを脇に、千鶴はさっきの続きを始めた。
「それはともかく、もう地雷包丁なんて使いませんから、戻ってきてください」
「そうだ〜、水島、日本に帰ろ〜」梓が横からちゃちゃを入れた。
「誰が水島だ、誰が!」梓に向かって怒鳴ってから千鶴の方を向く。
「いや、分かってくれればいいんですよ」
 浩之も言い過ぎたかと少しフォローしだした。
「そのうち上手くなりますよ。最初あまり料理が上手くないのはきっと柏木家の血筋…」
「ちょっと待てぃ!」梓が突然怒鳴る。額には血管が浮いている。
「それじゃあたしは料理が下手だってぇのか!?」
「え?え?」梓の料理の腕を知らない浩之が何が悪かったのか分からずうろたえる。
 柏木家に来たばかりの浩之はまさか短気、単純、暴力的のマイナス三要素の梓が
 実は柏木家のスーパーハウスキーパーAだと言う事を知らない。
「そこまで言うならあたしの腕を見せてやる!満貫全席食わせちゃる!」
「ちょ、ちょっと梓…」切れた梓を千鶴が止めようとするが暴走し出した
 鬼の血はそう簡単には止まらない。
「泣いても食わす!嫌だと言っても食わす!食えなくなっても鵞鳥の羽で吐かせてでも食わせる!!」
 そう言って浩之の襟をぐいっと掴むとずるずると引っ張って家路につき始めた。
「ちょっと、梓、あまり乱暴にしちゃ…」
「い〜や!限界超えても食わす!腹が裂けても食わす!
 死体になってもぜっっっっっったいに食わす!!」
「やめてくれ〜〜〜〜〜〜!!」
 泣き叫ぶ浩之の脳裏に、一つ思い出された事があったがその事も明日をも知れぬ
 我が身の不安に押し流されてしまった。帰途につく彼らの上に、再び長い雨が降り出した。
 そしてその頃智子は…
「何しとんのんや、もう30分も過ぎとるのに!」
 悪態をつきながらゲームセンター店内の時計を見る。
 庇の中に立ってはいるが、激しい雨の、地面に跳ねた雫は少しづつ智子の身体を濡らし
 心も身体も惨めな気分にさせだしていた。
「藤田くんの…」それでも待つ智子は、耐え切れなくなった様にぽつりとつぶやいた。
「藤田の、浩之の、あほ〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!」
 思いっきり傍らのクレーンゲームを蹴飛ばした。
 遠くで浩之がくしゃみをしたが、智子には知る由もなかった。