交錯 序章・旅立ち とある初冬の喫茶店にて。 「鬼…ですか…。」 「そう、隆山の地に伝わる『雨月鬼伝説』のことだよ。」 月島さんは頼んだコーヒーが来ると、それに口をつけながら言った。 「今回、それを大学のサークルの研究発表の題材にしようと思っているんだ。」 「そうですか…。」 「どうだい、長瀬君、君も一緒に来ないかい?瑠璃子から聞いたのだが、君は『伝説』とかに興味が あるらしいじゃないか。」 「確かにそうですけど…。」 「じゃあ話は簡単だ。一緒に調査…そんな大袈裟なものじゃないけど、しようじゃないか。」 「一緒に行っても良いんですね。」 「もちろんだよ。大歓迎さ。」 そんな事で、僕と月島さんは隆山温泉へと赴くことになった。 次の日の放課後、瑠璃子さんにその事を話すと、 「えっ瑠璃子さんも一緒にいくって?」 「うん、長瀬ちゃんが行くんだったら。」 瑠璃子さんは小さくうなづいて、僕に言った。 「で…でも、月島さんはなんて言うか…。」 「お兄ちゃんはいいって言ってくれた。」 「…なら、いいのかな…。」 そして、僕は瑠璃子さんと一緒に隆山温泉に行く事となった。 月島さんの方が早く冬休みに入るので、先に出発する事となり、僕らは冬休みに入ると同時に出発して、 現地で月島さんと合流する形にした。 僕らの出発の日、どこまでも広がる青い空に、まだ見知らぬ『隆山』の地へ思いを馳せていた。 ================================== 大学の講義も終わり、残すは冬休みと後期試験だけとなった。 俺は夕飯の買い物を終えると部屋に帰り、適当に飯を食った。 いつもながら一人で食う飯ほどわびしいものはない。 俺は"柏木家"での夕食の様子を思い描いた。 いつも微笑みを絶やさない初音ちゃん。 ちょっと無口な楓ちゃん。 とにかくやかましい梓。 そして、時々見せる拗ねた様子がかわいい千鶴さん。 柏木家での食事が旨かったのは梓の料理の腕のせいだけではない。 あの"あったかいフインキ"も料理の味を引き出している。 「……年末は柏木家で過ごそうかな……。」 何気なくため息とそんな呟きが出た時、電話が鳴った。 「誰だよ、まったく…。」 ぶつぶつ言いながら俺は電話を取り、 「はい、柏木です。」 と面度臭そうに電話に答えた。 「あの…耕一さんですか?」 「ち…千鶴さん?どうしたの?」 電話の主は千鶴さんだった。 もし、電話の主が千鶴さんだと分かっていれば、あんな声を出さなかったのに…。 俺はそんな後悔をした。 「耕一さん、こちらへ来ていただきたいのですが……。」 「えっ?」 俺は千鶴さんの言葉に驚いた。 いきなり柏木家に来てくれだなんて、普段の千鶴さんからは想像できない。 「あっ…いや、その……。」 俺がしばらく言葉を失っていると、千鶴さんは慌てて何かを言おうとした。 「うん、分かった。俺もそっちに行こうと考えていた所だから。いつぐらいがいいの?」 俺は慌てている様子の千鶴さんにそう言った。 「出来れば、早い方が…もう…。」 千鶴さんはそこまで言うと言葉を濁した。 「…分かった、今夜の夜行の便があれはそれでいくよ。」 「あ…ありがとうございます。」 「で、何か訳アリなの?」 「それは…こちらに来ていただいてからお話します。」 「……分かった。じゃあこっちも準備があるから…。」 「えぇ、こちらに着いたら私の方に電話を下さい。…あっ会社の方でお願いします。」 「うん…じゃあ。」 俺は電話を切るとすぐさま準備を始めた。 千鶴さんの声から察するに何かあったらしい。 俺は急いで支度を整えると、すぐさま家を飛び出した。 交錯・序章・旅立ち 終わり ========================== この前予告した通り、『交錯』の序章をお送りしました。 ご感想・ご意見等をお待ちしております。